裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す   作:棘棘生命

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奪い返す

 虫は絶え間なく産まれ、もうどれだけ討ったか数えられないほどだ。

 ケルとモユヌエ二人が想定外の行動を取り、この地獄にやってきてしまった。いや、俺が考えたくなかっただけで、可能性は十分にあったのだ。

 モユヌエはこの虫の親玉に故郷を滅ぼされた。今第二の故郷ともいえるシウゼヴァクを襲撃されている状況で、俺のことを待ってなどいられないだろう。ケルが元来持つ勇気も後押ししたに違いない。

 こうなってしまったからには、来てしまった理由を考えるのはよそう。現状を俯瞰するのだ。

 

 

『ミグゥニ、再び知れ! 「剛壮*1」の戦いを!』

『同胞の仇――!のうのうと生きていたことを後悔するがいい!』

『腹も満たせない、残り滓がね……じゃ、オマエがやりなよ。』

『ふん。何体集おうが、私が命じるだけでガラクタに成り果てよう……!』

 

 

 俺の視界の隅では、半透明な鎧を表面に浮かばせた人形たちと、「蟲の闘士」たちがしのぎを削っている。

 モユヌエの術は、傀儡人形へ戦士を呼び戻した。俺よりも経験のある、歴戦の霊魂をだ。彼らは、人形に蓄積された魔力しか自由に扱えないというのに、生前の技術を駆使してミグゥニの生んだ化物相手に寧ろ押している。

 

 実質味方が増えたことは心強いが、目に見えて状況が良くなったとは言い難い。俺に向かってくる量は減っていないからだ。虫の上位種たちは滑空し、はたまた地面を掘り進んで俺の死角を取ろうとしてくる。

 そして更にまずいことに、ミグゥニは一個体を除いた全てが、俺を凝視している。その一個体とは、ケチョウの人格が表面に出ているものだ。

 人形を制御するモユヌエや亡霊たちに向かっている「蟲の闘士」は、全体から見ればほんの一部でしかない。

 もはやミグゥニは、俺しか玩具と見ていないのだと分かってしまう。危険な兆候だ。

 

 排除しきれず接近してきた「蟲の闘士」二体に、俺は先程コツをつかんだ技をぶつけていく。背骨を氷が突き抜けるような感覚を右腕に流し、そのまま腕を振るう。それだけで、剣にまで広がっていた青い炎が刃となって飛んでいくのだ。感じる魔力の性質は、間違いなく「月」である。

 

 知識に無く名前も分からない技だが、「霊月の槍」より使い勝手が良いように思える。ルリベナに言おうものなら、恐ろしいことになるだろう。

 「皚炎」とはこうも汎用性が高い魔法なのかと驚きもした。古い戦士が友でいてくれたことが、どれほどの幸運だったか。

 

 青色の光の刃は、正面のデカブツを縦に割り延焼させる。背後から迫る奴にも、同じように剣を振ったが様子がおかしい。俺に掴みかかる前に、そいつは蠅に似た顔を両拳で力任せに殴りつけ始めたのだ。

 

 

『ギギ、ギウウウ!』

「ちいっ……自爆か! ケル君、少し乱暴に行くぞ!」

「わっ――!?」

 

 

 蟲の闘士の身体が不自然に膨らむ。同時に、急激な魔力の高まりも。俺は背後についているケルの状態をちらりと見て、左腕で抱え走った。直後、「蟲の闘士」の一個体が爆発し、魔力を纏った強力な酸が撒き散らされる。俺は蹴り上げるようにして「皚炎」を右足から放出し、盾代わりにして難を逃れた。

 

 爆風により彼の、日頃ミウに手入れされてさらりとした薄茶の髪が浮き、次に力んでいた体がだらりと垂れた。

 感じる魔力は減っておらず、疲労からではなく、俺が運びやすくするためだと分かる。凄まじい状況判断だ。

 ケルは俺に抱えられたまま、両腕を伸ばし、理論を唱える。白糸と風が、ごうと音を立てて出現し、「蟲の闘士」の数体を絡めとった。

 

 

「ふう、ふう……『白糸、暴風の多刃』――!」

 

 

 ケルがばちりと両掌を叩いて合わせた瞬間、大量の風の刃が敵を切り裂く。その時点で気づく。これは魔法「暴風の多刃」そのものだ。

 まさか。これは学院に解術された魔法とはいえ、高位にあたる術だ。

 

 ケルは次々に、初等の魔法では収まらない技を、俺の左脇から淀みなく放っていく。澄み渡った水流に、刻む風、白色が混ざる焔をも。

 同時に呼吸が浅く、小さくなっている。明らかに、彼の天才性という言葉では片付けられない異常だ。

 

