裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す 作:棘棘生命
辛うじて原型を留めているような人体が、規則正しく脈動している。
そして「螺旋階段」だと考えていた段差は、厳密に違っていた。ケチョウの組まれた四肢で構成されているのだ。今にも足を掴んできそうな、悍ましいオブジェである。
塔を観察している内に、外向きに生み出されていた蟲の闘士が、内部にも増殖し始めた。
そうだ、立ち止まってはいられない。リスクを恐れていれば、その間に可能性が潰えていく。
俺は、ケルの鼻と口にかけた「魔力の薄膜」の効果が切れていないことを入念に確認した。そして、塔の内壁に向けて魔法を撃ち続けているケルをしっかり固定し、昇っていく。
駆け上がるのではなく、後ろ脚のばねを使って跳躍するのだ。
予想通り、溶けたようなケチョウの肉体は俺を捕えようと蠢き、鮮血に染まった口を各々があんぐりと開けて呻く。
この世の地獄だと思っていた光景が、更新されるとは思っていなかった。今まで見させられてきた黒赤の悪夢以上のグロテスクさである。本当に気が触れそうだ。
「君が今意識を失っていることは、寧ろ良かったみたいだな。しばらくはそのままでいてくれよ……邪魔するな、怪物!」
『おあああああああ』
「折角、ハルラン殿に手助けしてもらったというのに……。」
俺はケチョウの肉体たちや蟲の闘士に神経を尖らせながらも、『此の真意』の状態が続いているケルに声をかける。独り言でも言っていなければ、おかしくなってしまう。
それに心の中で思っていても、恐怖でかき消されるなら口に出して安堵した方がいい。幼いケルが素面でこんな光景を見ていたらと思うと、ぞっとする。命が助かっても、トラウマ確定だろう。
虫だらけの最悪なこの世界も、記憶に残すのは悪影響ではあるが、これに比べたら相対的にマシだ。
「――ケル君、兵は任せたぞ。『霊月の後脚』」
俺は魔法「霊月の後脚」をかけ直すことで増強した。魔力でできた牡鹿の健脚が、ケチョウの手足に組み付かれても引きちぎる。古い術師と言えども、こんな生死の境目にある様では、「皚炎」を伴った強さは発揮できないということだ。
それと蟲の闘士どもだが、上位種ではあるが知能は低いようだ。上位種らしい性悪な思考も策もなく、ただ突撃してくるだけで避けやすい。一匹ずつ飛んでくるのも理由の一つである。
物量に任せて塔内部を埋め尽くすことだってできるだろうに、どうも手薄だ。ミグゥニが、こんなにも分かりやすい要に罠を仕掛けないとは考えづらい。もしくは、これも奴の遊びの範疇なのだろうか?
「こんなことを考えても埒が明かないが……天井が遠いな……。」
「――『白糸、宙吊り*1』」
「何っ――」
あまりの塔の高さにぼやいた直後。ケルが何かを唱えたと思うと、急に足場が遠くなる感覚に陥った。しかし体勢を崩したというわけではない。椅子に座ったまま、足をぶらつかせているような。
次の瞬間、俺の背中を締めるかの如く、幼子が掴まる腕をきつくする。そして俺は、何が起こっているのか分からないまま、風切り音が聞こえるほど速く上へ飛んだ。
◆
大きさが合わなくなった黒衣を脱ぎ捨てて、術師の娘は脳を酷使する。張り巡らされたミグゥニの白糸の主導権を徐々に奪い取り、雪崩れ込む人外の思考を読み解かんと。
『残り滓がどれだけ足掻ける? お前ら如き、ものの数時で学習できる……』
「……お師様に一つ言葉を返してやろう。知識や魔力量だけでは、大将は務まらぬ。積み重ねた年月の割には、いまいちのようじゃな。」
『この……私の体を――!』
「醜態を晒して……そんなにも、死が恐ろしいか?」
モユヌエと名乗っていた娘、イヨは魔法を行使するたびに孔から血を垂らす。鼻や眼窩、皮膚の小さな傷からも。その度に彼女は「皚炎」を燃やし、流れた血を消し去って集中を高める。
彼女の捻る腕の先には、肉塊の塔だけでなく、蟲の闘士の骸もあった。
屍を繋ぎ、人の身体を再現する。屍術とは生命を冒涜する技であり、「皚炎」を宿した特別な人々の立場を揺るがしかねなかった。故に、強力であろうと流布されず、小国に留まったのだ。
真っ赤な宝石の如き瞳が、零れる鮮血で霞む。これ幸いと、ケチョウは司令塔であるイヨへ蟲を強襲させた。そして、仮の肉体を得た亡霊の戦士たちへ向けても、対処しきれないほどの大群を飛ばす。
物量がそのまま勝利を約束すると頑なに信じるケチョウは、ほくそ笑んだ。だがすぐに、大きく舌打ちする。
砂埃の先を視認できるそれは、向かわせた凶刃が、半透明の鎧を浮かばせた骸骨によって阻まれたのを理解したのだ。
