裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す   作:棘棘生命

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剥離

 アルビンとロオファは、同じ「紅瀞」の弟子でありながら接点は殆どなかった。彼女が弟子を複数人連れ歩くことを嫌がったためだ。

 ラディアは、集団戦で多くの仲間を失った。彼女の言い回しなら「足手まとい」が、守り切れず死ぬことに抵抗があったのである。

 

 だが二人の近くに、その師はいない。成り行きで共闘することになった男女で、果たしてどこまで生き延びられるのか。凄腕であろうと生存欲求をとっくに失くしたロオファが、彼の足を止める形となった。

 

 

「ロオファさん、素手じゃ勝ち目はあらん!」

「やってみなければ分からない。ただの道化で終われるか、わたしは…!」

「あほだら…!人斬りとバケモン退治じゃ、わけが違うんやぞ――」

 

 

 ロオファはもう演じることを止めていた。調子者の仮面は剥がれ、しかし術師アザレアに飼われた「犬」でも、ラディアの弟子でもいられず、壊れた人格だけが宙ぶらりで揺れている。

 彼女は、アザレアに拾われた時から、自分が生まれた意義が欲しかった。何者かの立場に従うことで、己を肯定したかったのだ。例えそれが空虚で、自身に価値が生まれるわけでないと分かっていたとしても。

 今この戦こそが、意味を刻む場所なのだと。

 

 

 矛神は豪快な技をロオファに与え、暗部としては隙がなくどんな状況下でも暗殺を成功させる技術を熟知している。意識外から命を刈り取るのは、学院の人間としてのロオファの得意芸であった。

 それは、アルビンも同じだ。罪人を幾多も貫いてきた彼の技量は仄暗く、秘密裏に動く暗部以上に、効率的な「狩り」を知っている。

 

 だが二人は分かっている。対人に優れていても、理の外にある上位種には通用しないことを。生半可な魔力では傷をつけても修復される。そもそも頭部を取られても動き続ける可能性もあるのだ。そして蟲の上位種の脅威は、自己修復能力とは別にあることもこれまでの実戦を経て理解していた。

 圧倒的な繁殖力と、統率力である。

 

 

「ぐうう…!」

「ロオファさん! なあ…!?」

 

 

 戦闘の瓦解は一瞬だった。ロオファの、魔力の炎を込めた蹴りが上位種の頭部を破壊したとき、酸が彼女の右脇腹を焼く。ロオファが顔をしかめた瞬間、寄生蜂の要素を持った別個体が、弱ったそこへ針を突き刺した。否、それは鋭く長い卵管だった。

 アルビンの突き出した分厚い刺突剣が、寄り集まった虫の凄まじい圧力によって、見るも無残に折れ曲がる。大きく隙を晒した彼は五体の上位種に囲まれ、代わる代わる突進を喰らうことになった。

 

 一方は飛び出た幼虫に肉を喰われかけ、もう一方は質量の暴力によって骨が次々折れていく。朦朧とする意識の中で、彼らは思った。

 想像していた末路と、そう変わりないものなのだと。

 

 

「――虫どもめ、散るがいい!『破邪の巨盾』展開!」

『ギイイ!!――』

 

 

 バゴと重い破裂音がシウゼヴァク上空で幾つも響く。魔力を通すことで使用される、守護騎士の武装が齎す爆発だ。二名の近くでもそれは起こった。

 

 降りてくるのは、一目見ればわかる特徴的な丸々騎士。彼の鎧には、獲物を仕留める狼の群れの意匠が刻まれていた。

 彼と彼に従う仮面の集団は、虫が一時退避していった後、倒れ込む二人へ近づく。アルビンは指一本動かせない状態であり。ロオファは激痛で意識を失いそうになりながらも、魔力の炎を幼虫を植え付けられた傷口へ何度も押し付け続ける。

 

 

「アルビン殿!矛神のお嬢さん! これはあまりにひどい……神官たち、例の物を!」

「はい、ガルフ様!」

 

 

 ガルフ、平時はザルディ国の研究機関を守る任についている騎士が指示を出す。最高司祭たるサイラスの招集は、ゼシニス大陸全土に及んでいたために、はるばる彼もやってきたのである。

 

 ガルフと一緒にザルディで勤めている、ヴァルミの技術神官の集団は、ごそごそと背負い鞄を探る。そして、どろりとした液体入りの細長いガラス瓶を取り出した。

 微かに息をするアルビンへ、ガルフは容器の中身を全身に広がるよう垂らす。技術神官たちはロオファの方へ同じように中身をぶちまけていた。

 

 

「――こんな形でお会いしたくはなかったが、間に合ってよかった。最高司祭も胸をなでおろされよう。」

 

(これは……? おやじ……今回だけは……)

 

 

 ガルフの呟きを聞きながら、痛みが引いていく感覚にアルビンは辛うじて保っていた意識を落とす。ほぼ同時にロオファも幼虫の死、体内を喰われる激痛が除かれたことで、気を失った。

 

 月の光が垂らされた液体に反射し、その殆どを吸収する。赤黒く、瓶から零れ落ちれば凝固する魔力の血液。

 未だ探究の途中である若き術師の成果は、試行の段階だろうと、この戦場で革新をもたらす。

 

