【一巻8月20日発売予定】裏切りや絶望が溢れるゲーム世界で、鬱展開全てぶっ壊す 作:棘棘生命
――聖典は、大陸ウルグストフの精霊信仰を下地にしている。故に女神の「偉業」とは、様々な精霊騎士の功績を上塗ったものが殆どだ。「救世の夜空」の物語は、その傾向が顕著である。
「重なり合う月影」は地から伸びる。「純白の車輪」はグラス。そして「環」は――
――「記録者」リューベック
急いで詰所から戻ってきた魔兵の男性に、直剣を渡される。しっかり刃が潰されており、これなら万が一が起こりにくい。ぐっと拳を持ち上げるようにして、彼は俺へ激励をしてくれた。
向かうリシディア騎士、エルマにも魔兵は武器を持たせる。白く塗られた斧槍一本のみ。エルマは騎士らしく深々と頭を下げた後、振り心地を確かめ始めた。
知っている通りだ。彼女は近衛であり、神殿を守ることに特化している。しかし大盾を使わずとも攻守はどちらも手堅い。数年後も戦法を変える必要がないほどに、騎士としての型を完成させているのだ。
「――うむ。古い時代の香を残す地……中々どうして侮れん。純白も美しい。リシディア様が見守る地となれば、より輝くだろうに」
「……こちらの準備はできた。好きなタイミングで始めてくれ」
「先手を譲ると?」
エルマは怒気をはらみながらも、それを抑え込むように息を吐く。聖都の騎士というのはプライドを刺激されるのが我慢ならないのだろう。ぐるりと首を動かすと、エルマと同じ聖都の騎士からも圧を感じる。
非難の応酬はくだらない。だが俺は敢えて相手を乗せ、自身も乗る。それに俺が陥っている現状の方がもっとくだらない。
「……つくづく、挑発の上手い男だな。騎士の位を棄てざるを得ぬも、よく分かるというものだ!」
「驕る場所を考えるべきだ、エルセ・ミートゥス。『聖光宿し』」
「――やはり貴様! 貴様のような者が、救世であろうなどと……。剣を折らず、主女神に背を向ける裏切りの、その報いを!『聖光宿し』」
両手で斧槍の柄をぎりぎりと握り、丸められた穂先を俺に向けて突き上げる。俺はその刺突を剣で弾いては、降ろされた穂先を蹴って重心を揺らがせる。
手合わせと言えども、エルマから感じられる殺気は相当なもの。プライドに加え、俺の取った選択に怒りがおさまらないようだ。きっと会談の場で何もなかったとしても、騎士団の使命を掲げて闇討ちくらいはするかもしれない。プシケニアムに近いほど、過激派は増える。
だが、エドムンドは剣を折った。また俺は羽虫のことを、初めから全く以て信仰していない。願わくばケルにぶち殺される姿を拝みたいくらいだ。
それにエルマは騎士としての在り方を勘違いしている。騎士には、そんな誰にも届かない信心よりも大切なものがあるのだ。民を守るための剣盾になる。信仰は民を安心させるための助けにすぎない。
「――ケガをさせぬよう、ほどほどにするんじゃぞー!」
モユヌエの声が最初に聞こえ、その後の声援混じりのざわめきが、俺の気持ちをフラットに戻してくれる。逆にエルマは殺気を研ぎ澄ませていた。
試合はぬるりと始まる。聖光と称される魔法が次々打ち出される中、俺は目的を果たすタイミングを見定める。
◆
エドワルドの剣に黄みがかった光が付与された瞬間から、騎士エルマは足底から熱が上ってくるのを感じた。リシディア騎士団の魔法を使った時点で、言い逃れは不可能だ。
主女神のために磨いた力を、私的に振るわれてはならない。例え民のために使われていようと。
しかし、当のエルマも習わしを破っていると言えるだろう。彼女はエドワルドの兜を剥がしたくてたまらないのだから。
どんな笑いを浮かべているのか。それとも化物を詰み崩す、無表情か。もしくは一度も見た覚えのない怒りが張り付いているのか。
「……突風よ、巻き起これ」
「く……! 『学院』の狗になって、余計な技を!」
「随分と調べ上げたようだな。だがこれは独学だよ。『旋風の合流*1』」
「くだらん!」
