裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す 作:棘棘生命
四章も残り数話になります。今週中の終わりを目指してまいります。
高く血と骨でできた塔は、一つの人体が膨らんでは弾けたことを示している。これはその者が、死するまで不変である美貌を捨ててまで、欲望を追った結果であった。
屍術師ケチョウ。厳密にはその魂が、元の身体でできた塔を見上げた後、玉座に肘をつき「催し」を愉しむ。両隣できゃあきゃあと騒ぎ立てる蟲には目もくれない。面白くてたまらないからだ。
ケチョウは生まれ持って、危険な思想を持ち合わせていた。人間の利己的な部分が肥大し、のめり込めば殺しさえ厭わない。
元来「人形師」とは、生命の循環を術によって歪める術師である。人形師として理想的だということは、人格破綻者と言って差し支えない。
故郷が虫によって食い殺された時、ケチョウが最初に感じたのは「億劫」だった。国が人形師を抜擢するために、あらゆる骸が市場に出回っていた経済は、ケチョウが身を置くに楽な環境であったからだ。
死臭漂う市井など、他国では嫌悪して然るべきである。満足に研究も出来ない状況が続くのだと思えば、彼女の弟子たちがむせび泣く様も鬱陶しく思えた。
だが冷血なケチョウであっても、人らしい感情を抱くことがあった。己よりも才がある者へ、悉く嫉妬の念を燃やしたのである。そしてその対象たる術師たちへ、ケチョウは悪意を以て貶めようとは考えなかった。
近しい者さえ認めず疎み、対等に接せる天才にも負の感情を抱く彼女は、その性根故に予期せぬ一撃を喰らった。
弟子の内、最後の生き残りであった娘に、裏切りの報いを受けさせられたのである。
何者かに放り込まれた瑞々しい肉塊は、因果か故郷の仇である蟲の苗床となった。そして一度敗れた者たちは、互いを利用し喰らい合う「共生関係」を築き上げ、腐敗した世界を模ったのである。
エドワルドが糸に触れた瞬間。侵略種族としての優れた脳が、無防備であった彼の魂に接続し、直近の記憶を盗み見た。これによりミグゥニは、エドワルドが「盾のヴァルミラ」の影響下にあったことを知ったのだ。
己の進化と探究のためなら、他種族さえ糧にする翼の上位種は、いわば蟲の上位種と共生関係を結んでいた。遠い昔、この世界を侵略種族が発見する前から。
そしてもう一つ、青白い騎士の特異な魂が、残滓さえ寄り集めていることも理解する。
魂に関わる魔法は、ミグゥニの一部たるケチョウの技である。虫の共同意識に取り込まれた屍術師も、その事実を知った。
(もっと喰らうがいい…!その魂さえあれば、私は更なる高みへ至れる…!生物として、術師としても――)
虫は食欲のままに貪り、成体へ至らんとする。ミグゥニもまた侵略種族の中では伸びしろはあれど、十分な養分を摂った後完成される個体であった。
故にケチョウは、失望した。確かに人類を越える頭脳と俊敏さ、技の数々は持ち得た。それ以上はなく、想像の範囲内。驚異的な繁殖力も、操る手駒として考えるなら屍で十分であると。
戦の最中感じた底知れなさは、幻想だったとケチョウは勝手に嘆いた。虫の種族では、侵略種族としての高位な技を本能的に行使するしか能がなかったのだ。
ケチョウは企てている。
己の魔法によって、蟲の上位種というステージから一歩昇る。どれだけ空間の裂け目を作っても、結界一枚通り抜けられず、外界の情報はぼんやりと傍観者として得続けていた。
そしてケチョウが忌まわしく思うかつての弟子が、都合よく目当ての戦士と接触したのを見たのだ。
完璧と言っていい状況。掌で踊らせているように思っていたケチョウは、しかし段々作り物の人面を引き攣らせる。
騎士の動きが、まるで先を読むように滑らかになっていることに対して。己の想定より遥かに早く、
ケチョウはエドワルドの背後を凝視し、それが亡霊の影響でないことも理解した。
