【一巻8月20日発売】裏切りや絶望が溢れるゲーム世界で、鬱展開全てぶっ壊す 作:棘棘生命
水浴びし、鎧に染み込んだ汚れを魔力で飛ばしてからしばらく。ケルがぐっと伸びをし、すっきりとした顔で目覚めた。
俺とマローの会談は、ケルの睡眠の邪魔にはならなかったようだ。「感知の阻害」を使っておいて良かった。
「エドさん、おはようございます! ゆっくり休めた?」
「ああ、十分にな。君の準備が終わったら、早速モユヌエ殿たちと合流しよう」
「良かったー! うん、じゃあ顔を洗ってくるね!」
心苦しいが、必要な誤魔化しだ。ベッドから勢いよく立ち上がり、水汲み器のある部屋へ駆けていく彼を横目に、マローから買い取った防具や魔道具を分別しておく。
またやることリストを書いた紙切れを、上から順に読んで頭に叩き込むことにした。切羽詰まった状況では、順番を間違えてはならないのだ。
オデットから話を聞くのは最優先事項だが、あのリシディア騎士の司令官が厄介だ。
洗礼名エルセ・ミートゥス、本名をエルマという、茶髪を頭頂で一つ縛りにした女性は、やはり俺がうかつに接触できる人間ではない。
このゲーム本編開始前の時間軸でも、それなりの年齢にある人間が価値観を一変させることはないからだ。
リシディア教徒は敬虔であるほど、離れた者を敵視する傾向がある。もちろんシスター・ジゼラは例外だ。
教義を守ることを目的とするか、手段とするかで態度が変わってくるのである。
今回に関しては、エドムンドの鎧を肌身離さずにいたことが裏目に出た。エルマが俺のことを知っていれば、視界に入っただけでアウトだろう。エドムンドの体を勝手に使い、騎士団を脱退し、挙句の果てには教義を全くもって無視しているのだから。
それにしては昨夜、俺への反応が薄かったが判断材料としては弱い。エドムンドや彼が集めたというリシディア騎士の亡霊たちにも相談はしたが、建設的な意見は出てこなかった。特にエドムンドと同年代らしい騎士は、負の感情が籠っていたのが思い出せる。
「手合わせをして、煩い口を封じてしまえ」なんて、そんな横暴が出来るわけがない。
(……しかし、気分が沈むだけじゃない。マローが売ってくれて助かったな……)
気分を変えよう。俺は昨晩までマローの腕にあった籠手を袋に詰める。これは「バックスタブレイブ」作中でも形見屋が売りだしていた装備だ。そして「黒血絶ち」の宝であることも知っている。
何故マローが持っていたのか、おそらく取引をして手放したのだろうが、何にせよマローがすんなり売り出してくれて良かった。
この装備を彼ら「黒血絶ち」に返す事ができれば、賊などに悪用されることもないだろう。
問題は、彼らがまだ王都にいるかということだ。モユヌエ曰く、俺たちがシウゼヴァクに到着するまで「束ねられた腕」と彼らは共同で上位種の討伐を行っていたようだ。そして療養中の戦士たちから聞いたところ、襲撃の際も黒いヴェールを被った者たちが戦うのを見たと。
尖兵は黒血絶ちの獲物だ。しかし戦の後も留まることがあるのかは不明瞭である。地道に、彼らの気配がないかを探すしかないだろう。それか、シウゼヴァクではない国で会うか。
また魔兵や矛神騎士の鎧も返還すれば、真に弔える。俺は膨らんだ荷に満足感を覚え、椅子に座り直した。
すると間髪入れずに、背後からケルの声が聞こえてくる。すると入口付近で、しっかりと勇者の鎧を着こんだケルが手を挙げていた。
「――エドさん、もう準備できたよ! 鎧もばっちり!」
「早いな……! すぐに身支度が整えられるのは良いことだ。では行こうか」
まだ宿泊するつもりではあるが、念の為荷も持っていくことにする。俺は急かすケルを追うように、背へ鞄を担いだ。
◆
エドたちが宿を出た頃。すっかり騎士団長としての任にも慣れたヨヌアは、欠伸をかみ殺し朝陽を小柄な体いっぱいに浴びていた。小脇に抱えたハウンドスカルの兜が、鈍く陽光を反射する。
