【一巻発売中】裏切りや絶望が溢れるゲーム世界で、鬱展開全てぶっ壊す 作:棘棘生命
シウゼヴァクの王都を出てから数日。
朝陽を浴びながら、雪道の終わりを見る。行きでは考えられないペースである。地鎧竜は、見た目に反して素早かった。実際に手綱を引くまで全く知らなかったことなのだが、この種族の翼は非常に小さいのに低空飛行程度なら可能なようだ。
今もぱたぱたと懸命に翼を動かし、竜車を引いてくれている。俺が正式に譲ってもらった子なこともあって、日々のふれあいですっかり愛着が湧いてしまった。
ルヴネトに着いた後、身軽で動くためには地鎧竜と離れることになるだろう。どこに行くにしても、竜が曳いている荷車は目立つ。勘付かれないように要因は排除せねばならない。
作中ではラーマイマの廃墟化もあって敵モブとして戦うだけだったが、プレイヤーの間ではずんぐりむっくりとした愛らしさで人気を博していた。俺も有志が作った模型を買いに行ったものだ。洋服を着た人々が集まる場所を思い出して、ため息が出る。
(……何で、こんなことは覚えているんだろうな)
「もう少しで国境か。良かったな、肉も沢山食べられるぞ」
『オオオ……』
俺にはもっと、大事なことがあったはずだ。こんな些細な事より、忘れてはいけなかった思い出が。
気分を紛らわせるため、今日で何度目か地鎧竜に声をかけてみる。通じたのか、頭を少し傾けてから低い唸りが返ってきた。
俺の横に座るカーディが、地鎧竜の分厚く短い尻尾をちょいと掌で触った。地鎧竜が嫌がるそぶりはなく、竜の扱い方をよくご存知のようだ。
「よしよーし。エドワルドさんって竜にも好かれやすいみたいですね! こーんなに嬉しそうな鳴き声、山でも聞いたことありません」
「通じ合えたようで嬉しいよ。カーディさんたちは、ラーマイマ山稜の麓が拠点だったな。双子神教徒とも結構関わりがあったのか」
「そうですね。それに物資の運搬にこの子たちは欠かせませんし、人形師も十数頭は保有していましたから、竜については詳しいですよー! それもこれも大母様のご支援あってのもので」
カーディはにこやかに、両手を合わせて返す。
呼び方を変えたのは、彼自身に願われたからだ。敬称が固いと距離が縮まらないとカーディは言った。彼はロオファのような演技ではない、人懐っこさを持ち合わせているようだ。
「なるほど、馬では越えられないものか。山越えするときは竜に助けてもらうことなく、自分の足頼りだったからな……」
「そーなんですか!? 二人連れですと、大変でしたでしょうね。えーっと、へへ……その辺りのお話も詳しく――」
彼は卑屈な調子で笑うと、俺に質問攻めし始めた。その度、分厚い紙の束を取り出して俺の話を書き留めていく。そう、彼は朗らかではあるが必要以上に下手に出るタイプなのだ。幾ら大層な呼称をつけられても、俺は根無し草だ。
リィートイの力を借りてルヴネトの騎士になる予定ではあるが、俺に対して下手に出る意義はない。
それに「バックスタブレイブ」の知識ならともかく、俺の過去など記しても何の意味もないように思う。
彼のような明るい人でも、知り合いがいないのは落ち着かないらしい。専ら俺の隣に座り、移動中はこうして雑談をする日々を過ごしている。
行きでは御者役が交代制だった。今は俺とカーディが代わりばんこだ。話す相手も固定されるというものだろう。
しかし数日間を共に過ごすだけでは、打ち解けるのは難しい。夜は人形術の指導を受ける立場であるため、当たり障りのない話が多く、カーディ側の話をあまり聞けていない状況だ。
作中とはまるで違う性格の彼のことを、上辺だけではなく是非とも知りたい。どれだけ体を汚しても、主人公の勇者に使命を託した人物。その熱情は、今所属が違くとも確かにあるはずだ。
ついでに人形師という集団の詳細も。
