裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す 作:棘棘生命
意識を戻せば、目の前は真っ暗だが冷たい地下の空気と、独特のかび臭さが鼻をついた。無事、夢幻から戻ってこられたみたいだ。
棺の外が何やら騒がしい。俺は重たい「微睡みの棺」の蓋を手で押し、開いた隙間から状況を見る。すると、モユヌエとケルの他に、巨体があった。俺より先に彼女は目覚めていたようだ。
ハルランの姿は夢幻内とほぼ同じであり、しかし注視するのは難しい状態になっている。ボロ布と化した上着を一枚着ているだけであるからだ。
三メートル近い長身で、引き締まった筋肉質な褐色肌が灯りでぼんやりと浮かび上がる。何も食べていないはずなのに、どうやってその肉体を維持できているのか。そもそも、想像できないほど長い時間を飲み食い無しで生きていたのが不思議でならない。
「――確かに、君の奥にはあの女郎蜘蛛の陰があるが…。モユヌエくん、本当にケチョウのことを知らないんだな?」
「そんな…。おおエドワルド、戻ってきおったか!よくぞハルラン様を呼び戻してくれた!じゃが、別の問題が…とりあえず此方に寄るのじゃ!」
「待ってたよ、エドワルドくん。早速だけど認識合わせをしよう。そちらの…ケルくんも。」
ハルランとモユヌエは深刻な表情で話し合っており、俺に気が付くと椅子に座るよう手招いてきた。棺から出ると、ハルランに呼びかけられたケルが俺に寄ってくる。
時間に換算すれば数刻であるはずなのに、夢幻内から得た情報が多く、数日ぶりに会ったような心地だ。
「分かりました。…おかえりなさい、エドさん! ぼくもこの場所にいる亡霊さんたちと色々お話ししたんだ。エドさんにも知っていてほしいことが沢山あるから、聞いてくれる?」
「ああ、三名ともよろしく頼む。俺も気になることを放ってきたから、質問したいことが山ほどある。しかし、何から整理すればいいか…。」
俺は目に見える三名へ向けて呟きながら、椅子を引く。ハルランは、彼女用に用意されたらしい巨大な石の椅子にそっと座り、モユヌエとケルもまた机を囲んだ。
そしてケルが言うように、おそらくは俺たちの周りには亡霊が大勢いるのだろう。首は動かさずあくまで自然体で、周囲の魔力の揺らぎを感じ取ろうとしたが、全く分からない。三名と、王城内の人間の反応があるだけだ。
薄々気づいていたが、亡霊とは魔力を介さないようである。そうなると、この世界には魔力とは別のエネルギー法則があることが考えられるだろう。
しかし亡霊を感知するために、霊術師は魔法を用いている。それに、ケルがあの尖耳どもを倒したとき使った魔法で出現した動物は、しっかりと視認できていた。
やはり自分の得た情報を元に考えようとすると、尚更分からなくなる。これは、俺が持っているゲーム内の知識にも言えることだ。
ひんやりとした場で一度静まり、まずモユヌエが話し始めてくれた。同時に、彼女の掌から魔力の糸が素早く伸びてくる。
「ならば、うちが仕切るとしよう。まずはお主が、感じられるようにせねばの。この糸は特別製じゃぞ!」
「……!」
彼女の言う通り、モユヌエと話すときは必ずと言っていいほど巻きつけられる、魔力の糸とは違っている。「伝達の白糸」といったか。それより魔力の密度が高く、それでいて太い。気分が良い例えではないが、分割前のソーセージのような肉っぽさがあった*1。
次の瞬間、俺は思いも寄らない光景を目にすることになった。魔力の糸が俺の手甲に張り付いた瞬間、半透明の人型がわあっと、地下室いっぱいに出てきたのだ。ところどころ重なっているため、数えきれないほどの量である。
俺の知識と一致している。間違いない、これら一体一体亡霊である。
