【一巻8月20日発売予定】裏切りや絶望が溢れるゲーム世界で、鬱展開全てぶっ壊す   作:棘棘生命

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焦るも、緩やかな一時

 高位の神官は、聖都を離れるだけでも護衛が必須である。「鈴声の聖者」たち、少年一人と少女二人は、リシディア教が持っている馬車の最も装甲が厚い部分にそれぞれ隠され、周囲を騎士と神官たちが守る形をとっていた。つまりは三部隊での護送となっている。

 

 聖都プシケニアムで起こった事件――後に「翼騎士」と正式に命名される尖兵の襲撃――から月を跨がず、彼らは遠征に出ている。

 判断が下されるまでに時間がかかるリシディア教において異例の早さが、事態の深刻さを物語っているだろう。

 今までシウゼヴァクがリシディア教に支援を願うことは無かった。国教を持たず、布教活動を禁じているのだから当たり前のことだ。

 

 リシディア教の上層部とシウゼヴァクの間でどうような力が働いているのか、命令を受けるだけの下々には分からない。下された任務が、大陸の平穏を守ることになると信じるだけだ。

 

 

 三部隊の内、鈴声の聖者たちを護送する人員には、事件の収束に大きく貢献した騎士の少女アイナの姿もあった。

 彼女は疲労を浮かぶ顔を取り繕い、共に任務を預かった同僚へ視線を少しの間向ける。その次に騎乗して並走する部下たちと顔を見合わせ、聞こえないように溜め息をついた。

 アイナと同行しているのは、プシケニアム在住の司令官とその部下たち。価値観も身分も平時の任務も、何もかもが違う彼女らとアイナは、ありのままに言えばそりが合わなかった。

 

 

「まあまあ、アイナ司令官。シウゼヴァクに着けば気も紛れますって。復興中じゃ、飯屋はやっているか分からないですけど」

「確か……『青月』さんもいるんでしょう。彼だったら、今のシウゼヴァクから離れたりしないはず。もう少しの辛抱ですよ」

「そう、ですよね……! 頑張るっすよ、皆!」

「――そこっ、無駄口を叩くな! 神聖なお役目なのだぞ!」

「あ、あははっ……。気を付けます……」

 

 

 部下の壮年の男女と気持ちを合わせていると、離れたところから鋭い声が飛んでくる。アイナは内心げんなりしながら、愛想笑いでやり過ごした。その後彼女は再度部下たちと示し合わせ、しわしわとした悲し気な面で、表情で気持ちを共有する。

 主女神をリシディアとしながらも、教団は一枚岩ではない。この短くも長く感じる旅路で、気苦労は絶えることはないだろう。アイナは早くシウゼヴァクに着きたい、自身が想う人へ会いたいと願う。

 そして少し前に見たあの青い輝きについても想像し、不安からはやる気持ちをおさえている。

 

 

(先輩――ご無事でいてください……)

 

 

 アイナがつけた「探知」は途切れた。その意味は、エドワルドが結界の中の世界に入ったことが要因だ。しかしアイナはその原理を知るわけもない。

 ただエドワルドから一報、問題ない旨が届いただけだ。アイナの不安は爆発しそうで、使命のためにすんでのところでおさえられている。

 

 上位種の群れがどれだけ恐ろしく、熟練の戦士の命をも容易く奪えるか、アイナたち遊撃部隊は理解している。シウゼヴァクが防衛できたこと自体、正に奇跡的であることも。

 数十もの馬は駆け、雪国へと辿り着く。王城はすぐそこにあり。

 

 

 

 

 また三日が過ぎる。俺の状態は変わらず、剣を振るっても一時気を誤魔化せるだけ。こんなにも何もできないのかと苦しむばかりだ。

 大母モユヌエの力を借り、亡霊たちの意見交換も今まで通り行っている。とても参考になり、時間を有意義に使えているような気分になる。それでも俺が殆ど貢献できていないことに変わりはない。

 

 一つだけ進展がある。ミグゥニとの戦いの際、直感で使えるようになった魔法を、理論として言語化できてきたのだ。まだ少しだけであり人に伝えられるレベルではなく、走り書きのようなものだが。

