【一巻発売中】裏切りや絶望が溢れるゲーム世界で、鬱展開全てぶっ壊す   作:棘棘生命

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虚像の騎士

 何を以て、人と怪物を隔てられるのか。間違いなくそれは体内を流れる腐った黒血だと、上位種をよく知る者は答える。触れれば生ける屍「尖兵」へと人類を直接変えられるほどの猛毒。

 故に、黒血は魔力で浄化されるのだ。予防もまた戦術の一つである。

 

 ギルヴェールは、黒血絶ちの長である鎌鼬から事が分かるまで潜伏を命じられた。ハルランの本性が、果たして人類に利するものかを。

 シウゼヴァクには危険な存在が集まっている。長年の観察眼を信じ、排除すべきかを判断しなければならないのだ。例え、己が身を捧げてでも。

 

 ギルヴェールは「黒血絶ち」の掟に忠実な男であった。しかしギルヴェールは己の中に人とその他を分ける基準を設けていた。人の域を脱した思考回路は、もはや上位種と違わない。任には無かった、モユヌエのことも標的に含めていた。

 古い猛き戦士は、人の枷を外した「怪物」である。巧妙に隠してこそいるが、ハルランとモユヌエの肉体は上位種に間違う異形の相が生えている。モユヌエの中には僅かに、古き蜘蛛「肉吊りのハウガ」の魂が残っているのだ。

 

 まずハルランだ。虫の襲撃の際に居合わせ、竜纏いの巨人の指揮を間近で観察したため、外聞は取り繕っていることは分かっている。しかし取る戦術が、あまりに効率的過ぎる。戦力を数としてしか捉えていない危うさがあった。

 次にモユヌエ。越境を立ち上げて籠り「大母」とまで言わしめた老女が、今組織に縛られず行動できる立場にある。各地から強力な戦士や術師をかき集めた騎士団まで作り上げた。常人とは違う時間を生きていることから、耄碌しているとすれば、人類の裏側に生きる者たちを増長させる可能性もある。

 

 

 加えて「青月」エドワルド。ギルヴェールからすれば、これまでの貢献からしても監視し続けなければならない「人間」だ。

 蟲の群れを殺し尽くし、更には半月ほど前矛神教に寄生していた上位種までほぼ単独で撃破している。リフォニアでの戦闘ではこれほど圧倒的ではなかった。最早単体戦力で、この騎士の抑止力になれる者はいない。

 

 

 そんなギルヴェールの疑念にも気づかず、エドはハルランたちから聞き及んだこと直接探って得た情報を明かす。異なる魂を融解させる秘術についてを。

 

 エドという男は、この大陸において最も組織として「黒血絶ち」を信用していた。妄信といってもいい。

 

 上位種や連なる邪悪への憎悪は、欲の中で最も純粋だとエドは考える。大切な記憶の殆どをこの世界に「適応」する過程で無くし、不純な欲望入り乱れる世界の陰鬱さから何者も信じきれない。

 いつ裏切られても良いように準備をする彼にとって、一貫した容赦の無さと組織の結束は、憧れとも呼べるものだった。

 

 故に交わした言葉は少なくとも、同じ信念を持つ者として言葉を崩すことに躊躇いはない。シウゼヴァクの防衛の一助をギルヴェールが担ったと知れば更に。

 エドは己が間に合わなかったからなどという傲慢は捨てるべきだと思った。彼ら一人一人の尽力が、十数万の人々を生かしたのだから。

 

 

「――二人の血は正常だ。古い時代の戦いにおいては、手段を選べる状況に無かったらしい。異形となることを厭わない覚悟が」

「だが確証は必要だ。奴らの血を得さえすれば、長も納得されるだろう」

「なら共に行って、貴方にも見てもらおう。小細工無しで一戦交える。……あちらにとっても、俺も腕慣らしには丁度良い機会だ」

 

 

 エドの提案に、初めてギルヴェールの調子が崩れた。そんなに意外なことだろうかと、エドは首を傾げて尋ねる。彼にとっては合理的な判断だった。

 魔法を交えなければ、把握できない事の方が多い。ハルランを過去の幻影だらけの魂のコテージから引っ張り出したときは、単なる対話だった。それも生身でもない特殊な戦場だ。

