【一巻発売中】裏切りや絶望が溢れるゲーム世界で、鬱展開全てぶっ壊す 作:棘棘生命
双子神教に伝わる「儀式」が執り行われる直前のことである。
由緒ある老舗宿の、裏路地にて。つい先ほどまで宿で休息を取っていたマローは、壁に張り付き歯ぎしりをしていた。
白一色の世界を庭とする彼女は、どんな異変も見逃さない観察力を持っている。
宿を変えデヴィーレから出てきたエドの姿も、はっきりと視認できていた。以前とは見違えるほど綺麗になった彼の鎧は、白昼ならより目立つ。
「こんな儲け話に誘ってくれないなんて……! やっぱり私なんて、どうでもいいってことなんだ……」
マローの瞳に光はない。承認欲求を満たせる存在が唯一人で依存しきっているために、思考はどんどんと闇へ沈んでいく。
耳をそばだて、大衆へ知らせるハルランの言葉を整理していくほど、彼女から別の感情が湧き上がってきた。収集癖から来る貪欲である。
彼女は形見屋である以前に蒐集家だ。特別な品が手に入るかもしれないなら、逃すつもりはない。
今、気が弱く脅威に怯える外面から、ハイエナの如き破綻した精神が剥き出しになろうとしていた。
「へっ、へへっ……双子神教もシウゼヴァクも、漁り放題……! あれ、旦那さん……?」
儀式に参加するというだけが秩序の集団が、王城に向かっていく。上手く溶け込めるようささっと変装したマローは、集団から外れていくエドへ疑念を抱き、目を細めた。
彼の横には、小柄な三名がついている。どれも身なりの整った者たちで、彼と楽し気に会話していた。それがマローの劣等感を強く刺激する。
腰に下げていた愛用のマチェットを手に取るくらいには、マローの心の闇は深い。
「い、いざとなれば……。これで、旦那さんを……」
マローはごくりと喉を鳴らし、マチェットを眼前に持ってくる。その手はプルプルと震えていたが、鬼気迫るものであった。そして王城を気にしながら、彼女はエドの後をつける。
エドから恩を受けたと自覚しながら幾度も罠に落としてきたのは、この衝動性が故であった。
しばらくついていくと、エドと連れの三名は仮組された療養棟へと入っていく。マローの商売道具と同程度に膨らんだ鞄を担ぎながら。
マローは最初面食らっていたが、荷物の量からして昨晩取引した防具だと分かるまでに然程時間はかからなかった。
「――散っていった戦士たちを帰しに来た。雪の中では寒かっただろうから、ようやくあなた方のもとで休める」
「エドワルド殿、これは……! 一体どうやって――」
「詳しくは言えないが、俺の知り合いが助けてくれた。この鎧は……カーディ殿、貴方から渡していただけるか」
「りょーかいです! 儀式が終わるまでには、しっかり――」
エドは、騎士の「欠片」を次々と矛神騎士たちに渡していく。魔兵の鎧は、国の関係者であり立場として近い群青血の騎士へ譲渡していった。
続いて彼は、病室へ歩いていった。マローも場所を移そうと物陰から身を乗り出す。
そのとき、看護のためやってきたヴァルミの技術神官たちから怪しまれるも、すぐに関心を失くす。隠密の術は、姿を覆い隠すだけが手段ではない。マローの卓越した生存術であった。
特徴のない冒険者の格好を模していたことも功を奏した。双子神教の神官は、同胞をすぐに見分けられるのだ。
人に声をかけられることが少ないマローにとって、誤魔化せたとしても、心臓が飛び出そうな出来事であった。
一定距離を保って、人に見つからない場所を探りながら追いつくと、既にエドたちは話しているところだった。
「張り付く影のミナさん、はじめまして。私、カーディという者ですー。エドワルドさんに同行させていただくことになりましたので、是非ともご挨拶をと……」
「え……ああ、うん。よろしくね?」
「よろしくお願いいたしますー!」
冒険者ミナに対し笑顔で媚を売るカーディ。鎧は横に置いて、両手で握手する。彼は、互いの社会的立ち位置より、「エドの友人」であることを重要視していた。
カーディとミナの交流を置いて、勇者ケルは不満を露にしている。手振り身振りを使って自身が健康体であることをアピールしていた。
「なんで……ほら、こんなに動けるようになったんだから! ぼくもやれる……!」
