【一巻8月20日発売予定】裏切りや絶望が溢れるゲーム世界で、鬱展開全てぶっ壊す 作:棘棘生命
年下の友人の姿を見て安心し、そしてもう一人。この世界に来て、三次元的な容姿を知ったネームドの女性に心が引き締まる。血液がぶちまけられたように赤い、天地を思い出した。
術に詳しい先人や卓越した術師であるハルランにも聞いたことだが、これで俺が行っていたことが、現実と地続きであったことが分かる。
偽女神どもの尖兵「翼騎士」が大量にいたあの空間は、単なる悪夢ではないということに実感が持てた。
俺を見上げる女性、格好からしてリシディア教の高位神官「鈴声の聖者」であろうその人は、名をオデットという。服装こそ違うが、確かにあの地獄のような悪夢の中で救出した女性だ。
貴族ばかりに見られる白銀の髪に、緑の瞳。非常に理知的な表情作りで、記憶の中にある、硬い言葉を好む彼女らしい。
彼女は、「バックスタブレイブ」において亡霊としても「聖人の骸*1」としても登場した人だ。つまり俺が詳しく知るのは亡き後のみ。俺は、友人であるアイナを視界に入れながらも、オデットから囁かれた言葉を吞み込んだ。
そして、秘め事を声を小さく返す。見慣れない、実戦を経験したとは思えないほど磨かれたリシディア騎士たちもいることだ。安易にリシディア教外部の者が貶めるような言葉を吐いてはならない。
「――それは、不穏分子を連れてきたということでお間違いないか」
「そのつもりだ。詳しくは明日……簡易礼拝が済んだ、夕頃に」
「……了解した」
オデットの囁きは声というよりは音そのもので、耳を澄ませなくては意味のある言葉として認識できない。こんな芸当が高位神官にはできるというのか。
俺は一瞬どのような技をと疑問を持ったが、オデットの周辺から休息に吹く風の音が戻ってきたこと、不自然な魔力の流れ方で理解する。魔法「感知の阻害」の応用が為されたのだ。
納得するとともに、オデットの術師としての才を強く認識する一時だった。
俺の動揺を置いて、事は進んでいく。シウゼヴァクの代表として、魔兵の一隊長であり使節の役割もこなした男性が兜を上げてから案内しはじめる。魔兵とは国の軍事力の象徴であり、文官の役割も兼任するのだ。
シウゼヴァクの王妃とハルランの姿はない。王城にいるようだ。
「――リシディア教の皆様方。この辺境の都市まで要請をいただけたこと、並びに助力いただけること感謝いたします。長旅でお疲れでしょう」
「どうぞ、ディヴィーレまで。倒壊を免れた、疲れを取るに適した由緒正しき施設です。ご案内いたします――」
静々と言い、荷馬車を誘導しようと始める魔兵たちは、しばしば王城へ視線を向けている。遠くにあるようで、しかし今この時も「視線」を感じるのだ。
ハルランの術は、彼女が初めて見るリシディア教徒たちを捕捉している。おそらくは、彼らの在り方を見極めるために。
ハルランへ基本的なことは俺たちが説明こそしたが、実際に見るのは初めてだ。「リシディアに与する集団」という字面だけを見ると偏見は生まれる。
それでもハルランは知恵者であって、従来の価値観にとらわれない柔軟な思考を持ち合わせているのだ。認識を誤ることはないだろう。
だがハルランが見本とするには、あまり良い例とは言えないかもしれない。アイナたちは申し分ないのだが、聖都プシケニアム所属の騎士や神官は、様々な方向へ尖りすぎているのだ。
母数が大きく歴史も長い故に、教義の捉え方が違っていたり、役割の差で与える印象が違っていたりする。
マクロの視点では、確かに善良だろう。しかし思想が行き過ぎれば、市井との考え方にずれは生じるものだ。
俺は近くに来たオデットの真剣な視線を受け、初見となる人々の様子を窺う。夜であるから顔が分かりづらかったが、「鈴声の聖者」の二人がフードを取ったことで何者なのか分かる。馬車に戻りながらも迎えた人々へ会釈をする二人もまた、俺が知っている人間だ。
そして荷馬車の影に隠れていたが、馬の傍に立つ騎士にも。司令官レベルの騎士は、皆個人が分かる装飾がなされている。スクリーン上でしか特徴を知らずとも、案外すぐに気づけるものなのだ。
(だがこれは……。何とも厄介な人選だ。いや、あえて集めてきたというのか?)
