【一巻発売中】裏切りや絶望が溢れるゲーム世界で、鬱展開全てぶっ壊す 作:棘棘生命
また9/22から「エドワルドの一年目」について、番外編を投稿していきます。
闇に紛れる
人通りの減った深夜。永久に凍ったままだと思われていた雪国に、生温い風が一つ吹く。かつて大陸を防衛するうえで行使された、観測された巨大氷惑星を象った技が、当人の手によって解凍され始めたからである。
徐々に雪解け、十数年経てばシウゼヴァクの生態系は二極化しているだろう。環境を崩しきらず、一部は古き良きゼシニスと同じように。
そんな僅かに変化を伴った静寂に、デウィーレの窓から転がり落ちるようにして外出する一人があった。眠り込むまで監視に励んだ幼子と白髪の友人に気づかれぬように。彼は、鎧も着ぬ粗布の一枚で体を震わせる。
吐く息は牙と爪痕に歪められた隙間から出て、白色に染まる。
「……寒いな」
ただ一言、当然の感想もこれからを思えば彼は多くを含ませていた。
エドワルドは考えを変えた。いや精神の不調から回復し、冴え渡った思考によって「戻った」のだ。己の未熟を認めてから改善をしなければ、ずぶずぶと楽な方へ浸っていくと。甘えた考えを受け入れる他者が、己の周りには随分増えてしまったとも彼は思った。
肉体が幾ら刻まれ、血を失っていようとそれはエドワルドにとって普段通りのことだ。夜一人で戦っていた時と然程変わらない。「月」も碌に扱えぬあの頃と何も。
泊まっていた宿でも王城でもない何処かへ向かう彼の背中を、天ともう一つの人影だけが見つめている。
程なくして彼は、耳をすませば断続的に金属音が響く屋の裏口を叩いた。ただ拳をぶつけるのではなく、音楽を奏でるように複雑な「合図」を響かせる。すると抵抗なく重いそれは開かれ、返事があった。
「何で、そんな薄着なの。……入って」
寒空の空気を思わせる涼し気な少女の声がして、すぐに男一人を通せるくらいの隙間があく。
そこは、シウゼヴァクにとって要とも言える軍事施設。市井にも門戸を開いた鍛冶工房の、その最も古い施設だった。
エドワルドは頭を軽く下げてから、隙間をくぐる。
追う影もそれを視認してから、誰にも気づかれぬよう別口をするりと抜けた。
◆
眠っていた時間は三日にも及んでいたと、友人たちから聞いた。目覚めてからデヴィーレの一室に拘束されていた時間は、今日も含め七日も経っている。
ラディアやオズなどの知人友人は言わずもがな、帰りも同行するミウの傷も良くなったというのにだ。皆の準備もできているのにも拘わらず、俺一人が原因で延期させてしまっている。
双子神教の二人も同様である。意外なことにラディアは、アデス団長に直接休暇を願い出たのだ。自身の鍛錬を何より優先する彼女が何もせず、椅子に座っては数分外に出ることを繰り返すなど。ラディアは瞑想も修行に取り入れているため、何もしていないように見えて、向上に励んでいるのかもしれないが。
此度の遠征においては、双子神教の雌雄を決す目的が対外的にあったが、真の目的は違っていた。
それは儀式の完遂であり、矛神教および守護ヴァルミ教が今まで何者に縛られていたのかを明らかにすることだった。
これは俺の部屋までわざわざ訪問してくれたアデスが、人払いを済ませた後語ってくれたことだ。彼曰く、矛神の協力者でありドラクシエルの分身を討った俺は知っているべき事象だと。
『――謝礼は弾む。口先だけの詫びや感謝より、形あるもので返さねば。貴殿の道中が滞りなく進めるようにな』
俺はそのとき、らしくもなく頷いていた。俺に渡すよりも自国が潤うようにと辞退するのが筋だ。
しかし何故断れなかったのか整理してみれば、ドラクシエルの分身との戦闘後、ぼんやりと思ったことが挙がる。