 

 どうやら、モユヌエのために使った魔法が基点になるようだ。あのときは必死で、どのように構築したかも分からない。例えるなら、数学で公式を知っていたら応用も利かせられる感覚だ。口に出した理論も再現するのは記憶頼りで、完全に一致させるのは難しいかもしれない。

 

 また俺の青くなった「皚炎」についてだが、モユヌエやハルランらに知見を得たところ、出力を高めることで亡霊の知覚ができるようになるとのことだ。加えて出力を高める手段は、感情の昂ぶりが最適解だと。

 つまり再現するには、戦闘か日々の修行が必要になるということだ。

 

 

 どれも一日二日で再現できるようにするのは難しい。だが、これらの魔法を体系化できれば。そうすれば魔力を持つ戦士たちの武器に出来るかもしれない。

 同じ月の魔法でも「二つの月」や「霊月」のような上辺しか知らない体系とは違って、俺が第一人者だ。根本から伝えることも可能だろう。

 

 

「……どうだろう? 記述した繋げ方は、魔法に熟達した皆さんなら理解していただけると思っているのだが……」

「うん、とっても分かりやすいわ! けれど……本当にこの通りで出来るのかしら?」

「おそらく、エドワルドさん自身が意識していない要素も含まれているかと思います。しかし解術するのは、次の段階がいい」

 

 

 そして俺は今。王城の広間で、群青血の騎士団に所属するヨヌアとその一部、比較的ダメージの少なかった魔兵の一部と卓を囲み、話し合う場を設けていた。

 戦を乗り越えた仲間であり、俺が信頼する主に忠誠を誓う彼らからまず伝えようと思ったからだ。

 

 資料として各々に渡した内容を説明しながら、ヨヌアたちの話を聞く。群青血の騎士団の構成員は、元「束ねられた腕」や元魔兵だけではないようで、上級の解術魔法についても話ができる。彼らが味方で知人であれることは、非常に頼もしい。

 

 

「そうなるでしょうな。エドワルドさん、団長。試行回数を増やしてみて、どれだけ再現できるか試してみます」

「ええ! ふふっ、『学院』の解術を……不思議な気分ね。いい気分転換になりそうだわ!」

「私たちも、力になれれば。魔導術式を齧っている程度ですが」

 

 

 実戦で扱う魔法に関してのエキスパートである彼らは、理論だけでなく直感にも優れている。予想していた通り、俺のような術師にはなれない人間の話についても、早々に理解を示してくれた。

 

 しばらく、魔法の体系化についての段取りを決め、彼らはまた修練へと戻っていく。この数日でハルランが「魂のコテージ」へ入る手段を改善し、大人数の受け入れを可能にしたのだ。

 ゼシニス大陸の経済圏をコントロールしていた者の凄さを、思い知らされる出来事だった。

 

 

 場に残ったのは、話し合いを静かに聞いていたモユヌエと、部屋の隅で読書をしていたケルの二人のみ。近頃傍にいてくれるモユヌエは分かるが、ケルがヨヌアたちに付いていかなかったのは意外に思う。

 資料をまとめ席を立つと、二人は俺に近づいてきた。言い出しづらそうにケルが、次にモユヌエが補足する。

 

 

「エドさん、今日はぼくも一緒にいていい……? 皆のお見舞いに行きたくて……それに、何もできないでいるのは、いやだから」

「ケルなりに気持ちの整理が出来たみたいじゃ。コテージに籠っていても気分は晴れぬでな」

「そうか……」

 

 

 ケルの決断に俺は考えを巡らせた。トスカがしっかりと守ってくれたおかげでケルは軽傷で済んだが、知る人の殆どが病院にいる状況だ。優しいケルが、心に傷を負ったのは自然な流れだった。

 数月経ってはいるが、それでもルヴネトでの戦いは間もないと言える。特にケルを落ち込ませたのがミナの状態だ。姉のような存在が倒れたことへ向き合い続けるには、時間が必要だ。

 非常時の空気は、幼子には毒となる。俺は屈み、ケルと視線を合わせて念押しした。

 

 

