【一巻8月20日発売予定】裏切りや絶望が溢れるゲーム世界で、鬱展開全てぶっ壊す 作:棘棘生命
敵の動きが見える。そしてこの戦いのため再起してくれた英雄たちの尊容も、はっきりと。騒がしいほどに、背中から声が聞こえる。
『ほう……皚炎がこうも変容するとは。想像以上だ……!』
『更に上があるなんて。あーあ、生きている内に知りたかったよ。』
『美しい……! エドワルド殿、やはり目先の戦を取るより、貴殿についていて正解だった!』
『エドワルド、ここからは僕らも戦おう。君の炎がそうしてくれる。』
理知的な男性の、調子を大きく崩し弾んだ声。舌足らずだが凛々しい女戦士の声。その次に、俺がよく知っている声たちが響く。
まさかと疑い、亡霊の彼らが前に出るのを視認して、その背中に確信する。青く半透明な彼は、分厚い双剣を両肩に乗せて豪快に笑っていた。
俺は激情の中に、一粒の安堵を零した。上位種に良いように扱われた彼も、魂だけは救われたのだと。
「……これで、わらわの力を、全て……。持っていけい……!」
『クソガキめ、まだ足掻きやがる――グウ!』
「お前の好きにはさせない。貴方たちは、モユヌエ殿を遠くへ!」
『ええ、同志よ! ゼシニスの誇りにかけて!』
モユヌエを守っていた亡霊の、おそらくは古い戦士たちが、簡易的な誓いをしてから離れていく。追撃しようとする蟲の闘士は、他の亡霊によって防がれた。
俺の身体から散った彼らは、燃える肉塊の塔へふわりと飛んで、そしてモユヌエが振り絞ってくれた力のお陰で仮初の肉体を得る。
青色の炎を全身に纏い、戻った戦士たちは軽やかに戦場を舞い始めた。
作り物の面だというのに、ケチョウの表情は、どんどんと歪んでいく。一人、俺の方へ駆けてくる男に言葉を投げ、逸る気持ちに体を任せた。
「エドムンド君……合わせてくれるのか。」
『勿論。それに自分の体を置いて、どこかへ行けないだろう?』
「その通りだな。皆の名誉のため、この戦場を華々しく飾ろう。」
『ああ、そうしよう。……盾狩りに、狩れぬ守りなし』
エドムンドが構える剣に実体はなく、しかし魔力で出来ている。どんな鋭い剣よりも、化物を狩るためには勝るだろう。
亡霊に導いてもらっていた先ほどよりも、ゆっくりと時が流れ行く。振る腕も、未だかつてないほどに自由だ。
◆
トスカはケルを抱え、裂け目を縫い合わせるために空を翔ける。幼子を固定するための「腕」は籠のような形状へと変わっており、籠の隙間は魔力の膜で覆われている。
ケルは、落下する恐怖を軽減されながらも、尚怯えていた。人に翼はなく、選択肢に飛行がない子どもには空はまだ早い。
「トスカさんん……じ、地面が遠いよおお――」
「大丈夫。深呼吸して。この籠の中は、臭気も遮断されています。」
「は、はいっ!」
「それと、わたしのことはトスカお姉さんと呼んでほしいです。言葉も崩していいですよ。良い子のケルは特別です。唯一の妹弟子として歓迎します。」
「えっと……うん! トスカお姉さん、ありがとう! この鎧、すごいね……」
トスカの平坦な調子の中に、歩み寄ろうとする気持ちを感じ取ったケルは、思い切って呼び方を変える。するとトスカは小さく笑い、背面の「噴出口」から出す魔力の炎を強めた。
更に速度が上がる。虫の上位種が彼女の飛行を妨げるには、至近距離での魔法の行使しかない。魔力を纏わせた硬質な鎧に、小手先の技は通用しないのである。
そのため、それを学習した虫たちは、炎に近づいては炭化し墜落していく。ケルも応戦しようとしたが、トスカに手で止められる。
「ケルは縫合へ集中していて大丈夫です。露払いはわたしがします。」
「うん……! じゃあ、始めるね。まずは一つ目を――『縫合』」
ケルは、くわっとつぶらな瞳を開き両手を伸ばした。限られた者にしか持てない直感を辿り、「籠」の中で、裂け目の淵を見定めていく。