上位種の手に渡れば危険な武装を持ち歩くのはリスクがある。また武装をもし破壊されれば、一気に継戦能力が落ちる危険性があると俺は思っていた。それでもリスクを取らなくては、上位種に勝ち切れないと痛感したのだ。
アデスからは守護ヴァルミの技術の結晶たる「翼」だけでなく、武具と「足」も頂くことになった。保存のきく銘菓や食料もおまけしてもらっている。
「足」とは、ラーマイマの厳しい自然を生き抜く強靭な生命。シウゼヴァクの街路で、冒険者が乗りこなしていた「地鎧竜」だ。体に見合わぬ、小さくくりっとした目が愛らしい。
ケルがそれを知らされた三日前には、数時間竜の話題になるほど喜んでいた。最近戦続きだったせいで表に出てこなかった彼の笑顔を見ることができて満足である。
しかし、双子神教とは別に懸念事項がある。リシディア教についてだ。
オデットら鈴声の聖者たちは治療のためしばらく滞在するようだが、場合によっては任務が終わってもシウゼヴァクからの帰還を延期すると、ハルランに願い、リシディア教徒にも伝達したらしい。アイナにはその真意を、俺が治るまでシウゼヴァクから離れないつもりだということを話したそうだ。
水面下で俺が解決できない問題が動き始めている。吞まれれば、上位種との戦もままならないほどの泥沼に。
大方「車輪」のことが理由なのだろう。俺が考えていたよりも、聖典にある記述は重かった。俺が得た力は、強力な武器であると同時に厄ネタだったわけだ。
空に打ち出す性質上、行使したことが一目瞭然になる。今後は使いどころを考えなければならないだろう。
リシディア教へ本格的に関わり始めるのは危ない。これ以上有耶無耶にしてきたことへ白黒はっきりつけられると、俺が知らない拘束するための権力を持ち出される可能性がある。
無駄に目立ってしまったため、俺が付けてきた力が悪用されることもあるだろう。リシディア教の派閥のどれも明確な悪ではないが、しかしどれか一つが力をつければ有権者同士の争いは更に醜く変容する。政争もまた、「バックスタブレイブ」においては、人類の破滅の象徴なのだ。
戦術や今後行動するうえでの改善点はどんどん思いつくのに、他でもない友人たちに四六時中見られていては、書き留めることも不可能である。
加えて彼女たちを前に考え込むのも悪手だ。俺が分かりやすいのか、彼女らが聡いだけか。何か彼女らにとって不都合な事をやらかす度、部屋にいる皆が俺のことを注視するのは心臓に悪い。
目を離せば余計なことをすると、友人たちは思っているのかもしれない。正にその通りだ。
後で何を言われようが、早々に動ける事を示さなければならない。エドムンドが見ている前で、彼の古巣の政争に巻き込まれてはいけない。これから起こり得る悲劇を一つ一つ残さず摘み取るためにも、時間は無駄にできないのだ。
「――はい、火酒入りの乳だよ。ゆっくり飲んでね」
「助かる……皚炎を灯そうにも、すぐに気づかれるだろうと思ってな。実のところ皚炎というのは、寒さを感じさせなくさせてくれるらしい。あらゆる感覚が鈍くなるというか……」
「ふーん、そうなんだね。友達とずっと一緒にいたのに、話し足りないみたい」
「……すまない、貴女にはどうでもいいことだな。突然押しかけて、申し訳ない」
鍛冶工房の灯りが一つだけついて、内部構造が明らかになる。俺の前に、火傷するほど熱いミルクを持ってきてくれた人の顔も。深紅のぱっちりとした瞳が、無感動に俺を見下ろしていた。
背丈が俺より少し低いくらいの高身長であるが故に、尚更威圧感がある。機嫌を損ねてしまってはたまらないため、俺は彼女に平謝りした。
「いいよ。それで何か用?」
