【一巻8月20日発売予定】裏切りや絶望が溢れるゲーム世界で、鬱展開全てぶっ壊す 作:棘棘生命
柔らかい布で水気を取るケルと向かい合って座る。彼が望んだのは、眠くなるまでの雑談と物語の語り聞かせだった。
ケルは聞き上手だ。馬車の中でもミウやロオファたちから見聞きした知識を自然にせがみ、平時は精神統一に努めるラディアさえも彼に気分を害したことは無い。
魂のコテージ内であっても、ほぼ初対面の戦士たち相手に雑談しにいっていた。ケルに関わる大部分の人間からは悪意が感じられず、順当に良い影響を受けているのは間違いないだろう。
だが残念ながら、俺は大した話ができない。そのため基本、実用に繋がるようなつまらない話を振る事しかなかった。
「――へええ。これが、エドさんがいつも使ってる砥石なんだ。粗めなのに……ピカピカにできてる。リィートイお姉ちゃんが仕上げをするのと、全然違うや……」
「本当は仕上げ用にもう一つ上等なものを持っておくべきなんだが……。肝心な剣をすぐに使い物にならなくしてしまう。ケル君はどうだ?」
「うん、今見せるね。矛神の騎士の人たちと比べたら、全然お手入れできてないけど……」
「……いいや、見事だ。ケル君は何にでも才があるな」
「えへへ……嬉しいな」
ケルの腰にぶら下げられていた二振りを机に置いてもらい、その刀身の磨かれようを見せてもらう。片方は俺が渡した剣である。どちらもミグゥニたちとの戦闘で使われていたが、傷みは全く以て見当たらない。
俺の正直な感想を伝えると、ケルはより一層笑みを深めた。得意な事が認められるのは、誰しも気分が良い。
それからケルは、最近関わりがある群青血の騎士団の面々について聞かせてくれた。
すると、俺では聞けないような話がぼろぼろ出てくる。団員の趣味嗜好まで深掘れる人間力は俺にはない。ヨヌアからはオズの行動パターンだったり、ローズからは妻子と仕事との兼ね合いだったり。よくそんな深い話までしたなと思うばかりである。
ケルは矛神に属してこそいるが、モユヌエに気にかけられている身だ。それに所属に関係なく集ったのがかの騎士団であり、立場を気にせず話せるのだろう。
「――ええっ! セリカさんも、ローズさんも……ぼくも一緒にお出かけしたかったのにっ」
「どちらの用も、ただの話の延長だ。セリカ殿に関しては、術師の皆と親睦を深めたいと言っただけだしな。二人のように、関係性が変わっても友人であり続けられる人は貴重だよ。俺とも話してくれるくらいだ」
「うん。二人とも、とってもお話しやすいよね。……じゃあ、次行くときは教えてね! でも、アイナお姉さんも来てくれたし……誰とお話しようかな?」
「ちょっとした用事でも声をかけよう。危ないこと以外なら、君も知見を広げられる絶好の機会になる」
「……むう……うん。ありがとう、エドさん」
しばらくしてケルが欠伸をした。俺は彼をベッドへ誘導していき、毛布をかける。部屋の中は温かく、今日も修練を積んだ幼子は限界を迎えたようだ。
ぽんぽんと軽く毛布を叩きながら、俺は頭の中にあった物語を語り聞かせる。大筋としては貴種流離譚ではあるが、結局これも実用に繋がる話だ。
流れはこうだ。時代はリシディア教が成立して間もなくの頃である。生まれは貴族であるが没落し、各地を巡る騎士となった青年オークレーが、使命のままに新天地を目指す。
そして困難な道のりと試練を乗り越え、最後に訪れた地にいた翼の生えた怪物を見事撃破し、リシディア教の栄光を知らしめた。溢れんばかりの名誉を賜り、旅路の後は貴族の地位を取り戻したというもの。リシディア教徒だけでなく民間でも知られる話の一つである。
実のところ、この話は実際にゼシニス大陸で起きた出来事だとプレイヤーであった俺は知っている。古い猛き戦士を失ってからの人類が、初めて公に為した快挙なのだ。