その間、裂け目の中から「蟲の闘士」の群れが飛び出してくる。トスカはケルの視界を塞がないようにと、炎を放射していった。
ケルの掌から伸びる白糸がくるくると螺旋を描く。虚空に縫われ、糸で蓋が形成されていく。穴が空いた布を別の色をした布で接ぎ合わせるように。
そして主という指揮者ありきの蟲たちは、潜伏の選択肢を考えず、全て飛び出した。指揮が機能しなければ、生存本能に従う。
上位種という括りにあろうと、多くは空間に穴を開ける力を持たない。ミグゥニの子も例に漏れず、圧倒的な繁殖力と学習性以外に能が無い。
暗闇しかない虚無に閉じ込められれば、自らの子孫を残せず、それでいて親の命も感知できない。それらは極めて合理的な判断を下したのだ。
「両腕の『噴出口』を起動します。ケル、少し熱いですよ。」
「――できた! これで閉じて!」
『ギイイ――!』
トスカの攻撃と同時に、ケルが作り上げた白糸の布が空間を塞ぐ。世界をパッチワークするという偉業を為した少女は、しかし驕らず次の裂け目の方へ視線を向けた。
任務と重く受け止めすぎないトスカも、余計な時間を使わない。あくまでケルとの距離を縮めるため、会話を続けながら飛行する。
それに褒めずとも、トスカはケルを認めている。上位種に立ち向かい、この地獄のような世界にまで勇ましく連れ立った戦士を、「英雄」と言わずして何と言うか。
(潰し合いなど……。この子にそんな争いをさせれば、悪影響です。儀式の後を見据えれば、尚更……)
ケルと会話しながら、トスカは並行して考える。彼女の中で、此度の戦の勝利は確実であった。
対して広大な荒野では、徐々に銀色を滲んでいく。
「蟲の闘士」とは「バックスタブレイブ」作中で敵となる、主無き個体群。様々な虫の特徴が一つの体に混在した、上位種の総称である。
それらは様々な強みを持ちながら、地面に降り立った瞬間、闘士として使い物にならなくなる。着いた脚から、どろどろと溶けていったがために。
そして個々が地形の異変を学習する前に、完全に全身が溶解する。もう、この結界内の世界においては供給が断たれたそれらは、地面に降り立つだけで数百は数を減らした。
魔法「銀の泥沼」は、特殊な性質を持つ。上位種由来の魔力に触れるほど、効果時間を伸ばし膨張するというものだ。
つまりは、「蟲の闘士」が討たれれば討たれるほど、人類が有利となっていく仕掛けをエドワルドは作っていたのである。
動揺を隠さないケチョウに、エドワルドたちは剣を向ける。敵に躍りかかるエドムンドへ続き、彼は腕から満ち満ちていく炎を、そのまま刃として飛ばした。二人の騎士の連携によって、虫三体が炭のように消える。
『地面に降りず殲滅しろっ! グッ!』
「声に出さなければ、命令も下せない。やはりお前は、虫にもなりきれない人でなしだ。」
『鉄屑の化物め……!』
「怪物がよくほざく。」
エドワルドから凄まじい速度で放たれる光刃が、外殻を生やし続けるケチョウの体を刻む。
焦りは、強化された知能をも無に帰す。命令など下せず、ケチョウはどうやって目の前の騎士を殺すかを考える他なかった。
『ギイイイッ――!』
『すんなり剣が通る。借り物の力とは言え、これは爽快だ――!』
騎士と怪物の争いの後ろでは、亡霊の白銀騎士が大立ち回りを演じていた。エドワルドと背中を合わせるように場を離れず、エドムンドは元来の捨て身の戦術で、両断する。
しばらくして、エドムンドの近くに同じ鎧を浮かばせた騎士たちが集う。
リシディア騎士の亡霊が多いわけは明白である。絶対数が多く、生涯信じていた女神の偽りを知り、無念の死を遂げる者ばかりであるからだ。
それでもこの空間に集ったリシディア騎士は、己を幸運だと思っている。彼らは「月」の輝きを、エドムンドの亡霊に連れられしかと見た。そして誇りに思ったのだ。
騎士団にあらず白銀はくすんでも、同じ鎧を身に纏う戦士。エドワルドの精神が騎士ではないと知っても、その振る舞いは、かつて彼らが目標とした騎士道を歩む者だったから。
