裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す   作:棘棘生命

106 / 114
悪意ある延命

 モユヌエがエドたちの来訪と無事を伝え、嬉しがったリィートイからルヴネトがどれだけ復興されたのか、話題に出される。

 二度に亘るルヴネト襲撃に対し多大なる貢献を為した人物として、リィートイは王都のいたるところから話を持ち込まれている身である。有権者、市民の視点の両方を持っており、現在のルヴネトの内情に誰よりも詳しい人物と言っても過言ではない。

 

 その様に、モユヌエの心はずきりと痛む。親友は直近数年で、見違えるほどに回復した。本来の輝きを取り戻し、持ち前の人情によって、多くの人の支えとなっている。

 やはり、自分とは違うのだ。流石は英雄だと、モユヌエは心の奥にあった劣等感と憧憬の感情が強く刺激される。見ているしかできなかった自分では、命を張った戦士のように事を為せないと。

 

 

 友を前にしても、モユヌエは弱音を吐こうとする口を噤む。傍に旧知やエドたちがいることもあるが、それ以上に彼女は一人で抱え込みやすい質である。相談できる者は限られており、その中でも白い炎を宿すことのできなかった民たちは、モユヌエを置いて逝った。

 もう彼女が真の意味で信頼をおけるのは、友のみ。リィートイだけなのである。

 

 そしてもう一つ、モユヌエは恐れていた。組織の主として試行錯誤した道程さえも、偽りであったなら。趣味の悪い冗談だと、ハルランたちを非難することも出来ない。いつしか疑心暗鬼に囚われた女性は、エドとの繋がりによって若干緩和しても、己すら信じられぬようになってしまった。自らを是とする豪胆は、()()()()()()()()()()()()のだから。

 

 信じたくとも、簡単に人を弄る化物の存在が邪魔をする。起死回生の一手はモユヌエの根幹が揺らいだことで同時に不安定となり、若人に縋りきることはどうしてもできず、剥き出しの絶望感が顔を出す。

 どれだけ気丈に、時に冷酷に振舞っても、大陸の外を一目見れば無力感に襲われる。民を守るための壁は徐々に綻び、しかし維持するしか能がない。協力的であったかつての術師はとうにいないのだ。古い時代より技術も力も衰えた人類に、何ができようものか。これ以上の苦痛を与えるというのか。

 モユヌエはその己への叱咤、迷いを飲み込み、進んできたはずだ。だが、虚勢というのはどれだけ長く続いていようと、いとも簡単に崩れる。

 長く生きただけの才女の心では、深奥を見れば、幼子が泣きじゃくっている。火の中嬲るように群がり貪るモノに、親も友も食い殺されたときからずっと。

 

 リィートイは自然な形で、会話の合間合間にモユヌエの功績も含めて褒める。だがモユヌエの眉間の皺が取れない事に気づくと、ふっと息を吐き促す。

 モユヌエは口をきっと結んだ後、意を決して話した。しかしリィートイの返答の軽さに、彼女は驚く。

 

 

「…ただの雑談じゃあ、気分も晴れないか。何があった?また戦か?」

『いいや、良き知らせじゃ。……ハルラン様が目覚めた。エドワルドが頑張ってくれたおかげでのう。』

「ん?……おー!ようやくか。あいつもよくやる。それにしてもよく戻ってこられたな…余程あの空間が居心地良いのかと思っていたんだが。」

『え……そんな、刺がある言い方せんでも…。ハルラン様は、こてーじ内で新しい魔法を研究されておったんじゃぞ。』

「そうなのか?だったとしても、こんな時代まで籠っていたんだぞ。全く…わたしじゃなくて、お前が怒るところだろ。全部押し付けていたことに、文句を言ってやれ!」

 

 

 リィートイはその柔らかな頬に空気を溜め、ぱんぱんに膨らませていた。

 モユヌエが人形から一瞬だけ意識を離し、恐る恐るハルランを見ると、最もな非難だと当人は頷いている。モユヌエは再び、リィートイの話に耳を傾けた。

 

 

「まあ…あの人が戻ってきたなら、モユヌエも多少は楽ができるな。それで、良い知らせだって言うのにどうして苦しそうなんだ。」

『むう…何だかな。うちが頑張ってきたことって、正しかったのかと思ってな…。越境も、ゼシニスの対立を止めたのも…本当に、うちがしてきたことなのかと…。』

「お前、何を言ってるんだ。」

『だって、うちはハルラン様から命を受けただけの小娘だったんじゃぞ! それに以前は、何かに突き動かされるような感じじゃった! 今は、何も…何もかもが上手くいかぬ…。』

 

 

 モユヌエの口から少しずつ、抑えきれなくなった悲嘆が漏れていく。モユヌエは過去を振り返り、ふと気づいたのだ。越境組織を立ち上げたとき、混乱する国々に助言し、人類同士の争いを治めた時。モユヌエには自信があった。内なる弱さを振り払えるような情熱が。今は、人でないように崇められるか、老婆のごとく腫れ物に触るように扱われるか、置物のような存在ではないか。