騎士は淡々と、ミグゥニの子らを塵へ還す。その度、ミグゥニや虫の種族に喰われた人の残滓がふっと動き、彼の足へと吸い込まれていく。別の世界、蟲の温床となり苦しみながら死んでいった者たちの念が。
一つ一つは小さくとも、縋るように擦り寄る名残は、青い騎士へ力を与える。
悪意ある策略によって、空っぽの器に無理やり注がれるのではなく。魂自身が、温かい故郷を彼に感じたために。
「――なるほど、分かってきたぞ。やはり、小難しいことは考えない方が良い。」
騎士は地面を蹴り、大小様々な「蟲の闘士」の首を、踊るように両断していく。鎧を着こんだような姿の蟲だけでなく、強力な酸によってどんな生命体も溶かす個体、魔力の壁を掻い潜れる芳香を武器とする個体等、進化の過程で得た様相を特化させた蟲も。
一つ、二つ、三つ、彼が数える度に上位種は補充され、供給された矢先に死んでいく。
緑尖耳の種族やミグゥニとは別種の蟲たち等とは、肉体の強度に大きな開きがある。閉塞空間で衰えていても、ミグゥニの種族は、ハドリグやソレオと並ぶほど、世界を滅ぼしてきた。
古い猛き戦士であろうと、一体を相手取るのに時間をかけた。古い戦士たちは時に命を使って、前線を維持したのだ。
(こいつは、何だ…?ゼシニスの魔力無しどもから、これほどの人間が生まれたというのか――)
人でなくなった怪物の思考に、一瞬だけ恐れが混じる。ケチョウもまた、自らで分からずとも衰えていた。表層の思考しか糸でなぞれず、どこから魂がやってきたかを読み取れなかった。そしてこれからも知り得ることは無い。
騎士の兜、視界を確保するため作られた隙間から、焔が上がる。胴鎧や手甲、ありとあらゆる場所から白き炎が立ち昇り、そして真っ青に染まった。
白はなく、ガラス細工を光に透かしたような青。彼が想う月の色、生きた世界の窓越しに見えた、ありふれているようで特別な美。
「…………」
『クコッ…マ、ザ…』
騎士はそのまま、蟲の上位種の頭から胴に刃を通す。ばたばたと脚を動かし、拙く言葉を発しながらその個体は、塵になった。
それは、ありえないことだった。その個体には、声帯がなかったのだから。
飛ぶ幾千ものの上位種たちに、その灼熱が共有される。死の間際確かに感じた、虫の種族が感じることのない恐怖をも。
どのように同族が死んだのかを知る仕組みにより、それらは改良されてきた。親であるミグゥニの元、同族での殺し合いも行い、より優れた個体になるよう急速に進化したというのに。
祖であり王であるミグゥニの命令を待たず、何百もの蟲が騎士一人目がけて襲い掛かる。
「――薙ぎ払う!」
真っ青な刃が広がるように宙を飛び、十数体を消し飛ばす。地上にまで降り立った蟲たちも、揺らめく青を複眼いっぱいに映しながら消えていった。
肉塊の塔は健在だ。卵から蛆となり、これまでの戦闘を学習した個体が次々成体になっていく。満ち増える量の方が多く、上空が暗い色になるほど上位種が埋め尽くしていく。
『どんどん行けっ!』
『――見ていた時より、ずっと良いなあ。ハドリグか、ヴァルミラか…エドワルドか』
ミグゥニは機能として無い表情筋を作り上げ、口元をわさと動かした。外殻の内側で、ケチョウの人面の裏で、本当の面を歪ませている。
今この瞬間「節くれの王」は、エドワルドを個として認識したのである。
エドワルドが推測したことは、少しだけ違っている。それは慢心しているわけではなく、この場での死も厭わない。
原始的に種の繁栄を、繁殖することを望んでいる。
図らずもケチョウと同じように、ミグゥニは次のステージを視野に入れた。やがて己と子らが、どの世界も腐らせんことを。
◆
戦禍は激しい。ヨヌアは人同士の争いの後、強襲を受け、傷を負っていた。額や足から血を流しており、縛った布からも赤が滲んで垂れている。
民を逃がし戦闘を続け、難を退ける度膝をつく。同じ団に所属する男性に肩を貸され、何とか槍を握っている有様だった。