 今一度ハルランの実力を確かめるには良い機会だろうと、エドは考えていた。それは己の影響力を理解した上での、挑発的な態度であった。

 

 ギルヴェールはエドの傷だらけの兜を覗き、口端を吊り上げる。シウゼヴァクの街路で、女性たちに構っていた時の物憂げな表情とは違う。

 大陸の外側に腐るほどいる上位種たち相手に逃げも隠れもしない、必ず滅ぼすという昏い炎が宿っている。

 

 

「……ほう。飢えているな。軟禁生活は余程堪えたようだ」

「ああ、そうみたいだ。それに……ハルラン殿は、矛神の儀式で観戦に励んでいたからな。その成果を直接見せてもらわなくては」

「ククッ……腹に据えかねるにしては、甘い報復だな」

 

 

 エドはギルヴェールが話に乗ったことに対し嬉しそうに頷いた後。彼が次の話題へ移す前に手で制し、雪原で拾われた宝について話した。

 腰にぶら下げた小さな袋から出し、ギルヴェールに見せる。マローから買い取った「虚像の鏡篭手」はいつでも返せるよう簡易的な麻袋に入れていたのである。

 

 ギルヴェールはその宝物を照らして、一瞬息を呑む。黒血絶ちに迎合した亡国の王子が、組織に捧げた秘宝。三代前の鎌鼬と呼ばれた人が、最も扱い方を知っていた。

 彼は掟を脳内で諳んじ、受け取りを断る。組織外の手が加わった品は、捨て置くのみだ。

 

 

「終ぞ、見つかる事は無いと思っていたがな。……黒血絶ちの手から離れた武具は、破壊するか得た者の物だ。有効に使うがいい。姿を偽るには入用だろう」

「……確かにな」

「そこの女にでも預けてみるのはどうだ。鎧に細工をするより、早く済む」

「うーん……追加で依頼するか」

 

 

 エドは手甲を袋にしまい直すと、一旦待っていてくれとギルヴェールを留め、フルールーへ頭を下げに行く。防護マスクを上げた彼女は不機嫌な顔であったが、素材としてそれを渡すと興味深そうに仕組みを解析し始めた。

 己の物となったら迷いなく、目的のために消費する。その思い切りの良さを、ギルヴェールは面白がった。

 知るほど、同胞に相応しい。

 

 

(……老いぼれた怪物の血を拝むとしよう)

 

 

 エドが再度椅子に腰を降ろしてから、ギルヴェールは証拠となる鮮血と引き換えに、隠れ潜める身分を渡すことを条件とした。続くエドの計画を静かに聞く。約束を取り付ける場所は、周囲に誰もいない早朝。

 

 しかし二人はまだ気づいていなかった。建前などなくとも、ハルランとモユヌエはエドのために喜んで血を差し出す。エドの負った傷は、それほどまでに彼女らの思考を揺らがせていた。

 

 そしてこの淀んだ感情はハルランとモユヌエに限った話ではなかった。

 

 

◆

 

 

 ハルランのために設けられた私室にて、三名の女性が丸机を囲っている。その内一名は作り物の身体であり、仕えの人形師の術によって遠隔で言葉を交わしていた。

 生まれてすぐに目を潰され、モユヌエに保護されてから彼女のみに忠誠を誓った女性である。口が堅く、会談に術師として連れてくるにはうってつけの人材だった。

 

 

『――わたしのせいだ。わたしがエドに黙って……。ううううう……』

「まあまあ。今更、後悔など遅い。こうなる前にエドワルドに吐き出してしまえばよかったのじゃ。あやつが言うには、お主が最も信頼できる友らしいし? 婆の泣き言にも温かく対処してくれたじゃろう」

『……友人なんて、もう名乗れる資格はない……』

「はああっ……面倒くさい女よな。……お前、そんなことをあやつにほざいたら妾が直接殴ってやるぞ」

 

 

