【一巻8月20日発売予定】裏切りや絶望が溢れるゲーム世界で、鬱展開全てぶっ壊す 作:棘棘生命
エドが眠ってから数時間後。ぞろぞろと緑色の鎧が、シウゼヴァクに集う。それは単なる騎士や伝令だけでなく、中心に一際目立つ鱗鎧の姿があった。街路を往くだけで覇者としてのプレッシャーが、力無き民を屈服させる。
矛神の騎士団を治める男アデス。彼は幾つもの目的をもって下山した。
シウゼヴァクという大国と、組織として腰を据えて話し合うため。または知性を持つ竜とは如何様か確かめるため。そして、虫擬きの大将を討ち取ったと聞き及ぶ騎士は、どれほど己に近いのか、剣を交えるために。
アデスの傍に、既に医療に注力していた矛神の神官たちが駆け寄る。双子神教の戦士と、招待を受けた強者たちの損害を口々に伝えた。
「――容態が悪化された方はおらず。……これは、正しく奇跡と言えましょう!」
「……『紅瀞』を連れてこい。動ける騎士は使う」
「は、はいっ! しかし、『紅瀞』の騎士長殿は鎧が無いと……」
「モノを出せ。採寸通りの鎧だ、渡しておけ」
「承知しました!」
アデスは同行した矛神騎士たちに指示し、新品の鎧を積み荷から降ろさせる。増援に向かった戦士たちの武装も同じように取り出し、療養している部屋を知る神官たちは、アデスに深々と敬礼した後順々に病院へ戻っていった。
彼が今、最も望むのは儀式の完遂である。双子神教の支柱が二つともラーマイマから離れるわけにはいかず、守護ヴァルミの頂にあるサイラスが残った以上、アデスは双子神教としての要求を新しき王に求めるつもりであった。
つまり簡易的な儀式への人員を求めることだ。
「人竜か……殺しがいがあるものか? バルドと、どれだけ違いがあるか」
「お収めください、アデス団長。我らの矛が向けるべきは、天にあります」
「……角を折るくらいの戦は、許容するだろう。此度の動乱は、シウゼヴァクの不手際にある。開き直れば、俺が狩るだけだ。騎士たちよ、その時は臆せず続けよ」
「そ、それはそうかもしれませんが……。まだ我らは戦争に来たわけではないのですから……!」
呟きは虚空に溶けていく。側近である騎士の必死の説得はあれど、彼の兜の中にぎらつきは消えない。
虫の大軍を狩り、しかしアデス当人の基準で雑兵ばかりを討った認識であるが故に、秘密を知る長として押さえつけていた狩猟の歓びを戻してしまっていた。
若き頃、俗世に縛られる前。彼はたった一人で、竜擬きの上位種を狩った。その事実が、人として生まれながら、その域を越えた傑物であることを証明している。
竜狩りこそ、矛神の本懐。血の沸き立つを再び抑えられる者を、彼は渇望している。
◆
エドにベッドを譲ったアイナは、体がどこまでも沈むような柔らかいソファでうつらうつらと船を漕ぐ。その度ぴくと瞼を震わせ、エドがしっかり眠っているかを確認していた。
昼夜問わず巡回する不規則な生活が司令官の日常であるため、短い睡眠でも慣れている。だが今は自身の休息よりも、エドを優先したかった。
「ひどい顔色。先輩……人のこと言えないっすよ?」
ベッド横にまで歩き、アイナは布越しに彼の肌色を見る。健康的とは言い難く、兜で陽の光を遮断しているとは言えど非常に青白く血色が悪い。冷気に日夜耐え、巡回し続けた痕であった。
アイナは彼の布を不躾に取り払ったりはしない。ただ傍で、掛布団を撫でる。これほど大胆なことは、二人きりかつエドが眠っているからこそできることだと、アイナはどぎまぎしていた。
(もう少ししたら来るはず。それまでは先輩のことを独り占めです)
薄い布から透けた顔立ちに、アイナはやはりと予測していたことが当たっていたと理解する。尖兵を退けた後、聖都プシケニアムから褒美を受け取った彼女は、ある場所に入る権利を得た。通常高位の神官しか出入りを許されない場所だ。
リシディア教における功労者、司令官にまで上りつめた者の姿を後世まで残すための保管室である。そこに保管されている精巧なレリーフには、エドムンドの彫刻もあったのだ。目の前で眠るエドワルドと、像は一致していた。エドの正体が鎧を奪った盗賊などではないと、今確証されたのだ。
しかし彼は前にアイナへ言った。己はエドムンドとしては死んだのだと。
(……あのとき隊の勇者が言っていたこと、信憑性があるかもしれないですね。魂の循環が不完全に作用したって……)