背後から、三人の楽しそうな声が聞こえてくる。やはりミウは、天性のムードメーカーと言えよう。感情の殆どが動かないトスカでさえ、巻き込める力を持っているのだから。
それは幾ら鍛えても手に入らない、必要な才能だ。俺では場を取り持てない故に、尚更その尊さが感じられる。
改めて、ミウが遠征に同行してくれたことへ感謝したい。そう心から思った。
◆
布で幕を張られた荷台に座る三名の会話は、楽しいものだとは言い難い。
三名とも体を動かすことが好きであるため、如何に時間を潰せるかに重きを置いているためだ。エドワルドと同行しているという安心感も相乗した。
簡単なゲームも飽きれば、多くを知らない者同士、身の上話が始まる。
そして成人して間近に「壊れ」、継ぎ直しても人との距離を遠慮しないように変わってしまったトスカの勢いは止められない。つられてケルとミナも、深い部分までを話すことになった。
その一部始終を、亡霊の器となった傀儡が黙って聞くことになる。
「ほうほう……やはり、わたしの目に狂いはありませんでした。ミナの立ち回り方は参考になります。師匠を再びわたしに夢中にさせるためには、真似すべきアプローチです。ケルも参考にするのが良いと思います」
「……ぐっ。何でそういう感想になるの。……ケルちゃん、気を付けてよ。冗談ばっかり言う人には特に!」
「心外です。わたしは何時でも真剣ですよ」
「あはは……。大丈夫だよミナお姉ちゃん。トスカお姉さんは酷いこと言わないもん……」
ケルはぼんやりと返した後、右瞼を指で擦り瞬きをする。ミナがそれに気づき、毛布を取り出した。ぽんぽんと布越しにケルを軽く叩き、眠りを促す。
「疲れちゃったよね。また町に着いたら起こしてあげるから」
「うん……」
瞬きの回数がどんどんと減っていき、ケルはやがて寝息を立て始めた。ミナとトスカは顔を見合わせてから、次に荷物に背を預けた形で固まっている鎧に視線を向けた。
行きの馬車でケルは、長らく亡霊の対話を行っていた。現在もそうだ。
亡霊も含め好きな人たちと旅ができるのは楽しく、昼も夜も起きていようとして寝不足気味になってしまうのは、幼子にとって自然な成り行きだった。
「……霊視の力が無くとも、言葉を交わせるようになったわけです。生者と話したいというなら、昼にしてください。分かりますよね」
『…………分かっているよ。だがこっちも事情というものがあって……』
「信じられない。ケルちゃんは育ちざかりなんだから! その中に沢山いるんでしょ? 夜も幽霊同士で話してればいいのに」
『はは……手厳しいな』
ミナは目を細めて、動かない鎧の人形、「鎧傀儡」を睨みつける。トスカもまた、平坦でありながら先程よりは低い声音だった。
体を動かさないまま柔らかい男性の声が兜の隙間から出て、残響が残るような調子で鎧傀儡は苦笑した。
彼女ら、エドワルドを除く旅の連れ合いは鎧傀儡から情報を得ていた。亡霊たちがこれまで憑いてきていたことを知ったミナが、積極的に聞き出したのだ。エドワルドが自分から開示したがらない、肉体の秘密を。
当然ミナはショックを受けた。しかし人の機敏を察することに長けた彼女は、話したがらなかったわけも理解できた。人に信頼を預け、その繋がりが断たれることを恐れるのは、情の深い者ならよく見られる傾向だ。
ミナもまた、己のくだらない癇癪で関係性を崩したいとは思わなかった。
しかし彼女はその日の夜、静かに涙を流した。エドワルドと名乗る男が背負っているものは、余りにも重すぎる。それら全てを背負う必要はないというのにと、彼女らしい受け止め方で。
そして今。鎧傀儡の中身について大まかに理解したミナは、手段は違くともトスカの見解と一致していた。
亡霊とは、意思疎通が取れようが生前の残滓でしかない。またどれだけ生きた先人だろうと、干渉が過ぎれば淡い尊敬も消え、厄介だという気持ちが勝ってくる。
