【一巻8月20日発売予定】裏切りや絶望が溢れるゲーム世界で、鬱展開全てぶっ壊す 作:棘棘生命
エドワルドたちが話し合う最中、シウゼヴァクと巨大組織の一つである双子神教の会談が決着する。
双子神教はラーマイマを拠点としているうえで、支配者でもある。切り立った山嶺は人類が生きるには厳しい環境でこそあるが、シウゼヴァクの北は全て双子神教の管轄内だ。
つまり国同士の会談でありパワーバランスは対等、シウゼヴァクに虫の上位種を呼び寄せた要因があることから双子神教の立場が強くある。
団長アデスと率いる騎士たち、守護ヴァルミの技術力によって被害は抑えられたが、皆無とは言い切れない。教団や山民の中にも死者は出ているのだ。強硬に賠償を請求されてもおかしくないとハルランは考えていた。
だが代表であるアデスが求めたものは、ハルランを拍子抜けさせた。
リシディア教のようにシウゼヴァク内での権限を得ることでも、はたまた金銭や土地といった即物的な価値を要求することでもなかったからだ。
それは儀式の完遂のために、一時的な場所の提供を願うこと。加えて兵を借りることだった。
「魂のコテージ」と呼ばれる場所こそ、施行するに相応しいと。
国力を豊かにするよりも、儀式を重んじるのは宗教国家故か。ハルランはラーマイマへの体制の歪みを感じるも、アデスの言葉に考えを変えた。
王妃も別室で待機し、会議室にはハルランとアデスのみが座る。アデスの低く憎悪と少しの喜悦が混ざった声がよく響く。
「今の双子神教は、直々に呪われている。矛神の人間がいる前で詳しく言えば、災厄が降りかかるものだ。……だが俺は光明を見た。奴――青月エドワルドに」
「君も、彼に希望を思うんだな」
「『車輪』を浮かばせた時点で、確信を得た。噂だけと謗れる男ではない。俺と対等で在れる……ようやく現れた真の戦士だ」
確信めいたアデスの言葉に、ハルランは竜の血によって少し先端の尖った耳をいじってから尋ねる。書物を読み漁り、零さず知識として蓄積する頭脳は並大抵のものではない。古い時代の情報と組み合わさり、彼女の持つ情報は隠匿された事実さえ明らかにする唯一無二の価値となっていた。
「聖典とやらに、それほどの意味があるのか? まだ調べきれていないからか……象徴としての意味合いとしか思えていない。オークレーという騎士も、リシディア教の騎士とは言えない……。アデスくんは知っている? リシディア教の聖典の始まりに近い物語ほど、精霊騎士の名前が多用されているんだ」
「……俺は昔、『車輪』を見たことがある。放ったその戦士は、稀代の英雄と呼べる強さだった。あれだけ複雑な術を練り上げること自体が、実力を物語っている」
「なるほど……象徴というより、実物ありきの視点か。ありがとう勉強になった」
アデスはハルランの礼に小さく頷き返し、直後ごうと左腕に紅色の光を纏わせる。
矛神の魔法「赫光」のようで、少し違う。それは彼が己の力のみで到達し、宿した「皚炎」と同質の力だった。
流れる紅色が、肌身離さず握り続ける「相棒」にまで纏う。黒い血を吸い、生きる魔剣となったそれは「おかわり」をもうすぐ喰らえることに歓喜していた。殺しの衝動が、アデスの血潮を駆け巡る。
「狭苦しい呪縛は、こりごりだ」
「……援助は惜しまない。化物どもの思う通りにされていることは、片っ端から崩していかないと」
「そのつもりで来た。場所と兵は融通してもらう。ハルラン王、貴殿の力もな」
「君と、エドワルドくんでかかるなら、問題なく済みそうだけれど……」
ちらと兜の奥を覗き見るハルランの、含みのある言葉に、アデスは期待通りの返答をなした。
「どれだけ排除できるかで、難度が分かる。化物と、我ら。正確な実力を測りたいのは貴殿も同じだろう」
「もちろん、分析は大事だ。……しかし、私も運が良い。修練の手筈だったのに、丁度いい練習台を持ってきてくれた」
アデスは矛神の頂に立った頃から、閉塞感を覚えている。
ドラクシエルからかけられた呪い以上に、組織としての体裁を繕うことへ、また弱者を常に勘定に入れなければならないことへの束縛を。
耐え忍ぶことに、どれだけ利があるか。アデスは強者であるからその責任を果たしていた。君臨し、国家間の戦争が起こらないよう、または巨大組織が欲を出し過ぎないように目を光らせていたのだ。
