裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す   作:棘棘生命

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恐ろしさなど吹き飛ばす

 獣の皮を被った上位種の攻撃は、速く重く、そして鋭い。上位種の筋力に加え、魔法を使っているからだ。風を纏い翻弄する、化物だけの業*1。もしこいつの爪の軌道が読みやすくなければ、瞬く間に刻まれて終わりだ。

 

 だが化物は、自分の力を見せつけ絶望させることにこだわる。技術を磨き己を高めるなど、殊勝な行いをするわけがない。

 獣皮の上位種の腕の動き、不意に蹴り上げられる巨大な脚を避け、間合いを管理する。一気に詰められても俺の背中には空間が残っている。

 足はもつれず、獣皮の上位種はやかましく満足げに嘲笑う。俺が守りに入っていることへ力の優位を錯覚したのだ。

 

 

『くはははっ!どんどん遅くなってきやがって!ただ遊んでやっているだけなのに、なさけねぇ家畜だぜえ!』

「……。」

『おい、今お前なにしやがった?俺の毛並みに、汚い刃をすりつけんじゃねえよ!』

 

 

 奴の乱雑に振り上げられる右腕を、懐へ潜りこむようにして回避し、脚の付け根を斬った。更に背後へ回り、「月融け」を行き届かせた剣の柄で右肩を抉る。

 すると奴は勢いよく振り向いた。粗暴な毛むくじゃらの、唯一人に似せられた部分である顔が醜悪に歪み。血走った目で睨む。

 

 だがそれさえ奴が嘲笑するための演技なのだと知っていれば、怒りも頂点に達するというものだ。

 

 

『…いらいらさせやがってえ!ああっ!』

「貴様の悪趣味は、ここで見納めだ。…貫け!」

『ぐごっ――』

 

 

 俺は左手に魔力を溜め、細く尖らせてから放った。これは「霊月の槍*2」。月の杭を突き立てるよりも威力は数段落ちるが、その分速く損傷を与えられる魔法だ。

 

 刺突でしか放てないこと。どれだけ鍛錬して狙いをすませる訓練を積んでも、上澄みの化物には届かないことがネックである。ならばもっと高火力か、汎用性の高い技を鍛えた方がいい。

 この世界に来て二年くらいのことである。やんわりとこの魔法の主に進言したら、兜ごとぶん殴られたので、もう言葉には出さないつもりだ。

 

 宿らせた月の魔力が奴の首を焼き、消し飛ばす。やはり想像していた通り、この形態は脆い。

 上位種の体がぐらりと揺れて倒れる。俺はナイフの位置を確かめ、それが震え始めた瞬間投げた。

 

 

『お前え、なんだ…。リシディアのババアが、そんなものを…。』

「…あいにくだが、俺は化物に平伏するつもりなどない。貴様らにも、羽虫どもにも。」

『ああ…?よく見りゃてめええ、「青月」か!少し名を広めただけの雑魚が、この俺の体を汚しやがって…!家畜はいつ死ぬか、震えて過ごすものだろうがあ!』

「…来い。」

 

 

 気の強そうな女性の人面は消え、代わりに生えてきた獣擬きの貌で唸る。奴はより体を太く、巨大なものへと変えた。それは、俺がコルバの街周辺で延々と殺し続けてきた上位種の姿によく似ていた。

 

 橙に染まった目は、もう遊びをなくしている。だが上位種としての悪辣さはより純度を増していた。

 戦闘が終わった後を見据えた表情と、漏れ出る悪意。俺を殺すことで悦楽を得ることを待ち望んでいる。

 

 冒険者たちを弄んだ挙句殺してきた故か、この上位種は俺の通称を知っている。だが奴にとってその知識は、もう無意味と化す。

 

 

 直剣の刃先を斜め下に向け、化物の突進を待つ。二足歩行を取った巨体は風を暴れさせ、目に追えないほどの速さで爪を振るう。

 化物の爪は固く、いくら魔力を融かしても剣の強度を越える。ならば俺は、守りを捨てる。

 半歩横へと下がり、返す刃を上位種の顎に叩きつけた。

 

 

『っぐ…!うああ…なんだこの熱は!』

「……。」

 

 

