【一巻8月20日発売予定】裏切りや絶望が溢れるゲーム世界で、鬱展開全てぶっ壊す 作:棘棘生命
人形の口が流暢に動く。先ほどまで眠っていたような自然さで、友人を模した傀儡人形は動き出した。
モユヌエが言ったことを整理するなら、ルヴネトにいるリィートイの動きをそのままトレースしているらしい。ジェスチャーからして、リィートイは何かを両手で抱えているようだ。人形術と言えば、モユヌエの水晶が思い浮かぶ。似たようなものだろうか。
あちらの世界でも、ここまでの技術はなかった。「バックスタブレイブ」の世界の古い時代は、どれだけオーバーテクノロジーで溢れかえっていたのだろう。想像を膨らませてしまう。
『あーあー、どうだ? 聞こえてるか?』
「聞こえているよ。モユヌエ殿、質が悪いと話されていたが十分明瞭に感じます」
「うん。このカーディの技量は、妾の想定を上回ったようじゃな。良かったのう! 褒められておるぞ」
カーディは両手を伸ばした状態を維持し、目を閉じたまま瞼をぴくぴくと動かしている。相当な集中力が必要な魔法のようだ。モユヌエの言葉に食いかかるように返した。
「ちょーと、集中を乱さないようにしてほしいです! エドワルドさん、それにアイナさんも。好きに話してもらって構いませんので!」
『へえ、これ動かしてるのモユヌエじゃないのか。やるなー! 後身の育成がしっかり出来てるみたいだ!』
彼に負荷をかけすぎないように、手早く済ませよう。俺はアイナと同じく久しぶりに会えた彼女に、近況の報告をしようと口を開く。
その時だった。モユヌエが先に声を上げた。
「――リィートイよ、この機会の意味は分かっておるよな?」
『おう。お前から、元の姿に戻れたって聞いたときは驚いたよ』
「…………」
『――じゃあエド、せっかくだ。抱えたもんを全部吐きだしちまえよ』
リィートイの人形は何かを置く仕草をしてから、俺を捉えて動かない。虚ろなガラス玉の奥に、焔が宿った。俺の有様を裁くように。
◆
リィートイは今、金髪の傀儡人形が持ち上げる水晶玉へ目線を合わせている。疑似的な視野に映るのは、見知った面々ばかり。最も近くに、全身鎧の頑固者の姿がある。
映し出される絵が粗くても、リィートイにはエドの状態を分かる。平静を装っているようで、感情の糸が切れれば途端に取り乱す。
エドと交えた時間は彼女の生涯から数えればほんの一瞬でも、一二を争うほどに濃密であったために。
(こいつは、随分参ってるみたいだな……。会ってすぐの時に逆戻りしてるじゃないか)
起床したばかりのため、感情の波が緩やかであろうと危険な状態にあるのは変わらない。刺激の仕方によっては、誰一人心を開かなくなる可能性もある。意地を張っている子どものように、頑固だ。画面上で見た世界に近い此の地へ「順応」した彼は考えが凝り固まり、ほぐす手段も忘れている。
リィートイは非常に落ち着いている。その理由は、数日前遠隔で行った事象も理由にあった。
生者死者を混合させた、古い時代の人間による会議である。
モユヌエが亡霊に以前伝えていた、自在に動けるようにする手段を使ったのだ。特別な人形術によって器をエドから人形へ一時的に移し、シウゼヴァクの隠し部屋に並べた。
そこでリィートイは本格的にエドの秘密、上位種からの大規模な侵攻の詳細、寄り集まった亡霊たちについて聞いた。
重荷を下ろしたモユヌエの口は、越境の主であった時では考えられないほどに軽く。リィートイはエドが今まで見せた不自然な言動の意味を知ったのだ。
リィートイが促そうとエドが黙ったままであるため、彼女から続ける。エドの背がぐらと揺れた。
『まあ、大体は掴んでる。お前の体のことも当人から話してもらった。こんな重たいことを、一人で抱えていたんだな』
「……そうなのか」
『無理矢理聞き出したわけじゃないぞ。でもな、モユヌエと亡霊が接触できたから知れたんだ。ようやくお前も気分が軽くなるんじゃないか』
「……彼がどうあるかを知れたとして、この体に恥じ入るだけだ。これからもっと汚い手段を取ることになるだろう。兜で隠せないくらいにな」
エドは左手で兜をゆっくりと触り、がくりと腕を下ろす。彼の横でアイナは、抽象的な情報を持っている者同士のやり取りに困惑したままだった。