だがミグゥニの呼び寄せた大軍が、その役割に然程意味がないことを教えてしまった。
人類同士が睨みを利かせ合っていようと、武力衝突で死ぬ数より化物が命を奪う。それに、戦場をかき回す裏切り者は、邪魔であっても脅威にはなり得ない。
何より、大事に人は団結できる。異なる立場でも、化物を相手に忙しければ。アデスは己の組織でそれを実感したのである。
損得を抜きにアデスの中の憤怒は燃え、騎士たちへ号令を出す。ハルランの主導で準備を始めながら、どのように煩わしい呪いを壊していくかを考え始めた。
その頃、療養用の病院前では、選出された二名の騎士が戦支度を整えていた。同じ「皚炎」を手にした戦士。
守護ヴァルミ騎士が続々と空から到着するのを眺めながら、それぞれ体を動かしている。
「おお……圧迫感が全くねえ。ヴァルミの連中も、やればできるもんだな」
矛神の戦士は、着心地が良い鎧を得て満足そうに肩を回している。凹凸がはっきりした形状になったが、彼女はもはや気にしていない。名誉の古傷より、彫りを増した筋肉の方が大事に思えてきたのだ。
無意識に、新品の鎧へ舞い上がっていたのも要因としてあった。成人してからもうすぐ十年だが、童心を忘れていないことの証しである。
「『皚炎』――これでは、無駄が多すぎるか」
もう一方、青染めの装束を着た鎧騎士は、冷静に白い焔の出力を試していた。放出しすぎれば、短期間でパフォーマンスが低下する。魔力循環を円滑にできると言えど、爆発的な火力には代償が付いて回るのだ。
理論よりは直感を頼りにする型であるが故に、これまで通りの戦法ではいられないと危険視していた。
「出力を絞って何になる? 温存している内に殺されるぞ」
「紅瀞殿、見ていただろう。私は、我を忘れてはならない。姉上がいない状況を、作ったことこそが失態だった」
「……口を開けば、あのちんちくりんの事ばかりだな。お前はそれしかねえのか?」
「そうだ。生まれたときから」
「……そうかよ」
群青血の騎士筆頭はそれから黙りこくり、一方も自身にだけ集中する。生まれてこの方、離れがたい肉親というものを知らない彼女は、その繋がりが異質だとは分からない。羨望もない。
ただ競い合う相手にはならないことに落胆し、向ける闘争心が一つこれまで通りエドワルドのみになった。それだけだった。
◆
「――で、どうじゃ? 妾から渡すことは確かに出来よう。じゃが今や、妾に流れる火種の大部分はお主から貰ったもの。お主の望みに委ねようと思っておる」
「私は……もう決めました。モユヌエさんからお聞きして、それでも先輩がいるなら乗り越えられます」
沈黙が続き、再度モユヌエからとアイナの促しがあって俺は置かれている現状を把握する。俺が決定することのようだ。
しかしアイナが望んでいるならと、軽々しく渡せるものでもない。問題がいくつもある。
「モユヌエ殿、皚炎について俺にも詳しく教えてください。これまでで大方予想はついていますが……決意するだけでは足りないでしょう」
「そうじゃな。何故これまで妾やリィートイが焔を分けてこなかったのかも、併せて話すとしよう――」
モユヌエはすんなり答える。そして「皚炎」を完全に受け入れたとき、どうなるかが語られていった。
それは俺が直感した通りのことだった。
同じ人間であるのだから、俺たちとリィートイたち古い戦士を分け隔てるのは何か問われれば、皚炎が要因だろうと思っていた。
今思えば、敢えて聞かなかったということなのだろう。目を逸らしていただけだ。
どれだけ希望を持っても、戦乱を生き残れる確率は低い。長い時など俺には関係ないと。
「種火は大きければ大きいほどよい。己がものにするまでの時が短くできるからじゃ。その分、練度は要るがのう」
「それに負担がかかる。俺の体感でしか物を言えませんが」
「そうじゃろうな。じゃが、不可能ではない。元より我らに備わっていた力じゃ。魔力無しが大多数を占め、身を循環する器官が衰えただけに過ぎぬ」
モユヌエは続けた。俺以外に「皚炎」を宿した戦士二人から、糸口を掴めたのだと。確かにラディアと、ヨヌアの弟であるオズは凄まじい才覚を持っている。肉に埋まった経路を無理矢理通すくらいは、作法を知れば行えるのだ。
おそらくアイナも同じことが出来る。アプローチは二人と違っても、彼女には優れた「眼」がある。既に皚炎を得た俺を含む三名を観察すればコツを掴めるはずだ。