しかし結末は「バックスタブレイブ」らしく救いはない。そのために時の流れによって多くの話が作られ、かの騎士の幸せを願う形でただの物語に変わっていった。
「――ふふ。ぼく、こういうお話好き。オークレーさんは幸せに暮らせたんだね」
「ああ、そうだろうな。どんな困難も諦めず進めば、必ず幸福を掴める。単純だが、世の中はそうできているということだ」
「うん。ぼく、がんばるよ。シウゼヴァクの人たちのこと、沢山教えてもらって……守れてよかったって思えたから……」
しぱしぱと瞬き、ケルの声が小さくなっていく。そしてケルは、俺の右腕を抱え込んだまま寝息を立て始めた。
これでケルの機嫌は取れただろうか。俺はしばらく腕をそのままにして、これからすべきことを整理することにした。
◆
『――ありがとう青月。満足さ』
『……平和が戻った街を見届けられて……でもまだ苦しいよ』
「幾らでも付き合おう。書き留めたいことは?」
『俺の部屋の、箪笥の三段目! 壊して足しにしてくれってことだけ頼む!』
「承知した、御仁」
無臭無色の酒を注いでは喉に流し込み、亡霊の言葉をしっかりと書き出す。その繰り返しを経て、今日の分の亡霊たちの言葉は終わった。
だが俺はその後も瓶から液体を注ぎ、呷った。頭がぼやける感覚に身を委ねる。気分を誤魔化すにはいい手段なのだ。
そんな考えがよぎった瞬間、俺は頭を振った。
馬鹿野郎が。誤魔化したって何になる?向き合いきれない自分を変えられないままだ。
定まり切らない視界で、すやすやと眠るケルを見る。この地は知り合いも少なく、雪ばかりで暖かさとは無縁だ。俺などより、彼の方が不安を抱えているだろうに。前に進むため、ケルは日々健気に修練へ励んでいる。
ケル以外の戦士たちもそうだ。まだ決定してもいない未来に恐怖を抱いている俺とは、気持ちの強さが違う。
「ふ……リィートイのことを諫められる身じゃないな……。いや、彼女はもう深酒はやめたんだった」
そうすると、また今夜増えた悩みの種が思い出される。到着したリシディア教徒たちだ。
さっき考えた通り、アイナと部下は安心できるが、それ以外がまずい。それにしても、これほど「バックスタブレイブ」に登場したネームドが集まるのは珍しいのではないか。
現在、群青血の騎士であるセリカという少女も、話を聞き情報と照らし合わせてみればネームドだった。茶髪で術式を左腕に刻んだ優秀な術師。何故初見で気が付かなかったのか問われるなら、作中での年齢も所属も違うと返そう。
オデットがどうなのかはともかく、鈴声の聖者である二人は「セラフィー・ベル」だ。「セラフィー・ベル」とはリシディア教の中でも特に信心深く、同時に過激派である。
またネームドには種類がある。敵対者と協力者、後者の中に恋仲かパートナーにできる者が入っていた。そして聖者の二人は、主人公の勇者のパートナーに選べる。
聖者の二人、フェンケとジョエルに関しては、味方にもお邪魔キャラにもなるという厄介な性質を持つ。信仰の篤さが思考の枷になり、扱いを間違えれば敵対までいくのである。
つまりこの段階で仲良くさせるには、危ないタイプなのだ。実際にケルを見てきたからこそ、この純粋無垢さに影響を出したくない。
加えて、あの聖都から来た司令官のリシディア騎士だ。ゲーム開始の時系列まで約六、七年あるというのにイメージ通りの容姿だった。
洗礼名をエルセ・ミートゥスという女性は、都の人間らしい騎士だ。協力者ではあるが、融通が利かず友好度も上げづらい。その上、距離を間違えると加勢の条件も達成できなくなる。ゲームとは違うと分かってはいるが、協力関係は作りたい。