『「聖光撃ち」! 盾狩り、私たちも加勢しましょう。』
『ありがとう! あっ……後から敬意がなってないとか言わないでくれよ、先輩方?』
『立場など、死んだら関係ありませんよ。気にしないで。』
『で……あの子と対面する準備は?』
『ははっ、ユーモアが真っ黒じゃないか。でも、いつか……次があるかは分からないけれどね。』
エドムンドはリシディア騎士の兜を具現化させ、顔全体を覆い隠す。騎士たちと軽く笑い合い、次の標的を指で示した。
命尽きるまで上位種と相対してきた騎士たちは切り替えが早く、すぐさま態勢を整える。
空を飛ぶ二人は「縫合」に勤しむ傍ら、地上を見た。エドワルドの姿を。点のように小さな人影でも、彼の周りを揺らめく青色が主張する。
そして光の刃が空へ放たれ、援護が為される。三日月状のそれらは重力に逆らって真っすぐに飛び、トスカの背後を狙う「虫の闘士」たちを次々と落としていった。
「あのかっこいい魔法……後で教えていただきたいですね。ケルはどう思いますか? わたしと同じくあの人の弟子として、『月』を学びたいという意欲はありますか。」
「うん。でも、エドさんから教えてもらったんだけど……。エドさんに『月』の魔法を教えた人は、とっても怖いらしいんだ。ぼく、怖い人は嫌だな……。」
ケルは、旅の最中エドから耳に挟んだ話を思い出し、ぶるりと体を震わせる。少女は人の本当の恐ろしさを身を以て体感している。実の子を家畜のようにしか考えない、両親の無機質な瞳を。そして町で暮らし、旅をする中で、善良な人の少なさを知った。ケルは周囲の人間に恵まれたからこそ、生身の人が恐ろしいのだ。
トスカは兜に手を当てると、納得したように頷いた。
「ふむ。確かに、ルリベナ総長は気難しい方です。しかしケルなら歓迎されるでしょう。あの方は才能を尊びます。『縫合』以外で糸を使える勇者なんて、貴女しか知りませんから。」
「そうなんだ……なら、エドさんに聞いてみたいな。えへへ、嬉しい……トスカお姉さんに……」
トスカの返答にケルは認識を改め、そして口角を上げて独り言つ。
トスカもケルも、上位種だらけの空に絶望していない。前者はどんなときもマイペースを崩さない性格から、後者は勇ましさを胸に、希望を見据えている。
この場にエドワルドがいれば、こう思うだろう。素晴らしい。化物など意に介さないその心の有り様こそ、希望へと繋がるのだと。
「――出力を更に上げましょう。舌を噛まないようにしてください。」
「うん!」
元気よく頷くケルに、トスカは兜の下で少しだけ頬を緩め、最高速度へ到達する。
延々と増え続ける蟲は有限となり、無力だった亡霊たちは、倒れても立ち上がる不滅と化した。
そして、裂け目に隠れた「蟲の闘士」があぶり出され、数が千を切った瞬間均衡は完全に崩れる。世界が青色に塗り替えられていく。
◆
全身を駆け巡る活力と、受けた傷から漏れる激痛。再びこの世の地獄に戻ってきた冒険者の一人、ミナは走る。
前線は遠く、上位種相手には磨いた体捌きや投擲の技術も、然程効果を為さない。それでも、隣には同じ怒りを抱えた戦士たちがいる。
これ以上、化物に良いようにされてたまるかと、迸る激情を持っている。
ミナはラディアと行動を共にする間に学んだ技を、左腕から行使する。それは「学院」の術師に初等と分類される魔法であっても、感情がその域を越えさせた。
「……これでどう!『火の放射』!」
「おお、筋が良いなお嬢さん! 火を、もっと火を広げるぞ! 『突風』」
「『陽炎の障壁』――魔力だけでもよい! どんどん押せえ!」
「よし! 私だって、出来ることはあるから……!」
ミナの見る先には、やはり白き焔がある。
ラディアの振り下ろす大剣、オズが振り回す異形の大斧は、この侵攻を指揮した上位種にまで届いていた。