戦時は頼りになるのだろうとも、話を聞いたことで分かっている。形容するならミナの気持ちは、幼子が老人の長話を節操無しに聞かさせているという認識に近く、付随して底無しの恐怖もあった。
夜、痛感するのだ。亡霊たちは人間ではない。もはや精神が壊れかけているのだと。
生まれ故郷で延々と聞かされ続けた長老の話が、ミナの頭に浮かぶ。難解であって幼かったミナは理解できなかったが、霊魂に関わる魔法の恐ろしさは叩きこまれていた。故にミナは、コルバの街にて尖兵に足を竦ませたのだ。
『これからは抑えてみせるよ。知見を得たいというのなら、その限りではないけれど』
「……分かりました」
トスカは顎を引くと、小さく頷く。望んだ回答が得られなかったのが、彼女を知る者ならば明白だった。
(この鎧と話すと、毎回こう……)
トスカの様子にミナは怪訝そうにしたが、直接探りは入れない。調べるなら夜だと彼女は密かに計画する。
ミナが冒険者として担った役割は斥候だ。行儀は悪いが、寝たふりで盗み聞きをしてでも知っておく必要があるだろう。ここまで生存できた彼女の嗅覚が、そう告げている。
しばらくして、ごとごとと荷車が地面を擦る音と振動が止まった。荷台の布が、エドワルドによってめくられる。隙間から見える石造りの町並みと、彼の招く手が停泊の合図だった。
◆
俺たちは雪を越え国境近くにあるというだけの、何も変哲もない町へと到着した。大きな川が近くにあり、国を分けている点がある。
シウゼヴァク方面から来る水量が多く、内陸なのに水には困らない。ただハルランから聞いた話から考えると、数年は川の流れに気を付けた方がよさそうだ。
俺は凝ってしまった肩を回し、こっそりと皚炎を行使して疲れを取る。温かい陽射しが心地よく、これからすべきことを思って少しだけ固まる。
この町にはもう一つ特徴があった。それは他の町からだいぶ離れているということだ。
物資は十分に積み込んだのでここで補充する必要はないが、進むとしばらくは外部と連絡を取る手段がなくなってしまう。
ハルランやモユヌエのような権力者に感知されない場所は貴重であり、秘め事はここで済ませておく必要がある。
「――この町には四国の名産が集まっています! きちーんと記録は取っていますので、皆様方好きなものを買っていただいて問題ございません。そう、大母様の奢りですので!」
「ではお言葉に甘えて、ムスロ団子を大量に買わせてもらいます。ケル、ミナ。団子を選ぶときは小麦色より少し黒いくらいを選ぶのが良いです。一番美味しい焼き加減ですので」
「はい! 後でどれが美味しいのか、一緒に見たいな!」
「えっ……ど、どうしよう……。お給料から引かれちゃうかも……で、でも評価が上がると思えば……!」
「……無理しなくていいからね」
女性的な容姿であるお陰か、カーディも三人に混ざって姦しく話している。立場と打って変わって腰が低いカーディなら、ケルも話しやすいだろう。
見た目年齢が近いため、男友達のように意気投合するかもしれない。それも「バックスタブレイブ」では見ることの出来なかった協力関係、胸を打つIF展開だ。
竜車を降りる。ミウに向けて軽く手を挙げ知らせようとすると、ケルも気づいた。トスカも、外行きのため鎧を着こんでいて分かりにくいが此方を向いていた。
ケルは空色の瞳を潤ませ、両手を祈るような形で握る。
「――あれ……エドさん、一緒に来てくれないの……?」
「用を済ませたら合流するよ。カーディさん、皆を案内してあげてほしい」
「まーかせてください!」
ぽんと張った胸を叩くと、赤紫の長髪をたなびかせて小さな協力者は三人の先頭を歩いていく。ケルは何度か振り返ってきたが、その度手を振った。
やはり、シウゼヴァクにて俺が傷を負ったタイミングは悪かったようだ。あれほど俺を気にするとは。
「今回も俺一人で行かせてもらう。荷とこの竜を頼んだ」
『…………』
