【一巻8月20日発売予定】裏切りや絶望が溢れるゲーム世界で、鬱展開全てぶっ壊す 作:棘棘生命
俺の目の前で、マローは荷解きを行っている。売り込むには準備が必要だと言っていたが、彼女はようやくそれができたようだ。
彼女とは、数日前目印の少ない雪原で哨戒中、偶然出会うことができた。見ての通り腕に特殊な装備をつけていて、最初は上位種だと疑ったが。
人間に化ける上位種は多い。九年ほどの旅路の中で、裂け目から出てきてすぐに人混みに紛れるパターンは存外多かったのだ。
しかし幸い、化けた彼女に剣を振り下ろすことは無かった。俺だと分かったからか、すぐさまマローは正体を明かし綺麗な五体投地を披露したからだ。この仕草は、「バックスタブレイブ」では無抵抗であることを意味する。
雪に体の前面を埋めるマローに、俺は出会えた時のセオリー通り、取引を持ち掛けたのだ。
そして今回は特殊だ。上位種どもの大規模な襲撃のせいでシウゼヴァクの守りが手薄になっている。本来「形見屋」という集団は、検問の厳しい王都には入れないものだが、緊急事態なら通る。
マローのつける鏡籠手の効果もあり、彼女は問題なく旅人として潜り込むことができたのだ。
彼女は巨大な鞄から、ただの風呂敷包みのような布を取り出しそれを広げる。すると、瞬間大量の物品が現れた。物同士が擦れ合っていたようには見えず、俺の目の前に綺麗に並ぶ。
魔兵の鎧だったり、刃こぼれした斧槍だったり、果てにはゼシニス大陸では貴重品である魔道具までもがそこにはあった。
幾ら巨大な鞄と言えど、これだけの物は物理的に入らない。そうマローの背負う鞄もまた、魔道具なのだ。彼女を彼女たらしめる奇妙な魔道具。「マローの依憑き鞄*1」という仮名と、特異な効果だけを俺は知っている。
「へへ、どうでしょう旦那さん。近頃は物騒ですから、『形見』も沢山、集まるもので……」
「……少し、時間をくれ」
「あ、はい……。はあっ……どうせ、私なんか……」
何を思っているのか、溜め息を吐くマローだが、今日が特別なのではない。会う度悲観的で、感情がマイナスに行き過ぎると鬱憤を晴らすように過激なことをしでかす。具体的には暴言、異相付きなどが近くにいれば単独で狩りにかかる。
「バックスタブレイブ」作中でも描写こそ少なかったが、こんな調子だ。ゲーム最終盤のシウゼヴァク並びにラーマイマで、条件があえば協力できるただ一人のNPC。
加勢に来てくれた時、暴言を吐きながら弓とマチェットを巧みに使い、素早く動く。「肉切り」とは簡潔だがよく言い表したものだ。
知識を抜きにしても、過酷な環境を生き抜いているのだから、後ろ向きになるのも分かる。
俺は一々反応せず、並ぶ品々を注意深く見ることにした。
形見屋は確かに、ゼシニス大陸の価値観においてよく思われてはいない。おそらく俺のいたあちらの世界でも、墓荒らしのようなものだから、罪人と扱われるだろう。
だが彼らの性根も、マローに二度三度罠を仕掛けられたことも置いておいて、有用な部分は多々ある。一つは情報だ。
遺品は、現在の情勢を雄弁に語る。俺は市街での戦闘に参加した戦士たちから、尖兵と化した者たちのことを聞き出した。それらが虫の特徴を表わしていたとも。
虫の上位種は傾向として、人を苗床にすることはあっても尖兵にまではしない。だから俺は、何か裏があると思った。
つまりは人類側の、腐った悪意である。
◆
宿屋の人間も知り得ない密談にいたる前の、エドワルドとマローの再会は、偶然などではない。マローはエドワルドが出てくるのを待っていたのである。
形見屋は、過去単なる戦場漁りが名乗り始めてから数を増やした、集団というには協調性のない者たちである。
「遺品を拾い集め、縁のある者へ売ることで死者が報われる」。このような心に無いことでも大義名分を掲げれば、越境組織にも掬い取られなかった曰く付きも、“人”として生きることができる。
そしてその集団の一員であるマローは、形見屋の中でも異端な存在であった。
幸せに生きる民に、彼らは逆恨みをする。賊に身を窶せば心が荒み、裏社会に接続していくのだ。その流れがマローにはない。