それは二体。一体はヴァルミラの近くに在る、翼の上位種。歪められた口は手足にもついており、ぱかと開けばそのどれもに虫に齧られた眼球が覗く。もう一体は、蝶のような虫を全身に張り付けた尖り耳の上位種であった。
『これはまた、祝福したいお方が増えて……大人しくしていれば、私たちの一部になれますからね?』
「ハッ、バカが! 出てくるのが遅かったなあ、蛆湧き女! おい狂狼、こいつを潰すぞ!」
「そいつは、お前がやれ! おれはこの全身標本を片付ける!」
『最も美しい翅を侮辱するな、丸耳如きが!』
「ちっ、仕方ねえな! おらあっ!」
各々が役割をこなし、ふとミナは戦闘中であるのに安心感を覚えた。そして込み上げる切なさ、郷愁の念も。
緊迫した空気であり、いつ命を落としてもおかしくない状況下であるのにも拘わらず、彼女は空をじっと見上げる。
すると、わけは分からないのに、ミナは妙に納得できた。ミナの近くで、傷口が開かないよう支援に徹する騎士ヨヌアも、群青血の騎士も、魔兵も、少しずつ空を気にし始める。
「戻ってきたんだ……。」
「あはは……いっつも遅いんだから……。」
ミナの呟きを最後に、彼らは息を呑んで、大きな音がした方向を見た。
空には浮かぶ。三つ目の月が。
◆
絶望的な戦力差で始まった戦が、数百の戦士によって覆されていく。俺は戦いの最中だというのに、胸がいっぱいになっていた。
決意は固くなる。早々に終わらせて、皆で戻るのだ。
『木っ端は無視だ! 掃射するぞ!』
『狙うのは苦手だが、致し方なし!「赫光」!』
『――「聖光撃ち」!』
空中戦に切り替えたケチョウは速い。だがこちらに攻撃をしたい以上、遠くへ飛ぶことはない。
亡霊たちにあわせ、俺は「霊月の太刀」を伸ばす。避けられるのは予想済みだ。
俺はケチョウが飛ぶ場所を予測し、光の刃を放つ。翅にさえ当てられればいい。ケチョウは「学院」の術師が扱うような、空中歩行を習得していない。
様々な色の光線がついにケチョウを捉える。俺が本命として放った斬撃、魔法「銀の泥沼」と「月融け」を含させたそれが当たった。
ケチョウの翅の再生を妨げ、そのまま墜落させる。恐ろしい叫び声と共に、虫は地面に叩きつけられた。
ただの光の刃だと楽観視していたのだろう。月の魔力は、重ね合わせるとどの魔法が行使されたか判別がしにくいのだ。咄嗟の判断で分類分けできる人を、俺は一人しか知らない。
全身の外殻が溶けていきながら、ケチョウは恨み言を放つ。その様に、グロテスクな玉座に座っていた先ほどの面影は全くなかった。もはや飛ばされる魔法も、然程威力がない。
俺はそれを弾き、青色の炎を纏った直剣をケチョウの首元に近づける。
『アアア……バカな、こんな簡単な策に……!』
「……モユヌエ殿。古き戦士の仇は……俺たちが討つぞ。」
俺は遠くに避難したモユヌエに向けて、姿が見えずとも言葉をかけた。
血走ったケチョウの複眼が睨む。俺はその憎悪を受け止めながら、剣を振るう。くっと息が詰まるような音がして、ケチョウは銀色の液体に変わった。
丁度、空から虫とは違う、安心できる姿形が降りてくる。トスカとケルだ。軽く手を振ると、二人ともこの短い間で仲良くなったようで、同時にサムズアップを返してくれた。
空に、裂け目は一つもない。ケルは成し遂げたのだ。
「さて……後は肝心な奴だ。二人とも覚悟は良いな。」
「はい。そのために来ました。」
「うん! エドさんが、皆がいれば!」
俺は、遠くにただ浮かぶミグゥニへ視線をやる。奴は共喰いをさせた「蟲の闘士」たちを加勢させていたようだが、灰燼に帰した。これだけの戦士が集まっていれば、ある程度力に差があっても変わらない。
警戒をしながら接近するが、何も攻撃を仕掛けてこない。そして不気味なことにミグゥニは、心底愉しそうに手を叩きはじめた。
『アハハ! 降参、降参だ! ボクを殺すと良い。それが何よりの褒美になるんだろう?』
先程と口調が全く違う。甘く媚びるような調子はなりを潜め、はきはきとそれは言う。首を差し出しながら。
