【一巻8月20日発売予定】裏切りや絶望が溢れるゲーム世界で、鬱展開全てぶっ壊す   作:棘棘生命

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間章を開始します。


間章 鈴声の聖者たち
鈴声の聖者


「――“遠い昔、我らは輝きを賜った”」

「“輝きは円を描き、今も尚享受している”」

 

 

 美しい歌声が、塔の上層からこだまする。白銀のドレスが煌めく彼女らは円を囲んで歌いながら、手に持ったハンド・ベルを一斉に鳴らす。歌の内容はリシディア教に伝えられてきた物語で、古い言葉がそのまま使われている。

 それは場を清めるための儀式で、それ以上に意味を為す行為である。

 彼女らの歌と鈴の音が、リシディア教の主拠点に備えられた「全域探知魔法」の効力を高めるのだ。

 

 

 巨大組織にとって、拡大してゼシニス大陸に生きる全ての人々にとっても「全域探知魔法」は命綱である。天地に突如出現する「裂け目」、そこから出でる上位種に対処することで、世界は体裁を取り繕えている。

 民には上位種の存在を覆い隠して、既に終末が近づいていることを誤魔化し。魔力を持つ者たちには、上位種に打ち勝てる可能性を見せる。

 

 だが、実態としてそれは生贄を捧げるのと同じ。

 女神を信奉する騎士団、学院の才ある術師たち、または名の知れぬ魔力持ちは、上位種によって少しずつ数を減らされていた。魔力を持っている人間というものは、そう簡単に増やせるものでは無いのだから、消耗するだけで人類が抗う力が目減りしていく。

 

 もはや上位種を知る者たちにとって、倒しきれるかは問題ではなくなっていた。一つ裂け目を防ぐごとに、どれだけ人員が減らされるか。

 組織上層部には必ずいる、魔力の有無で優先度をつける者等は、あえて救助が間に合わないよう仕向けることもあった。

 その度に、力無き者が死ぬ。救うための手が届こうが届くまいが、必ず死んでいく。

 つい、数年前までは。

 

 

 

 ゼシニスの北、雪深いシウゼヴァクにて戦が起こった。星々の光を一時隠すほど、上位種の大軍が押し寄せたのだ。どの地域に住んでいる者も分かるほど、その進軍は異様な光景であった。

 

 「ルヴネトの悲劇」の記憶は新しく、民には深い恐怖が刻まれる。魔力を持たない多くが上位種を知り、次にそれらがそう名付けられた意味を知った。そして勘付く。

 大陸の外から飛来したならば、未開の地は化物の巣窟なのではないか。

 

 

「――“主女神は予言された 陽光と、寄り添う二つが示す”」

 

 

 しかし、その湧き上がる恐怖を散らす結末が待っていた。飛来した巨大な蟲たちは、陽光が照らす前に消え去った。

 それも、幾つにも重なる環が浮かんでからすぐに。

 

 

「“そして四つ目が補われるとき、再び視線が向けられる”」

「“重なり合う月影、環、純白の車輪こそに”――」

 

 

 リシディア教徒で、かつ信心深い者たちは、目を擦り夢ではないかと疑った。そして滂沱として涙が溢れていた。言い伝えの通り、今降りかかっている困難はこれから除かれるのだと。

 結果が証明している。浮かんだ「車輪」が、人によって模られたものだったとしても、彼らは変わらず希望を絶やさないだろう。

 補うモノが主女神の創造物であるとは、一言も物語に記載されていないのだから。

 

 

 民は上位種を知り、魔力持ちたちは偽物ではない可能性を見た。ただ力を削がれ、緩やかに滅びを待つ時代は終わった。

 つまりは今、全ての前提が崩れたのである。

 

 

 

 この状況下では、高位の神官であればあるほどに落ち着きを失くしている。そのため、リシディア教の特別な神官「鈴声の聖者」たちの殆どは、聖職者としてあるまじき邪な感情を抱いていた。

 平常心を保てず、「車輪」が浮かんだ場所を知りたいと願う。与えられた役割故に、外界との接触を極端に減らされた彼女らは、少数遠征に出た同胞が羨ましくてたまらなかったのだ。

 

 

「……はあ。お手紙、いただけないでしょうか……」

「しー、夜の間は慎んで。次へまいりましょう――」

 

 

 一節を歌い終えても、リシディア教の特別な神官「鈴声の聖者」たちは次の物語を歌う。夜が無事明けるまで、彼女らの使命は続くのだ。

 祈りは、今正に復興が進むシウゼヴァクへ向けられる。例えリシディア教を国教としない国であろうと、博愛の精神が彼らの在り方であるために。

 夜に、涼やかな鈴の音が響く。

 

 

 

 

 ミグゥニとの戦いから、もう七日が過ぎた。俺はハルランとシウゼヴァクの女王二人の厚意により、シウゼヴァクの王城客室に滞在している。

 虫と尖耳、偽女神の眷属ども。三種の化物の襲撃によって王都は甚大な被害を受けた。シウゼヴァクにいた戦士たちは倒れ、治療を受けている最中だ。

 