「――儀式は手合わせとは違う。必ず、出血を伴うことになる。大きな戦から時間が経っていないのに、君を危険に晒したくはない」
「そんなこと……ぼくだって、矛神の勇者なんだよ? 儀式のために、皆と一緒に来たんだもの!」
「……お主は、妾らが知らぬ法則を根拠にしておるようじゃな。言えぬのか?」
「無理です。……今回の招集は情が無い。責務を全うできる騎士と、目的のためならどんなことが起ころうと納得できる人でなければ」
重大な事が聞こえ、マローは首を傾けた。祭りのように称したのはまやかしだったのか。
ならば、立ち回り方も変わってくる。マローは彼の言葉を一言一句聞き漏らさないよう、注力した。
そしてマローは、特別な舞台で物色するのと同時に、基準を満たさない戦力は盤外に放り出すことを決めた。
想像以上の金銭を貰った、余剰分は返すべきだと。
マローがそろりと場を離れようとしたところ、彼女とは無関係の話が聞こえた。顔から火が出ている、色白の少女もしっかりと視認する。
「――俺は、君のような市井にいるべき人が、戦場で駆り出されてはならないと思う。そのために動くことを決めた。ミウ君、ルヴネトに共に来てほしい。大きな戦があるとき、必ず傍にいれるように……君たちを守らせてほしい」
「う、ううー……! 分かりました! 末永く、よろしくお願いします……」
「良かった。旅の冒険者の身分を奪ってしまってすまないが、よろしく頼む」
(え……最低ですけど? やっぱりこれでヤッて、引き摺っていくべきかも……)
マローは、マチェットを持つ手の震えを止められなかった。エドが次にシウゼヴァクを訪れたときには、巧妙な罠を仕掛けてやると恨みを募らせ、しかし理性は残っておりそのまま療養棟の外の日陰で待つ。
療養棟に一瞬吹いた風の正体を殆どは分からず、儀式に向かう一人だけが冷や汗をかく。
「…………旦那さん」
「聞かせるつもりはなかったんだが……やはり俺は抜けているな」
不満の色は浮かんでいることは分かっても、解消の仕方は分からない。エドは、睨みを利かせてくるマローと共に戦士の控える場所へ向かう。道中、儀式をより安全に終わらせるための取引を交わし、不幸中の幸いだと思いながら。
数十分後。このマローとの不慮の出来事によって、彼にとっては締まらない形で、しかし気分を楽に儀式へと臨む。
◆
合図は実にシンプルだった。簡易的な鐘を、空間の中心に持ってきて響かせるのみ。矛神と守護ヴァルミの騎士が代表して一人ずつ鐘をついた。
次に矛神騎士団の長であるアデスが祝詞を唱えた瞬間、各々の得物は振り上げられる。二人組を作り、どちらかが倒れるまで続く奇妙な試合の始まりだ。
アイナや、ヨヌアたち群青血の騎士は近く。反対にラディアやトスカたち双子神の騎士、急遽参戦したマローなどは空間の出入口付近。
マローには、戦闘不能になった冒険者や傭兵たちを逃がしやすいようにしてもらうことになっている。保険があって良かった。位置取りは完璧だ。
ハルランも空間の外から観測している。どのような結果になるか詳細は知らないと思うが、状況が悪化したときにはすぐさま対応すると言ってくれた。
俺は知人や友人の位置を把握してから、アデスの連撃を避けていく。だが回避しきれない。異形の大剣が肩に掠っただけで、剣を取り落としそうになるほどの衝撃が襲った。
「余所見をしていられると思うな、青月。力をぶつけ合うことに集中してもらおうか……!」
「失礼した。これから全力で行かせてもらう――『蒼月』」
俺はエルマを相手した時と同じ要領で、掌から奇妙な形状の「月」を空へ打ち上げた。瞬間、体が数段軽くなる。宙から吊り上げられているような感覚。
だからといって踏み込みを疎かにはしない。よく分からない空間を蹴って足に返ってくる反発力は確かで、外と変わらない。
彼の剣技を月の魔力を込め続けた得物で弾いては切り返し、胴鎧に微かな傷をつける。思い切り叩いているはずなのだが、アデスが怯む気配は全くなかった。
「……なるほど。『赫光・纏』」
「『月融け』、『霊月の槍』――穿て!」
「搦め手は多い。だが、まだだ。そんなものではない。怪物を相手取るのと同じように、俺へぶつけてみろ!」
「無理を言う……!」