この余裕の態度は、まだ奥の手があるのか。それとも既に罠を仕掛けているのか。俺はどういうつもりかと、刃をぐいと近づけた。
「どういうつもりだ。……この世界から、お前は抜け出せない。何をしようが無駄だ。」
『ハルランってニンゲンから聞いたんでしょう? さっき見たよ。安心して斬ると良い。ボクはこの世界から手を引く。だってそうした方が、キミは良く育つ……!』
「何だと……?」
『気に入ったよ、エドワルド……! フフ、フフフ!』
狂ったように笑い始める。思わず目が泳ぎそうになるが留まる。
これがミグゥニの狙いなのかもしれないからだ。俺はミグゥニから目を離さず、皆に呼びかける。ハルランの策に不足があったのかどうか。
術師の亡霊が俺の横に来て、首を振る。
『……いや、罠は感知されていない。魔力量も、ケチョウと同等だ。』
「そうか。……ミグゥニ。手を引くとは何を意味している?」
『アハハッ! ボクに訊くんだ? 純粋だねえ……赤子のようだ。』
ミグゥニは語る。嘲り、人の苦痛を生きがいとする上位種にはあるまじき行為。俺はそれの言葉に惑わされないよう歯を食いしばり、痛みで正気を保つことにした。
しかし、洗脳する魔法などは感じられない。俺は理解が出来なくなった。
奴はこう言う。ハルランへの賞賛と、及んでいない部分への嘲りを。ミグゥニの本体は、この世界にだけあるわけではないということを。
『まあ、仕方ないよね。ニンゲンは餌で、キミたちの表現に合わせるならミミズみたいなもんだ。土の中に潜って偶に見上げるだけ。ここに閉じ込められてから、餌は無くなった。この世界に価値は残っていないと思っていた。』
「ならば……二度と、この世界に来れないようにしてやる。」
『アハハ、いいねえええ! そうしたらいつか、殺しに来なよ、ボクたちを。』
ぐちゃぐちゃの声音でミグゥニは鳴く。俺は皆の表情を見てから、その想い通りに再び剣を振るった。
燃えていくミグゥニから、ぽろりと蛆のようなものが零れる。そして俺ははっとする。この小さな虫こそ、ミグゥニなのだと。
それはきいいと鳴いて、泥沼に浸かり消滅する。
想像していたことだ。上位種の上澄みである個体が、何もせず囚われているなどおかしな話だったのだ。
俺は息を吐き、この世界の仕組みに頭が痛くなる。敵は想像よりも、強大だ。
『――しっかり!』
『皆さん、こちらへ早く!』
そのとき、リシディア騎士の亡霊が此方に向かって飛んでくる。俺は気持ちを切り替え、彼らの呼ぶ方へ走った。
どれだけ困難が立ちふさがっても、俺がすることは決まっている。この世界の人々へ、持てる全てを捧げるだけだ。
◆
亡霊たちの依り代、仮初の肉体は役目を終えた。亡霊に囲まれながら、イヨは霞む視界にエドワルドを映す。そして戦の終わりを告げる歓声に耳を傾けた。
娘は掠れる声で呟く。
「……ふふっ……ここちよいのう……。」
イヨはふわふわとした感覚を覚えていた。全て夢幻に思えるような、明日を待ち遠しく思いながら疲れて微睡むような心地。亡霊たちは、イヨの体に起こっている異変に気が付く。
魂を肉体という器に入っている物質と仮定するなら、イヨは横に倒した後の器であった。
亡霊の戦士たちがイヨの周囲に集まっていく。エドワルドを最後に映し、イヨは目を閉じた。己の本懐が遂げられたことへ満足し、再び目覚めるとは終ぞ思わずに。
だが絶望を誰よりも嫌う騎士は、諦めない。
激しく青色の炎を燃やした彼は、そっとぼろぼろの肢体に触れた。魂を燃料にした蒼を、湧き出でて尽きぬ力を注ぐために。
「――『蒼月』」
理論を言い放った後、エドワルドが空に放った一閃は、ルヴネトで二度民へ魅せた杭のごとく。
輪をいくつにも重ねた「月」が空に模られた。瞳は無くとも、それは見つめている。
「……モユヌエ殿。休むなら、この世がいい。」