ここまで簡単に視認できるようになるとは思っておらず、頭の整理が追い付かない。これが主人公の勇者が見ていた景色なのかと思えば、喜びが迫り上がって来る。一人一人に視線を向け、俺はまたしても驚愕した。
あの「バックスタブレイブ」の絶望の象徴ともいえる亡霊たちが、何と談笑しているのだ!見る者を最悪の気分にさせる、死亡直前の回想を垂れ流すだけの存在が、意思をまだ持っているように。
実際、意思が残っているのだろう。俺に向けてどこかの町民らしき少年の亡霊や、花を売っていそうな町娘風の少女、体格の良い皮装備の男性等が、にこやかに手を振ってくる。生前の動きを再現しているようには思えなかった。
(意味が分からない…こんなことがあるのか…! しかし…凡人ではこの密度でも気づけないものなんだな――)
俺は順々に亡霊を見ていき、ある一点で固まってしまう。半透明だが黒い流線形の鎧。なるほど、ケルが呼んだ名前の意味は分かった。一旦は呑み込める。
だが、その人物の横にいる者については、話が違う。話し合いどころではない。俺はただ、その亡霊が近づいてくるのを目で追うことしかできなかった。
もしや、ずっと見てきた赤黒の悪夢で助けてくれた彼は、俺の都合の良い妄想ではないのではと思い続けて。
『やあ。初めまして…ではないな。また話ができそうで嬉しいよ、エドワルド。』
「…君は、まさか。本当に…。」
『はは! この前と同じような反応じゃないか! そう、僕はエドムンド…この機会は、上手く使わせてもらうよ。君が抱えている悩みや誤解は、ここで晴らしておくべきだ。』
ああ、幻ではなかった。俺はこの肉体と瓜二つな亡霊、エドムンドの顔を見て、しかし何も言えない。
彼がどれだけの苦しみと憎悪を抱えているかも聞き出せず、本来ありえない対話の機会を与えられたことに、嬉しいのか悲しいのか胸が詰まる。
辛うじて頭を下げることはできた。エドムンドの亡霊の近くに来た鎧の戦士と、もう一人にも頭を下げる。前者は、あの夜ルヴネトで聞いた、尖兵が理論を唱える低い声と一致する。だが無機質ではない、声音が時々震える温かい人の声だ。
そして後者は、背丈は小さいながらも竜の装飾が為された鎧を纏っている。先ほど夢幻で戦ったばかりの「竜焔」の部隊の防具そのものである。
『――加えて私の剣技がどうだったかも聞かせてもらおう。地鎧のと討たれはしたが、私の技は体に染みついていたかどうか。』
『アンタそれっばかり!しつこいんじゃない? あ、アタシたちのことは気にしなくていいからね。たかが死人なんだから。』
「…ロイス、殿なのですか…。それに貴女は……まさか、竜焔の部隊の。」
『ええっ!? この子やっぱりすごいのね…うんと昔の話よ? まあそうね、貴方たちがにっくきオビシオンを倒してくれたおかげで、中から出てこられたってわけ! だから、ありがとうね。』
『気にしなくていいとは、何だ。』
『うるさい! …じゃあ、そういうことだから。今後の活躍も見守っているわ、エドワルド君!』
顔が兜で完全に隠れた女性の亡霊は左拳で己の胸を叩き、俺に声を大きく感謝の言葉を残した後、大量の亡霊に混じる。名前も聞けないまま、人の輪郭が重なり合って、もう見つけ出すことは叶わなかった。
また、静寂が地下室を包み。ハルランの腰あたりから生える極太の尾っぽが、椅子をぺちりと叩き、破裂音を響かせた。
彼女の縦に裂けた瞳孔は狭まり、穏やかさから離れている。俺が溢れ出る感情を一旦置いて、ハルランに向き直った。
「うん…複雑な事情がありそうだ。その点についても共有してくれ。…ミグゥニを倒しきるなら、団結が不可欠だからな。はあ…私の想定なら、奴はもうこの世にいないはずだったんだが…。」
「初耳じゃ…。のうハルラン様。本当にうちのこと覚えておられぬのか? うちは貴女から、シウゼヴァクを任された…これはしかと記憶しておるのじゃ。」