「無理だと思ったら、すぐ俺かモユヌエ殿に言うんだ。外を見るのは少しずつで良いからな」

「うんっ……大丈夫」

「では行くとしよう。まあ、あまり気負うでない。ミナという娘も、段々起きていられる時間が伸びておる。すーぷを口に入れられる程度には回復してな。のう、エドワルド?」

「ええ。今の時間なら、起きているかもしれないな」

「…………!」

 

 

 モユヌエに頷いた後、ケルが伸ばす左手を取り王城の外へ三人で歩く。その間、俺は一つ早急に決め切らなければならない事へ思考を回していた。

 

 

 俺が考えていた前提にあって崩された一つが、ケルの育成だ。

 ケルの様子から道筋はぶれることはあったが、最終目標は変わらなかった。主人公の勇者が習得する「此の真意」の発現さえできれば、どうにでもなると。目標にしていたことが唐突に叶ってしまったのは、どうあろうが良いことだ。

 

 主人公の勇者は圧倒的な力を誇っていたが、育成によっては総力戦後「此の真意」が発動しないことがあった。主人公の能力値を上げない縛りをしていたプレイヤーたちが証明したのだ。そのプレイヤーたちは結局、「此の真意」が発動するまでレベルを上げなければならなくなったのだが。

 要するにケルはこの年齢で、既に総力戦後レベルの力が見えかけていることに他ならない。

 

 

 だが想定とは違い、「此の真意」というものが信頼に足る力ではないことが分かってしまった。実際ケルに現れた特徴は、明らかに何者かが介入していたからだ。上位種か、それとも。悪意は感じられなかったが、俺の感覚がどれだけ判断基準に出来るか。

 「バックスタブレイブ」作中では上位種狩りに用いられた奥義的な術であっても、行使されるのがケルの意思でないなら、今後どちらに転ぶか分からない。あの状態は諸刃の剣なのだ。

 

 こうなると、明確な指標がない。ゲームでは分かりやすかった能力値など見えないため、ケルがどれだけ育っているかも手探りになる。「此の真意」を制御する方法、作中ではありもしなかった手段も模索しなければ。

 

 加えて、約七年後を総力戦の時期と定め、悠長にしている場合ではなくなってきた。襲撃してきた三種族は、いつでも俺たちを壊滅させられることを示したからだ。

 知識にある「バックスタブレイブ」の時系列をなぞっていくのは危険だ。イレギュラーな事態が起こったとき、後手に回ることになる。そうすれば、また人が大勢死ぬのだ。

 

 やるべきことが多すぎる。早く、もっと早く動かなければ。

 こうやって、焦りばかり先行する。断片的な知識しか使えなくなって、これでは本当の木偶の坊に成り果てる。

 

 

「……エドさん?」

 

 

 ケルの呼びかけで、はっとして目の前が見える。既に病院まで辿り着いていたようだ。やはり歩きながらの考え事は危うい。

 一つずつ整理していこう。幸い、俺の知人は知恵者ばかりだ。

 

 

 

 

 傍から見て、エドワルドの口をついて出る「何もできていない」という言葉は、理解に苦しむ事柄であった。

 ケルはモユヌエと手を繋いで歩いていた。展開された医療施設に着いてから、彼は一人で動き回り始めたからだ。

 ケルが目で追えば、エドワルドが何をしているのか分かる。治療に勤しむ神官たちの邪魔をしない程度に、彼は雑談をしかけていた。シウゼヴァクの周囲の安全、任務の過酷さを労う言葉などを。

 そしてそれが終われば一人ずつ、殆ど初対面の負傷者たちへ話しかけている。コミュニケーション不足かつ話が上手くないと、自称する者とは思えない積極性であった。

 

 

 ケルは複雑な心境だった。意識を戻した負傷者たちは皆、エドワルドと談笑している。彼の手を取り、涙を流す者もいる。雑談を伴ったエドワルドの訪問には、確かに民達の療養に良い効果があるのだろう。この初めて知った事実は、ケルにとっても気持ちの良いことだ。

 それに知人友人だけでなく、博愛を振りまくエドワルドの姿は、少女の胸を熱くさせた。

 

