裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す 作:棘棘生命
掴んだ手は固く力強い。鎧に刻まれた術式故の握力、だが物理的なものだけでは表しきれない安心感がある。
トスカとは、数年を共にした間柄である。俺の心に安らぎが生まれるのもおかしくはないが、不思議な気分だ。
彼女といるときは、ふとした瞬間に手が震えていた。今は止まっている。見えずとも傍にいるエドムンドなら、このわけを知っているだろうか。
「ここから降りるのは大変でしょう。掴まってください。」
「……ありがとう、君が来てくれて良かった。俺は良いからケル君を。下からの援護は任せてくれ。」
「確かにわたしの手は二つしかないので、師匠をずっとは抱えられません。承知しました。」
「エドさん……一緒にいてくれないの……?」
「すぐに会える。二人にはやってほしいことがあるんだ。頼めるかな。」
幾ら守護ヴァルミの鎧でも、二人を運ぶのは難しい。俺は抱き上げていたケルが不安がらないよう声をかけながら、慎重にトスカへ引き渡す。
トスカは真顔で冗談を言う茶目っ気のある少女だが、行動でふざけたことはない。
彼女はケルをしっかりと抱き上げてくれた。鎧の正面にアームのようなものが飛び出て、かちゃりと音を立てて閉める。
完全に金属製のおんぶひもである。トスカの鎧には、こんな機能もあったのか。
そして察し良く、空に出来た裂け目をトスカは見渡しながら言う。俺は大きく頷き、肯定の意を返した。
「裂け目の『縫合』ですね。ケル、魔力は足りていますか? 魔力持ちは倦怠感で状態が分かります。」
「ええっと……ちょっと体がだるいです……。」
「枯渇はしていないのですね。わたしの魔力を分配しながら事に当たりましょう。」
「あっ、あったかい……。」
トスカの身体からケルへ魔力が流れていく。鎧の下の表情がどうなっているのか分からないが、変わらず飄々としてトスカは俺に向き直った。
「では行ってまいります、師匠。援護についてですが、ご心配には及びません。いっぱい飛んでいる虫は無視できます。地上から、わたしの卓越した飛行技術を見ていてください。」
「ああ、君のすごさは分かっている。危険だと思ったら、すぐ俺の近くへ飛んできてくれ。ミグゥニたちさえ殺ってしまえば、後から何とでもなる。」
「エドさん! ぼく、『縫合』の練習はたくさんしてきたから! この場所に来てから全然何もできてなかったけど、頑張る!」
「いいや、十分活躍してくれたよ。だがもうひと踏ん張りだ。ここで終わらない……勝ちに行くぞ!」
俺の頷きに、二人も同調してくれる。
トスカの背中の術式が眩く光り、離れていく。俺は塔を蹴っては「皚炎」で姿勢を制御し塔から離れないようにする。
近づく地上には、胸躍る光景があった。上位種相手に、人類が勝利を掴もうとしている勇姿が。
ついに塔を焦がす炎が地面にまで到達し、俺が地面へ流し込み続けた「銀の泥沼」が爆発し始める。裂け目を閉じていけば、もう空にも地にも化物の居場所はない。
これでようやく邪魔が減る。ミグゥニの命に届く。
◆
戦況は上位種に押されているように見えて、拮抗している。
白染めの兵士たちは、ハルランと女王、二名の指揮のもと魔導が組み込まれた人造馬を駆る。
王の帰還は、差し出す忠誠すら疑問視されていたシウゼヴァクをひっくり返すほどの出来事であった。
故に魔兵たちは奮い立つ。魔力が枯渇しかけても、愚直なまでに信じる力こそを武器とする。後方から紅色の光を解き放ち、虫を撃ち落とす王は、崇められるに相応しい英雄だと。
人数は確実に、迫る上位種たちの方が多い。どんどん戦士も離脱している。それなのに戦線を維持できているのは、ハルランの存在あってのことだと、一様に心から思っている。
戦に勝てば、夢で見たかつての栄華をハルランが取り戻してくれる。そのために彼らは魔兵となったのだ。今の栄えを越え、豊かな国を望むがために。
隊長格の魔兵複数名が長槍を天に掲げ、一斉に突撃する。ハルランは魔力で巨大な翼を模り、彼らが駆る馬へ力を与えた。
