裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す 作:棘棘生命
ミウたちと別れてからすぐに、俺は調査を開始する。それは、コルバの街のあちこちにいる猫の観察である。コルバの人間に重宝され、数は管理されているが愛されている様子の猫たち。ふてぶてしいほど脱力している動物を持ち上げたり、毛並みを触ってみたりするだけだ。
何をバカなことをしているのだと、「バックスタブレイブ」をプレイしたことのない、大部分の幸福な人々は思うことだろう。だがこれこそが有効な策なのである。
ゲーム中この街に潜む奴の一部は、堂々と人前に現れ無害を装う。主人公たちに触れさせた後、パーティメンバーを外し一人で赴くと、誰も見ていない路地裏に座っている。
そして、言葉を発するのだ。「俺がお前の助けになってやる」と、ぶっきらぼうな口調で。
「バックスタブレイブ」は腐ってもファンタジーの世界である。親身だが少し俺様系の喋る
世界の在り方を知らない最序盤なら、尚更のことだ。
獣が、人の言葉を介するはずもないというのに。
無論、それは化物である。ただの猫に扮し、コルバの人々を破滅させて裏から嘲笑う、卑劣な上位種だ。
獣皮の上位種は一度正体を見破れば、愛らしさなど無縁の巨大な毛むくじゃらに変貌する。二足歩行と四足歩行を使い分ける器用さを持ち、人の裏で操っていたこともあって精神攻撃も多彩である。
見破らずに攻撃する術もあるのだが、そうすると顔以外の全身に黒い毛が生え、筋肉のついた女のように変貌する。中間形態といったところか。
擬態も合わせれば三つも姿がある*1というのは、序盤で出てくる上位種には珍しい。
それ故に、裂け目から出てくる平均的な上位種と比べれば圧倒的に強く、精神を痛めつける特殊バッドエンドが待っている。
だからこそ俺は奴の力の源を少しずつ削ぎ、ようやく今日、この街へ仕上げをしに来たのだ。
(こいつも違うか…。…何故、動物を疑わなければならないんだ。)
俺は腹を見せる黒猫を撫でてから立ち上がり、次へ行く。奴の一部は本体がいなければ、ただの猫にすぎない。だが特殊な黒猫たちが、奴の微細な魔力でつながっており、文字通り「目」となることを俺は知っている。このシンボルエンカウントは必要なことなのだ。
だんだん、通りすがる人から奇異の目で見られているように感じてきた。
やめてほしい。俺は好き好んで、猫を撫でて回っているわけじゃない。
俺は一度心を落ち着かせ、ミウの話していたことを考える。彼女は親しい二人と話をしに行く前、表情を陰らせていた。そして俺と待ち合わせることを約束した後、自然な笑顔を見せた。
あの振る舞いが、果たして演技なのだろうか。俺は、疑いたくないという方向に思考の舵を切り出していた。あの、仲間想いで純粋無垢な性格を見せたライトラルのこともだ。
危ない道を突っ走って、親しき人から心配が理由で叱られるなんて、演技では為せない輝かしい人間性だ。
(…どうも引っかかるな。『鋼拳』のあれはやはり、そういうことか?)