「そこ。君は、ケチョウを知らないという。しかしそれはおかしなことだ。――何故、君からケチョウとハウガの魂が感じられるんだ? 何か、アレに術を施されたんじゃないか。奴はモユヌエくんと同じ…いや、屍繰りだった。」
「ううむ…そんな、覚えは…。お主らは知らぬか? まずはこれを解決しようぞ。」
ハルランが畳みかけるように問い詰めると、モユヌエは眉をしかめ口元に拳を当てる。ハルランの言い分では、ケチョウという人物は相当な著名人、または重要人物のようだ。
しかし当然というべきか、俺の知識にその名前は存在しない。初出のハウガという人物についてもだ。
俺はハルランに質問する。その二名についての情報を得られれば、推測くらいはできるかもしれない。そしてハルランは、事細かに返してくれた。二名、いや一人と一体についてを。
まず「糸繰り」ケチョウだ。聞く限り彼女の容姿は、モユヌエに極めて似ているという。しかし古風な喋り口調ではなく、端的に話す。合理的で理性的な探究者だったと。
ハルランとケチョウは、同じく魔法を探究する者として友のような関係だったらしい。ハルランの策が上位種に通じず、少なくなった猛き戦士たちを、ケチョウが率いるとも約束したのだという。シウゼヴァクの守護者と、来たるべき時ハルランを目覚めさせる役割を担うと。
次に「肉吊りの」ハウガ。彼については、現在は既に滅亡している知的種族の一体だ。巨大な蜘蛛のような姿をしていたらしく、人類の魔法に興味を示した賢者だったと、ハルランは話す。そもそも上位種が現れる前から、ハウガたちや竜等、人類以外の知的種族は衰退しかけであって、生き残りは人類と交わって力を残していたそうだ。その継承を強引に行ったのが、ハルランの秘技なのだと。
「…モユヌエさんが、お話ししてくれたことと似てる…。蜘蛛さんと一緒になったから、その姿になったんだもんね。」
「そうじゃ、そのはずじゃ……。」
ハルランの話を聞き終わった頃、ケルが呟く。確かに、まるでモユヌエの話してくれた経緯がそのまま、ケチョウに入れ替わったような感じだ。ふと俺は思い付き、ハルランの話を聞くほど焦りを露にしていくモユヌエに、魔法「感知」を用いる。
やはり、ハルランの魔力とモユヌエのものは大きく違っている。何というか、モユヌエの内から感じる魔力は、不安定なのだ。感覚的な比喩になるが、押し入れに布団を無理やり押し込めたような乱雑さを覚える。ハルランの言う通りモユヌエは、彼女から直接秘技を受けてはいないのではないか。
だが、モユヌエが嘘を吐いているようでもない。現にモユヌエは、俺へ縋りつくような視線を送っているのだから。真実を明らかにしてしまえば、モユヌエの築き上げてきた根幹が崩れる。そんな予感がした。
そのときだった。話し合いに参加してくれていた亡霊、学者のような知的さを持った男性が言った。モユヌエの眼が大きく開かれ、直後身体がびくりと跳ねる。
『――しかし、小娘よ。何故頑なに真の名を言わぬのだ? ケチョウとは、お前の名のはずだ。いや、まさか――』
「クリフまで…! う、うちは…。」
『…問いを変えよう。小娘、モユヌエと名乗る前…何という名であったか。それはハウガとケチョウ、
「え……」
クリフと呼ばれた男性の亡霊は宙をなぞり、この世界の文字を書く。エドムンドの肉体のおかげもあり何とか覚えられたが、まだ読もうと意識しないと理解できない。
目を凝らすと、確かに一体と一名の名前が浮かんでいる。家名のような羅列の中から、ハウガとケチョウの文字が確認できた。そしてその二つから文字列が引き抜かれ、そのままモユヌエの名前となる。
使われている文字を入れ替えたわけではない。どういうことなのかと視線をやると、モユヌエの切れ長の瞳がついに歪んだ。
モユヌエは膝に両手をつき、はあはあと荒い息を吐く。暗がりであるのに、彼女の表情が凍り付いていることははっきりと分かった。