「轢き潰せ! 突撃!」
「加護を受けた我らに、敗北は無し!」
「シウゼヴァクへ身を捧げし、勇猛なる兵士たち。我が術も、追い風となれ――」
白一色のドレスを血で汚した女王が、しかし毅然とした態度で両手を組み、冷たい風を起こす。
ハルランは後方にいる彼女へ、思わず振り返る。それは間違いなく、「ゼシニスの知恵」たるハルランが得意とした魔法の一つであった。
偶然か、彼ら魔兵と対をなす黒いヴェールを被った復讐者たちが、獲物を狩り尽くした戦場で未だ武具を振るっている。ぎらぎらと獣のごとく目を光らせて。
彼らの望みは、人類に歯向かう愚か者に報いを与えることだ。しかし元を辿れば、裏切る理由が存在する。
力や金、権力を欲するとき、道を誤った者は安易な手段に飛びつく。上位種とそれらを信奉する狂人へ擦り寄るような、何とも浅ましい真似ができる。
ならば「黒血絶ち」もこの戦場に在るべきだ。人狩りの根源には、侵略種族への憎悪があるのだから。
「くく、これは面白い。散々人を喰っておいて、流す汚液に赤を混じらせんとは……。」
「……知性の欠片もない虫が。人間をバカにする手法ばかり持ち合わせている。」
「穢しやがって! ぐちゃぐちゃにしてやる……!」
口では皮肉交じりに冷静な者も、激情をおさえられずにいる者も、瞳は変わらず。恐ろしいほど無機質で、とうの昔に壊れた精神を、辛うじて人の形に押しとどめている。
能天気な貴族がその様を見ればこう思うだろう。化物の所業が、新たな化物を生んだのだと。
冒険者の悉くが後退し人員僅かな最前線で、独りで戦っていた二人が互いを認識し合う。
「こりゃあイイ、魔力の流れが止まらねえ……快感だ。おいそこの野郎。こっちに来やがれ! あたしに合わせな!」
「この白い炎……! ……いいだろう、乗ったぞ矛神!」
「あれが、大母に聞かされたヤツなのかな? 何というか、炎っていうよりは『運河』みたい。」
「……どうであろうが、炎には薪を放り込め。一気に仕掛けるぞ!」
「いいぞ、全部燃やしてしまえ!『広がる炎扇』」
ラディアの鋭い声が響き、呼応するようにオズの体に白が見える。姉の窮地に冷静さを失っていた狼は、激しさの中に確かな戦術を置いた。また鎧の形状は様々でも、濃い青のサーコートを共有する、「群青血の騎士」たちも各々役割を果たし始める。
彼らが積極的に行使するのは、「学院」によって解術された火属性の魔法だ。火に関する魔法は、他の三属性に比べて親和性が高い。小さな火種でも集めれば、劫火と化すために。
または、虫は炎に目を奪われやがて燃え尽きるものだと決まっているからだ。
(いいぞいいぞ! エドワルドくんたちが戻る頃には、もっといい勝負に出来そうだ。しかし、ミグゥニの信号無しで、ここまで集まるんだな……やっぱり数年はゼシニスの守りに専念すべきか。)
そして戦士たちの奮闘を、誰よりも冷静に俯瞰する竜の戦士は、ぐんと高揚するのを感じていた。ハルランの内に同化した竜たちが、上位種から黒い血が噴き出るのを望んでいる。
ハルランも同じく、しかし決定的に違う部分があった。それは後世を生き抜いた人類の愛だ。
「皆、巻き返そう――流れ出た同胞よ。此度も私と共にあれ。」
機会を伺っていた彼女は指を鳴らす。すると、シウゼヴァクの王都全域に巡っていた半透明な紅色が粘性を帯びる。人の物とは違う魔力の血液、かつての竜の栄華を支えた力の再現だ。
直接傷が塞げずとも、魔力を持っている者は活力を得る。そして開いた傷は、ザルディ国からはるばるやってきた騎士たちによって、簡易的だが治療が為された。ならば起こる事は一つ。
散々痛めつけた戦士が、ゆっくりと目覚めた。そして迷わず武器を取る。
確かに応急措置で、この戦が終われば意識を失うだろう。だが底力を見せる。ここで倒れたままならば、二度と陽光を拝めないと必死になる。生きたいと足掻く渇望、執着こそが次へとつなぐのだ。
再び立ち上がった戦士たちが雄たけびを上げ、倒せど倒せど増える化物へ抗う。
◆