 奴から漏れ出たのは、真実味のある途切れた呼吸であった。それでも俺は油断しない。

 まだ奴は、ぼろを出し切らない。己の中の正確な判断こそを頼り、俺はまたしても飛び掛かってくる上位種に相対した。 

 

 

 

 

 騎士が去った後。酒場がだんだんと静けさを作っていく。

 コルバの荒くれたちは飲んで騒ぎながらも、耳をそばだてていたのだ。同じ冒険者とは思えない「良いところの坊ちゃん」のような騎士に興味を持っていた。それでいて、騎士がただ歩いているだけでも、冒険者によっては彼の強さを感じ取る。こうして、噂ばかりが独り歩きするのである。

 

 また荒くれに混じり、騎士が化物を狩ることで助けられた、市井の人間も混ざっていた。近年コルバ付近で異相付きが増えていたため、ただ街の外へ出るだけで襲われることも起こっていたのだ。女子供、老人は逃げ切ることが難しい。

 日中の騎士は「月」を使わず、幅広の直剣と少しの魔法だけで獣を倒す。故に助けられた街娘や足腰の悪い老人は、白昼夢を見ているかのように感じたという。

 一人の剣で獣を捻じ伏せるなど、常識を覆す出来事であった。

 

 

 彼らの耳には、騎士たちの会話の大半が喧騒に包まれて聞こえなかった。しかし、ライトラルが大剣を背中から外したところで緊張が走る。

 無鉄砲だが腕が立つ、街のエースが危機感を募らせている。もしや今コルバに、危険が迫ろうとしているのではと。

 

 その後彼らは、騎士がライトラルの肩に手を置いてから話したことにも、耳を近づけて聞く。

 そして酔いから醒めるのだ。騎士が「青月」を見せる。コルバの冒険者のほぼ全ては、その通称の意味を知らず。市井の人間も想像するしかできない。

 

 ライトラルは静かになる酒場で、一人声を張り上げた。次第に酒の酩酊ではなく熱が、木造の屋内に籠り始める。

 

 

「飲んだくれている場合じゃない!エドさんが…コルバのために戦いに行ってくれたんだ!この街を拠り所にするぼくたちが、黙ってあの人を見守るだけか!いいややるぞ…動ける奴はぼくについてこい!」

「バカガキが、言うようになったじゃないかよ…。」

「何泣いてんだ、ばば――!?」

 

 

 古傷を勲章とする女傑が、荒くれをテーブルごと叩きつけた。テーブルは割れ、荒くれ男が小さく呻いた。その出来事が呼び水となって、冒険者たちが酒場から飛び出していく。

 日々の命をかけた暮らしで心がすさんでいても、荒事になれば調子づく。ろくでなしの一歩手前で、彼らは善性を失わず生きている。

 

 酒場ががらんとし、夜に複数の怒声が響き渡る。獣を威圧し興奮させ、複数人で仕留めるのが彼らの常套手段。筋肉がつけられた腕で、黒い獣を殴る。

 なりそこないの黒猫擬きは、それらの主が混乱したことで、骸としての正体が暴かれてしまったのだ。異相付きに見た目は近くとも、そこに誇りはなく、呼吸すら止まっている。

 

 ミナ、ライトラル二人の感情はすぐ引き締まる。ミナの隣に立っていたライトラルは剣を向け、知る声を発しながら近づくヒトガタへと斬りかかった。

 

 

『ミナくん、ライトくん…。私のことが分からないのかい――』

「…分かるさ、ハンスさん。ぼくは貴方を…振り払って進まないといけないんだ!」

『ひどいなあ。ひどいなあ。ひ――』

 

 

 まったく同じ調子で同じ言葉を発する尖兵に、ライトラルの大剣が薙がれる。それは、尖兵の首元を半ばまで断ったが止まる。

 黒く腐った血が、ぼごぼごと音を立てている。『鋼拳』の、生前よりも強化された拳がライトラルの剣をばきりと折った。

 青年の目は見開かれる。ミナが身体強化魔法を使うことでライトラルは体に拳を受けることが無く、事なきを得た。

 ライトラルの瞳が泳ぐ。まるで悪い夢を見ているようだと。

 

 