 ミウやオズ、アルビン、ロオファ、俺が知っている戦士たちは殆どベッドの上。容態を見させてもらえなかったが、ラディアでさえまだ起き上がれていないようだ。

 ヴァルミの技術神官に尋ねたところ、皆魔力持ちでない民も含め、不思議なほど傷が深くないらしい。それは、都合が良い状況ではあるが。

 

 

 「バックスタブレイブ」の世界では、治療のための魔法はないが、物理的な医療は中世ファンタジー擬きとは思えないほど発達している。

 医療者と神官は、場合によっては同じ意味であり、現在双子神教の神官と、支援に特化した魔兵が中心になって事に当たっている。

 

 また国によっては、身分の高い者でなければ治療を施されることがないのだが、シウゼヴァクは別のようだ。戦闘用でない傀儡人形も駆り出されて、人員不足が補われている。

 モユヌエが育てたという「人形師」たちは、後方支援に秀でているようだ。

 

 

 そんな慌ただしい状況下で、俺は何をしているのか。

 野外病院のようになった簡易的な施設に行って様子を確認しては、王都周辺を哨戒し戻ってくる。そして頭が回らない状態でこれからのことを考え、時間を無駄にするだけだ。

 

 俺には「バックスタブレイブ」の知識と、九年ほどかけて磨いた殺しの技術しかない。これ以上時間を無為にするくらいなら、すぐにでも動いた方が良いことは分かっている。

 だが一人では何も解決できない。倒れた友や、絶対に失ってはならない者たちを置いて行けない。

 そもそも、俺が考えていた前提が壊されてしまった。何をしようにも八方塞がりだ。

 

 

 それに俺は、償わなければならない罪が増えた。零してしまった命に、俺は恨まれて当然でありながら、無駄には死ねない。彼らの無念を背負い、受けた苦しみと憎しみも背負う必要がある。

 約七千。その巨大な数が俺の体にのしかかる。人類の生存圏を防衛できなかったも同然だ。

 

 

「――見てみるのじゃ、お主の周りを!」

『いやあ、面白いなあ。俺らって頭に意識があるわけじゃなかったんだ』

『全く、呑気なものだ……ふうう』

『そこの人。私たちは……ああ。運が良かったな』

「…………」

「ううむ……反応なし。……お主ら安心するがよい。望むなら、妾の術で動けるように出来るからの」

 

 

 この数日間、俺の傍にはモユヌエがついていてくれている。俺に時間を割くだけ勿体ないというのに。

 モユヌエは越境組織の主の座を退いてから、見違えるほど朗らかになった。組織の主は腹にいくつも抱えていなければならなかったからだろう。人形師の師と、群青血の騎士たちの主を兼任している今こそが、本来の彼女なのかもしれない。

 リィートイと同じく人類のために戦った英雄は、重荷を下ろし、より慈愛に満ちている。大母と呼ばれる理由が分かる。

 

 

「のうエドワルド、お主には感謝しておる。言葉では表しきれない一生ものじゃ……だから少しは休んで」

「……この状況下で何もできていない。力を得たのにも拘わらず、この体たらくで……のうのうと寝てはいられません」

 

 

 俺は纏まらない頭のまま、背中を柔らかく叩いてくれるモユヌエに焦点を合わせ、言葉を返す。

 

 彼女の容姿は、以前とは全く違っている。

 短めの眉と、その下で揃えられた前髪。脚まで届きそうな濡羽色の黒髪。目も同じように黒いが、右目には淡い青色が混じっていて、俺の幼い友人であるトリネとは全く違った印象を受ける。ぱっちりとした瞳は人形のようだ。

 

 本人曰く、この容姿は()()()のだそうだ。モユヌエを名乗る以前の、イヨとしての姿へと。

 しかし彼女は、呼び方はそのままで良いと言ってくれた。俺も偽名を名乗って約九年、モユヌエと比較すれば短くも同じ気持ちだろうか。

 

 

「いいや! いくら『猛き戦士』でも、疲れは溜まるものじゃ! ああっそうじゃ、ケルが心配するぞ?」

「……修練だけでも積みます。一緒に来てくれますか」

「はああっ……。仕方ない、気が済むまで付き合ってやろう。こやつらにも、子らにも良い気分転換にはなる――」

 

 

 結局、こんな自責など俺が満足したいだけだ。俺が何をしようと、彼らが死んでしまったことは覆らない。

 それに他人を付き合わせてしまえば、迷惑でしかない。俺は力や技術をいくらつけても、弱いままだ。記憶がぼろぼろで、全て終わった後の「幸福な結末」に縋るしかない、まともでない人間。

 やはり俺が出来ることは上位種を殺すことだけだ。

 

 モユヌエは立ち上がると、ぐっと伸びをしてから俺を手招く。

 「皚炎」を受け入れたことで、俺にも亡霊を感知できる力が備わったようだ。背中からは、微かに声が聞こえてくる。

 