 傀儡人形の瞳から涙が出る機能は搭載されていない。くしゃくしゃになった表情と、舌の回らないまま喚く口が、リィートイの現在がどうなっているか物語っている。

 彼女はエドがルヴネトを離れる前から、激しい罪悪感に襲われていた。自分と同じ時間を生きてほしい。この一時の欲望に身を任せ、彼に選択肢を与えなかったことの罪。

 

 エドに拒絶されることを恐れ人形越しでも言い出せずに誤魔化し、日を追うごとに自責の念は強まっていった。

 謝罪するならば生身でと。そう決心した時だ。エドが重傷を負ったと知らせを受けた。

 

 因果関係は無くとも、リィートイは己の欲に任せてしたこと全てが彼を死に近づけたと思い込んだのである。仲間の死は、彼女の凄惨な過去に結びついている。

 罪悪感とトラウマで、鍛冶仕事どころではない。

 エドが目覚める前からずっと彼女はモユヌエと繋がりを保ち、胸から込み上げる喪失感に耐え切れずにいた。

 

 モユヌエは在りし日の、心が壊れていたリィートイを思い起こす。酒を飲んで、酔いが醒めたら頭をかき乱して泣き叫ぶ。そのときと比較すれば、意思疎通が取れる。

 以前はモユヌエが慰められたが、友人の心身の健康はエドワルドにかかっている。厳しい言葉を投げ、

 

 顔を小さな掌で覆っては手の甲で拭うリィートイの人形へ、ハルランが告げる。

 

 

「悪かったとは言えない。君がエドワルドくんに託さなければ、先のミグゥニとの戦にも向かわせられなかったんだ。しかし……私が余りにも考えなしだった。何故あんなになっても動けた……? 苦しみを表面に出さないで……」

「あやつは一人で戦ってきたのじゃ、ハルラン様。記録でしか知らぬ妾が言えたことではないがの」

「……もっと知らないと。魔力循環だけじゃ足りない……彼に限界まで戦わせてはいけない」

「ふむ。……今宵も、建設的な話は出来なさそうじゃの」

 

 

 ハルランは机に突っ伏して両方の角を握り、蹲るようにして思考を始める。彼女もまた罪悪感があった。儀式の際、無意識に楽観視していたのだ。エドから迸る魔力は、瀕死のそれとは全く違っていて不死身を思わせた。

 一度手合わせをして、魔法「蒼月」を見出す前のエドの実力を知っていたからこその誤り。ハルランは己を呪いながら、仕えたゼシニス王の偉大さを思った。

 幾ら国の交易を任されていようと、ただの魔法学者が王としての聡明さなど持ち合わせていない。だからこそ己の武器である知恵で、これからを補うために必死で考えている。エドや生還した臣下たちへの償いを。

 

 机を囲む二人が使い物にならないことを理解し、モユヌエは大きく溜め息を吐く。茶の入ったカップを傾け、一旦気持ちを整理しようと含んだ瞬間、思わず咽た。

 デヴィーレからエドの反応が消えている。

 

 

『モユヌエ……? ど、どうしたんだ……』

「ごはっごほ! ……いいや、何でもないのじゃ! すまぬが、少し席を外すぞ。ジャスミンよ、そのまま人形は動かしたままじゃ」

「承知しました」

 

 

 意識していなかった魔力探知の網を再び見直し、二人へ声をかけてから部屋を抜け出した。

 用を足すふりをして、すぐさま王城の外へ走る。一瞬だけ出現したエドワルドの魔力を確かめ、必死でそれを追跡した。

 

 

 そして、デヴィーレの近くに再出現した魔力にばっと飛びつく。彼の身体はまだ屋内の熱を保っていた。

 

 

「はあっ、はああっ……あ主、この! 勝手に抜け出しおって!」

「く、ばれてしまったか」

「阿呆! お主は本当に、大馬鹿者じゃあ……!」

「……申し訳ない。しかしそんなに――」

 

 

 張りつめていた糸が切れ、モユヌエの頬に涙が流れた。嗚咽混じりの叱責と共に、エドの胸を力無く叩く。

 