俺は、ゲーム中でコルバを支配していた三人の内、最後の一人ハンスを思い浮かべる。
ライトラルやミウが俺と話すたびに、柔和な表情からは考えられないような冷たさが漏れ出ていた。二人にとっては微細で、察知できなかったのかもしれないが、部外者である俺には明確な違和感を残した。
彼らには恋人や親子とは違う、冒険者の結束がある。だからいきなり現れた俺に怒っているのかと思ったが、分からない。
数年後に冷徹なフィクサーになるならば、根底は変わらないということなのか。
「…もうすぐ陽が落ちるか。何もない時間は瞬く間に――」
海原に近づく陽を眺めながら思わず呟きそうになるが、その瞬間頭にぞくりとした不快感が走った。
奴は、こんなにも迂闊に気配を出すのか。計画が杜撰なのは、何もかも中途半端な上位種らしい。
剣の柄を握り、木造の建物へ走る。俺が扉を開けたとき、見慣れた顔が飛び込んできた。金髪の青年と、白髪をショートボブのように切り揃えた少女だ。
少女ミウは、青ざめた顔を俺に向ける。すると俺の胴鎧に勢いよくぶつかってきた。減速できなかったというよりは、故意に見える。
「わ、エドっ!すごい良いタイミング…!」
「…ミウ君が慌てている理由は、分かっているよ。…奴はまだ建物の奥か?」
「え、奴って…。もしかしてエド、知ってて来てくれたの…?」
「二人が何のこと言っているのか、分からないけど…。少しここを離れよう。これ以上刺激したくない。」
ライトラルも顔色を悪くしながら、そう俺とミウに向かって言う。あれだけ屯していた冒険者たちも、施設内に見当たらない。仕事か酒場に乗り出していったのだろうが、俺にはその光景がひどく不気味に思えた。
俺から切り出す。奴は直前まで事を荒らげようとしなかった。ただ暴れるつもりは無いのだろう。逃げられる可能性が高いなら、今は二人から話を聞く方が優先だ。
俺も治安の悪いコルバだろうと、市街で血生臭い戦いを起こしたくない。奴とは被害の出ない、一対一の暗がりの中で。支配した人間も、呼び寄せたクソどももいない孤独の中で、叩き潰してやる。
「ライトラル殿も…酒場でいいな?」
俺からライトラルに切りだす。俺の問いかけに、彼は黙って小さく頷いた。彼のその瞳には、悪意ではない、寧ろ俺の好む感情が浮かんでいるように見えた。
◆
少し前。剣士ライトラルと、通称を持つ斥候のミナは、目の前の男性の変わりように固まっていた。
おどけることもあった気さくさは、暗い諦観に沈み。どんなときでも笑みを絶やさなかった口元は、別人のように垂れ下がっている。
しかし二人の恩師、『鋼拳』のハンスは高らかに、歌うような軽やかさで話す。
越境組織は、高みを目指そうと必ず地面に叩き落とされる、ねずみ返し。強くなろうと、体が動かなくなれば獣に食われ。人々は更に煙たがり。
そして必ず、孤独の中で神と自分自身を呪いながら死ぬのだと。
「二人は知っているかい?隣国の…私よりも腕が立ったビルくんはね。異相付きより、もっと恐ろしいものに踊り食いにされたんだ。七年くらい前だったかな。若く有望で、魔力だって並のリシディア騎士よりあった。それでも結局、出る杭は打たれるんだよ。」
「なんだその、異相付きより恐ろしいって…?教えてくれるのは嬉しいさ。でもわざと怖がらせるのは、ハンスさんらしくない。」
ライトラルは、男性の異常な状態に口から責めるような言葉が飛ぶ。それに対して、ハンスは柔らかく笑い、無表情を作った。それだけでもう、ミナは離れたくなり扉の方へ動く。
「私らしくない?ははは!そうか…そういう風に見られているんだね、私は。…ミナくんにも言った、ちょっとした話をするよ。猫を飼い始めたんだ。いや、友達になったと言った方が正しいかな?」
「友達って…。」
『誰がトモダチだって?俺はお前の力を見込んだだけだ!』
「…えっ?」
「猫が、喋ったぞ…。」
ハンスの背後からゆっくりと歩行する、黒猫。荒くも愛らしさを残す中性的な声が、その小さな動物から発せられたのだ。
子どもならば、童心のままにこの不思議な出来事を、良き方向へ考えるだろう。友達になったら刺激的な日常になると、運命を感じるかもしれない。
しかし、二人は若くとも大人であった。
「そう。この黒猫くんは人と話せるんだよ!それに飼い始めてから、どんどん調子が良くなってきてね…。少しだけ髪の毛や、血を渡すだけで…まだ私は成長出来ているんだ!」
『そうだ。俺のことは黒猫とだけ呼べばいい。お前たちのことをハンスから話してもらってな、つい出てきちまった。それで――』