リシディア教の教義は、世の理を緻密に説いている。魂の運河の流れも、観測されたありのままが記されているのだ。魂の取違いの逸話も、膨大な聖典の中に収まっている。そのため宗教戦争をしていた時代もあれど、今のリシディア教徒は、人と異なっていることを排斥したりはしないのだ。
昨夜、会談を行う前に、アイナはモユヌエつまりイヨの変わりようを知った。ルヴネトで見た人形とは全く特徴が一致していなかったが、言葉選びと調子は同じである。
一介のリシディア騎士がもっていい情報を越えた事実をも、アイナの頭に入っている。エドの信頼する友人であるということだけで。
モユヌエの魂は、もはや大部分がエドのものだ。行使する皚炎も、青く染まっていた。小さな掌に表出した焔を見せられたとき、アイナは激しく嫉妬心を燃やしたのである。己の負の感情を恥じながら、それは止められなかった。
アイナの脳裏に、昨夜の重圧を帯びた言葉が思い出される。
『――ほれほれ。お主、エドワルドからの「証」が、喉から手が出るほど欲しいのじゃろう? ならば覚悟を決めよ。常人の理から外れる道を』
老婆心は若者を焚きつける。アイナの取る行動から、エドへの想いを簡単に見抜いたモユヌエは、次に皚炎を宿す者を見定めていた。強き者を、高みへ至らせんがために。
しばらくしてアイナが聞いていた通り、コンコンとドアがノックされる。少女はエドの目覚めが急にならないよう、慎重にドアを開けた。
そこにはつい先ほど考えていた人物モユヌエと、群青の鎧に身を包んだ小さな騎士が立っていた。
「お疲れ様じゃ、騎士長アイナ。エドワルドはまだ寝ておるのか?」
「はい、ぐっすりです」
「おおそうか、感謝するぞ! やっぱり心を許した女子に任せたのは正解じゃった。ではちと、ドアを開けてくれるかの」
アイナは首を傾げ、二人が持って来た異様な荷物を見て声を失う。モユヌエの操っていた人形はまだしも、もう一方はあまりにもリィートイの生き写しだったからだ。
魔法「感知」を行使すれば、作り物で命が吹きこまれていないと分かるが、それにしても不気味なほど人体だ。関節が球体でなければ、間違えてしまうほど。
二人を部屋に通し終えたアイナは、別組織の主を相手にしている事に及び腰になりながらも尋ねる。
すると、応えたのは騎士のほうだった。
「――驚きましたー? 自信作です! 傀儡人形の動きは、元の人体に寄せれば寄せるほどよくなるので!」
「へええ……少し、触ってみてもよろしいでしょうか?」
「どーぞどーぞ! あ、私のご紹介をば。こちらお受け取りいただきたいです!」
「ありがとうございます、いただきますね」
作り主らしき騎士は、顔は見えずとも背丈から感じられる幼さを表層に出していた。
許可をもらったため、アイナは恐る恐るリィートイの人形の二の腕や頬をつつく。とても柔らかく人肌のように温かい。彼女がリィートイに抱いていた印象通りの触り心地だった。
次に灰色の髪を撫でてみて、冷たくも見かけだけではないことを理解する。ほうと感嘆の声を漏らした後、アイナは礼を言って部屋の隅の席に移動した。
「モユヌエさん。エド先輩が起きたら……交代っすよね」
「もう任務に戻るのか? 妾としては残ってくれた方が楽じゃ。昨晩の続きを話したいしのう」
「それは……あなた方が使われる魔法のことですか」
「そうじゃよ。まあ、まだ考えを固められるほど時間はなかったじゃろうし、話だけじゃ」
「…………」
アイナは床に視線を落とした。炎を得ても、彼女はきっとその役割の重さを抱えきれる。だが長い命は意味を為さず、使命がアイナを更なる死地へと向かわせる。生涯平穏は望めず、上位種に抗う兵として死ぬだろう。
大義のため命を棄てられるか。憧れを追った先に、死があろうと手を伸ばせるか。アイナは降って湧いた機会に、立ち止まっている。
(でも……答えは決まってます。手を伸ばさなかったら、もっと遠くに行ってしまうじゃないですか。それだけは、嫌です)
エドの寝息と、三者の沈黙が部屋を満たす。それぞれの立場が、馴れ合いを許さない。
そして彼が起きたとき、向けられる三対の瞳に肩を跳ねさせる。アイナ達は片時も目を離すことなく、エドの目覚めを待っていたのである。
◆
体が軽い。思考の凝り固まりもほぐれたように爽快だ。
それはそれとして、寝起き早々恐ろしい視線を向けられたため、逃げるように別室へ入る。一先ず顔を洗って、鎧を着直していく。いつの間に来たんだろうか。