雪国を活動拠点にしようと考える時点で、命を投げ捨てる行為だ。王都周辺であれば豊かでも、端に行けば寒村が多い。マローは進んで王都から離れた場所で活動していた。
生き残り、シウゼヴァクを隅から隅まで歩き回り遺品を集めていることが彼女の実力を証明する。
しかし、どこからその執念が生まれるのか。それは建前として掲げられた理念が、マローにとっての目的となっているからである。
元よりある蒐集癖と、ある種の恐れと合わさったマローだけの歪な信念である。
最初部屋に入ったとき、マローは肩を縮めて居心地を悪そうにしていたが、今は光の無い瞳を大きく開け一点を見つめている。部屋のベッドで寝息を立てているケルへ、もしくは彼女の得物である剣に。蒐集家としての心がうずうずと湧き上がり、異常な興味を持ってしまったのだ。
月の魔力が強く込められた直剣は、マローの持ち物にするには魅力的だ。エドワルドが見ていない間に手が伸びそうになる。
だがその瞬間。マローの左手は凍り付いたように固まり、そして指先を遊ばせてから戻っていく。「感知の阻害」が形成されていたからというよりは、エドワルドから感じられる魔力がぞっとさせたのだ。
(ううっ……旦那の魔力量、増えすぎなんですけど……。止められてよかった……これ以上やらかしたら、こ、殺されちゃう……のはないでしょうけど)
マローは視線をかくかくとした動きでエドワルドに戻し、まだ品を眺めていることにほっと胸をなでおろす。
彼女の思うやらかしとは多くある。だが一番は、初めて出会った頃エドワルドへ罠を仕掛けたことだった。
マローは信念など何もない、いうならばブルーオーシャンを狙っただけのただの賊であった。形見を売ってはカネにする。そんな暮らしをしている賊にとって、襤褸のマントの下に上等な鎧を着こんだ騎士が、隊も作らず一人で旅してなどいれば格好の餌であった。
気絶させるか骸にして、物品を丸ごと剥ぎ取るなど造作もない。マローは収穫にうきうきしながら、エドワルドにまず取り入り、その後乗っていた馬ごと奇襲を仕掛けた。
上機嫌であったのは僅か。すぐ後、静かな怒りを表出させたエドワルドに剣を向けられるまでだった。
恐怖は人を変える。第三者から見てろくでなし未満のマローは、首に当てられた剣の鋭さにすっかり従順になった。当時のエドワルドにとっては単なる脅しで、命を奪うつもりはなかったが。
突発的に出てしまう本心からの失言はどうしようもなく、その度エドワルドへ頭を下げている。
マローはそれも癖になりつつあった。
「そ、それにしても……ここまで気になってらっしゃるのは、初めてじゃないですか? でも、ちょっと……長くすぎですけど……。あっ!」
マローは口を両手で覆い、緊張から太めの眉をぴくぴくと動かす。焦っている内に、彼はゆっくり頭を上げた。
「……すまない、考えていた。一つ聞きたいのだがいいか? 情報料は支払おう」
「も、勿論です! 旦那さんの払ってくれるおカネで、私生きていけてますので……何でもお聞きください!」
「助かるよ。……では、この品についてだ。瓶に入っているこの、つぶつぶは何か分かるか? 後は……どこで拾ったか」
エドワルドが示すのは、革鎧の近くに置かれた小瓶であった。マローはみっちりと栓がつけられたそれを手に取り、首を捻って思い出そうとする。そしてあっと声を上げ、その後唇をかんだ。言ってしまっていいものか、逡巡したからだ。
「どうした。分からないなら、最悪でも問題ない。次の手はうてる」
「そ、そのお……旦那さんにだけですからね。あの、私が言ったって、誰かに話さないでほしくて」
しかし恐怖と、それに隠された情が閉ざした口を簡単に割る。マローは集団意識が希薄な人間だ。「仲間」とされる人間達と、唯一の太客であるエドワルドを天秤にかければ、後者が勝るのだ。
「それは保証しよう。……これが何か分かるんだな?」
「はい……」
マローはつっかえながらも、話していく。その遺品は、裏社会で高い位置にいた人間が購入できた薬である。
近頃出回り始めた物で、飲用すれば身体強化魔法などより格段に力を引き上げられるという。
だがその中身は、虫の卵である。力と引き換えに自由意思を失い、やがては脳まで腐り落ちる。「黒い陽光」が信者に配る「種子」と同じように。