ふあんという奇怪な音が周囲に響いた。その直後、拡張された世界は元に戻っていく。彼は無意識に、ハルランから持たされた「魂」を、自身の命の危機以外に使ったのだ。
それは何もかもを予測していたハルランが、唯一考えていなかった事象であった。
浮かぶ月は、まだ僅かに残ったイヨの魂を補っていく。
止まりかけていた呼吸から、涼やかな花の香りがする。
◆
別世界にて。巨大な白い繭がぱっくりと割れ、玉座のように形を変える。そしてそこに座り込む影があった。
これもまた白い蛾と形容できる、人間の特徴が僅かに見える生物である。その女性体は、長い舌をちゅるちゅると動かし、熱い息を吐きだした。
その個体の周囲で、キイキイと聞く者によっては耳障りなざわめきが起こる。
何故ならそれは虫たちの王であり、久方ぶりに長い眠りから覚めたからだった。
三メートル近い虫たちは、翻訳すれば帰還を喜ぶ鳴き声を次々上げる。これは王たる個体がつけた機能だった。
『ジョオウサマ、ヨクオモドリニナラレマシタ』
『トテモ、ゴキゲンガヨロシイヨウデ』
「良いものが見られた。」
『ナニヨリデゴザイマス』
「じゃあ、早速愉しませて。最後の一匹になるまで喰らい合え。」
白い蛾擬きミグゥニは、頭を下げる子らに、間髪入れず共喰いを命じる。虫たちにとって、親であり王であるミグゥニの命令は絶対だ。
不快な音が鳴り響く寝室にて、満足そうに名を口ずさんだ。
「エド、エドワルド……フフフ、忘れずにしまっておかないと。……君はどれだけ、良い苗床に育つんだろう?」
ミグゥニは侵攻から手を引き、代わりにエドワルドの「価値」が高められるのを待つ。
そしていつしかエドワルドが世界を渡り、この腐臭漂う世界で旅を終わらせることを望んだ。
◆
今までは一戦士の規格に収まっていた。だが地上に戻ってきた男は、最早ただの凄腕とは括れない。
力を振り絞り立つ人間の戦士たちは、エドワルドの傍に月下の花を幻視した。澄み渡るような芳香が、倒れた者の眉間の皺を取り除く。
見えるもの、匂い、そのどちらもを形容するならば、青と言う他なし。
不思議な事だ。敗者は傷が癒えることで慰められ、これから永劫の苦しみを味わうことになる霊魂も落ち着いていく。しかし月の満ち欠けに見出された意味は、生死のどちらも内包する。なれば、生者と死者双方が、月光に安らぐのは道理である。
地上に戻り街の惨状を見てからずっと、エドワルドは静かに怒り、涙を流している。じゅうと、零れた水滴が青き炎に触れて、蒸気に変わる。
そのわけは自分自身への激怒であり、罪を重ねたことへの覚悟。傷つけられた人々への悲しみ。
上位種への憎しみだけに囚われれば、己の至らなさを転嫁するのと同義だと彼は思う。
彼はおぶった勇ましき少女と、抱きかかえた黒髪の少女を降ろし、剣を掲げた。
隣り合った死者に、償いきれずとも贖罪を。生者に、戦いの終わりとこの先を約束するために。
エドワルドの炎が、都市を覆う紅色と混ざる。彼と並んだ戦士たちは、静謐で、月灯りを反射する剣そのものの立ち姿に息を呑みながら、魔法を行使した。敵の動揺こそ、勝機となることを熟練の戦士は理解している。
絶望を肥やしにするため集った化物たちは、これまで奪った命の報いを受けることを終ぞ理解せず、刻まれていく。
あっという間に、戦争は敗残狩りとなる。惑う上位種は、もはや戻る場所などないことを知り、生涯最期の恐怖に蝕まれながら、黒血で地面を汚す。
月下の花の香りが薄れる頃、朝陽が昇る。
ゼシニス大陸に防護が張られて以来最も激しい戦争は、生きたいと願う者たちの献身により、終わりを迎えた。
これで四章は終了です!五章に入る前に間章が挟まります。
また皆様のおかげで本作は、
「裏切りや絶望が溢れるゲーム世界で、鬱展開全てぶっ壊す」と改題し、
オーバーラップノベルス様から8月20日に発売されます!
書籍につきましては、また追ってご報告させていただきます。
よろしくお願いいたします。