 今更遅いと分かっていながら行動に移し、自らが練った計画は悉くが成功しないとも。

 しかし、モユヌエは気づけていない。失敗は記憶に残りやすく、手腕に陰りはないことを。モユヌエ自身の力であることを。

 

 

「要領を得ないな…全部が全部上手くいくわけないだろ。お前は諦めなかった…ずっと表舞台で戦ってくれたのはモユヌエだけだ。まあ…ロシーなんかは隠れて支えてくれていたけど、それもお前の頑張りと言ってもいい。自分でも思わないか?」

『うん…確かに、上手くいったときは、うちの手柄じゃと思いはした。』

「そうだろ。わたしも、ようやく起きてきたハルランも、何も出来ていない。レヴィテとか、ケチョウとかは最悪な部類――いやごめんな、言い過ぎた。わたしが学者と反りが合わないって――」

 

 

 モユヌエは目を見開き、リィートイの言葉を遮る。そして思った。己の中にケチョウなる人物の記憶がない理由は、自身に原因があるのだと。

 

 

『え、リィートイそれ!話してくれぬか!ケチョウについてじゃ!』

「んん?わたしはまだまだ、物忘れするほどじゃないぞ。」

『頼む…!』

「…何か事情があるんだな。…良いぜ。わたしよりもお前の方が詳しいだろうが、付き合ってやる。偶には昔話も悪くない。」

 

 

 モユヌエの勢いに引き気味になりながらも、リィートイは紅葉のような左掌で作業台を叩く。過ぎ去った出来事は、戦士の傷として残り続けている。

 

 リィートイの語り出しはこのように訳される。始まり、此の地を侵略種族が襲う前から、ケチョウの名はあった。その名誉を畏れるべき屍術師として。

 

 

 

 

 遠い昔。生と死を分かつことなく、同一視した小国があった。ゼシニス大陸の反対に位置していたそこでは、此地や星々から為る魔法ではない独自の体系が築かれ、広められていた。自然現象の一部、「魂の運河」に着目した技である。

 国の繁栄の故には、活力を得るための魔法による民の胆力、他国で許されない業にまで手を伸ばす貪欲さがあった。

 

 そして「人形師」は、この国の花形として多くを兼ねた。作り物から、抜け殻となった肉体、果てには動植物を使役することまでを。それぞれの分野に特化した人材がおり、師弟関係を結ぶことで技術の継承を行う仕組みだった。技術の洗練は、傀儡人形を操る技術は、他国の一歩二歩先を行くほどにまで効果を為していた。

 

 ケチョウは、才ある者の中でも特に優れており術の全てに長けていた。その大国の在り方を体現したような人間であった。

 更なる発展のために技術を磨き、弟子を多く取り、進んで矢面に立ち、人形師の名誉を示し続けた才女。その飽くなき情熱は、他大陸への来訪にも及ぶほどだった。

 

 ある日、国の発展を祝うための宴が執り行われたとき。集められていた著名人の中に、ケチョウとその弟子たちはいた。そしてそれだけでなく、弟子たちの家族や、国から招待された人形師の面々も。

 

 全ての不幸は、この日始まった。宴を楽しんでいた偉人たちは、幸福から一気に地獄へと叩きつけられる。

 空は引き裂かれ、異形が出でる。飛来するものたちはまず、人が多く集まる場所かつ守りの手薄な土地を狙った。本能的に、痛めつけるのが容易く栄養価の高い肉に引き寄せられるように。

 

 想定などしているはずもなく、結界を張り巡らせていなかった大国は、壊滅した。抗戦をした者も戦を知らぬ者も、巨大な蟲が這う肉塊にされたのである。

 第三の選択肢として、湖や海を滑る「糸繰りの船」に乗り逃れた者の他には。

 

 

 彼らは、船を格好の的とした獣の侵略種族により数を減らしていった。別の土地に助けを求めても、故郷と同等かそれ以上の地獄が広がり、それから逃れる術もなかった。

 ケチョウとその弟子たちは、奇跡的にゼシニス大陸へと辿り着いた。そして、同好の士たる魔法の探究者に出会ったのである。

 弟子と言えど、人形師として一流の彼らはケチョウの元を離れ、敵討ちのため戦へ加勢した。白糸の魔法を扱い、ゼシニスの戦士たちを支援する。その殆どが、師たるケチョウの傍に戻ることは無かった。

 

 

 惨憺たる戦の終わり、残る既知の間柄と共にハルランの眠りを見届けたそれは、ゼシニスを守らんとする中、姿を消した。入れ替わるように、彼女の弟子が目的を継いだのだ。望まぬ魂の継承と共に。

 そしてそのわけをリィートイと、かつて防衛戦に集った数十名は知っている。ケチョウは取り繕うのが上手く、歪み始めた本性を隠していたのだと。

 