リィートイは水晶玉を動かして、アイナに視線を合わせる。この場にアイナがいることの意味と、伝えていいのかをエドに確認する。ここまで多くに知られていたら隠し事も不可能だろうと、エドは力なく頭を下げた。
『エド心配するなよ。アイナちゃんは口が堅いし良い子だから大丈夫だ。そこにいる誰かさんと違ってな』
「うっ……エドワルドよ、恨むなら妾を恨むのじゃ!」
そして、アイナはリィートイが伝え聞いた話を理解していく。想像以上の不思議な境遇に呆けていたが、特に負の感情が芽生えることはなかった。
「……俺を責めないのか?」
「――少し前……リフォニアでお会いした時くらいに、分かってましたから。それに言ったじゃないですか。先輩がどんな人でも肩書きでも、私は気にしません」
「そうか……そんなにも前に……」
「こんなことなら、お話ししておけば良かったっすね。エド先輩の心の重しになる前に」
エドはアイナ含め四名の顔をうかがい、咎める色がないことに息を漏らす。自身の罪とすることと、他者からの断罪は別物であり、明るみになった瞬間彼は関係性が崩れることを恐れたのだ。これはエドがリィートイ以外に初めて見せた種類の弱さだった。
『――さっきの話に戻るけどな。お前が思う悪いことはもう、絶対に出来ないぞ?』
「何……それは貴女の考えか」
『いや、わたしだけじゃないぞ。お前は今やルヴネトに続いて、シウゼヴァクを守った「英雄」だ。好き勝手ほっつき歩くのはもう難しいだろ。闇討ちにでもあったら――まあそれはないだろうけど、もうお前一人の命じゃなくなったんだから』
「……」
エドは少し首を傾げて止まり、腕を組んで考え込む。彼の中で一応納得は出来る。しかし、ルヴネトでもシウゼヴァクでも、その地に集った戦士が総力で退けた災いだとも思っていた。
次に、モユヌエに目線だけで尋ねると、彼女もまた首を傾げる。何を疑問視しているのか、遠慮がちに魔力の白糸を伸ばしエドの真意を探った。
「――なるほどのう。特別扱いが嫌なら、表向きは他と同じにしてやろう。シウゼヴァクと妾の組織の中だけじゃがな」
「あっ……先輩。今回見せてくれた、先輩の魔法ですけど……うちの騎士団が面倒をおかけするかもしれないっす。冒険者というだけだと、古い教義を持ち出されたりして強行されるかも」
「エルマ殿も聖都の教徒の方々も、手合わせで分かってくれたと思うんだが……」
「ううーん……多分無理っす」
「何だと……」
エドは兜の中を強張らせながら、アイナとモユヌエをそれぞれ見る。冗談だと言ってほしいと兜に書いているように、慌てていた。
「のう? だから強行するなと言ったじゃろう。そう簡単に面倒事は解決しないのじゃよ」
『まあまあ、責めるなよ。お前はすごいんだ。通称持ちってだけではおさまれない。つまり、身を置く場所を決めないとってことだ――』
リィートイは本音で話す。越境組織の通称持ちは、腕っぷしの強さの証明と、根無し草が社会的信用を得られるという二つの価値がある。だが裏を返せばそれだけだ。
名乗るだけで、強力な後ろ盾を得られるわけでもない。名声を得られるのは、同じ冒険者間のみ。
例え彼が様々な立場の人間と交流を深めていても、巨大組織からの権力を振りかざされれば、逆らうことは難しいのである。
どこにも属さないことで中立を保てるメリットはあれど、エドは目立ちすぎてしまったのだ。その効果はもはや働かない。
リィートイは唇を舐めた後、意を決して伝える。
『それでだ。お前、ルヴネトの騎士にならないか? 確かに国の顔にはなってしまうけれど、初めての共同統治国家だ。今後も考えれば、もっと入り乱れると思う。だがそれがお前の望むところじゃないか?』
「ええっ! リィートイ……お主、妾の前でよくも堂々と勧誘できるものじゃな……!」
「わ、私たちの計画がー! ね、モユヌエ様、術を切断しちゃってもいいでしょーか!」
「やめい、カーディ! ……決めるのはエドワルドじゃ。ただ今の立場ではもういられぬ。ようく考えることじゃ」
リィートイは言い切った後、エドの反応を息を呑んで待った。アイナは表情を緩ませ、既に賛同の意を表明している。