 その後エドは朝陽が昇るまで、モユヌエを慰めることとなった。戻ってこない彼女に不安を覚えたハルランもまた、市街へ注意を向ける。

 しばらくして、エドと共に戻ったモユヌエから彼の望みを聞かされるまで償い方を探し続けた。

 

 

◆

 

 

 ギルヴェールとの取引に加え、フルールーの打った装備が完成するまでの期間を教えてもらった後。

 二人と別れ、儀式で協力してもらったマローへ感謝を伝えようと思ったが、借りていた部屋はもぬけの殻だった。申し訳ない気持ちでいっぱいだが、後で越境経由でひたすら礼を尽くすとする。

 

 そのため残すところはこっそり戻るだけだったのだが、俺の不手際が露呈したことでモユヌエの怒りをぶつけられることになった。

 誰もいないデヴィーレの一室に連れられ、鍵を閉められる。そこまでする必要があるのかと思ったが、彼女の怒りで真っ赤になった顔を見れば、黙るしかなかった。

 

 身構えていると、モユヌエの口から飛び出た言葉は予想とは違っていた。俯きながら、彼女はぽつりぽつりと感情を零していく。これまで俺に対してどう思っていたのか。儀式の後の顛末についても。

 

 

「すんっ……エドワルドよ。本当はな、うちは行かせとうない。……安全と言えぬ。じゃがミグゥニを潰して、脅威は減った。ハルラン様や双子神教の戦力が近くにおる。……お主を手放したくないのじゃ」

「そこまで言っていただけるとは……。ここにも随分と話せる人が増えて、居心地がよく思えてきました。しかし俺は、何処にも定住するつもりはありません」

「なに……ルヴネトにもか……?」

 

 

 モユヌエは顔を上げ目を見開いた。しかし驚愕というよりは、ある程度俺を予測していたようだった。

 

 

「ええ。中央を仮の拠点とすれば、大陸の防衛が効率的になる。それに、温かい場所に身を置くと鈍ってしまう。気にせず戦を忘れられるようなことは、生涯ないでしょう。これは他には言わないでいただきたい」

「そう、か……。……分かった。お主の友には言わないでおく」

「有難い」

 

 

 それから俺はモユヌエに願い事を持ち出す。血を見せてほしいと望むのは疑いではなく、シウゼヴァクが安全だと示すためだとも。

 するとモユヌエは、息を整えると信じられない行動に出た。すぱりと指の腹を切り、俺に見せたのだ。ぷくりと真っ赤な血玉が出来る。

 

 

「のう、エドワルド。うちをリィートイと同じように思ってくれぬか? 血なんて幾らでもやるから――」

 

 

 指を見せながら、彼女はゆらゆらと近づいてくる。明らかに異常だった。

 しかし殺意は見えない。何も出来ずに立っていると、ひゅるとモユヌエの腰から音が鳴った。それは紛れもなく糸だった。服で隠れていた腰に、少し盛り上がっている器官があるのが見えた。

 俺の体を凄まじい速度で巻き取り、モユヌエはにっこりと笑みを浮かべる。

 

 

「お主を褒めてやりたいと思っていたのに、何もしてやれていなかった。……うちに身を預けよ。少しだけ、な」

 

 

 意図は掴み取れない。だが共に戦ってくれた「友人」がそういうならば。偉大な戦士が俺を友と認めてくれるなら、俺も返そう。

 呼吸を整え、モユヌエが近づいてくることに緊張しないよう肩の力を抜く。俺に腕を回した彼女の、小さな体躯が真っ青に燃えた。

 妖しい雰囲気とは裏腹に、炎は心を落ち着かせていく。俺はモユヌエの言う通り、少しの間だけ彼女に身を任せた。兜の裏に仕込んだ、偽装の支え*1に気取られないように。

 

 生涯で三つ目に持つ名前は決まった。

 ランドル。欠員となっていた、戦士の名前を。

*1:
魔兵の鏡面飾り:心臓の王の囁きに狂わぬよう刻まれる印。特定の魔力を通すと、霊体からの干渉を弾く

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