 応戦しながらも、俺はぐいとケルを持ち上げ、顔を覗いた。するとわけが分かる。

 ケルの瞳は焦点が遠くに定まっており、瞳孔が大きく広がって、それでいて奇妙な色を宿していた。平時は澄み渡る空の如き青であるのに、中心が白く染まり輝いているのだ。前髪の一部も、メッシュが入ったように白く発光している。

 俺はこの状態を知っている。オビシオンと戦ったとき、ケルに覚えた違和感の辻褄が合っていく気分だ。

 

 

 総力戦の後。一人で動き、人類の敵を相手取った主人公は、得物を振るう度に進歩していった。今までの成長速度を越え、まるで何者かに加護を与えられているように。

 魔法「縫合」と同じ、白い輝き。「バックスタブレイブ」内で名称を知れることは無かったが、公式の資料にはこうあった。此の地ではなく、『此の真意』と。

 誰のものかも分からない考えを力と為した、俗に言えば主人公だけの強化形態。

 

 この極限の環境が、ケルに刺激を与えたのか。俺はまたしても幸運に感謝した。

 おそらく、縫合を扱える勇者ならば、この力を発現する素質があるのだろう。「バックスタブレイブ」の世界における核心に迫るものかもしれない。それを、制作陣が俺たちユーザーに開示することは終ぞなかったが。

 

 

(こんなにも早く……。今こそ大胆に動くべきか……。)

 

 

 だが、この状態は不確定要素が高い。ケルの意識は上位種へ魔法を当てることだけに向いており、俺が揺らしたり、呼びかけたりしても、全く反応を示さないのだ。

 ゲームの通りだ。『此の真意』を発動した瞬間、主人公の勇者は戦闘が終わるまで、協力NPCたちと連携が取れなくなるのである。

 

 俺は肉塊の塔を見上げ、悪趣味な造りを再度確認する。ケチョウの身体で出来ているだろうそれは、ただ血肉が積み上がっているのではなく、煉瓦でできた塔に似せられているのである。

 そして「感知」を使えば、内部も人が上がっていけるような螺旋階段を形作っていることが分かる。

 

 混戦の中、俺は一際存在感を放つ女性へ声を張り上げた。無論、至るところへ張られたミグゥニの糸を魔法で消滅させてからだ。周囲に糸が無ければ、奴らは思考を読めない。

 

 

「――モユヌエ殿、俺の声が聞こえるか! 前に出る、ここは任せた!」

「あいわかった! うちのことは気にせずいけい!」

 

 

 敬語を使っている余裕はない。俺の無礼な呼びかけにも、モユヌエは頼もしく返答してくれた。それを聞いた瞬間、俺はケルを抱えたまま駆ける。

 彼女は俺の何倍も戦場を知っている。人形でなく本体が戦うなら、幾ら卑下していようと、俺より強いだろう。この敵の数だ、安心はできないが信頼は出来る。

 俺一人の時は殲滅力に欠けて、決闘紛いのことをやらされていたが、今ならやれる。肉塊の塔を破壊しつくすのだ。

 

 突き刺さるミグゥニどもの視線を塞ぐため、俺は暴風を起こし、青くなった「皚炎」と一緒に飛ばした。

 余裕を崩そうとしない奴らも、これには堪えたようだ。悲鳴のような耳障りな音が、俺の後方から聞こえる。そして追ってくる羽音も。

 

 追いつかれる前に、塔まで入り込まねば。俺はケルを持ち替えて抱きかかえ、展開した「霊月の後脚」に更なる魔法を行使した。突破するには、やはり風が有用だ。

 

 

「急ぐぞ……『迅風足』」

『あれだけ動いたのに、まだまだ元気だね……ほら、可愛い子たち! オモチャが逃げちゃうよー?』

「――『白糸、潮の沈』『白糸、捕縛』」

『ギギ――!!』

 

 

 俺の兜の横から、平時では考えられないほど無機質なケルの声がする。魔法「感知」を行使すれば、水流に押し流される「蟲の闘士」の反応が、次々消えていく。視界に少し映ったが、白糸で地面に縛り付け、魔力で出来た水を口腔や気門に流し込んでいるようだ。

 容赦のない戦法である。優しいケルが出来るものではない。やはり俺の考え通り、『此の真意』は暴走に近いのか。

 

 

 塔の入口が近く、俺は覚悟を決める。内部は逃げ場がない。肉の壁から「蟲の闘士」が生まれていることからも分かる。油断すれば、その末路はケチョウと同じ肉塊だ。養分にされ、死の直前まで苦しみを与えられるだろう。