「おおい、早う準備をせい! お主のために良い案を持って来たんじゃぞ! 三つもじゃ!」
やたら元気の良いモユヌエの声がドア越しに響く。俺は寝る前同様体も拭いてから留め具をしっかり固定し、最後に抱えていた兜を被る。やはり鎧は落ち着く。
催促された通り、俺はベッドルームに戻った。ここまで安心して眠れたことに対し、アイナへ礼を言うことは欠かせない。
「ありがとう、アイナ。お陰でマシになったよ」
「……えへへ、しっかり休めたみたいで良かったっす」
「うむ、確かに調子が戻ってきたみたいじゃの。最近のお主と来たら、まず謝罪、次に自責じゃったし。……まあ良い。エドワルドよ、見よこれを!」
「な……これは……」
荷台にかけられていた白布が取り払われ、異様なモノに言葉に詰まる。試しに荷台に乗せられたそれの手を握りにいってみたが、疑問符が浮かぶばかりだ。
「これはリィートイ人形じゃ! 傑作じゃぞ。これを使って、お主の心の靄を晴らしてやろうと思ってのう。それで、進行はこやつがやる」
「どーも! 私はこういう者です。どうぞ今後ともお見知りおきを!」
「ああ……こちらこそ」
俺は困惑しながら、そのモユヌエの隣にいる身長の低い騎士から札を受け取る。そこには騎士の名前と肩書き、これまでの功績などがずらりと並んでいた。
この世界でまさか、名刺の類を貰うとは。面白い体験だ。
モユヌエの説明を聞きながら、俺は上から順に札の内容を見ていった。彼女が言うには、ルヴネトにあるモユヌエの人形から魔力を繋ぎ、間接的にリィートイを模した人形を動かすらしい。応答に遅延はあるが、シウゼヴァクにリィートイが来たような感覚になれるとのことだ。
「まあ、音の質は悪いがの。聞き取れはするじゃろうから、好きなだけ話すとよい――どうしたんじゃ?」
最初の名前で引っかかる。あちらの世界ではありふれていても、「バックスタブレイブ」の知識に含まれているなら、話は別になる。
人形師は白糸の魔法を扱う、ゲームには影も形も無かった集団だ。そして白糸の魔法とは、魔法「縫合」にも深くかかわる。
俺の知識の繋ぎ合わせが進んでいく中、その騎士はかけ声を上げて兜を脱ぐ。子どものように幼気な女顔に化粧がなされている。飛び出た赤紫の髪が、予想通りだったことを物語った。
「カーディ殿、貴方は……勇者ではなかったか?」
「へ? いーえ?」
「何じゃ、知っておるのか? そうなる前に妾が囲ったのじゃ。折角の『縫合』持ちになり得る者を死なせるには惜しいからの」
「そう、なのですね」
カーディの生き様を思い起こす。
彼は、バックスタブレイブにおいて「勇者」とは何かをプレイヤーに教える役割を担った人物だった。刺激の強い女装っ子でもあった。
リシディア教に属そうが属すまいが、勇ましきを強要され戦いの果てに狂い、惨たらしく死ぬ運命にあるのだと。
主人公の勇者と出会ったときから、彼は壊れてしまっていた。戦いの合間、快楽にふけって明日を忘れる。初対面では、主人公からの印象は良くなかった。
だがカーディは臓器を零しながら必死に地面を這って、最期まで生きたいと願った。そして主人公の勇者に、呪われた使命を終わらせることを託したのだ。
この世界のカーディの精神は、至って正常に思える。外見こそ記憶にあるものを現実的に寄せられているが、俺が望んだIFを作れたということなのだ。
改めて俺は、急速に自身とモユヌエの生を実感する。つまりこれはモユヌエの生存こそが、不幸な勇者を名誉ある騎士へと変貌させた、運命の分岐点だった。
モユヌエが殺されていれば、彼は将来勇者として悲劇を辿っていただろう。こういった救いもあるのかと、俺は体が弛緩するのを感じた。
「……もう十分気分は晴れました。リィートイと話さなくとも、アイナにも助けてもらえましたから」
「いきなり落ち着いて、おかしな奴じゃな。いいや。お主が大丈夫と思っていようと、念を入れるべきよ! アイナも、こやつに言ってやるのじゃ」
「ええっと……。先輩、モユヌエさんが仰っている二つも聞いてみませんか? 作戦なら……ただの司令官っすけど私も興味があります」
「……それもそうだな。お願いします」
モユヌエは深く頷き、その策にはもう一人が必要だと人形を揺らす。俺はアイナと共に、未知の術をじっくりと観察することにした。
カーディの指から白糸が放射される。かたかたと傀儡人形が動き出し、閉ざされていた瞳へ静かに光が宿った。