「ライト、大丈夫…!?」

「くそ…どうして、ハンスさんなんだ!獣だったら、鈍らないのにっ…!」

「おじさん…本当に化物になっちゃったんだね…。」

 

 

 もう声は聞こえないはずなのに、同じ言葉を発しようとしているのを二人は理解する。骸の体へ、黒い獣のような毛が部分的に生えていく。

 尖兵とは上位種が、屍や醜く歪められた生体へ力を施した存在。獣皮の上位種によるものならば、それの一部が生えるのだ。

 頭が上を向き、尖兵は人ならざる動きで彼らへ迫る。魔力を持たなければ、尖兵を倒すこともままならない。二人は微量ながら戦いへ活かせているが、それが届くとは限らなかった。

 

 だが、変わらず月は輝いている。

 

 尖兵の体をすらりとした剣が切り裂く。青い靄がかった刃は、ハンスの骸に結ばれた魔力の糸を断ち。人で作られた操り人形は、もう動かない。

 呆けているライトラルの前に、騎士が立った。人類にとって害しか与えない仇敵から、街の人間を守るために。

 

 

「…すまない。少し遅れた。」

「エド…。」

 

 

 ただ銀髪の少女だけが、騎士の「月」を知り想う。彼女は、満足げに気の抜けた笑みを浮かべていた。

 そうしてミナは冒険者たちの元へ駆けていく。眩い光は目を瞑っていても、その存在を明らかにする。なら光を浴びるも「月」を感じる一つの手段だと。

 人の間を取り持つに長けている少女は、ここを発つ前に後腐れのないよう、加勢をしに行った。

 

 

 ライトラルは間近で、刃を振るたびに輝く騎士を見つめ続ける。時にすればほんの数分のことであったが、青年にとっては一夜が明けるほどに感じられた。

 

 彼は震えの止まった腕で、折れた大剣を握り立ち上がった。そして残る骸を討つため、欠けた刀身を振り上げる。

 同じ剣士であるなら、「月」の前で醜態は見せられないと。どんどんと逸る心を力へ変えた。

 

 

 

 獣皮の上位種と騎士は幾度も得物を振り上げ、ずさりと化物は脚を引きずる。息は不規則で荒く、先程の愉しそうな笑みは抜け落ちていた。

 

 

『イラつく…こんなにイラついたのはあの時以来…。いいや、それ以上か…!』

「……。」

 

 

 騎士は直線的な攻撃を避け、すれ違いざまに刻む。騎士の目はもう慣れ、動きはより静かになる。

 獣皮の上位種は、敵の状態を見誤る。足の動きを遅くしたり、数舜反応を遅れさせるのは疲労の証だと考えているからだ。

 部分的には正しい。騎士はその動きを狙ってはいるが、確かに魔力の消費が激しく。長期戦に持ち込まれれば、局面が傾く可能性もある。

 だがそれはあり得ない。獣皮の上位種は冷静さを失って「イラつく」ほどに、追い詰められていくのだから。

 

 

 この上位種は、正しく卑しき個体であった。

 大陸の外に別世界から現れ、人類を貪っていた頃。獣皮の上位種は、怖気を怒りだと勘違いしたのだ。

 ただ化物を殴打する存在は、獣擬きの頭部を叩き潰した。鬱陶しいと化物は、蠅を払うような気分で実際は何もできないまま、その場から離れた。そうして大陸の中で、人を嘲笑うことにしたのだ。呼べど来ない同族に首を傾げながら。

 騎士は、獣皮の上位種の同族を狩り、一体になるまで力を削ぎ続けた。増援は来ない。

 

 獣皮の上位種の視界に、黒猫擬きを通して、多くの人間たちが映る。それに気を取られ、最もイラつきを無くす手段を考え始める。騎士が守ろうとしている全てを殺せば、どれだけ歓喜に震えるだろう。

 

 

『くははっ…!死ねええ!』

 

 

 そして騎士ではなく、冒険者たちの方へ突進しようとしたとき。

 騎士の剣が正確に両足を裂き、背後から心臓を貫く。走りだそうとしても、もう獣皮の上位種は脚を動かすことはない。「月」の魔力が傷を蝕むのだから。

 

 