その男性も戦闘によって負った傷で、右腕の感覚が無くなっており、元魔兵の力を発揮することは叶わない。利き腕でない方で槍を薙ぎ、ヨヌアの援護をしていた。
「団長さん、無理するな!大母がいないときに、あんたが倒れちゃあ…折角結成した騎士団も台無しだ!」
「なにがっ…!ここは、私の、オズの居場所なのよ…!」
『ギギギッ…!』
『ウマソウ!ソレデ、ウマソウ!』
人類に近い知性ではない虫の上位種たちが、家屋の屋根や壁に張り付き、二名の戦士を凝視する。人間より二、三回り大きな怪物は、人と虫が混ざったような顔を変形させ、酸を飛ばした。
ヨヌアは暴風を吹かせてそれらを弾き、近いところにいる蟲へ異形の大槍を薙ぐ。酸性の体液をふらつく足で避け、どんどん腹部から出てくる虫たちも相手取る。
しかし死角から突進してくる虫に対しては、意識を向けきれない。ヨヌアを庇うように男性は押しのけ、槍をカウンター気味に突き出した。だが勢いを殺しきれず、男性の動く左腕が牙で貫かれた。
ヨヌアの背筋に嫌な感触が伝う。はっとして駆け寄ろうとすれば、男性は来るなと声を張り上げた。
「あ…ああっ。ロウズ…!」
「気にするな、嬢さん!…ちくしょう、もう囲んでやがる…。」
男性ロウズは、口端を上げて気取り、口を使って札のような魔道具を傷に落とす。薬効と止血効果が合わさった高級な品であるが、気休めにしかならない。応急措置で傷を塞ぎきれるような魔道具は、存在しないのだから。
二名は包囲されていることに気が付き、必死で突破口を探す。しかし足を止めていればいるほどに、血の臭いを嗅ぎつけた虫が集まる。
暴風を放ちながら全力で走っても、地面を踏みしめる足に力は入らない。逃げながら、倒しきるしかないと二名は考えを共有した。
この時、ヨヌアは愛する弟を想い、ロウズは数年前目に焼き付いた光を思い浮かべていた。浄血を謳う騎士団とは、目的が多数ある。「青月」と呼ばれる個人の援護も、目的の一つであった。
正式に「群青血の騎士」という彼らの中、ロウズは魔兵であったとき、エドワルドと友誼を結んだ。顔を合わせれば、話す程度の軽いもの。
シウゼヴァクを哨戒していた際に偶然、初めての輝きを目の当たりにしたことがきっかけだった。
ロウズは、信心深い魔兵としては珍しく、「姿を隠した王」の存在を疑っていた。生まれ育った国だ、忠誠はあれど身は入らない。故に、実力はあれどはみ出し者だった。
しかし、意固地だった彼に考えを改める機会を、エドワルドは無意識に与えた。夜闇一人で戦い続ける彼の姿が、独自に築き上げた技が、信じることの始まりを思わせたのである。
何かに依存するのではなく、超常を敬うわけでもなく、己が磨く術が標となる。当時ぎりぎり三十になっていなかったロウズは奮起し、集団戦ではなく単体での立ち回りを鍛えた。
直接的でなくても、ロウズにとってエドワルドは優れた個であり、恩義を返すに相応しい存在だったのだ。
彼と約束したことがある。エドワルドが忘れていたとしても良い。必ずまたこの町で酒を飲み交わすのだと。ロウズは最期まで諦めるつもりはなかった。
その時だ。想いが届くように、飛来するものがあった。
重々しい音がして、割れた石畳が浮かび上がる。上位種の一体がその勢いのまま叩きつけられ、頭部が完全に潰れた。
「――潜入完了しました。ガルフ、ヒューバート。そちらは問題ございませんか?」
切迫した状況であるのに、飄々と虚空へ話すその人物は、襲い掛かる上位種に向けて盾のような武装を叩きつけていく。
魔力で補強された「破邪の巨盾」は、虫の器官が生え変わる前に死に至らしめる。手負いの戦士たちは、瞬く間に敵の数が減らされていく光景に、呆気に取られていた。
鳥の意匠が施されたヴァルミ騎士の背中に、ロウズは頭にある言葉がひらめく。
「月」が降りてきたのだと。
丸々とした騎士たちの助勢が抗う力を生む。戦士たちは奔走している。