【一巻発売中】裏切りや絶望が溢れるゲーム世界で、鬱展開全てぶっ壊す 作:棘棘生命
二体の異形の女が全貌を露にし、大きく翼を広げた。飛膜は背部から二対伸び、手足には透明ながらも岩の如き鱗が生える。このような怪物は、上位種と分類するほかない。
裂けた口から放たれる嗤いは、程なくして金属を擦り合わせたような音に歪んでいった。けたたましく吹き鳴らされるラッパのごとく。
流した血の量と、血中に含まれた魔力の濃度、そしてかかる時間。三つの条件を満たすことで、ドラクシエルの分身を強制的に出現させられる。「儀式」に使用される鐘も祝詞も、単なる演出だ。元より儀式が行われる機会は数十年に一度レベルである。それに別の要因もあって、この事実を知ることができる者も限られていたと俺は推測している。
この仕組みについては、ゲーム中の蔵書に書かれていた。血が染み込んで汚れており、聖堂の奥部にひっそりと保管されていた分厚い書物だ。
これを読み終わった直後、主人公の勇者は分身に襲われることになったのである。リシディア教に属していた、主人公が読んでこれだ。歴代の騎士団長たちは、一つ後任へ教えるのにも命がけだったことだろう。
ドラクシエルがかけた呪いは、本当にいやらしい。
「……こんなにも早く、奴が現れるとは……二匹も」
傍でアデスが呟くのを聞き、彼の予想通りではなかったのだと分かる。
場に集った戦士全員を素早く見やる。儀式を完遂したとき何が起こるかを聞かされていない一同は、騒然としていた。幸い傷が深い者はいないようだ。間に合ってよかった。
総司令官らしき鎧はない。新調されたラディアの鎧は特殊に見えるが、一般的な矛神騎士たちだけだ。アデスにも確認を取る。騎士鎧を変えて総司令官が参加しているのかと。アデスは首を横に振った。
俺の知識に無い事象がまたしても起こったというのか?
「ならアデス殿……あの紛い物が二ついる理由は……」
「……やはりか。決して明言はするなよ」
「どういう……知っているだけでも、呪い足りえるということなのか……?」
「いいや、呪いとは別だ。散った同胞の匂いが、感じられただけのこと」
アデスは紅色の炎を纏ってから、俺の胸元を拳で小突いた。彼は俺を通して、何者かを見ているようだった。
仕組みは分からずじまいで、様子見は状況を更に悪化させる。
二体はぐるりと円を囲んで飛び、何もない空間が捻じ曲げていった。異様な景色が形作られていく。俺が悪夢で見続けた、黒赤の地獄だった。
守護ヴァルミの騎士たちからの声が一層大きくなる。シウゼヴァクに辿り着く前、ラディアが明かした話を思い出す。彼らは同じ夢を見ていたのだろう。ラディアの様子も伺えば、鎧越しでも動揺が見て取れる。
どこまでもマイペースに、トスカは腕を組んで頷いていた。
「これは……ふむ。点と点が繋がった気分です」
「……どういうことなのかは分からないっすけど……避難を優先させます!」
「頼んだよアイナ。……皆、儀式は成功だ! 早く逃げろ!」
アイナの機転には感謝だ。俺は声を張り上げて、後方にいる冒険者や傭兵たちに知らせた。
丁度マローと目が合う。彼女の表情は強張っており、その他の戦士と同じく足が止まってしまっている。
ドラクシエルは正真正銘の屑だ。弱く見え、泣き叫びそうな者を優先して狙うように分身を作っている。想像していた通り、分身の一体はマローを狙い、凄まじい速度で飛来してきた。
その一撃に割り込み、光刃で払う。
『……邪魔ぁするなよ、鉄屑野郎』
「だ、旦那さん……」
「大丈夫か! 君も、皆を逃がしてやってくれ!」
「はい……ご、ごめんなさい……!」
マローは頭を下げると、目尻を吊り上げ思いも寄らない行動に出た。マチェットを片手にドラクシエルの分身へ飛び掛かったのだ。
ザシュと音がして、分身の二の腕から半透明の血飛沫が上がる。間髪入れず化物を蹴り、距離を取ったマローは冷淡に吐き捨てた。
『……チチチ』
「へへっ……透明なのに攻撃通るんですけど。竜擬きも大したことありませんね」
「やるな、マロー! 皆を頼むぞ」
「ま、任せてください!」
マローは震える声で返事をすると、後方に駆けていった。小さな背丈を活かして追撃を避け、辿り着くと冒険者たちの背中を守るように立った。
彼女の華麗な体捌きに、俺は思い直す。この場において、彼女の戦力はやはり必要だったのだ。
「矛神騎士団長、一方はわたしたちヴァルミ騎士が引き受けます。戦力を分散させるより、各個撃破が望ましいでしょう」
「……ヴァルミだけではない。“翼”を持てる騎士は、奴を地に引きずり下ろせ!」
アデスはトスカの提案に付け加える形で命じた。鎧の背部から魔力を放出して空に浮かび上がる。ヴァルミ以外、鎧に機構の増えたラディアや、風を意のままに操るヨヌアたち姉弟も空に向かっていった。
「……安全に事を終えてみせる」
最優先事項は、誰も命を落とさないよう戦場を俯瞰することだ。俺は魔法「感知」を皚炎で強化し、集団からはぐれている魔兵の元へ走った。
もう手から取りこぼさない。俺の腕が届く距離までは、絶対に。
◆