それでも思考を阻む事象がある。俺がリィートイから渡された時点の気分が昂っていた時とは違って、冷静に物を見れる。いや反対に曇っているのかもしれない。
シウゼヴァクで起こった多くの人死にが、友人の生死を左右することを怖がっている。総力戦になったとき一人でも多くの戦士を生かしたいと願いながら、今の段階では多くの犠牲を払ってしまうと思っているのだ。
何故なら、考えれば考えるほど上位種の親玉を倒せたことが奇跡的だからだ。それに一直線に親玉を倒したところで、この世界は何も救われない。
「可能ではあるでしょう。力を得れば生き残れる可能性も上がる。しかし……この魔法を習得すれば、死地に向かえと言うようなものです。アイナ……それでも貴女は望むのか?」
「……あははっ! そんなこと気にしないでほしいっす。運良く、エド先輩や部下たちに助けてもらって……勿論私も努力していますけど、騎士はいつ死んでもおかしくないんですから」
「……そうか。そうだ、今更だ」
当たり前のことを諭されて、俺は剥き出しになっていた感情がおさまっていく。
だがと悲観的な思考が強まっていく。
虱潰しに上澄みの化物を殺していくことが最善で、しかしそれを為せるとは思えない。
ケルに一時的に発現した「此の真意」の実態を、知ったのがいけなかった。ケルが成長すれば絶大な効果を及ぼすと希望を思えど、想像の範疇だったのが尾を引く。
古い時代「皚炎」を灯した戦士が今とは比較にならないほど大勢いたというのに滅びた事実もまた、どうすれば勝ち切れるかと悩み続けることに繋がっていく。
「バックスタブレイブ」作中の絶望から少しずつ外れているとは思えるのに、そのズレが現実は絵空事で片付かないことを強調している。持っている知識がどこまで使えるものなのか疑念を抱いてしまったのは、解決しない悩みを増やした。
リィートイを模した人形から、苦し気な声が漏れる。彼女の言葉は優しく、だが俺が気にしていられることでもなかった。
『わたしは……良いとも悪いとも言えない。だが本格的に奴らに反撃するんだったら、お前が呼び水になってほしい。でもな、それでやっかみも受けるはずだ。お前の自由がどんどん無くなっていくじゃないか――』
「俺は問題ないよ、リィートイ。だが、選択は凄まじく重い。かつての大戦の焼き直しで勝てるはずもない。一つ一つ慎重にならないと」
「ふうむ……リシディア教が何と言うか分からぬが、単に兵を外に向けるわけではない。エドワルドよ、犠牲を少なくゼシニス大陸を万全にしてから考えようぞ。まずは、お主が話してくれたメイダを」
「……」
モユヌエの言葉に、俺は向き合う。先延ばしにしてきた決定的な事象を。
バックスタブレイブの前章にて、「狂い堕とす」メイダの断末魔は此の地中に響き渡った。これが上位種たちを動かす動機となり、総力戦の引き金になった。
俺は、早々にメイダを無力化すべきだった。本来主人公が倒す存在だから、もし捕らえられれば、もしくは殺害されでもすれば全て終わるから。というのは言い訳だ。
俺は怖かったのだ。俺の選択で、多くの人間が犠牲になるのが。
メイダは水棲動物系の上位種の中でも、一歩抜きんでている脅威だ。また行使する洗脳系の魔法の効力は、他上位種に比べて極めて効力が強い。まだ生きている人間にマークをつけ、奴の好きなタイミングで尖兵に出来る。
魔法を封じる術があったから殺せたのだが、それは主人公パーティの術師が開発したものだ。別の魔法で代用できる保証はない。
化物は殺せても、人は殺せない。非情になり切れない。王族の動向を逐一耳に入れるので、精一杯だった。王族内部で、異形相手に和平を望み始めたときが、メイダの遊びの始まりとなるために。
これも言い訳でしかない。俺の弱さが招いた状況だ。
「モユヌエ殿、奴はどこまでも卑劣です。単純な力では解決できない。ゼシニス大陸で人同士の戦争が起こってしまう……闇討ちに徹しなければ」
「うん、そのために妾は騎士団を発足したのじゃ。理念に縛られ過ぎないようにの」
分かっている、確実なことは今までもこれからもないのだ。俺が無視していただけ、今まで上手くいっていただけで、ルヴネトの竜擬きやミグゥニのようなイレギュラーは必ず起こっていく。
それに怯えていてはいけない。向き合わず逃げようとしても、より酷い結果が後から突きつけられる。