「……待ってくれい! リィートイ、なら…あやつなら、うちのことを分かってくれるはずじゃ! 今から訊くから、そうすれば……。」
「落ち着いて。君を責めているわけじゃないんだ。越境組織というものを立ち上げ、民のために動いたのだと聞いた。君は立派な娘だよ。…リィートイとは確か小人の隊列の娘だったな。その娘も術を受けていなければいいが…。」
モユヌエが息が整わないまま声を張り、ハルランが慰める。
だがモユヌエは責められているから、焦っているのではない。彼女が今まで心を殺し、ゼシニス大陸を守ってきた理由が、自身の存在そのものが、確証の持てないものに変わっていくのが恐ろしいのだ。
俺がモユヌエに伝えようとするのとほぼ同時に、ケルも口を開く。
「…そうだモユヌエ殿。正体がどうあれ、貴女は人類のために尽くしてきた偉大な人だ。貴女個人の在り方も知っている。実績や性根は嘘を吐かない、揺るがない事実だ。俺やケル君や…貴女に関わった人々は少なからず分かっている。」
「うん、ぼくでも分かるよ。冒険者の人たちや王様たちは、モユヌエさんがいてくれて良かったと思ってる!」
「……ああ。若人にそう言ってもらえるだけで、うちは幸せじゃよ。今からルヴネトの人形を動かす。ハルラン様、クリフ、同志たちよ……うちの友の言葉をお聞き下され。」
モユヌエは懐から水晶玉のようなものを取り出し、机にことりと置く。水晶の表面には見慣れた、久しぶりのカウンター席が映っていた。
◆
少女を模した傀儡人形は、足をもつれさせながらも駆ける。過去意思を託され、目覚めのタイミングを今か今かと待ち望んでいた英雄は、己のことをいないもののように扱った。奇跡的に再会した旧知も、場所は違えど共に戦ったはずの同志たちも、疑いの目を向ける。
喜びがそのまま足の竦むような恐怖へ反転するのは、自然なことだった。
色の無いルヴネトの街路を進み、人に巻き込まれながらもついに鍛冶工房前に着く。意識を傀儡人形と繋げているモユヌエは、大きく深呼吸をしてから、意を決して工房のドアを開いた。
動かすだけならば必要のない機能、嗅覚がモユヌエの心を一時だけ落ち着かせる。大戦によって心が砕かれていても尚、モユヌエの傍に居続けたリィートイ。幼い外見の彼女は、普段通りの調子で工房の奥からぱたぱたと忙しく現れた。
「いらっしゃーい――って、お前か。よし、ようやく顔を見せる習慣をつけたんだな。…それで、何か話したいことがあるのか? そういう顔をしてるぞ。」
『……のう。うちは、何者なんじゃろうか…。今までうちは、何のために…。』
「なんだなんだ!重い話かー? 仕方ないな…こっちへ来い。わたしが教えてやろう。お前がどれだけ頑張ってきたか、言い聞かせてやる。」
リィートイは真っすぐ言葉を発する。友人なら、例え人形であっても調子が分かる。モユヌエが未だかつてないほど思い詰めている事を、女性は見抜いたのだ。
モユヌエは呆気にとられた様子で返し、リィートイは人形の手を引いて椅子に座らせる。
『む…うむ。見ない内に、何というか…母親っぽくなったのう。』
「そりゃあ、ケルちゃんを見てるし、最近は矛神の子どもも世話してるからなー。これも、お前は似たようなことしてきただろ? そうだ…エドたち、ケルちゃんとかミナちゃんとか北に向かってるじゃないか。お前、あの子たちの近況を知ってたりするか――」
暖炉の熱は、モユヌエの本体の心まで温めた。そして水晶から意識を離した数舜、彼女の背中を擦る小さな掌を感じる。
ケルは幼いなりに考え、己が安心できたことを再現していた。修練や戦の後、疲れ切って眠ったときにはエドワルドやミナ、リィートイが少女を抱えた。そのとき添えられた掌の体温が、ケルの記憶に刻まれているために。
大勢がモユヌエを見守る中、遠くルヴネトにいるリィートイが知らぬまま話し始める。戦に負けても、残り僅かな戦士で大陸を守り抜いた思い出を。
途切れた歴史が、再び繋がれていく。