 

 だが、絶対に負けられない理由はできた。未来の希望であるケルと、指導者たるモユヌエを生かす。それだけで良い。

 そして俺は、追いつめられたときこそ本領を発揮するタイプだ。

 

 前方から飛んでくる蟲を斬り払う。

 攻略の鍵は、この世界の破壊だ。肉塊の塔の破壊と、もう二つ。広げられた裂け目を縫合することと、朽ちた地面を上位種の手から取り戻すこと。

 既に後者はもう実行に移している。

 

 

 

 

 歴戦の戦士であろうと、激戦の中では時間の流れが遅く感じられる。モユヌエは左腕で胸部を押さえながらも、「皚炎」を激しく燃やすことに集中していた。

 魔力は無から生み出されない。臓物に生成するか、体外から取り込むか、元々溜め込んでいる魔力に変化を加えるか。手段は多岐にわたるが、起点が必要である。

 そしてどれにも共通するのは、集中力が肝心だという点だ。術師にとって、魔力を「回復」させている間は大きな隙となる。

 

 モユヌエの頬を、魔法が掠める。彼女を庇おうとした戦士諸共、その斧は切り裂いた。蟲の闘士が作り出した針や酸などではなく、ミグゥニ直々の技だ。

 吊り上がった瞳のミグゥニ、ケチョウだったモノは、左前脚を降ろした後、鼻を鳴らす。

 

 

『何が宿っていようと、木偶であることは変わらない。……そして私は、ヨンドオで最も卓越した糸繰りだった。その意味が分かるだろう? イヨ……いや、モユヌエだったか。』

「……貫け!」

『おっと……遅いな。お前は、人形を操る以外能の無い娘だった。だが、資金欲しさに受け入れたにしては中々――』

『モユヌエ殿、貴方は回復に集中を! うおおおおお!』

『邪魔だ亡霊――ふっ、衰退した時代に似合った弱さだ……。』

 

 

 モユヌエの飛ばした白糸の槍を、ケチョウは残像が見えるほど速く避け。向かう亡霊の戦士を片手間のように捻じ伏せてから、貫く糸で頭部を破壊した。

 

 傀儡人形自体は、頭部を失おうと動ける。しかしこの降霊術は、人の形を保っているからこそ行える代物だ。

 リシディア騎士の鎧を浮かばせた女性の亡霊は、人間として見れば致命傷を受けたために、人形から引き剥がされることになった。

 

 

 モユヌエが結界内に持ち込んだ傀儡人形は、まだ過半数が機能している。それでも百数体と、万を超え、増やそうと思えば無限に増殖する軍勢を比較すれば、微塵に等しい。

 遊ばれているのだと、モユヌエは分かっていた。上位種というのはいつの時代も、人類相手に全力を出さず蹂躙するのだと。

 

 彼女の腕から、ケチョウの足目がけて白糸の魔力が飛ぶ。巻き付く前に弾かれたが、モユヌエにとってはその一瞬だけで十分だった。ぼやけた過去を確かめるには。

 

 

「……お主は、うちのことをよく知っているようじゃな。これで、ハルラン様たちの言葉が真実だったと言えるか。」

『フハハッ! 哀れな奴だよ。お前は老いて、何も信じる事ができない。己の記憶さえも。あるいは、私がそうさせたのかもしれないなあ。……当然の報いよ。』

「だが、知恵はある。虫けらの餌にされただけの、貴様よりは――」

 

 

 モユヌエは、混戦の中仕掛けに仕掛けた罠の一つを動かす。血で湿っているだけの荒廃した地表からぼごりと、モユヌエの一部たる蜘蛛の脚が突き出したのだ。それは高速かつ、直前まで魔力を感じさせない。

 ケチョウは上位種としての動体視力で避け、その避けた先でも飛び出た脚に対応する。

 モユヌエの武器は魔法の火力ではなく、敵の動きを予測する知略。未来を予知するような特殊な技能とは違う、泥臭くも経験で培われた狡猾さだ。

 

 空を飛ぼうと、突き出す足は巨大になり、逃れきれない。やがて、ケチョウの意識外から鋭い脚が突き出し、腹を穿つ。魔力を伴った猛毒は、ケチョウの口腔から酸を吐かせた。

 だがそれだけだ。上位種の上澄みである個体に、体の一部を損傷させた程度では、命を取るに至らないのである。

 毒が回るよりも体外に押し出す方が早く、ケチョウは悠々と地上に降りた。

 

 

『くだらん。時間稼ぎにしても、効果はない。もっとも、奴らはあの鉄屑野郎を本気で追おうとしていないようだが……。』

 