エルマは斧槍を横に薙いで、その一瞬出来た隙間からエドワルドの位置を把握する。型を忠実に守れば、感情に乱れがあっても無意識に体を動かすことが出来る。
聖都周辺の防衛に徹することは、通常気の緩みを招く。しかしエルマは規則正しく、訓練を重ねている。それが周囲の見本となる司令官だからだ。体を鈍らせた日は一度たりともない。
だからこそ、自身の限界の遥か先にあると気づく。エドワルドの行使する魔法は、一回限りの奇襲で価値をもぎ取ろうとしているわけではない事が分かるのだ。
エドワルドの足は自由だ。肉体の主よりも、もっと遠くへ行ける。縛り上げなければ飛んでいく風船のように。
(こいつ、明らかに手を抜いて……! あれから、どこまで剣を磨いた! いや……なんだ、この違和感は……)
「――貴殿が吹っ掛けた喧嘩だぞ。何を、手を抜いている?」
「貴様も同じだろう、『盾狩り』……!」
観衆に聞こえないほど低く、絞り出すような声でエルマは返した。小首を傾げた後のエドワルドの表情が、兜の中で暗くなる。
斧槍と剣とがぶつかり合い、エルマの白光が強くなっていく。
貴族と平民。身分の違いから馬が合わなくとも、彼女とエドムンドは同じ時間を過ごした騎士であった。そしてリシディア騎士として、民を守ろうと思う志だけは同じだった。
エドムンドの最期を、多くは知らない。過去として流されることに怒り、執念深く調べ上げた者以外は。
エルマは聖都の司令官にまでなろうと議会の末席に過ぎず。どれだけ失意に暮れようと立ち上がるだろうと、彼の性根を認めていた。
「貴様が小賢しい技を覚えたとして……私の技が貴様に劣っているはずもない。どれだけ貴様が怠けようと、私はたゆまぬ修練を重ねてきたのだ! 故に得た、この御業を――『聖光の横溢*2』」
「騎士団の高位魔法か。珍しい」
「エドムンド……貴様に自由はもうない! 騎士団に引きずってでも戻してやる!」
斧槍の柄が、形状を分からなくするほど眩く輝く。そして聖光撃ちとは比較にならないほどの強い魔力が、エドワルドへ向けて飛んだ。
その様にエルマの部下たちや、観戦に来たシウゼヴァクの民などは手合わせの域を越えていると騒ぎ始める。反対に、エドワルドをよく知る者はリラックスした体勢で腕を組んだり、これからの展開を想像して浮足立っていた。
アイナも、立場があるため声援こそ出せないでいたが、拳を握ってエドワルドを想う。エドワルドのこれまでを知らぬ者が「自由」を言い放つことへ歯噛みし、彼の言った新しい力への期待を。
両手を祈るように組んで見守るアイナの傍に、ヨヌアが近づく。女性はエドワルドが掲げた手を示した。
「あれが、ルヴネトで見た光の源よ」
「先輩の、本当の『月』……」
アイナは感覚的に分かっていた。二つ月のようで月ではない、紛い物とも言い切れない存在。エドワルドが空目がけ放とうとしているのは、彼の一部なのだと。
エドワルドは左手で聖光を受け止め、剣を持つ右手を空に突き出した。剣先は天を穿つように、空の色と同化していく。
「……だが、俺は彼じゃない。これがその証明だ――昇れ!『蒼月』」
瞬間、エドワルドの身体が真っ青に燃える。からりと音がして空に何かが浮かぶ。
それは近くで見れば、全く「月」とは形容できない球体。幾つもの輪が複雑に、しかし規則的に絡まり合った「車輪」であった。
魔法「蒼月」は、無色透明なグラスのようだ。そのものに色はなく、純白にも、月灯りにも染まる。ただ今は、昼の空の青さを透過していた。
「……不可思議な魔法だ。しかし上位種のものとは……違う」
「わたくしたちを、お試しになっている……」
「英雄様の意向にそぐわないことは、いたしません……どうかお許しください」
奇跡とは、幾度も起これば必然となる。「鈴声の聖者」たる三名は一様に美しさ以外を感じ取った。
オデットはその魔法に意思を感じたが、ただ在るだけなのだと納得する。