「…その隙を待っていた。さあ、味わうがいい。」

『なんで動かねえんだ、この!人ごときが!』

「――貫く!」

 

 

 直剣へかかる青い靄が光刃と変わり、獣皮の上位種の体を完全に貫いた。上位種が傷を掻きむしろうとしても、それだけで腕は焼け、切り落とされる。

 

 

『おい。家畜が…俺を…?』

 

 

 獣皮の上位種は呆然と呟き、闇夜に死んでいく。そして完全に力が失われる時、骸たちもまたただの肉塊へと戻る。

 

 夜が明ければ、もうそこには何もない。ただ海原へ美しい陽が顔を出した。

 

 

 

 

 俺は、とんでもない疲労感に息を上げ、コルバの街をゆっくり歩いて回る。上位種の気配はもうせず、荒くれたちが近所迷惑なほどに雄たけびを上げている。

 ライトラルは、冒険者たちをその気にさせられたようだ。リーダーシップもあるとは、彼の心の光がますます眩しく感じる。

 

 俺の近くに走ってくる人影がある。俺は身を強張らせるが、それはそのまま俺に全体重を乗せてきた。

 

 

「エド…。…お疲れ様です。」

「…ミウ君も、ライトラル君も、皆頑張ったみたいだな。間に合ってよかった。」

「ううん、エドのおかげだよ。やっぱり…だから私、決めたんだ。エドと同じような、『旅の冒険者』になろうかなって!」

 

 

 ミウは俺の体に付いたまま、目だけ俺の兜に合わせた。そして満面の笑みを浮かべて、俺に今後を語った。

 確かに彼女は善性を持っている。だがこの蠱惑的な処世術も、ミウの一部なのだ。俺は、その困難な旅路も乗り越えると固く誓う、ミウの背中を押す。

 俺のような切羽詰まった旅にならないように、彼女はもう絶望に落ちないようにと。

 

 夜が明ける前に、ミウの街を出た後の予定を聞きながら、他の冒険者たちと話す。

 俺はもはや、この街の姿が違って見えた。きっと勇者が訪れても、良き記憶として残ると思えるほど。

 

 

 全ての脅威が去った後、またこの街へ向かおう。ここには英雄になれる剣士がいる。

 

 俺は、折れた剣を持って朗らかに笑うライトラルを目に焼き付ける。コルバの夜明けは美しい。

 

 

 

 

 街に残る者と、旅立つ者。二人は小さな時から荒事で協力し合った、相棒と言っても良い間柄であった。

 しかし、二人から漏れる微笑は和やかでも冷えてもいない、不思議な雰囲気を漂わせていた。

 

 

「…もう行っちゃったみたいだね。ミナ。エドさんに、定期的に伝えてよ。ぼくがどれだけ成長しているか、知っておいてほしいからさ。」

「仕方ないなー。なら怠けないで、ライトもちゃんと手紙送ってよ。…騎士団の騎士が羨ましい。感知の魔法、エドに付け放題じゃん。」

 

 

 少女ミナは、剣士のライトラルと約束をする。既に拠り所を失っているなら、また見つけ出せばいい。ミナは既に月こそを自身の標とし、ライトラルもそれに従った。

 命の恩人であり、同じ剣士ならば標となる。それにライトラルは戦いの後見たのだ。ハンスへ弔いの祈りを捧げる騎士の姿を。

 それは仄かに温かく、そして月灯りがどこか艶やかに見えた。

 

 恐ろしい危機を乗り越えた先に、変わらずあったのは月灯り。だから、青年の心には「月」の美が刻まれたのである。

 

 

「ミナの速さなら、そんなもの無くたって見つけられるよ。それじゃ、また会おう。」

「…はーあ。皆に知られちゃったら、こうなるんだから。エドってほんと――」

 

 

 コルバの街は、昼の顔を見せている。黒猫らしきものが消えたそこは、平穏を享受する。

*1
「怯え竦む妖風」:上位種の、特に獣皮の種族が好んで使う魔法。体系化されておらず、人類には使えない。触れた者に恐怖によるスタンを付与する。

*2
「月」を最も知る者の魔法、その一つ。その淡い光たちはかつて輝かしかった時代、「重なり合う月影」とも称された。

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