 

 そう呟きながらも、怪物は異形の口を憎々し気に歪め、モユヌエの罠を胴から引き抜き、一帯に向けて魔力を放つ。

 恐怖を感じさせる禍々しい魔力が、まだ起動していない罠をも砕く。モユヌエの表情は平静を保ち、しかし心奥では苦虫を嚙み潰した。

 一手潰されたなら他の手段を。どのように起動するか思考を回し続け、ケチョウの言葉で止まった。

 

 

「まだまだ……貴様に苦痛を与える術は、幾らでもあるぞ!」

『ククッ、私にもあるぞ。喜ぶがいい、お前のために蒔いたんだからなあ。』

「何……?」

『私はずっと、お前を喰らう時を楽しみにしていた。……この糞溜めに閉じ込められた屈辱。私はまだ、敗北していない。凡百が、このケチョウを討てるはずがないのだから……!』

 

 

 ケチョウは黒い跗節で、モユヌエの胸部を指し示す。その個体の目は、循環する血肉を越えて、脈打つ魂を映していた。

 今にも弱った片方を呑み込もうとする、悍ましい魂を。

 

 怪物は何かを触るように両腕を動かし、跗節を握りしめる。その瞬間、モユヌエは全身を裂かれるような激痛を覚えた。

 行使される魔法を防御するため、白糸と皚炎とを放出するも軽く捻られる。ゆっくりと長い時をかけてモユヌエの魂を喰らっていた「呪い」が、この場を以て急速に動き始めたのだ。

 

 

「うっぐ……!? 貴様……かような術まで、ヨンドオにあったというのか……!」

『では、返してもらおう。私の熟した魂を――』

 

 

 ケチョウは左前脚を引っ張るような仕草をし、限られた者にしか視ることの出来ないモノを、ついに引き抜いた。

 

 残るのは、蜘蛛と悪辣な術師に喰らわれ、消えかけの魂だけ。ケチョウの言った「空っぽの器」になりかけた肉体が倒れた。

 絹のような金髪は、黒く。吊り目がちだった端麗な顔、しなやかな肢体は縮んで、激痛を伴いながら別人に()()()いく。ケルやリィートイよりも幼い姿、皚炎に定められし非力なあの頃へと。

 

 そうして娘は、ぼやけた視界から戻り切る前に蹴り飛ばされる。視界とは裏腹に、はっきりと歪められていた記憶を認識した。

 

 

(そ、うか……そういうこと、なんじゃな……。)

 

 

 ボロ布の如き有り様になった彼女を、化物が嘲笑う。娘の窮地を助けるため向かう亡霊の戦士が、また一体、一体とケチョウに破壊される。

 

 遊ばれ拮抗しているように見えていた戦況が、一気に上位種側に傾いたように見えた。この場で唯一の生者である娘を絶望させ、その様を愉しむために。

 

 

 

 しかし、ケチョウは知り得ない。己の弟子であった者さえ見下し、魔に魂を売った傲慢に、「人類の強さを体現した者」を理解できるはずもない。

 

 「モユヌエ」とは、ハルランからの頼みを代わりに引き受ける為付けた名ではない。

 怪物を打倒した偉業を誇り、人類の追い風とするため。

 突出した才覚が無かろうと、持てる全てを使い。鍛え上げさえすれば必ず、勝利を得られることを示すために。

 

 真の名を忘れていた娘は、死を感じさせるような痛みの中、ゆっくりと立ち上がる。

 忘れていた記憶を辿り、英雄へと戻るのだ。

 

 

「――“妾”を、怒らせてしまったな……お師様」

 

 

 細く短い腕を掲げ、くいと捻る。そうすることで、肉塊の塔に積み上がるケチョウが一人死んだ。そして蟲に向かって駆ける死肉の人形が、別の魂を宿す。

 肉塊となったケチョウが一体死ぬ度、戦を待ちわびていた亡霊が、器を手に入れていく。

 

 

『この、クソガキめが……!』

「……ここからが、奪い合いじゃ。」

 

 

 満身創痍の術師と、人でなしの「怪物」が再び向かい合う。ぱちと娘が指を鳴らせば、屍でできた人形、もとい亡霊の戦士たちが傍で構える。

 

 その間にも、ぐつぐつと、地の底を銀が満たしていく。不凍の蟲さえ凍り付かせる劇毒。今、肉塊の塔を四つ脚で駆けあがっている騎士は、誰よりも執念深い。

 既に光明は見えている。

*1
ゼシニス外の古い戦士、剛壮の民族の名称。体術に魔力を組み込む独自の技を基に、白兵戦を得意としていた。

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