引かれた椅子に腰かけた俺の前に、どしりと音を立てて座る。肥満では決してないが、彼女の女性として恵まれた肉体は鍛冶仕事によって更に重量感を増していた。ここの室温は丁度良いとはいえ、彼女も大概薄着である。
彼女の名前は、フルールー。過去、トスカを守護ヴァルミに連れて行ったときや、シウゼヴァク付近の裂け目を対処しに来たときなど、何度か世話になった鍛冶師だ。
表情が殆ど変わらないため、トスカよりも分かりづらい。しかし知人としての関係性は築けているつもりだ。
作中では廃墟と化した鍛冶工房にぽつりと、死蝋化して残っていたため、知り合ったとき点と点が繋がった気分になったのを覚えている。彼女の装備*1は形見屋のマローが販売しており、その生涯を垣間見ることができた。
そして今。モユヌエの話を信じるなら、彼女は俺の装備を修繕してくれているはずだ。
だが俺はフルールーから装備を受け取りに来たわけではない。思いつくことを試すならば、別の防具をと。
俺がそのまま要件を伝えると、フルールーの眉が僅かに曲がった。彼女の指が桃色の長髪に沈み、とんとんと叩く。
次に彼女は言った。モユヌエからの依頼は国家の依頼。国に属していなくとも俺の扱いは特殊であり、今まで通り自由に依頼を受けることはできないと。
「被っている鉄兜。それなら追加で直してあげられるよ。でも国の意向には逆らえない」
「そうだよな……」
「そう。黙っていてもいいって思えるほどのモノがないと」
「…………」
フルールーの回答を聞いて肩の荷が少し降りる。彼女は言葉に含みを持たせない。言った通り満足が行くモノを渡せば、動いてくれるということだ。
他の人ならただ突っぱねるだけだろう。また人の優しさにつけ込んでしまった。
難しくはある。彼女はシウゼヴァクの要である鍛冶師の中でも、歴史の長い工房の主だ。使える資源も、動かせる金も、旅をしている俺とは比べ物にならないほど自由だろう。だがどうしても、雪国故に流通は細くなる。
「なら、貴女に食材を送ろう。リューン近辺にしか生えていないコナヤシュの果実*2だ」
「……それ。本当に、約束できるの?」
フルールーの、淡々とした淀みない調子が一瞬詰まる。良い反応だと、俺は続けた。
「あそこには伝手があるんだ。必ず届ける」
「そっか。こういう約束は守る人だよね。なら、取引成立にしてあげる」
すんなりとフルールーは頷いてくれた。大食いかつグルメな一面は、知り合って分かったことだがどうやら正解を引き当てられたらしい。
少し前まではジェロムしか頼れなかったが、今は彼の息子や孫もいる。モユヌエの手を離れた以上、越境を通しての連絡はスムーズに行えると思いたい。危うい場合は、別口で連絡すればいいだろう。
彼女は流していた桃色の長髪を一つ結びにすると、服にしまい込む。そして椅子の近くに置いていた仕事道具をむんずと掴み上げた。仕事を始めるようだ。
そのときだ。俺の肌を伝って突然、フルールー以外の魔力が感じられた。魔法「感知」を行使すれば、それが俺の背後に回り込んでいることもすぐに分かる。
隙を晒したか。俺はフルールーを庇うように立ち、いつでも戦える構えでその正体を探った。
どす黒い憎悪が魔力に巡り、気配にまで発散されている。俺はその在り方に、気を緩めずとも安心感を覚えた。
「黒血絶ちか……」
「無断侵入。あなたのお友達なら、厳しく言っておいてね」
「肝の据わった女だ。ククッ……そうでなければ、大国の技術屋は務まらんか」
「本当に、寛容な人だよ。……貴方の話を聞こう。すまないフルールー、場を貸してくれ」
「うん。金打ちの邪魔しないなら、好きにして」