塔が燃えたことで、ケチョウが完全に余裕をなくす。人間としての名残を惜しんでいるからではない。その肉塊が、ケチョウの「資産」であったからだ。
亡霊の戦士たちでは、ケチョウの猛攻を完全には捌ききれない。するとイヨにも攻撃が掠る。
イヨはリィートイやハルランとは違い、戦士に向いた肉体を持ち合わせていない。幼い姿で時間を切り取られた人間だ。
皚炎が灯らなければ、十五の成人を迎える前に死していたほど、かつてのイヨは虚弱だった。
加えて元の姿を取り戻せたとて、魂は消えかけのままだ。時間がかかるほど、イヨの生命力は減っていく。壊れた器に、白き炎という「水」を注いでも零れるだけなのだ。
「ぜ、ぇ……おぬしも、終わりがみえてきたよう、じゃな……!」
『この、死にかけが減らず口を叩きやがって! ミグゥニいいい! 見ているだけで何もしないとは、どういうつもりだあ!』
「まだ、まだ……『捕縛』『脳漿繋ぎ』」
激昂したケチョウの顎は完全に蟲のものへ戻っており、同じ姿形をしたミグゥニに叫ぶ。しかしミグゥニは言葉だけでなく反応すら返さず、空を眺めていた。
敵が冷静さを失ったときこそ、隙は生まれる。イヨは支援を優先し「蟲の闘士」たちへ向けて、白糸と屍術を次々繰り出す。
『モユヌエ殿、生者が無理をしてはなりません!』
『しかし、供給が無くなっただけか……! 援護はする、リシディア騎士たち。イヨの周りを囲むのだ!』
「いいや……もう、妾の足は、棺に入っておるわい……。ぐあっ……!」
『クハハハ! 人形だろうが、私から奪った死体だろうが……雑兵が群れるだけで! 残り滓どもは、諸共死んでしまえ!』
リシディア騎士の亡霊が、生前のように陣を組みケチョウの攻撃を押し流そうとする。しかし防御も回避行動も、上位種の上澄みには役に立たない。
ぶんと振られた魔力を伴う斬撃だけで、下半身だけを残して屍たちは破壊される。その勢いのままケチョウの足がイヨを捉え、勢いよく吹き飛ばした。
小さな体は地面をきりもみ、そして倒れ伏す。ケチョウはそのまま、イヨを斬り潰そうと、鎌い変化させた左腕を振り上げた。
その瞬間、怪物の左腕が消し飛ぶ。断面に青色の炎を残し、直後ケチョウの脳に怯えるような感情の信号が襲い来る。そのような機能などないはずなのにも拘わらず。
「モユヌエ殿、任せてすまなかった。ここからは、俺が代わろう。」
「え、えどわる……ど……。ふ……まかされたのに、なさけなかったのう……。」
『どけ! 邪魔だ、鉄屑野郎……!』
「邪魔なのは、お前らだろうが。」
ケチョウが下したもう一方の手が、またしても青色の炎で消される。飛来した虫たちも、同じ青色に包まれていく。
ケチョウはここに来て初めて、背筋を凍らせた。今までは人間の戦士として脅威に感じているだけであった。
今は違う。己が怪物でありながら、得体のしれない存在を見る目に変わっている。
『な、なんなんだ……お前はあ!』
「……前にも聞いたな。お前らは、いつも似たようなことをほざく。優位が崩れた瞬間に、みっともなく騒ぎ始める……。」
剣筋は見えているのに、対処ができない。それはケチョウの精神性が、人の域を超えていないからだ。本能が警鐘を鳴らし、しかし醜く膨らんだプライドによって逃げることも出来ず、術を行使するしか選択肢を持ち得ない。
エドワルドは怒っている。他者のためと責任逃れをするつもりはなく、独りよがりだと認識し。自分自身の不甲斐なさへの怒りを募らせている。
「……手早く終わらせる。貴女のためにも、外の皆のためにも。』
ぼろぼろになった娘は、振り返る騎士の瞳を見た。珍しい目だ。戦の中であるのに、凝り固まった復讐心ではなく、純粋な怒りがある。
だからこそイヨは、安心感に包まれる。目の前の騎士が幾ら力を持っていようと、誇示することはないのだと。人形越しに見ていたら、この瞳は見られずじまいだったと、イヨは満足げに弱弱しく微笑んだ。
知り合って長くなくとも、エドワルドは心を通じ合わせた人の苦しむ姿に我慢ならない。
炎の先から、月下に咲く花の香りがする。娘の鼻孔を通って、壊れた器を塞ぐように。
迸る憤怒はついに、青色の「皚炎」を完成させた。