アデスは全身に紅色の炎を燃やしながら、俺が行使する魔法を難なく逸らす。発生の早い、霊月の魔法はいくつか鎧に当たったが、ダメージにはならない。
これは単なる手合わせではない。分かっているからこそ俺は、殺気を込めて放出しているというのにだ。
一つ一つが、並みの上位種なら消し炭にできた一撃だ。目つぶしや致命的な攻撃を差しこむのはいつもの戦術だが、アデスは満足しないようだ。
もっと殺す気で来いと。流石は最強と呼ばれる男である。
俺は腰に魔力を流し、同時に右腕から剣へ魔力を溢れさせた。ケチョウを相手にしたときと同じ状態に自らを置く。目的のために、俺は自身を騙す。
「『霊月の後脚』――『蒼の光刃』、連算!」
「そうだ。それを待っていた……!」
牡鹿の脚で駆け、アデス目がけて光刃を飛ばす。今度こそ満足させられたらしい。彼はくつくつと笑いながら、目にも止まらぬ速さで光刃を相殺している。
高速で狙いを定めるには、集中力が不可欠だ。加えて魔力循環量の維持と、諳んじる理論を止めないで思考し続けること。
アデスの動きが徐々にスローに見えていく。このペースを維持できれば守りを突破できる。
そう考えたときだ。アデスの背中から、紅色がばっと広がった。それは魔力で出来た翼のようだった。
「『噴出口』、最大出力」
「な……!」
「宙は学院や守護ヴァルミだけのものではない――その素早さもな」
ぐるんと一周回転し、アデスは俺の速さに追いついた。周りを見れば、ヴァルミ騎士も空を飛びながら矛神騎士を翻弄している。ぶつけられる剣の重さが一気に跳ね上がった。
「生身でその速さ……翼が無いのはもどかしかろう」
「……光刃!」
「『赫光・砲撃』」
「ぐっ……穿て!」
アデスから放たれる赫光の波を打ち消すために、左掌から穿つ業で対抗する。完全には勝てず、弾けるように押し合っていた互いの魔力は爆破した。
もう一度、高速移動に徹する。押し合いになれば勝てないなら、決定的な隙を狙うしかない。俺は飛んでくる赫光と、ぶつけられそうになる斬撃とをいなす。「蒼の光刃」と「皚炎」の出力を上げること、後ろ脚の維持のみに選択肢を一旦絞る。
だが俺はそこまで考えて、別の手段を取れるタイミングを探る。
矛神教は、ドラクシエルの呪縛によって組織内の人間に情報共有が上手くなされないのが欠点だ。だが俺は法則から外れている。ドラクシエルの分け身を呼び出す効率的な術を考えられるのだ。
「闘気」なる曖昧な概念は、出血が鍵となる。強き者が流すほど、確率は上がる。だがわざと出すのではいけない。血をまいたところで、呪いとして機能しないからだ。
ならば集った皆が消耗せず、主目的に全力を出すためには。俺とアデスが、これからの戦いで手負いにならない場所から血を流せばいい。より早く、より正確に切るのだ。
俺は一箇所だけ、守るべきではない場所を決めた。そしてそれを意識的ではなく、部位として無いものと考える。
苛烈な攻防だ。思考はどんどんと純化されて、余計な考えは無くなっていく。つまり無意識で傷を負うことになる。
俺とアデスに、細かな切り傷が増えていく。そしてついに決定的な瞬間がやってきた。
がきと兜から胴鎧まで、凄まじく重い金属音が鳴る。そして兜と鎧の内側にある肉までも、アデスの大剣が引き裂いたのだ。
同時に俺の、青白い焔を纏った剣も彼の脇腹を切る。どちらの一撃も、臓器までは達していない紙一重。それでも噴き出した血は多く、空間の底に零れた。
そのときだ。俺たちから流れていく血が、ある時点を以て消え去った。此の世界の法則というわけではない。
「やるっ……!」
「これで、上手くいったか……」
「何……? 青月、貴殿は……まさか」
ぶつけてくる刃から、先ほどより力が抜けている。俺は瞑っていた目を開いて垂れてくる血を顔を振って逃した。アデスではなく空に剣を向ければ、怪訝そうな彼も空中を見て息を漏らす。
「師匠、ご無事ですか……」
「先輩! そんな、こんなに深く……あ、あれは……」
「気にしないでくれ。……ここからが、儀式の本懐だ」
トスカとアイナが駆け寄ってきてくれる。初対面だからか二人は顔を見合わせていたが、俺の視線の先を見て肩を震わせた。
狂笑を轟かせ、異形が二体空を翔けている。半透明のそれは、偽女神の似姿であった。