フルールーは薄着のまま、防護マスクを被り金槌を叩き始める。彼女の装備は、生身に火花が散ったとして術式によって防護膜が張られているため安全だという。それでも傍から見ればひやひやすることは変わらないが。
邪魔にならないよう俺は、影に隠れていたその男性に歩み寄った。
そして気づく。彼とは、装備こそ違うが以前会ったことがあると。リフォニアの「学院」近くにある町、騎士の詰め所で異彩を放っていた、リシディア騎士が浮かぶ。
彼は俺のつま先から頭頂までを見渡し、腕を組む。その装備は、どの国の兵装とも違っていた。
フルールーにも聞こえないよう「感知の阻害」を行使してから、口を開いた。
「……先日リフォニアでは助かった。貴方方の協力で潜伏していた邪教徒を炙りだせた。表立って礼を言うことはできないが、この場しか機会はないだろう。改めて感謝する」
「当然のことだ。まだまだ屑はのさばっている。腐った肉交じりの土には、蛆も湧いていたようだ」
「それは虫の化物のことか。……親玉はこの世界から消えた。組織立って残党が動いても、影響は少なくなっていくだろう。長い物に巻かれたい奴らばかりだからな」
「僥倖だな。鼠らしくその手の情報はすぐに回る。『束ねられた腕』も消えた。土くれどもは一段元気をなくしているだろうさ」
怪しく嗤うと、彼は本題に入る。まずこのシウゼヴァクの統治者となったハルランと、モユヌエが果たして「人」であるか。次に俺が望む、第二の身分についてのあてを。
俺も丁度、黒血絶ちに用があった。マローから購入した彼らの宝を、ようやく返せる時が来たのだ。
俺たちは腰を据えて話し始める。やはり建設的な話は素晴らしい。
「――ギルヴェールだ。リシディア教にはバーナードと……だが、最早これを使うこともあるまい。再利用したいというのなら、長の命に従って貸し出しても構わないがな」
意匠が潰された黒金の兜*3を触りながらも、彼は秘密を俺に明かす。
俺の友人であるナタリー、彼女の弟子ハバキ、死人の二つ名に続く四つ目。黒血絶ちにとっては弱みともいえるそれを。
◆
重傷を負っていた男が部屋から姿を消すまでの一部始終を、丸々とした鎧を着こんだ少女はしかと見ていた。止めることもせず、見ているだけであった。咎めるなど、無粋な真似をするつもりはなかったのだ。
トスカは、すうすうと寝息を立てるミナとケルを起こさないよう慎重に跨ぎ、窓を閉める。それから同じく部屋の片隅で、単なるモノの如く固まっている鎧の傀儡人形を凝視した。一片の異変も見逃さないとばかりに、暗闇の中で見つめ続ける。兜を脱ぎ、空色の瞳を人形の頭部に付くほど近づけていった。
エドワルドは、人形の中に移った亡霊たちを説得してから実行に移した。故に長年彼の背中に張り付いてきた者は皆、待つのみだ。
だからこそ、トスカの行動は亡霊たちにとって予想外だった。そして一部にとっては予定調和と言えた。
トスカは数日前、初めてエドワルドの素顔を見たのだから。
彼女は囁きかける。
「……だんまりを決め込んでもダメですよ。そこにいるんでしょう……兄さん」
『…………!』
ぶるりと小さく、鎧の人形が震える。エドワルドの突発的な行動で、向き合うことを後回しにしてきた彼は突然、逃げ場をなくした。今までは対話する手段さえ無かったのだ。ある意味気楽であった。
こういった、人間関係で追いつめられてから慌てる点において、エドワルドと彼はよく似ていた。
エドワルドが戻るまでには、まだ数時間はある。トスカと、人形の中に宿る他のリシディア騎士たちから静かにかけられる圧力に、彼はついに頭を垂れた。
少女の鉄面皮は崩れず、静かに涙だけが零れる。忘れていた胸が張り裂けそうな痛みに。エドワルドを想う情念とは違った、懐かしい温かさを感じて、ようやく雪が解けた。