それはルヴネトにある組織と関係しない二人に対する、宣戦布告の意味が兼ねられていた。カーディとモユヌエは慌てながら、早々に話しておかなかったことを内心後悔していた。
「……俺は、この大陸の人々を守りたい。そのためにモユヌエ殿に俺の知っている情報を渡したし、はるばるこの雪国までやってきた。座して動かなければ、各地で上位種どもが無辜の人々を殺すんだ」
『そうだな。お前が何時でも、そのために旅しているのは知っている。だが……怒らせることを言うが、今回で限界を感じたはずだ』
「俺が限界だと思っているだけに過ぎない」
『いいやこれが限界だ。叩いても叩いても湧いてくるうえに、その気になればあいつらは大軍を呼び寄せられるんだからな』
「……なら、他に何ができるというんだ」
エドは両拳を血が滲みそうなほどに強く握り、リィートイを真剣に見据える。彼の怒りの炎は、どれだけ大きくなろうと他者に飛び火することはなく、ただ己を恨み悔いていた。
リィートイも兜の奥を見定める。そしてうんうんと頷き、手の位置を彼の右肩に届くよう調整した。
掌が触れ、作り物の温もりがエドに染み込む。だが彼女の温かさを越えた灼熱の想いは、偽りでない。
『まずは、大陸の守りを固めるのが最優先だ。壊れかけた結界を修復する。……群れが入って来るなんてことは、もう二度と起こらないようにしないとだからな。裂け目からのは、最悪エドが教えた通りにお前以外が動けばいい。エド、お前は一つ荷を下ろして、また別の荷を背負うんだ』
「……! できるのか、そんな大がかりなことが」
『できるんだってよ。ゼシニスの知恵っていうのは、名前負けしていない。老いぼれを集める必要はあるけどな。面倒だが……終わりが見えない現状維持なんかより、よっぽどいいって、わたしは思う』
「そうか……やはり、俺だけじゃ全然見えないな」
手の力が抜けて、エドは肩にかけられた人形の手を取る。水晶玉に映った動きを模倣するだけの人形で、感覚が伝わるはずもない。それでも二人は、遠く離れた場所で互いの手に込められた力を感じていた。
記憶を失い、いつしか精神性が常人を逸脱していた騎士は、常人では解決にもならない手段が有効だった。
降りかかる様々な闇も、ゼシニス大陸の命運の一端を握りそれによって発生することになる責任も、彼にとっては重荷とは言えない。寧ろ受け入れ、己が今ここに存在する意義となる。
ただの言葉であろうと、確かな希望を手に入れたエドは、友人と思った者たちの温かさに再起していく。彼はリィートイからの提案に、快く頷いた。
「ありがとう、リィートイ。俺にはケル君を見守りたいという望みもある。それに……トリネ君たちも。ルヴネトから遠征する形が取れるなら、すぐにでも乗らせてくれ」
『ははっ、そう言うと思ってたよ! ケルちゃんのことも遠征のことも、王様に許可は取ってある。矛神の儀式を済ませてミナちゃんたちが快復したら――早く戻って来いよ。ずっと待ってるんだからな』
頭を抱えるモユヌエを尻目に、リィートイは笑顔で伝える。大切な男が帰ってくる場所へ間接的になれた。それが内心不安だった鍛冶師の心も晴らしたのだ。
『それで、もう話は終わりかー? しばらく時間取れるぞ』
「まだじゃ! 二つ重要な話がある。お主も聞いておくがよい」
『分かったよ。大事な話なら、集中しないとな』
一段落付いたところで、代わりにモユヌエが話し始める。これもまた、人の生を大きく左右する事象であった。
「――まずは皚炎を分ける者の候補についてじゃ。このリシディア騎士、アイナも入れようと思っておる。エドワルド、アイナが火種を欲しいと望むなら分け与えることは可能か?」
そのとき、アイナのズボンがぎゅっと皺を作った。
焔を渡す行為は、大きな意味を持つ。アイナはエドが眠っている間に、モユヌエからその意味を知った。エドの青い皚炎には、魂さえ含まれているためにより重く。
エドは閉口し、しかしその重さを理解しきっていないために、覚悟の有無を専らアイナに委ね見つめ合う。熱を帯びた少女の目元は、期待と恥じらいが籠っていた。
デヴィーレの外、厳密には空からぼうっと複数の排熱音が聞こえる。守護ヴァルミ騎士たちの来訪である。中には、冬毛で膨らんだ鳥の意匠を刻んだ騎士の姿もあった。
簡易的であろうと、儀式のため強者たちが集う。