黒猫は語りかける。中性的な声は心地よく、二人の頭は次第に靄がかっていく。
冒険者である以上、日々の生活には苦しみが傍に立つ。先の見えない仕事を続け、それでいて孤独であるならば、力のみに偏っていても肯定の言葉はよく効くだろう。
その影は見誤った。人間を理解しきれぬ化物が、どうして思う通りに人を動かせるだろう。
人とは、そう単純に推し量れるものではないのだ。
脳が麻痺しかけていたミナは、窓の外に気配を感じた。この街にはまだ、彼女の「月」がいる。そうしてこの後を共に過ごすと約束しているのだ。
こんなところで立ってはいられないと、彼女は心の中で叫ぶ。
『――強いお前らには特別だ。』
「嘘つき。おじさん、さっき話してたこと全部嘘だったんだ。…ライト。」
「…ああ。ハンスさんと…そこの猫、ごめん。ぼくたちには用があるんだ。花屋に寄らないとだしね。ちょっとした話じゃないなら、行かせてもらうよ。」
ミナがライトラルに呼びかけると、彼もはっと正気を取り戻す。
ライトラルはミナを終始庇うように立って、扉を強めに開けた。それでもハンスは、笑顔だった。
「そうだね。また気が変わったら聞いてほしいな。きっとライトくんの腕も上がるし、功績ももらえる。良いことずくめだと思うからね!」
「……さよなら、ハンスおじさん。」
ミナは小さく頭を下げて、ライトラルと部屋を去る。離れることを決意した少女にとっては、今生の別れになるかもしれない。だがそれを男性は気も留めない。人の形をしていても、もはやそうではなかった。
十分に離れた瞬間、二人は走った。
恐ろしかった。得体のしれないものに心を奪われた優しい恩師が、あの恐怖を掻き立てる存在が、怖くて仕方なかった。
二人の視界の隅で、職員が深々と頭を下げるがそれどころではない。すぐさま離れなくてはと、激しい動悸に襲われる。
何とか扉まで来て、勢いよく外に出ようとする。ライトラルが扉を押すと、偶然かそれとも必然か。兜で完全に顔を隠した鎧姿の男が立っていた。
その男性から続く言葉に、ミナは涙が零れそうなほど安心感を覚えた。そしてライトラルは、強いと噂の人がミナとよく話す仲であることに頼もしさを覚える。
二人はそれぞれ、騎士へ話そうとする。これからコルバに潜む化物のこと、これからどうするか。自らが取るつもりの行動と共に。
◆
夕暮れ時。開かれた酒場は活気に満ち始め、酒を入れたジョッキが次々に俺の横を通る。
だがこんな陽気な場なのにも拘わらず、俺たち三人の間には張りつめた空気が漂う。それに客も気づいてか、俺たちの周囲がぽっかりと空いている。
酒場に来て雰囲気を下げるのも悪いが、それどころじゃない。人目に付かない場所の会話が、コルバの街で最も危険なのだから。
ライトラルがぽつりぽつりと、先ほど俺と離れてから起こったことを話す。
やはり感知した通り、奴だ。聞いたところ、ハンスはもう尖兵に成り果てているようである。
「――あれは、ハンスさんじゃない。ハンスさんの皮を被った、化物だ。」
「…そうだろうな。彼は…不運だった。化物にそそのかされ、屍になってしまったのだろう。」
「エドさん…おしえてください。あれと、猫みたいなアレは何なんだ…!」
「ああ、任された――」
恐怖からかところどころ声が裏返るライトラルは、俺に尋ねた。彼は上位種を目の前にしても抗い、気丈に振る舞った。俺はもう彼を、疑うことなど出来なかった。まだ若いのに仲間を庇い、恐怖に屈しなかった。
俺の考えていた可能性は、嬉しいことに当たっていたのだ。
ミウも同じだ。化物相手に啖呵を切って、自分一人で抱え込まず誰かに相談をしている。信頼は裏切りの種になるが、その種が花開くことはないだろう。ミウが怖がり俺の体から離れないのも、きっと演技でないはずだ。
二人とも、常人ではありえない心の強さである。俺は場のあちこちに置かれる酒精に当てられてか、二人の素晴らしさを知れたことに感情を動かす。
そう。彼らが昔、確かな善性を持っていたという事実を知るのは俺だけだ。「バックスタブレイブ」をプレイしていた奴らの中で、俺が一番乗りなんだ。
俺は教える。越境組織や学院など巨大な組織は、この世界で最も足る脅威を周知させない。
越境組織は、特に人数を絞っている。通称を持っていようと街で一番だろうと、越境組織独自の評価で見極められる。
魔力量と身体能力の総合力が優れている人間しか、上位種からなる災いを教えていないのだ。