 

(エドムンド君、皆……。何とか、皆の望む世界にできるように……)

 

 

 モユヌエの横を歩き、俺は王城の地下へと向かう。「魂のコテージ」と言われるあの世界なら、意味がある事を為せる。そして剣を握れば、少しは頭を整理できるはずだと。

 

 

 

 

 イヨ、モユヌエを名乗り続けることを決めた娘は、ばくばくと心臓を鳴らしていた。数日共に時間を過ごしている、騎士の男エドワルドへ言葉を紡ぐたびに。

 彼の精神に余裕がないことは、分かっている。しかしモユヌエは、心配の念とそれ以上に、熱を上げていた。

 何故なら、彼女の魂は蒼く染められているからだ。

 

 

(し、静まれ……! うう、体が言うことを聞かぬ……!)

 

 

 エドワルドが渡した自身の魂は、空に近かったモユヌエの体に再び生命の熱を灯した。それは彼女の命を救ったのと同時に、古い価値観において深い意味を持つ。言葉に出すには品がないが、凄まじく重く。

 その意味をエドワルドが知らないとも分かっていながら、モユヌエの統治者故に押さえ続けていた少女の心をめちゃくちゃにかき乱したのだ。

 

 そして、エドワルドが聞こえないのを良いことに、古い時代の亡霊たちは茶化す。モユヌエはエドワルドと亡霊たちの板挟みになり、顔に出さないようにすることで必死だった。

 

 

『遅咲きだな。まあまあ、イイ奴がいなかったってだけだ』

『あの小人の娘のこともある。気にせずついていくのが良い!』

『――しかし話を蒸し返すようだが、ハルランが……。魂を融合させて、性根まで獣になったということか?』

『竜の価値観は分からん! 人恋しくもなるだろうし』

 

(好き勝手喋りおって……! 本当に聞こえぬのか? ううむ……個人差はあるからのう……)

 

 

 モユヌエはエドワルドをふと見上げる。相変わらず兜の奥は分からない。しかし亡霊の声が聞こえているなら、ここまで悲壮な空気は出てこないだろう。

 

 老いも若きも、どの時代を生きた魂も、言葉を交わし合っている。此度の戦で犠牲になった民や戦士たちも、その輪に入って。

 目覚めた後、モユヌエは心から安堵した。当人は知らずとも、死者さえも慰められる力がエドワルドにはある。彼は余さず掬い取ったのだ。上位種に恐怖し絶望の中死んだ者たちへ、月下に咲く花の香りを届けたのである。

 

 浮かんだ不思議な三つ目の「月」が、生者の肉体を、死者の心の傷を癒した。だからモユヌエは心苦しく思う。エドワルドはこれ以上に無い貢献をしたというのに、彼自身が納得できていない現状に。

 

 

「エドワルド……修行が終わったら、絶対に休むんじゃぞ。妾が見ておるからの!」

「……承知しました、モユヌエ殿」

「それ、棺の中でおねんねするのじゃ! ちっと、布団でも入れておくべきか?」

「…………」

 

 

 地下に辿り着いた二人。モユヌエは空いた「微睡みの棺」へエドワルドを入れ、しばらくしてからすっと蓋を開く。そして同じ棺の中に収まり、目を閉じた。熱情とは別に、同じ魂が混ざっているからこそ、彼女はエドワルドの傍にいる時間が必要なのだ。

 

 モユヌエは、かつての栄華が再現された世界へ舞い戻る。入り込んですぐ、そこには先客がいた。

 勇者の鎧を着こんだ少女と、背丈の近い女性騎士。後者は、彼女の弟が被るものと似た形状の兜で顔を覆っていた。

 二人の他にも、試合を眺める影がある。モユヌエはいち早くエドワルドを見つけ、彼の横に座った。

 

 

「大母様も来なさったか! 団長もあの娘も、張り切ってますよ!」

「うふふ、ありがとう。そのようじゃな。……ここで試合をする分には、場所を取らないからいいのう。エドワルド、気分はどうじゃ? 落ち着いたか?」

「……少しは。ケル君には良い経験になりそうで、何よりです」

「うんうん。お主の剣や魔法も、皆の刺激になるじゃろうて」

 

 

 観戦していると、ケルの剣が空に飛ぶ。白糸を伸ばして取り戻そうとするも、ヨヌアの暴風によって叶わず。双方が礼をして試合は終わった。

 そしてすぐに次の試合が始まる。馬から降りた魔兵は重い槍を水平にし、ヨヌアの代わりに入った群青血の騎士が異形の直剣を構える。

 

 自身の出番が来るまでエドワルドは、和気あいあいと修練に励む戦士たちの姿を眺めていた。ずっと、悲しみと喜びが入り混じった表情で。

 

 エドワルドの停滞はこのように続き、しかし転機は必ず齎される。白銀が近づき、また大きく世界が動き出した。

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