儀式に参加した戦士たちが、次々にハルランの元へ帰還していく。そして息も絶え絶えに用意された椅子へ座り、神官たちからの施しを受けた。
「し、死ぬかと思ったぜ。なんだありゃあ!」
「私共も分からず……。申し訳ございません」
「始末しようと……? やけに報酬が高いとは思ったが」
「あれで儀式は成功らしいぞ。矛神の団長も否定はしなかった」
「どれだけ信用できるものかね――」
空間の向こう側では未だ、影響を最小限にするために陣形を固めた双子神教の騎士の一部と、アイナやマローなど部外者の中でも力がある者が防いでいる。
戦いは終わっておらず、ハルランは固唾をのんで見守っていた。ドラクシエルの、あまりの醜悪な性質に吐き気を催しながらも。
「はい、次! もたもたしないでほしいんですけど!」
「ああ、すまないな……冒険者を頼りにしないといけないとは」
マローは細腕から考えられない力で、魔兵や各地から集まった戦士たちを押しこむ。途中からエドによって救出された者が大半になっていく。
眉を怒らせて悪態を吐いていたが、彼女の頭には先ほどからのエドワルドの姿が焼き付いていた。
マローを含む総勢を庇い、去っては戻る彼は動くたびに血を滴らせている。半透明の怪物からの攻撃は、アデスとの攻防の跡を少しずつ抉っていた。
しかし、エドは自身の傷の深さを棚に上げて他人を優先する。その在り方に、マローはむずむずと落ち着かない気分になった。
目で追い耳で聞いても、エドワルドの態度は誰にでも変わらない。多少の強弱はあれど、そうマローには思えた。
嫉妬の念を深める自身へ、マローは気分を落ち込ませた。同時に苦しくなる。彼の足を止められる者は、誰もいない。無論自身も鎹にはなり得ないと。
『最高だあ! もっと血を見せろ!』
「ならば……満足しながら消えろ。今までと同じようにな」
ドラクシエルの分身と、アデスが肉薄する。
黒赤の空に飛ぶ、影の内一つ。ラディアは優れた身体能力で鎧の扱い方に慣れ、トスカと並んで飛翔していた。
自身には生涯縁がないだろうと考えていた「噴出口」の術式が、双子神教の在り方の変遷を物語っているようにも感じていた。
ラディアたちが狙うは、分身の一方。弱い者いじめを愉しむ怪物の内もう一方は、既に地上へ降り、苛烈な攻撃を行っている。
戦士たちは合流をさせないように撹乱していく。ラディアはその合間に、トスカへ語り掛けた。己が持つ断片的な情報が繋がり、アデスの言葉で確かになる。
「おいトスカ。……あれが何か、分かるよな?」
「ええ、十分に。あの夢が矛神の儀式に繋がっていたのですから、答えは一つ。両者奉っているものは、邪教と大差ないということです」
「……その上、もう一つリシディアとも関わりがある。女神教ってのは全部、くそったれの――羽の生えた蛆虫が呪ってやがるんだ」
ラディアはついにわけが分かった。矛神教の妙な部分での秘密主義について、それにエドワルドがラディアに話したことの全容を。あの温かな「月」に、ずっとさりげなくも自分は守られていたのだと。
心がぼうっと燃える恥ずかしい感覚。何もかも上位種の支配下にあったことへの怒り。ラディアはエドワルドに想いを募らせながらも、悔しくてたまらなかった。
「――紅瀞殿。支配からの脱却を望むのは……おれも、同じだ。今こそ、借りを返したい」
「……」
そのとき、ヨヌアのことばかりだったオズも、ラディアに近づき話しかける。
彼はこう続けた。オビシオンからの呪縛が解かれたのは、矛神騎士たちの一助もあってのことだと。本来なら返しきれないほどの恩を返すことのできる機会が、幸運にも訪れたと。
「ちゃんと喋れんじゃねえか……狂狼」
ラディアの呟きを背中に、オズは狼の如く獰猛に上位種へ斬りかかった。隣には口を真一文字に結ぶ金髪の少女がいる。万全のヨヌアと組んだ彼は、より強い。
そのときだ。青い光がふわりとドラクシエルの分身の前に現れ、撫でるように刃が飛ぶ。ラディアは顔を引きつらせ、反対にトスカはもう見たとばかりに一瞥だけして戦いに集中した。
『泥を塗った罪を償いに参りましたぞ、アデス団長……!』
『今、新しき王に名誉を捧げる――』
青い焔に再び力を譲渡された戦士が、戦場に戻る。かつての総司令官は声を大きく宣言し、その背後で青白い矛神騎士の鎧姿が雄たけびを上げる。
そして馬に乗った魔兵の亡霊が、宙を踏みしめて槍を掲げた。洗脳され狂乱の果てに、望まずも同胞に討ち取られた者たち。
どちらも組織の名誉挽回のため、せめてもの罪滅ぼしをするため、力を使い果たす場所を見つけたのだ。
アデスは、ドラクシエルの分身が二体出現した理由に確信した。総司令官の魂の残滓が、空間に入り込んでいる。儀式に参加した、呪われた者が二人いるのだ。
死んでも戦いにしか頭の働かない奴だと、軽くしかし寂しげに笑って。その後に利点へ考えを巡らせた。
分身を倒すほど、本体の喉元は近くなる。矛神の悲願は、夢物語ではなくなる。
「この機を存分に利用させてもらうぞ、亡霊ども……!」
アデスはぶんと剣を薙ぎ、ドラクシエルの分身の足を切り裂いた。それを皮切りに、双子神教の戦士たちは群がるようにそれぞれの得物を前に突貫した。