 

 

 

 モユヌエとケルは、シウゼヴァク地下深くにて、結界の外で作戦通り修復を急ぐ。初め、モユヌエ一人で結界の修復を行う予定であった。ケルが申し出たのだ。

 勇者の証となる魔法「縫合」は、世界の傷口をパッチワークする特別な技だ。結界に使われている術式も、元を辿れば原理は同じである。場所さえ分かれば、塞ぐことくらいは出来ると、幼子は自発的に手を挙げた。

 

 モユヌエが術式の綻びを見つけては、二人で糸を紡ぐ。順調に進んでいるはずであるのに、焦りは募るばかりだった。

 その最もたる理由は、結界内の異変である。静かでか細かったミグゥニの魔力が、エドが入った時点から急激に増加したのだ。更には、大量の個体の反応も。

 

 今までは、ぼんやりとしか魔力の流れが分からなかったというのに、この有り様だ。つまり、ミグゥニが弱ってなどおらず健在であることを示していることを、モユヌエは理解せざるを得なかった。古い民の肉塊がミグゥニを再起させるに至ったのだと。

 

 

「…ぼく、もう行くよ!一人だけじゃ…!亡霊さんたちはついてるけど、戦えるのはエドさんだけなんだもん!」

「待てケル!お主が向かったとて、エドワルドを乱すだけじゃ!」

「で、でも!こんな、ぐちゃぐちゃした感じ…エドさんが死んじゃうよ!」

 

 

 声が詰まって出てこず、つっかえながらケルは言う。

 少女は息ができなくなるほどの不快感、どす黒い悪意が広がっていく感覚を現在進行形で知覚している。上位種には今まで滅ぼしてきた世界の、人類の怨恨が纏わりついているからだ。ミグゥニの子はそれを受け継ぎ、勲章とする。

 尖耳の種族を相手取ったときよりも、ずっと恐ろしい。結界内が絶望的な状況にあることを、二人は分かっていた。

 幼子の必死の訴えに、モユヌエはただ首を横に振る。その間も、彼女は術式の綻びを探すことを止めない。

 

 

「…であっても、決してお主を向かわせん。…うちは結局、尊敬していたお人さえ信じられぬのじゃ。優しき子を死地に送るなど…!」

 

 

 糸を伝う思考が教える。エドワルドの心根は戦人とは縁遠く、悔やみ続けながら歩み続けていること。ケルを希望と思い、口では闘争に誘いながら、可能な限り死を遠ざける道を選択していることも。

 エドワルドと己はどこか似ていると、老女は思った。人格が超然としていないからこそ迷い、それによって選ぶ路を吟味できる。より良い選択を見つけようと足掻けるのだ。

 

 

 モユヌエが黙ったことで、ケルもぐっと言葉をこらえ手伝いを続行する。涼し気な音が鳴って、歪んだ文字を正常に戻し、割れかけた琥珀色を時間が遡るように滑らかにする。

 

 そしてモユヌエはついに、最後の綻びを見つけた。彼女はケルの助けを待たずに糸を紡ぎ、完全なる半球へ戻した。しかしもはや、結界が修復されたことだけで安心はできない。

 弱った上位種だからこそ、結界は維持できていた。このまま加勢せずエドワルドが押し負けた場合、全ての作戦は白紙に戻るのだ。

 静寂がしばらく続き。モユヌエが、もう一言を発した。

 

 

「ケルよ…ハルラン様に伝えておくれ。結界は直った。老いぼれが最後に華を咲かせるとな。」

「……モユヌエさん! ハルランさんなら、すぐに来てくれるよ!ぼくも行く!」

「…じゃが、お前にここで命を賭す理由はないじゃろう。因縁も無かろうに、死にたがる奴もおるがの…。」

「エドさんが理由になる!」

「ケル、お主にはまだ、何十年も未来がある。うちはもう、やれることはやった。糸繰りも、越境の子らも随分育った…。なら、うちは好きなようにしたいのじゃ。」

 

 

 モユヌエは諭し、ケルの激情をおさえようとする。しかし、恐怖を乗り越えるほどの想いを諦めさせるほど、説得力はなかった。

 絶対的なものが崩れる時、ケルは失望ではなく、掌で掬い取りたいと願う娘なのだから。

 

 

「ならぼくも、好きにする。エドさんみたいに手を伸ばすんだ!」

「ううむ……。布はしっかりと鎧に括っておるな?それと、絶対にうちから離れるでないぞ。」

「うん!」

 

 

 ケルが力強く頷くのを見て、モユヌエは意思を固める。そしてぱちりと指を鳴らし、何者かに呼びかけた。

 洞穴の入口や、一点光射しこむ天井からぞろぞろと人影が集まる。それらは全て、傀儡人形だった。それも新造されたことがうかがえる、傷一つないボディであった。

 それらは一体一体腕を絡める。ケルが目を丸くしていると、モユヌエは真剣な調子で人形の列の端を握った。

 

 

「…うちが、皆の仇を討つ…!討ってみせよう!」

 

 

 記憶の混濁したモユヌエの目には、かつての惨劇が再現されている。復讐の味は甘く、吸い寄せられるように。

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