『モユヌエ、我らが盾となる!』
『回避は考えなくていい、増員を作るのに集中して!』
「うむ……恩に着るぞ。――『脳漿繋ぎ*2』」
『……チッ!』
『人でなしの人形師よ、遊びたいなら私たちとしてもらおうか。』
そして骨を使って刀を作り上げた戦士が、ケチョウの前に立ち塞がり、首元目がけて得物を振るう。
亡霊ロイスの攻撃を皮切りに、かつて彼と共闘した、ゼシニスの精鋭が陣を組み。新しい時代を守った騎士や術師の残滓と、二度と吐かれない息を合わせる。
人形の数は百数体であっても、「青月」に惹かれ連れられた魂は、三桁にはおさまらない。シウゼヴァクの結界を守った戦士も続けば、仇への怨念は場を支配する。
イヨが魔法を行使するほど、絶望は押しのけられていくのだ。イヨも含め、一花咲かせられるのは、この戦場だけだと。
ボロ雑巾のようになったモユヌエで、悦に浸るつもりだったケチョウ。
その怪物の余裕は既に無くなり、ただかつての弟子を殺すことだけを目的とし始めた。
群体であり一つでもある「節くれの王」ミグゥニは、退屈そうに戦場を眺める。横に座っていた個体たちは皆、子である蟲たちに首が噛みちぎられ、餌と化していた。
だがそれは己の死さえ差し出し、執着しない。心ここにあらずといった様子で、焦がれるように、黒々とした脛節をぶらつかせている。
◆
地上における戦力差の絶望は、未だ緩和されず。
強者たちが傷を負い、後方へ退避していく。守護ヴァルミ騎士の支援を受けても尚、再び獲物を振るえるまでには時間がかかっている状態だ。
そのため、前線を張り続けるのは名誉ある白塗りの魔兵たちと、少数の騎士であった。
だが前者に関しては、騎乗している魔術回路付きの人造馬が役割の大半を担っており、操る魔兵自体は虫を振り払う程度しかできていない。また後者の戦いぶりは、今にも隙を晒しそうなふらつきを伴っていた。
今にも瓦解しかけの戦線。戦士たちの執念が、なけなしの活力を振り絞らせている。
そんな中、力を求める者がいた。絶望を怒りへと変え、腹の内に抱える者たちが。
現状を打破できさえすれば、悪魔に魂を売ったとしても構わない。戦士として生きた以上、戦の中で死ぬのだから。
「――ぐらああ! 暴風よ、来たれ!」
騎士オズは、己の足のばねだけで蟲の上位種の背中に次々飛び乗り、腹部ごと暴風で刻んで回る。兜の裏側は鬼のごとき表情で、悲鳴を上げる体を無視し、体内の魔力を絞り上げる。
究極的に、彼には姉だけしかない。その姉ヨヌアが重傷を負っており、戦場から逃れられないのならば。この時こそ命を使い、人類に貢献するまでだと。
そしてもう一名、矛神のラディアは、今正に悪魔の囁きに耳を傾けていた。巨大な騎士に語り掛けられるがまま、大剣を振るう。ハルランに催眠状態を作られているわけではなく、自らの意志で。
己のやり方だけでは頭打ちになると、ラディアは柔軟に物を捉えたのである。
「そのまま集中して。魔力の通り道は、一つじゃない。胸の中心から、五つに分かたれるように。」
「ふううっ……こうかよ?」
「ああ、いいぞ。論理に縛られていないだけある。続けよう。皚炎は、火種に見えるけれど実は血のようなものだ――」
ハルランの語りかけは続く。激戦の中でも、二人の間に流れる時間はゆったりと、川のせせらぎのようであった。
「皚炎」は厳密に魔法というよりも、現象に近く。完全に受け入れれば、人をある一瞬に固定する。固定される年齢はまちまちである。その個体が全盛を迎えていなくとも、肉体の潜在能力を見抜く。
それは人の形を取りながらも、別の種に変わるのと同義である。
エドワルド、ラディアに皚炎を渡したリィートイは、その選択を二人に託したのだ。彼女個人としては、同胞になれることを願って。
ラディアは今まで、心の底では得られる力よりも、未来を恐れていた。当人たちには憎まれ口を変わらず叩きながら、人でなくなるとは一体どのような気分なのかを考えていた。
だが、彼女はエドワルドを信じた。彼女の中にずっとあった生き残るための本能的な恐怖を、かなぐり捨てたのだ。
しかし彼女の思いは、勘違いに近い。
エドワルドはこの時点で「皚炎」を受け入れることが何を示すのか直感的に理解していたが、受け取った当初は違っていた。
この場に彼がいたならば、ラディア一人に選択を迫りはしなかっただろう。「皚炎」を渡すことも、易々と行えないことだと検討したはずだ。
事情を知っていたとして、ラディアは別の選択をしたか。否である。
彼女は必ず手を伸ばす。あの時「月」が彼女を誘ったように、今度も天を見上げる。