 極限の状況下で、人は少なからず狂う。国の発展、技術、進歩をこそ愛したケチョウに残されたのは自らの体に、使い物にならないくず鉄、化物が徘徊する廃墟のみ。高め合わず醜悪な争いを続ける、魔力を持たぬ人間ばかり。

 故にかつての同志は、他ならぬ同胞の手によって討たれた。人類の争いを煽り、破滅を齎すのは「怪物」に違いなかった。

 

 

 

 

 モユヌエの心臓の音が、静まった地下室に鳴り響く。意識を傀儡人形に繋げた彼女は、頭が割れるような痛みに襲われていた。

 徐々に、違和感を覚えないよう改竄されていた記憶。それはモユヌエの近くに座るハルランの心さえも、ぐちゃぐちゃにかき乱した。

 

 ハルランは目を閉じ、シウゼヴァクの地下深くを知覚した。

 結界の中には、蟲がいる。ぐじゅりと瑞々しく無くならない肉を喰らい、力を蓄え続けている。蛆が這う巨大の肉塊には絹のような金髪がへばりつき、ハルランはその正体をすぐに理解した。

 

 かつて志を同じくした友は、その身を蟲へと捧げたことを。結界内を「一つの世界」と定義し、生命活動が絶えれば二度と蘇らぬように徹底したというのに、ケチョウはその策を無に帰したのだと。

 まだ終わっていない。ケチョウの肉体は何故か、寄生虫たる上位種の餌となっている。故郷の民を殺した元凶であるのに拘わらず。

 

 ハルランは己の左角を強い力で掴み、その痛みで頭を冴えさせる。戒めとして、更には友への決別を惜しまぬよう、ついには角を砕いた。

 裏切られたことを理解し悲し気に歪められた女性の顔を、モユヌエ以外の、場にいる全員が一斉に見る。ぼたぼたと零れる血はすぐさま止まり、巨大な左角もしゅうと音を立てて再生した。

 

 

(……理由は明白か。私が君を信じすぎてしまった。君がお行儀の良い人間でないと分かっていながら、交わした約束を絶対だと思ってしまったから。)

 

 

 エドたちが近くにいることを伏せていたモユヌエに、その意図を理解しながらも女性は語りかける。するとリィートイの目はじとりと細められ、肩を怒らせながら腕を組んだ。

 

 

「小人の隊列の女傑よ。失礼を承知で、伝えさせてくれ。罪から逃げず…モユヌエくんや君が押し付けられた苦しみを、今から背負う。そしてケチョウに報いを受けさせる。」

『……やっぱり、傍にいたのか。ならエドもいるのか?』

「ああ。便りを出せずすまなかった。」

 

 

 ハルランに続き、エドも水晶に向けて言葉を発すると、リィートイは満面の笑みで手を振る。久しぶりに見たリィートイへ、ケルも切なさから同じように話をしようとするが、口を結ぶ。リィートイの本題に水を差さぬようにと。

 

 

『ははっ、元気で何よりだ! ケルちゃんたちにもよろしく言っておいてくれ!それで…竜血呑み。そんなくだらないことより、モユヌエを労わってくれよ。…わたしの友をいじめるなんて、許さないからな。』

「…そのことについては、彼女の望む通りに罰を受ける。」

「や、やめてほしいのじゃ! リィートイ、話してくれて感謝するぞ。ちょっとばかし、頭をいじられているみたいでな、治ったらまた話すとしよう!」

『えっ、おい…! エド、何とかしてやってくれ――』

 

 

 人形と繋いでいた意識を外す瞬間、モユヌエは誤解を招く言葉で締め、傷一つない水晶を懐にひょいと片付ける。モユヌエの顔は上気しており、リィートイに力強く撫でられた頭を押さえる。頭痛はもう引いていた。

 

 

 越境の「大母」の存在を知る霊魂たちは、ほっと胸をなでおろし。クリフの亡霊は情報を整理した後、指を左右に動かし、モユヌエと名乗る前の少女の顔を思い浮かべて納得する。

 さらりとした長い黒髪で、前髪を横に切り揃えた人形師。容姿に名残は無くとも、人形師らしくない平和主義を彼は覚えている。

 

 

『そうか。変わったのではなく、元よりそうだった…。非礼を詫びよう、娘。…イヨと呼ぶのは、まだ早いか。』

 

 

 呼ばれた名にモユヌエは小首をかしげ、ハルランも長い時を経ても、持ち前の頭脳によって瞬時に理解する。

 屍ではなく、傀儡人形を動かすことを好んだ娘は、蜘蛛たちに食われかけの魂を燃やしている。融け合うことなく、冷たさにも呑まれぬように。

 誤解は解け、蟲へ抗う手段を見つけるため総員は向き合った。

 

 ミグゥニを取り巻く結界が軋む。猶予はほとんどない。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。