「やはり……接触は最低限にした方がいいか……? だがどうせ、彼女らとも話し合って意見交換はするだろう……どこに地雷があるか……」
作中の描写から、確かめた魔力の流れからしてオデットは信頼に足る。だからこそ俺は彼女と約束を交わしたのだ。
ゲーム内で既に死んでいたから信じられるというのも、あまりに失礼な話だが。それ以上に、あの聖者たちが来るとは思わず考えに余裕を持てない。
厄介な部分があろうと、聖者たちや聖都のリシディア騎士らの性根は善だ。探る姿勢になっている自分も嫌になる。
「――こんばんは、青月殿! お悩みのところ、失礼。入っても問題ないでしょうか?」
思考がネガティブに落ち込み続ける、そのとき。ドアがコンコンとノックされた。その後に、つい先ほどケルと話題に出していた群青血の騎士である女性の声が聞こえてくる。何故こんな時間に。急ぎの話でもあるのだろうか。
俺はよく分からないまま、その次に囁かれた言葉に耳を澄ませ、何となく理解する。
『……エドワルド。これは例の客だ。悪酔いはもう醒ませ』
「例の、客……クリフ殿、つまりこれは…………『皚炎』」
健やかに眠るケルを起こさないよう、離れた場所で魔法を行使する。頭と胸部を真っ青な炎で満たし、酒精を吹っ飛ばした。すうっとぼやけていた思考が平時に戻っていく。
それでようやく理解した。元より悩みの種であった人物が、此方の事情を考えず、今晩も来訪したのだと。
「『感知』『感知の阻害』――よし」
「勇者ちゃんには、こっちの方がいいかな? あ……ちょっと、やめてよ! これだから騎士崩れのたらしは――」
今度は、友人の声だ。人の声を真似て余計な事ばかりする。
魔力からして十中八九奴だが、警戒するに越したことは無い。俺は剣の柄に手をやりながらも、ドアを少しだけ開く。そこにはミウそっくりの人影があった。表情作りは全く違っているが。
更に分かりやすく、別人だと判断できる特徴がある。その人物は不自然に左腕を緑のマントで覆い隠している。広げれば隠しているものが特別な装備だと分かるだろう。
俺がばっとマントを払いのけると、鏡面が括り付けられた籠手、『虚像の鏡篭手*1』が覗く。俺の魔法によって音が閉じ込められた空間にて、奴はおどおどと本来の声を震わせた。
「それはこっちの台詞だ。上位種紛いなことをするのはやめろ、マロー」
「……うう。わ、分かりましたから……怖いので、に、睨まないでほしいんですけど」
「君が盗品で遊ぶのはいつものことだが……。入ってくれ。ケル君を起こさないように気を付けてな」
「こ、これは『形見』ですけど。……仕方ありません。じゃあ、失礼します……」
頭を下げるその人物は、本来の姿に戻った。ミウを模したさらさらの銀髪が、ふわりとしたくせっ毛の黄緑髪に戻っていき、縮んでいく背も丸められる。背負った大きな袋と服装も相まって、例えるなら泥棒に入った後の雪ん子のようだ。
すっかり自信のない表情になった彼女は、マローという。その生業と性根、そして俺の知識からどのように接すればいいのか決めかねる人物だ。知り合ってから会う機会こそ少ないが、知人とは言えるだろう。
ただ実力者ではある。この猛き戦士でなくとも、若作りな女性は荒廃した雪山でも商いを営めるのだから。
形見屋。戦場漁りのハイエナを総称する人々の内一人は、手を擦って卑屈に笑みを浮かべた。
「へへ……旦那さん。今回は、どのような商いにしますか? もしかして、ついに……し、品を買っていただけたりとか」
「買うつもりはない。が、見せてもらいたいものがある」
「はあ……期待させるだけって、最低だと思いますけど。……どうぞ」
いそいそとマローは袋を広げ、物を並べ始めた。
シウゼヴァクにいる間に、この人物に対しても判断する必要がある。俺はごちゃごちゃとした思考を一旦置いて、目の前に集中した。