そして救世を信じるフェンケとジョエルは、ぎゅっと目を瞑った。妄信は更に深く。遠い昔、平穏を願った力無き精霊信仰者と同じように、ただひたすら祈り続ける。「セラフィー・ベル」は祈りが実を結ぶと頑なに信じている。先人たる最初のリシディア教徒は、その末に聖なる光を味方につけたために。
その直後、三名の胸を湧き上がるような焦燥がかき乱す。そこに在るだけだった「月」が、彼らだけを見ていた。エドワルドという個人が、その偽名を名乗る事がなかったとき、ふと感じ取った視線と同種のそれを。
オデットは体を硬直させ、どうすればよいか考える余裕すらなかった。彼女もまた、あわよくばエルマと同じように、エドワルドをリシディア教徒へ戻せればと画策していた一人だった。
「月」はエドワルドに視線を戻し、そうして騎士は力を得る。聖光はかき消し、ガラス細工のような淡い空色の光を飛ばした。
◇
アイナは感嘆の息を漏らし、どんどんと攻防が苛烈になっていく手合わせをじっくりと楽しむ。一年は経っていなくても、久しぶりに会う想い人の一挙手一投足は新鮮だった。辛かった聖都での戦い、シウゼヴァクに到着するまでの道中が全て報われるほどには。
そしてその執着故に、他の人と目を付ける点もまた違っている。アイナは新しい魔法の美しさよりも、エドワルドの足運びに違和感を覚えた。
(動きのキレは増してる……けど、何だかズレがあるような……)
「すみません、ええっと……ヨヌアさん。エド先輩は最近どうされてるんでしょうか?」
「……アイナさん、よく聞いてくれたわ!」
アイナは近くに寄ってきたヨヌアとの距離感を測りながらも、尋ねた。すると勢いよくツインテールを揺らしたヨヌアが、声を大きく返す。
ヨヌアが話す近況に、アイナの顔がどんどん険しくなっていった。
「……それは、まずい状況ですね。これが終わったらすぐにでも」
「ありがとう、アイナさん。ダメって言っても聞かないんだもの。あと貴女には関係ないことだけれど……あのリシディア騎士の人にも、きつく言ってやってほしいの! もう、さっきは心臓がばくばくしちゃってしょうがなかったわ」
「……私が出来る範囲で、しっかり話しておくっす。それより色々――」
「うん、エドワルドさんのことね。まず人形師って人たちから聞いたんだけど」
ヨヌアは手合わせのことそっちのけで話を続ける。アイナは相槌をうちながら、どの組織でも感じる気苦労は一緒なのだと思う。
二人はルヴネトでの共闘のこともあり、短い間で心を通じ合わせた。エドワルドに対する感情の結束も。
しばらくして、エドワルドの放った光刃がついにエルマの守りを崩し、両膝をつかせる。エルマの表情には怒りはなくとも、試合をする前よりも苦悩が刻まれていた。
態度は大きくとも、リシディア騎士の得物捌きは見事だ。両者を称え、シウゼヴァクの民達からぱちぱちと拍手が沸き上がる。
ヨヌアたち群青血の騎士が早速彼らの元へ向かい、アイナもにこやかに、観戦できたことは嬉しいので手を叩きながら近づいていく。ケルもまたついていこうとしたが、モユヌエに手招かれその場に留まった。
満足に近づいた瞬間、アイナの笑顔の種類が変わり、エドワルドの腕をがっと掴む。そして腕を組むようにして囁いた。
エドワルドはぎょっとした表情を兜の中で作り、だが上位種に関わらない事象であるために、振り払うことは出来なかった。
「エド先輩。……色々と教えてもらったっすよ? もう逃がしませんから」
「な、どうしたんだ……?」
「皆、手伝ってください! 先輩をディヴィーレへお願いします!」
「はい! 『青月』さん、観念してくださいよ!」
アイナの部下たちがエドワルドの周囲に集まっていく。そしてエルマの困惑も置き去りに、エドワルドは両脇を固められ、連れて行かれた。
皆さんいつもお世話になっております。
8/20に一巻発売記念の外伝的な短編を上げる予定です! そちらも色々盛り込もうと思っていますので、お楽しみいただければ幸いです。