 だがそれとこれとは話が別だ。エドワルドが己やヨヌアたちに割く時間は少ない。「魂のコテージ」へ彼がいる時間は、一日の内数時間もないのだ。ケルは少しばかり、やきもちを焼いていた。

 それ以外、エドワルドがどのように時間を使っているのか、ケルは直接見たいと思ったのだ。

 

 

「皆、すごく嬉しそう……。モユヌエさん、エドさんは他にどうしてるの?」

「そうじゃな。妾もじゃが、会議ばかりじゃ。それが終わったら哨戒に行って、ハルラン様も含めて魔法を学んでおったり……後は何やら手紙を書いておるな。はあ……あやつ、もう三日は寝てないのじゃ……ケルも言ってやっておくれ」

「え……。すぐに言うよ!」

 

 

 沈んだ表情になったモユヌエに、ケルはすぐさま返答する。旅路を同じくした先輩たちや、ミナへの見舞いを終えたらすぐにでも伝えようと。

 

 

 そしてケルとモユヌエは一旦別れる。ケルはエドワルドに倣ってベッドの近くに行き、言葉をかけていった。

 ラディアについては神官に会うことを止められたが、ロオファやアルビンの容態は看ることができた。二人は全身に布が巻かれていたが膿などはなく、並べられたベッドの上にて、すやすやと眠っていた。

 彼らを看護している矛神の神官が、ケルに言う。

 

 

「皆さん、深い傷はないんです。本当に驚くべきこと……あれだけの襲撃を受けたのにです。数日すれば、お二方も目覚められると思いますよ」

「ありがとうございます! 良かった……明日もお見舞いに来ます!」

「お待ちしております、ルヴネトの勇者殿」

 

 

 最後にケルはミナのもとへ向かう。頭部と両足に白布を巻いたミナは、ケルの姿を見るなり花が咲いたような笑顔を浮かべた。

 ケルはばっと両腕を伸ばし、ベッドに倒れ込むようにして彼女に抱き着く。少女にとってミナは、掛けがえのない存在になっていた。面会することをひどく恐れてしまうほどに。

 

 

「よかった、よかったよう……!」

「あははっ! よしよし……大丈夫。私はどこに行かないよー」

 

 

 滲む涙がすべて流れ落ちるまで、ケルはミナから離れず。

 しばらくしてから、ミナが明るい調子でケルに質問する。

 

 

「ケルちゃんってば、今回も大活躍だったんでしょ? お姉ちゃんに教えてよ! あ、思い出したくなかったら話さなくていいからね」

「ううん。ずっと、ミナお姉ちゃんと話したいこと考えてたんだ」

 

 

 顔色を一瞬悪くするミナへ、ケルは首を横に振ってから話し始める。それからは水入らずの談笑が続いた。

 

 遅れてやってきたエドワルドは二人を陰から見て、そっと通路に戻る。数日、ケルから漂っていた不安が拭われていくのを、心からの笑顔を目の当たりにしたために。

 

 

(修練などより、大事なものがある……。今後を悩むのは、俺だけで十分だ)

 

 

 エドワルドはふっと息をつき、ケルとモユヌエを待つ間に書き物をする。ザルディやリューン、その他知人のいる町から届いた頼りへの返事を。中でも量が多く、怒りが書き殴られている「学院」からの書簡に、どう返事をすればいいか頭を悩ませる。

 そのときだ。エドワルドを見つけた、守護ヴァルミの技術神官である女性が駆け寄ってきた。

 

 

「――失礼、エドワルドさん! ラーマイマでの儀式についてですが――」

「ああ、ありがたい! お願いする」

 

 

 エドワルドは声をかけられた瞬間手紙をしまい、神官からの話に耳を傾けた。

 彼がここ数日行っている働きかけは、順調に功をなしている。直接の知り合いでなかった神官たちにも、親しくあること。それは排他的な技術神官の心を開くことに繋がっていた。

 彼は打算ではなく自然体で、人の間に入り込む。非常時にこそ、その性根は魔性のように。

 

 丁度同日、白銀の隊列がシウゼヴァクへ到着する。そして大小、四つの騎士団が一堂に会する。

 

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