この兜はオズが被っていたものを修繕し、ヨヌア用に調整した代物だ。新しい兜は既にオズへ渡されている。ヨヌアは愛する弟と戦った防具を廃棄するのを惜しいと思ったのである。
ディヴィーレは単に宿泊するだけではなく、政治的な会議にも使われる施設だ。モユヌエに連れられた彼女と、群青血の騎士団員は、到着して間もないというのにリシディア教との話し合いに参加していたのである。
疲れが取れないまま夜明けを迎えたヨヌアは、ぼんやりと冴えない頭で昨晩のやり取りを思い返していた。ついていくのに必死で、主はモユヌエであるので意見出しをする場面はなかったが。
オデットは「鈴声の聖者」の中でも上層部に近い身分で、いわばリシディア教の外交における顔であった。
彼女が提案したのは、シウゼヴァクでの布教規制の緩和である。リシディア教を国教としていない国へ無償で助力をするほど、慈善的ではない。今回医療を支援することと引き換えに、また加えて情報提供を願った。
それはシウゼヴァク上空に出現した、「青い車輪」と形容できる物体のことである。
モユヌエと、シウゼヴァクの外交官はオデットと条件の交渉をし続けた。そして最終的に、ハルランの決定によってオデット側の条件を呑む形で話し合いは終了した。
(法律とかあまり意識してなかったけど……こんなに急に動くものなんだ……。それにしてもエドワルドさんのこと、大事になっちゃったわね……)
ヨヌアはこれからを考えて、大きく息を吐く。エドはまだ自由に活動できているが、一つ決定的な事が起これば組織に雁字搦めにされる未来が見える。
越境は問題ないとしても、エドの元の所属であるリシディア教か、それとも懇意にしている双子神教か。女神教が動けば、「学院」が特に彼の師がいる学び舎が黙っていないだろう。
仇を取らせてくれ、しかも此度命まで救ってくれた恩人の今後が明るくないというのは、元冒険者としても気分が曇るものだった。
(しかも、あの人……。どうして貴族って、あんなに話が通じないのかしら!)
会議中の、オデット側の護衛の態度を思い出すと、ヨヌアは怒りが蒸し返してきた。貧富がある以上、生まれというのは価値観を隔絶させる。知識や腕っぷしで成り上がってきても、貧者であるというだけで貴族は心奥では下に見るのだ。階級社会の生む歪さを、ヨヌア一人が覆せるわけもなかった。
何にせよエドが到着すれば、一悶着ありそうだ。ヨヌアは自身が間に入って、恩人の気分が出来る限り悪くならないようにしようと決心していた。また戦の一功労者である、幼子ケルの心を守れるようにと。
そして数十分経って、他の群青血の騎士も外に出てきて雑談をしていた時。エドとケルが街路を歩いてくる。
ヨヌアは少しずつ大きくなってくる二人の影へ、おおいと呼びかけ、長身の騎士が背負う鞄の大きさに仰天する。一体、何を持って来たというのか。
邪推を置いて、ヨヌアはエドたちへ挨拶した。
「おはよう、二人とも! モユヌエおばあちゃんが中で待ってるわ。エドワルドさんには大事な話があるみたいだけど、あまり気負わないでちょうだいね」
「感謝する、ヨヌア殿。ケル君を任せても?」
「ええ! ケルちゃん、私たちと修練のメニューを確認しましょうか?」
「うん! エドさん頑張ってね!」
ケルはヨヌアの傍につき、そしてヨヌアの指示の通り騎士たちが動く。エドをモユヌエのいる会議室へ送り届けるため、ディヴィーレ内を案内しはじめた。
問題なくエドは室内へ入って、その後だ。ヨヌアが予測していた通りのことが起こった。
◆
煌びやかな内装とは裏腹に、朝から最悪な空気が漂う。その原因は正しく、リシディア騎士たちだ。
こつこつと固い脚甲で床を叩き、ゆったりと机の周りを女性が歩く。剣吞とした目つきは、俺だけに向けられていた。