この世界は元より人類に都合の悪いよう出来ているのだから。そして俺は、定めに抗い続けることを誓ったはずだ。
考えは変わらない。屈してはならない。俺はアイナの手を握り、己にもここにいる皆にも再度誓った。
「ならば……アイナ。死地に向かうのではなく、勝てる戦に変えられるように。もし戦いとは違って、流れる時間に恐怖を感じたとしても……俺が責任を持とう」
「えっ……! はっはい……お願いします、先輩……」
「……いつもこーいう感じなんです? エドワルドさんって」
『そうそう。……エド、難しい選択だとは思うが悩んだら相談するんだぞ』
手を離し、リィートイからの温かい投げかけに了解した。俺の至らないばかりに時間がかかってしまったが、次を聞くことにする。
モユヌエは俺たちの顔を見てから、別の議題について話し始める。先ほどと打って変わって、驚くほど簡単な話だった。
「よし、次に行くぞ。最後に話したいのは、ヨンドオの人形術についてじゃ。これは何も、勇者だけの特権ではない。白糸の魔法は、「縫合」を習得する才が無かろうと扱えるもの――」
端的に言えば、人形術の指南を行うのはどうかという提案だった。
遠隔で動かせる体があれば、どんな危機にも対処可能だと。
白糸の魔法に「縫合」は含まれているが、勇者やその素質がないと使えない。裏を返せば、世界をパッチワークする以外の魔法は習得可能だということ。モユヌエレベル、上級となってくると皚炎を宿す必要が出てくるらしいが。
そもそも勇者以外で白い糸のような魔法を使っている者は、「バックスタブレイブ」作中でいなかったので、こういった習得可不可は持ち得ない情報だ。できることならすぐに覚えたい。
「是非ともお願いしたい。ケル君に俺にも、きっと有用になる」
「そんな、食い気味で来られるとは……! それでのう、一つ難点があるのじゃ――」
説明が続く。術は生身でないと教えられないという。口頭では理論だけで、魔力の流れ方が感じ取れないためだと。
つきっきりで教えるのも良いが、まだ別派閥との関係性が薄い北に滞在するのは避けたいだろうとモユヌエは慮ってくれた。その代わりと、モユヌエが隣の少年を示す。
人形師兼、群青血の騎士。カーディは眉と口端を得意げに持ち上げていた。
「もしご了承いただけるなら、じっくりしっかりお伝えしますよー!」
「ありがたい、お願いする」
「……即答か。こやつ相手に、やるのう。――ルヴネトに戻るまでの旅路は長い。時間を無駄にせずに済むじゃろうて」
何故か慌てた様子で、モユヌエは額を腕で擦る。勇者になるはずだったが運命が変わった彼が教導してくれるなら、ケルにも良い影響を齎せるだろう。
気分が上がる話を最後に持ってきてくれたおかげで、今後も少しずつ明るく見えてくる。全く我ながら調子が良いことだ。
『――話はこれで終いか……うし。アイナちゃん、エド。次は生身で話そう! お互い元気でな!』
「ありがとう、リィートイ。ケル君やミウたちを連れて、戻るよ」
「はい! ルヴネト近辺の任務になるよう頑張るっす!」
『そりゃあいい! 楽しみにしてる!』
簡潔な話し合いが終わり、リィートイを模した人形が手を振る。次の瞬間カーディが手を下ろし、人形の首がかくりと下を向いた。役目を果たし、ただの精巧な傀儡人形に戻ったのだ。
モユヌエが、俺が感じている不安を緩和するための策を持ってきてくれた。リィートイもアイナも、どうしようもない俺に貴重な時間を割いて。
もう、悩んでいる場合じゃない。俺は、深呼吸をして後ろ向きになっていた思考を止めた。運命がどうあれ、やらねばならないことは沢山あるのだ。
◆
デヴィーレを出たら、今度は薄緑の鎧に囲まれることになった。痩せに丸いのに、つまり双子神教の騎士たちだ。
ヴァルミ騎士を皮切りに騎士たちが、俺に教えてくれる。ちょくちょく技術神官たちから情報を提供してもらっていたことについてだ。
「青月殿、儀式について話がつきました。貴方の力も是非お借りしたい」
「アデス様は、大いなる脅威という言葉を使われておられた。今シウゼヴァクで、十分に脅威へ抗えるのはあのお方とエドワルド殿だけだ。儀式の完遂に、何卒ご助力を――」
俺はモユヌエたちと共に、王城を目指して進む。木っ端ではない、天上で嘲笑う上位種どもの愉悦を、破壊するための一歩をここから踏み出す。