(あんたが先に行ってくれた。ならあたしも、一緒に手を伸ばしたい。年増ばかりのところを、一人にはしないぜ。)
ハルランの言葉の通り、ラディアの体を流水のごとく「皚炎」が循環する。そして心臓にもう一度届いた瞬間、ラディアの胴体や筋肉質な両足がぼごりと音を立てて盛り上がった。
体に合うよう調整された深緑の鎧が、内側から圧力をかけられて凹み、地面に落ちる。成長しきった彼女は、布をきつく巻いていた胸部をぽんぽんと叩くと、はあと大きく息を吐いた。
彼女に必要だったのは、少しの助言だけだった。ハルランは抑揚を弾ませて大きく叫ぶ。兜でくぐもっていてもその声からは喜色がはっきりとわかった。
「よし! 上手くいった!」
「体が軽くなったし、イライラも消えた……が、これじゃあ野郎の鎧が使えねえな……。まあ、仕方ない。」
白き炎はこの世界を生きる者だからこそ、純白のままで灯る。ラディアの変わりようを戸惑いながら見る戦士たちは、その魔力の高まりに鼓舞される。
揺らめく炎は天を穿ち。今ここに新しい、猛き戦士が劇的に誕生したのである。
◆
これも『此の真意』が、最適な魔法を選んだということか。考えるほどに主人公の凄まじさが強調される技だ。
そんなことを考えていると、ついに気色悪い塔の一番上まで辿り着いた。ケルの掌から、魔力の供給が止まる。同時に俺の体に重力が戻った。
相変わらず伸ばされるケチョウの腕を踏みつけ、ケルの様子を窺う。先ほどまで魔法を飛ばし続けていた彼は、どうも大人しくなったからだ。
眼前に抱き上げると、白い輝きが残るケルが俺をじっと見て、微笑む。それはケルが決して見せない超常の、畏怖を感じさせる表情だった。
やはり『此の真意』は、単なる強化状態じゃない。俺は息を呑んで、ケルの顔をしかと見据えた。
天使擬きたちとは明確に異なる、慈愛の表情。この世界に来てから悪意に敏感になった俺には、どうもこれが上位種側だとは思えなかった。
「ケル君――いや、この子の中にいる何か。真意は分からないが、助かった。きっと人類の味方であることを願っている。」
それは微笑みを崩さないまま、小さく頷き。直後、ケルの瞳と前髪から白色が抜けていく。それはケルの中から去ったのだろうか。
しばらくすると、ケルは首を振り、ぷるぷると柔らかい頬を揺らす。そして自身が置かれている状況を、今初めて理解したように動き始めた。
「エ、エドさん!? 何でこんな高いとこ――ひあああっ……!」
「説明は後で必ずする。ケル君は目を閉じて、俺に掴まっているだけで大丈夫だ。『魔力の薄膜』」
「ううっ……」
俺は、地獄から響くような呻き声を完全に遮断するため、ケルの耳に増強した「魔力の薄膜」をかけておく。肉塊の塔の破壊に集中するため、ケルを安心させるために小さな背中を叩いた。
この戦の最中、有効策を探り続けている内に、一つ気づいたことがある。俺が習得した月の魔法「銀の泥沼」についてだ。
生成された、月の魔力を多く含むそれは、泥というよりは油に近い性質を持っている。
人類の魔力は、上位種にとっての毒になる。反対に人に対してはただの武器でしかなく。場合によっては傷もつかない。ケチョウの肉体にはあまり効果がないのではと思いもした。
それでも、魔力の炎が更に勢いを増す細工が出来れば。
つまり俺は、「銀の泥沼」を、燃料にしようと策を立てたのだ。
この塔に上がっている最中も足から流し続けていたこれを、一気に青くなった「皚炎」で引火させる。
ごぼごぼと、マグマのように重たい音が足元からする。
「終わりだ――『銀の泥沼』『皚炎』」
俺は覚悟を決めると、残りの魔力を全て「銀の泥沼」にする勢いで、足場に叩きつけ。そのまま腕から炎を解き放った。
『ああ―――おああ、おああああ!』
その瞬間、ぼんぼんと至るところから破裂音が響き。肉塊の塔が一気に青色に包まれていく。恐ろしい、憎悪の籠った叫びが「魔力の薄膜」を貫通するほどに大きく。
だがそれに感情を動かしている場合ではない。帰りが肝心なのだ。
今度は、下に降りることに集中せねばならない。この塔に残る肉の足場を駆使するのだ。
そのとき、上空に蟲以外の何かが見える。二つの、美しい星のようなものである。
虫たちの奇声も、断続的にし始めた。俺はしばらくして気づく。あれは、守護ヴァルミの鎧だ。
それは徐々に近づき、俺たちの前で止まる。涼やかな声と共に。
「――師匠、またしてもわたしが、窮地に参上しました。褒めてください。」
冬の鳥を模った、俺がよく知る騎士は、手を差し出してくれる。俺は震える手で、彼女の頼もしい手を掴んだ。
この彼女の「翼」さえあれば、地獄はもう少しで明ける。俺は確信した。