マローは目で見て、賊である同じ集団を名乗る者たちから真相を知っている。
遺体のあった場所、この「暗蟲」の流通ルートまで、知っていることを洗いざらい全て吐きだした。
「なあマロー、これはまだ流通しているんだろうな」
「そ、そうだと思います! でも、モノは少ないらしい、ですので……。旦那さんが気にしてらっしゃることは、大事にはならないかと……!」
「楽観視はできないな。くそっ、これも……」
「きょええっ……」
エドワルドの苛立ちへ、小柄な女性は奇妙な悲鳴を上げる。どうやって彼の機嫌を取り持とうか、何もかも逆効果になりそうなことばかり思い浮かべる。
「予定変更だ、これを買わせてもらうぞ。――『皚炎』」
だがその後すぐに、マローは黙り込んだ。彼が情報と「形見」を購入したために渡された貨幣に気づけないほど。夢中になって、目線を外すことができない。
青く燃える焔は無慈悲で、美しいと感じたのである。
それは正しくマローが日々眺める、雪国の夜空を想起させるものだった。
「――よし。マロー、この瓶がまだあるなら全て買い取ろう。あとは、魔兵の装備と……可能ならその籠手もだ」
「え、ええっー!! 旦那さん、嘘じゃないですよねっ……!」
「今丁度、金が沢山あるからな。それに君をわざわざ王都まで呼んでおいて、何も収穫なしとは酷いだろう。言い値で払うよ」
「はあーっ……。ようやく、実りました……たゆまぬ努力が……」
機嫌よく肩を揺らしながら、マローは籠手を外してエドワルドにすんなりと手渡す。そして布上から除かれていく「形見」たちとエドワルドとを交互に、にまにまと眺める。
不思議な効果を持つ防具も、マローの求めるものではなかった。彼女は単なる遺品ではなく、特別な証を求め始めていたのである。
「それで、マロー。俺はしばらく、君を探しに行けないと思っている。もしかしたら数年……いや次はないかもしれない。この取引は、そういうことだと思ってくれ」
「……は?」
エドワルド視点での何気ない言葉が、マローの感情をぷちりと千切る。意識して抑え込んでいた彼女の口から、すさまじい言葉の毒が飛び出した。
◆
昇る朝陽が窓越しに入って来て、自然に会話が減ってお開きになる。エドワルドの意識は既に、シウゼヴァクへの来客であるリシディア教徒たちに向けられていた。
普段人と関わらないからこそ、マローは敏感だった。殺伐とした関係しか築けない彼女にとって、エドワルドとは逃せない縁だった。
次の取引まで会うことは無く、それに対して思考が暗闇に落ちかける。だがすんでのことに言葉が口をついた。
「あの、その、さっき言っていたお話ですが……考えておきますので」
「ああ。またシウゼヴァク近くに来たときは、越境宛に一報をくれるか。情けない話だが、また頼らせてほしいからな。……今後も、本分を果たせるように祈っている」
返された言葉に、溜め息が出る。そこには不満だけでなく安堵も混ざっていた。マローは誤魔化すように早く立ち上がり、巨大な鞄を軽々背負った。
「はい、毎度ありがとうございます。あの、いただいた分は少し宿泊に使わせてもらいますので……」
「……? 君の金だ、好きに使ってくれ。だが確かに物の価値にしては、まだ足りないか……?」
「はあっ。……見てて思いましたけど、戦い以外とぼけすぎじゃないですか? ああっいえ、忘れてください! そ、それでは!」
あまり耳に入れたくない事だと思いながらも、エドワルドはマローを見送る。エドワルドと同じ階に、彼女は数日は泊まり込む気でいた。
過酷な雪原に暖炉はない。人の温もりさえも。孤独だったからこそ、どんな立場にいようと体温というものは離れがたくなるものなのだ。
マローが離れたことを理解したエドワルドは、ケルに怪しまれまいと、まず体を洗うためにベッドから離れる。
そして手際よく鎧を脱いで、さっと体の汚れを落とし、目にも止まらぬ速度で鎧を着直す。道具袋から取り出し吹きかけた香水が、彼の頭を冴えさせた。
認識を歪める、「蜥蜴背負いの一族」による品。別世界を生成し、その入り口を物品にのみ開いている。その性質は世界の網目構造が応用されている。