オデットが馬車の方へ戻っていく。アイナと彼女の部下たちの礼に合わせ、俺も頭を下げた。アイナは、小さくなって顔立ちも分からなくなるまで、時折振り返り俺たちのことを気にしていた。
友人との積もる話は、また明日だ。俺の身体は疲れ知らずだが、休息の時間を邪魔してはならない。
それに、俺の腕を圧迫する感触が理由になる。先ほどまで嬉し気な声を漏らしていた幼子は、俺が向けた視線にじとりとした細目で返してきた。
何というか、ミウの仕草に似た部分が出てきたような感じがする。これもミウの魅力ではあるのだが、呆れかけた視線というのは心に来るものだ。
俺はケルの右手を握り返し、言われたとおりにすることを暗に伝えた。
そのとき、俺へひらりと掌を振って、モユヌエがリシディア教徒たちの後を追っていった。
次に彼女を守るように、群青色のマントをたなびかせたヨヌアたちが、貴族の礼服を簡略化したような服装の集団、「人形師」たちがつく。彼らは、モユヌエがシウゼヴァクの所属であり続ける以上、同じ道を行く。これから彼らは仕事なのだ。
外交の複雑さについて、俺がどうこう出来るものはない。残った魔兵たちも巡回のため解散し、双子神教の神官たちも元より休息をとっている。場に残ったのは俺とケル、王都の入口を守る魔兵数名だけ。
ケルの面倒を見れるような信頼に足る人間は、軒並みベッドで療養中である。つまりシウゼヴァクの面々が仕事をするなら、俺しか残らないのだ。
しばらく留まっていると、魔兵の男性が話しかけてくれた。ここ数日は彼らとも話す機会が多く、理由として俺が哨戒へ行くからなのだが、双方にあった緊張もほぐれたように思える。
「エドワルド、今夜も外へ向かうのか? 異相付きがうようよしてるんだ、気を付けてな」
「……エド、さん!」
「ああ……今日はやめておく。やりすぎだと、この子にも友人にも止められてしまったからな」
答えないでいると、ケルからの圧が強まる。ふっくらとした頬は愛らしいのに、実力を持つが故か。
魔兵の男性に返すと、面白そうに笑う。傍で聞いていた魔兵の数名も頷いていた。
「それがいいだろうさ! 毎日じゃあ体も持たない」
「というか……何時でも市街で見かけるんだが……。あれだけの術者なら、体力も人離れしているのが当たり前ってことなのか……?」
「人より頑丈なだけだよ。非番の時、美味いつまみでも持っていく」
「……それもそうか。ああ、修練が終わったくらいに、一杯やろう! ……お前ら、王様のしごきはすごいんだぞ。一度参加してみたらいい。黒い装甲の、私たちみたいなのが出てきてな――」
普段魔兵が兜を取ることは少なく、私語もあまりしないからだろう。ケルの様子を見れば驚きの表情で固まっていた。
魔兵同士で話し始めたため、俺はケルの手を引いて宿へと向かうことにする。
「エドさん、魔兵さんたちとも仲良くしてるの……? ご飯も……?」
「そうだな、偶に食べている。そういえば、ヨヌア殿たちの騎士団にも知った顔がいた。また酒を飲めて、そのときにローズと名を聞けたが……もうケル君は彼と知り合いか?」
「……うん、一緒に特訓したよ! そっか、ローズさんとも……」
ケルの小さくなっていく声に、首を傾げる。最近はケルの集中力が著しく、食事のタイミングもあっていなかった。彼もそれに気づいて、寂しさのようなものを感じたのかもしれない。
だが心配は杞憂だ。ケルがルヴネトに戻るまで、それからも俺は彼を守る義務がある。それがこの世界の似姿を知る俺の役目だ。
「大丈夫だ、明日は一緒に食べよう。時間が合わなくてすまなかった」
「うん……そういうことじゃない、けど……ヨヌアさんたちに色んな料理教えてもらったんだ! あとね、保存食っていうのなんだけど、ミクサアブラってお魚が美味しいかったの。料理の仕方も教えてもらったから、エドさんに食べさせてあげるね! あとはね――」
「日持ちが良いのは多めに積んでおきたいな。ああ、うん――」
ケルの積もりに積もった話を聞きながら歩いていると、目的の場所が見えてくる。
ディヴィーレとは違うが、人の良い家族が切り盛りしている歴史の長い宿だ。都には質の良い宿が沢山あり、ここは特に綺麗に整えられている。倒壊を免れたのが奇跡的だ。
自然な流れで連れてきてはいるが、ケルはディヴィーレで寝泊まりしていたはずだ。問題ないのか、宿のドアを開く前視線を投げかけると、彼は不思議そうにつぶらな瞳で俺を見返した。
◆
恰幅が良く髪を香料で撫でつけた男性が、待ちわびていたようにカウンターから身を乗り出す。彼の客である騎士は、その様子を特段意識せず挨拶をした。