「――聖者様方の代表がオデット様なら、私はリシディア騎士団の代表だ。術者と剣は互いに監視し、故に見解も違う……それくらいは分かるだろう」
「エルセ様、事を荒立てないでいただけませんか……! 申し訳ございません、皆様方――」
この状況は想定外だったのか、オデットの外交用の調子も震えている。俺と目配せした一瞬だけ、心底面倒そうな色が瞳に宿っていた。
殺気の中でも悠々と腰かけるモユヌエと、魔兵を兼任する外交官の男性はオデットへ平坦な声音で伝えた。それは、俺も安心できる内容だった。
「よい。ここのエドワルドは、シウゼヴァクに所属しているわけではないからのう。何があろうと、結んだ取り決めには影響せんよ」
「当方も、その認識です。ただ彼はこの国に多大な貢献をしてくださった、いわば栄誉者。対立は好ましくありませんね」
アイナや彼女の部下はこの部屋にいない。リシディア騎士は聖都から来た者のみのようだ。そしてエルマ以外の騎士から向けられる感情に、俺が引き起こした事象が、随分と意見を割るものだったことが分かる。兜越しにもはっきりと感じられる、恐れ、義憤、憐れみ。
「……立て棄教者。騎士団は貴様の仕業――棄教した騎士が、車輪を作り出したことを認可できない」
そう。俺の魔法は、聖典の一節に書かれていた「純白の車輪」に酷似していたようだ。
これは盲点だった。抽象的な絵は見たことがある。だが結局、聖典の内容は「バックスタブレイブ」作中に出てこなかったのだ。だから意識外にあった。
(ああ、ミウ君が聞いてきたのはそういうことか……。それほど似ていたのか? 実物を見たこともないというのに?)
どうであろうと、誤解を解くか納得してもらうしかない。俺は心を決め、立ち上がる。部屋の中にいる一人一人に視線を合わせていった。
モユヌエたちシウゼヴァク側と、オデットには事を穏便に済ませるという意思を。エルマたちには強い闘志を。
「聖都の司令官殿。色々と上に言われたのだろうが、認可できなかろうと……俺はそちらに戻る気は全くない」
「何……?」
「のう、エドワルド! 全然強行するの、やめてほしいのじゃが!」
「しかし聖典のモノとは別物と話しても、言葉では足りないだろう。決闘で。……貴殿らにも、上層部にもお伝えしよう」
俺は魔力を循環させながら、エルマに宣言する。結局エドムンドたちから貰った助言通りになってしまった。
睨みつけるエルマの顔が少し引き攣っている。だが口元をきつく結び、得物の柄に手をやった。
「……いいだろう。交渉が決裂したならば、手段を決闘に移せとのお言葉を賜っている」
「――こ、これが『青月』の魔力……」
「もう、取り入るのは無理だろ……」
魔力が満ちれば、聴覚も研ぎ澄まされる。彼女の後ろでこそこそと話す騎士たちの会話も、はっきり聞こえた。
その時ばんとドアが開かれる。汗で濡れた紺色の髪を張り付け、アイナがぎょっとした表情を作った。
「エ、エルセさん! 何やっちゃってるんですか!?」
「喧しい。遊撃部隊は黙って任務を遂行しろ」
「エド先輩、本気にしてないっすよね……!?」
「聖都の方々は気難しいらしい。アイナは心配しないでくれ」
「で、ですが……!」
俺が宥めるとアイナの後ろから、彼女の部下の驚いた顔も覗く。やはり遊撃部隊と聖都とでは連携されていないようだ。
俺は安心して、エルマが外に出るのを促す。すると先に出ろと女性は顎で示した。
これも一つの手段だ。俺は部屋を出て、アイナとすれ違う時に肩を叩いた。
「丁度いい。アイナにまた、新しい力を見せる事ができる。この決闘も、君の糧にしてくれ。」
「は、はい……。でも先輩、「月」の魔法って……」
「はは、それも含めてだ。……きっと驚かせてみせよう」
陽は上って、雪が眩しい。俺は決闘に相応しい場所、瓦礫の除かれた更地へ向かって歩く。自身が見つけた「月」の在り方を、魂のコテージ外でもう一度掲げるために。