裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す 作:棘棘生命
ぼろぼろになった二人の弟子と、新たな知己つまりはミナが倒れる様を視界に入れた瞬間、ラディアは糸が切れるような感覚を覚えた。取り戻せない過去が蘇ったのだ。
どんな負け戦でも、鉄臭さと深緑の鎧を炙る熱があった。今正に、この戦も敗北の色が濃く思えてきたがために。
怪物との戦は絶え間なく、矛神の戦士たちはラディアを置いて逝った。どれだけ鍛錬を積み重ねても、騎士は最期を謳われることなく名を途絶えさせる。暗がりで人知れず、生き残った者しか勇姿を覚えていられない。
ラディアは、その寂しさを知っている。記憶というものがどれだけ薄れやすく、不確かなものであるかも。
剣を振るうだけでは立ち行かず。大局を見れば敗北しか待っていない、上位種との戦争は常に苦さを残していく。ラディアは戦いに昂りながら、単なる戦狂いではいられない。かつての仲間の記憶は己だけが抱えているのだから。
だがそれ以上に彼女は、自身が教えた剣と術が奪われようという現実に、我慢ならなかった。
自分本位な憤怒ではない。いつか、自分の生き様を見て繋いでいくはずの後継を守り切れなかった、己の無様への怒りである。
「全部……てめえら全部、消し飛ばして!『劫炎斧』」
ラディアを象徴する武骨な兜は、虫の上位種による強襲で引き裂かれ、その鋭い眼光を露にしていた。家屋を燃やす炎よりも濃い赤髪も右半分だけ飛び出し、先端をちりちりと焦がしている。
魔力の炎によって模られた斧、ラディアの渾身の魔法が、縦に振り下ろされては虫を墜落させる。そしてとどめを刺せているか確認する前に次が来て、彼女は同じように魔法を行使した。
魔力の消費量や魔力循環の効率を気にしてなどいられない。何故なら、ラディアが鍛えた最大の技でようやく上位種を倒しきれる出力なのだ。生半可な魔力持ちが束になっても、一匹倒せるか、ただ数を増やされるかである。
大陸外の養殖人間の血肉を好きなだけ喰らった万全の上位種を、倒せるだけでも奇跡的なのだから。
シウゼヴァクに集ったのは、双子神教の儀式に参画しようという実力者たちだ。
ラディアの横には、魔兵やシウゼヴァク在住の冒険者の他に、所属問わず上澄みの戦士が入り乱れている。それでも見えない基準を越えられる者は更に少なく、徐々に戦況は悪化していく。減らす量よりも、産み増える量の方が多いのだ。
しかし上空から飛来する虫に気を取られ過ぎては、尖耳とヴァルミラの眷属に足元を掬われる。
ラディアは、人類側の戦士の中で最も大立ち回りをする巨女に目を向け、それから前から突撃してくる紺色長髪の尖耳とショートヘアの翼の種族へ剣を振るった。
『こいつはおれがペットにする!邪魔ぁするなよ、羽女!』
『これは、これは…やはり意地汚い種族ですこと。しかし…もうそろそろ狩場も無くなってしまいますね…。』
「イラつく……てめえら、生きて帰れると思うなっ!」
『よく見れば、面も愛玩用に使えそうじゃねえ?早速、腕を――』
尖耳の種族が舌なめずりしながらも言い、左手に生成した剣を逆袈裟斬りで振ろうとする。その直後、腕と上半身ごと消し飛んだ。
ラディアの攻撃ではない。彼女が意識していた、巨大な女戦士からの奇襲である。
ばさりと翼から音を立て、大きく避けたヴァルミラの眷属も逃げ切ることは出来ない。横からの追撃で全身が凍りつき、そのまま地面に散らばることになった。
それら肉片たちは、正気である魔兵たちによって次々突き刺され、黒い血ごと完全に除去される。
横槍を入れられたラディアはハルランを睨みつけた後、悪態をつく間もなく、虫の上位種との交戦に巻き込まれることになった。
終わらない消耗戦。ラディアの思考は、疲労によって徐々に靄がかっていく。そうして想うのは、青色の騎士の後ろ姿だった。どんな戦もその身一つで巻き返し、追い風を作り上げる戦士。
ラディアはその姿に憧れ、そうありたいと願った。実力では追いつけなくとも、その背中だけは同等であろうと。矛神という所属に頼らない、大きな背中へ。
「ちくしょう。頼む、エドワルド……あんたがいなけりゃ、あたしは……。」
圧倒的物量の前で弱音を出す。知己から得た白い炎は未だ、ラディアの体を焼くだけで、その場しのぎにしかならない。
だがそれは、折れかけた心が可能性を狭めているだけだ。もっと熱く、炎の魔法を体得した戦士ならば勝手が分かる。
「頃合いか。……まずは、君からいこう。」
燻るラディアを時折見つめる影が、高らかに指を弾いた。
皚炎は、もう一人からも施される。この逆境の中でも、ハルランは不気味なほどに戦場を俯瞰していた。
赤色でなく、紅色の炎のごとき血液が徐々に都市を覆っていく。上位種を逃さない毒は、反対に人類へ味方する。時が経つのは、人類の不利とは必ずしも言えぬ。
それは煙と共に上空へ立ち昇って、人を内から食い破らんとする虫を逆に蝕むのだ。
◆
結界の中に入り、その地獄絵図をモユヌエとケルは知る。空を埋め尽くすほどの上位種と、聳え立つ、ケチョウただ一人でできた肉塊の塔。上位種ミグゥニの「楽園」の有様を。