「エドワルドさん。お待ちしておりました! 今日はまたお早いお帰りで……」
「ご主人、予定より宿泊は長くなりそうだ。出立するにも、まだ準備が足りない……」
「いえいえ! 滞在されている間、ご入用のものがございましたら何なりとお申し付けください!」
「エドワルドさん、こんばんは。
「……い、いいえ! そのままで大丈夫です!」
軽く言葉を交わす男性とは別に、カウンターからゆっくりと出てきた少女へ、ケルは咄嗟に首を横へ振る。
ケルは大きめの宿の内観を見ている内に、じわじわと気づき始めた。確かにエドワルドは、ディヴィーレにいなかった。
質素であり、国が営業する宿とは違った安心感を覚える場所。ケルはエドワルドを見上げ、その雰囲気から、ませた彼女はぼっと顔に火をつけた。よく考えれば、彼と二人きりになる時間はあまりなかった。いつも誰かと一緒にいて、気持ちを無意識のうちに抑えていたのだ。
宿の少女が強調した言葉を考えれば、エドワルドは一人で宿泊していない。そのことにはっと気づき、質問しづらくも、部屋に入ってしまえば話せるだろうとケルは考えた。
そうこうケルが頭を捻らせている内に、エドワルドは手続きを終え、階段下から少女を手招く。暖が取られていても寒さを感じる雪国の宿は、果たしてどんな体験ができるのか。色んなものに興味を抱く、幼子らしい移り気なケルは目を輝かせて青い鎧の騎士へついていった。宿屋の少女が、不満げな表情を浮かべていることは気づかず。
襲撃を撃退した騎士の姿は、当然のごとくシウゼヴァクの民全員に知れ渡っていた。戦に大きく貢献した少女の姿も同じように。
こうして宿の二階、角部屋に入った二人にはまず、ふかふかのベッドが見える。わあと嬉し気な声を上げ、ブーツの紐をほどいていくケルは、しかしその直後騎士へ怪訝そうな顔を向けた。
エドワルドは脚甲の底を念入りに拭き、その後奥に置かれた椅子に座った。そして立ち上がるつもりはないとばかりに紙を鞄から取り出したのだ。
同時にエドワルドの左腕と頭だけに、真っ青な焔が昇る。熱さのない、変容した「皚炎」そのものだった。
「ケル君、この宿屋でも水浴びはできる。そうしたら体を拭いて、寝間着に着替えて……そのまま眠るといい。俺は、しばらくやることがあってな」
「えっ……うう、用事が終わったら、お話してほしいと思ってたのにっ……」
「分かった、後回しにする。だが一先ず体を洗って、疲れを取るんだ。準備ができたらケル君の望む通りにしよう」
エドワルドは即答し、ケルを部屋の一つへ促す。悲しげな顔から一転、にっこりと笑ったケルは大きく頷いて部屋を見に行く。魔力術式が生活に取り入れられている国ならではの、先進的な汲み取り器が少女を驚かせた。
ケルの喜声を聞きながらも、エドワルドはペンを握っては唸る。その度、彼に語り掛けるのは数多の亡霊。シウゼヴァクで倒れた約七千の霊魂だった。
彼は「皚炎」を受け入れてから、見る見るうちに使い方を習得していった。夜の間かつ、出力を最大にまで上げれば亡霊を知覚できることも、最近気づいたのである。
『――これで七百か。どうだい、納得したか? 言いたいことはほとんど変わらないのが分かるだろう?』
「そうだな。……せめて弔いが済むまでは、聞かせてくれ。俺に出来ることなら、今の内にしなくては」
『なら、お酒はいかが? 英雄と飲めるなら、私きっと気持ちよくお空にいけるわ』
『私も一緒に。王兵の中の宴みたいなやつ、由来を聞いたら、この状況がぴったりだろう!』
「分かった。ケル君が眠った後にでも」
『俺も……よし……。じゃあお先に、同胞ら。虫でも猪でも何かしらで、また』
エドワルドに掬い取られた魂が、どれだけ意識がはっきりしていようと、亡霊は地に留まるだけの残滓である。奇跡的に猶予期間を設けられた彼らの殆どは、別れの時期を自らで決めていた。
均衡を保つ以上を出来なかった戦場に戻った騎士、シウゼヴァクから守った英雄に見送ってもらえるならと。亡霊によっては、霊術師から転向した「人形師」と会い、家族へ言葉を伝える者もいた。
エドワルドは悔しさを噛み締めながら、今晩も彼らを相手する。そして哨戒の最中や、夜明けを迎える時間帯に、魂の運河を見上げるのだ。自らの責務は全うしなければと、彼なりの信念を以て。
ケルが、長旅故に何月も切らずに伸ばしている髪を解いた状態で、ほかほかと湯気を全身から出しながら戻ってくる。エドワルドは違和感から首を傾けたが、手際よく団子にされる髪を見て、考えを奥底にしまう。
そしてすっかり覚めた意識で、ケルの言葉を待った。夜はまだ長い。