出来る限り声を小さくして聞かせると、ライトラルはふるふると顔を震わせる。怖さではなく、悲しみと虚無感を含んだ嘆きを呟いた。ライトラルは今、ハンスに「裏切られた」ことを理解したのだ。
「ああ、ハンスさんは…。ぼくたちのことよりも、自分を選んだのか…?そんなに追いつめられていたなら、なんで、ぼくたちに一言も…。」
「…ライトラル殿。今から君を、ライトラル君と呼びたい。いいだろうか。」
「え…。」
「は……?」
裏切りに苦しむ彼へ、関係の無い話を突然浴びせる。
俺は「裏切り」と「絶望」が大嫌いだ。明確に見え方が変わった、純粋な青年の苦しむ姿を、黙って見ていられるか。
ミウが俺の腹近くで、声を漏らした。どんどん、少女の腕に力が入っている気がする。
だが、少女の機微を俺が理解できるわけがない。気にせず続ける。
「すまない。だが二人にはまだ、将来何にでもなれる可能性がある。暗い陰を落とすよりも、明日のことを考えてほしいんだ。呼び名を変えるのはその一環だよ。」
「はーあ!なになになに、もう!私のときは、そんなこと言い出さなかったくせにさ!」
「ミウ君の場合は…いや、申し訳ない。あまりに距離が近いと警戒してしまうものだろう。」
「うあっ…!?」
「は、あははは…!すごくぶっちゃけてくれたね、エドさん!ありがとう。そうだ…うじうじしてたら、何もできないな。」
ミウが感情を出し、ライトラルは笑う。俺はほっとした。未来ある若者に、影などあってはならない。例え世界について俺が知っていても、それは全てではないのだ。
俺が動くことで、新たに知れることもある。そして運命さえも、ぶっ壊すことを。
ライトラルはおもむろに立ち上がり、背中に取り付けていた革の鞘を手元に持って来た。そして彼は青く、凪いだ海原のような瞳を、俺とミウへ交互に向ける。
「せっかくエドさんに励ましてもらったんだ。ぼくは、やるよ。この街が好きなんだ。守りたい人もいる。」
「あんた花屋の子好きだったけど、今もなんだー。」
「…うるさいよ。エドさん、ミナを守ってあげてください。あいつらにも声はかけるけど、人数は集まらないと思う。できるだけ逃がせれば、また街は元に戻るだろうから。」
俺は口元が緩むのを感じる。名前通りの青年は眩しすぎる。この世界でなければ英雄にも、勇者にだってなれただろう。
素晴らしい英雄のタマゴを闇落ちさせやがって。制作陣を俺は許さない。
「奴は俺の獲物だ。俺がやらせてもらう。」
「そんな、む――」
「だが君は、コルバで最も強い剣士だろう?それでいて、皆を守れる騎士にもなれたら格好いいぞ。」
俺は迷わせた右手を、ライトラルの出来上がってきた肩に置いてから立つ。ミウにも離れてもらい、腰に付けた剣の鞘を指でなぞった。
この剣も、化物相手にお披露目する頃合いだ。
二人に作戦を話す。魔法による感知は、断続的に感覚を送ってきている。人が離れてきた今こそがチャンスだ。
「俺は『越境』で、剣士として登録している。ハンスの骸が言ったように、遠くからでも君に見せよう。…青月の通称を。」
俺は酒場を出て、すっかり冷えた沿岸の空気に冷静を取り戻す。若者や冒険者たちに恐ろしさを植え付けようとした卑劣を、潰す。
◆
闇より出でる影の前に、青き光をたたえた騎士が立ちはだかる。その影、黒い猫を模り皮を被った上位種は、なあと鳴いた。
騎士は無言で直剣を抜き、斬りかかる。闇に黒い血が飛び散った後、その影がぐんぐんと大きくなっていく。
すくりと立てば見上げるほどに巨大な上位種が、落ち着いた様子で呟いた。
『なんだ、お前?頭がおかしいのかよ。ああ…リシディアのところのザコか。やるじゃねえか、きったねえ家畜のくせによ。』
「……。」
『鳴かねえか。まあ、そういうのもいるよな。…くはは、イラついてきたあ!消えろよ…!』
ぶんと突風が吹いたように音が鳴って、黒い人獣のような上位種は爪を振るった。
だが、それは空を切る。大振りな攻撃は、騎士にかすることもない。
騎士は「月」を剣に纏わせ、化物の醜態を笑う側へとまわった。
「もっと、苛つかせてやろう。誇り高い獣を汚す、クズやろうが。」
『く、くっははは!久しぶりだぜえ…この感覚。もっと痛め付けて、食い散らかして、殺したくなっちまうじゃねえか――!』
獣皮の上位種は、先ほどよりも速く、より鋭利になった爪で騎士を切り刻もうと襲い掛かる。
その様に焦ることはない。怒りを知ってそれさえ弄ぶ上位種に、憎悪は負けないのだから。
風で、冷たい水面が揺れる。騎士は得物を振りながら、その時を待つ。
一瞬の隙と、焦りを知る獣擬きの双眸を。