そして表情は分からずとも、悲しみと戸惑いを混ぜたようなエドワルドの叫びを聞いた。
「二人とも……何故、来てしまったんだ!」
外部よりも大量かつ、感じる魔力量の多い敵に慄きながら、しかし踏み出した一歩に双方は後悔していない。
モユヌエはやはりと死に場所を、ケルは必ず生きて帰ることを見据え。虫の死骸と凄まじい臭いの肉片でできた地面を走り抜けた。
百にも届く傀儡人形を引き連れ、群れを成す牛のごとく。エドワルドは呆気にとられた顔を兜の裏で作った後、ぶんと剣を薙いだ。
三日月状の青い光を伴ったその一振りで、突撃してくる姿形様々な「蟲の闘士」が数十消滅する。
次に驚くのはモユヌエたちの方であった。ケルはエドワルドの体を覆う真っ青な炎と光の刃に見惚れ、呆けたように呟く。
「エドさん、すごい綺麗……。」
「え、ええ…? ちと待て、今ので十、二十…?」
「数えている場合じゃない!纏わりつかれる前に、すぐ逃げてくれ……増援は無理でも、まだ持ち堪えてみせる。」
「想定外ばっかりじゃが……いいや、うちにも策はある! でなければ…そうでなくとも、お主を見殺しになど出来ぬ!」
「分からない人だ! 無為に散らしてはならない命なんだぞ…!」
エドワルドとモユヌエの言葉が放たれる間に、戦は続いている。虫の上位種から放たれる毒液や針の類を、エドワルドは放出する炎を強めることでかき消し、平時ではありえないほどに語気を荒げた。
その向けた言葉には、ケルも含まれている。
しかし、それでもとケルは思う。迷惑になってでも、加勢する。このまま、異様な結界内にエドワルドを残しても、勝ち切れるものではない。他ならぬエドワルドが勝利を諦めた物言いをしているのだから。
「エドさん! ぼくだって…ぼくは、エドさんと一緒に生きたいよ! だから――」
「な…!」
ケルは覚悟を決め、勇者の鎧に括り付けた血染めの布を、魔力の炎で消失させる。解術された魔法の初歩「火柱」だ。少女はその才により、エドワルドから貰った書物をすぐに読み込み、習得していたのである。
狂気的なまでの勇敢は、蛮勇にも映る。エドワルドは絶句し、ケルの本質がこのように発揮されることを悔やんだ。
モユヌエは覚悟こそあれど、ケルに続くことはしなかった。彼女の望みは、未来の芽を外に逃すことである。どのようにケルが動こうと、必ず生きて帰すつもりであり、最後の最後まで布は残しておく。
その表層の考えが、ミグゥニに漏れていることも知らず。
金髪の、モユヌエによく似た相貌の怪物は手を翳すと同時に、白糸が再び張り巡らされる。エドワルドの「皚炎」によって溶かされていても、生やすことはミグゥニにとって造作もないことなのだ。
椅子に並ぶ内の一体、人類の残滓が意地悪く哂う。
『お前というのは、本当に、いつまで経っても――愚かな奴だよ! まあそれだけ魂を喰われれば、我も失おうものか。』
「お主が、ケチョウというやつか。貴様も、ミグゥニも諸共……皆の仇を取らせてもらうぞ。」
『そこまで忘れているのか? ハハハッ、これは傑作だ! 一人の向こう見ずが、策を台無しにする。空っぽの器になろうと、努々忘れぬことだな。』
「……妾を甘く見るなよ。何もかも幻に思えても、確かなことが一つある。……この人形師としての誇りは!」
一人と一体は同じ顔で睨み合い、モユヌエがばんと足を叩く。するとモユヌエが連れてきた傀儡人形が一斉に両腕を前に突き出した。
ケチョウが人形の主導権を奪おうとするが、ばちりと音を立てて弾く。ほうと面白そうに口角を上げるケチョウの傍で、ミグゥニたちはつまらなそうにエドワルドだけを見ていた。
魂が再び、一時のみ自由に動けるようになればとモユヌエは考えた。それこそがモユヌエの策。魔工職人によって広められた技を、繰り返し喰らわぬよう念入りに組み上げられた人形を集めたのだ。
しばらくすると面のようにつるりとした貌が発光し、傀儡人形はそれぞれ別の動作をする。そして懐から取り出した棒を、剣や斧の形状に変化させた。そして、人形の表面を覆うように半透明な鎧が浮かぶ。
人形術ともう一つ、魂を操る業。エドワルドの背にあった亡霊の一部が、人形の中に憑依したのである。
『……得難い経験だな。』
『これが大母の力!ようし、エドワルド!これで幾ばくかは力になれるぞ!』
「なるほど…申し訳ないモユヌエ殿。再起の芽はまだありそうだ。…ケル君、俺の傍から離れないようにしてくれ。そうすれば、大丈夫だ。」
「…まだまだ、うちの技はこんな程度ではないことを教えてやるのじゃ!」
「はい、エドさん!…でも、足手まといになったりしないよ。皆のためにも…!」
古の戦士たち、そして近代を生きた騎士の亡霊が戦場に舞い戻る。多くによって謳われることのない、密かな戦いであろうと、彼らの魂は輝いている。
ミグゥニと、この内にあるケチョウは余裕綽々で眷属をけしかけ、エドワルドは即座に足を動かし、死角から走りくる虫たちを切り払った。その残骸へケルが素早く白糸を放ち、この空間の養分になる隙も与えない。
昇る青き炎が円を描き、隔離された世界をも、月が見ている。聖戦が始まる。