俺は地鎧竜を撫でると、最後に荷台に残った者に向けて声をかけた。座り込んで動かない鎧傀儡がほんの少しだけ、首を縦に振った。
俺とエドムンドたち亡霊は、約束を交わした。これまでとは違って、俺は更に手段を選べなくなる。その仄暗い行いを為すとき、俺の行いへ拒否反応を示さぬように離れる時間を取ると。
儀式の後、俺は亡霊の感知能力が更に上がって、言葉は交わせずとも存在を感じ取れるようになった。だからこそ今、俺が真の意味で一人だと分かる。
双子神教のことが一段落して、少し立ち止まったからこそ思う。一人の肩は軽く、だがその軽さに身を任せ過ぎてはならない。
例え、俺が俺であった証を何もかも忘れてしまっても。此の世界の幸福な結末を望むことだけは、己が意志なのだと。
俺は「越境」の施設へ足を運んだ。町に活気はあったが、施設内は冒険者でいっぱいであり更に賑やかだった。
喧騒を楽しみながら戸を閉める。そして傀儡人形の職員へ言伝を頼もうと、カウンター席へ向かった。
妙な事が起こる。思い思いに飯を食べながら話していた冒険者たちが、静まり返ったのだ。その殆どの視線が、俺の方を向いていた。
有り体にいって、気味が悪い。俺は何が起こってもいいように、腰に括った剣へ左手を添える。
次の瞬間、爆発したように音が弾けた。冒険者たちが叫び始めたのだ。表情は明るく、それは歓声だった。
「まじかよっ! 『青月』がこんな町に来るなんて!!」
「レリーフとちょっと違うな……? あんな大きい傷、直さないのか?」
「そりゃあもう、名誉の傷って奴だろ! あんなバカでかい化けもん倒して、綺麗に直すっちゃあ――」
瞬く間に、俺の近くには皮鎧を着た者や、実戦で傷ついた鎧の集団が集まってくる。全員が一斉に話すため全く聞き取れないが、握られた手をぶんぶんと振る者までいた。涙を流す者や、信じられないくらい口角が上がった者も。
壁際で酒を飲んでいる平常通りであろう人もいたが、これだけ騒げば誰しも視線が向く。
俺はすぐに「感知」を行使する。しかし、魔力循環におかしなところは無かった。ハドリグの尖兵のように体内に種を埋め込まれた者はいない。剥き出しの悪意も存在しなかった。
「失礼、通らせてくれ……」
俺は物が盗られないよう、また傷つけないように細心の注意を払いながら、彼らを掻き分けてカウンターまで辿り着く。
何が何だか分からないが、不味い状況だ。しかしここで、最低限の用は済ませなければ。
フルールーへの報酬については後回しになってしまうが、手紙だけは。俺は登録した冒険者名を、傀儡の職員へ伝えた。
「『青月』エドワルド様、ご用件をどうぞ。奥の部屋をご利用になりますか?」
「ああ、そうしてほしい……」
モユヌエから受け取った証は、こういったときに役立つ。モユヌエ自身は越境組織から退いたとはいえ、モノの価値は彼女に付随しない。新しい体制になった越境でも、既存の仕組みを破壊したわけではないため、有効なのだ。
すると、また珍しい事が起きた。職員たちがカウンターから体を乗り出したのである。冒険者たちを押し出し、奥の部屋への道を作ってくれた。
「冒険者の皆様。契約に則り、お下がりください」
「おい邪魔するな! まだ声もかけられてないんだぞー!」
「あたいも! せめて礼くらい――」
「再度お願い申し上げます。契約に則り、お下がりくださいませ――」
数十に重なった冒険者たちの怒号が離れていく。邪教信奉者や裏社会の人間の企みだろうか。
それにしては何も盗まれておらず、何かを付けられたわけでもない。まさか、与えられた名誉が?
こういうことは、人形であろうと目の前の専門家に尋ねるべきだ。俺は限られた者にのみ通される部屋に腰を預けた。
ここでなら、安全に物を渡せそうだ。
「これを、指定の人物へ送り届けていただきたい……あとは、言伝も頼みたいんだが――」
「承知しました」
俺はマローやジェロム、イワンなどへの手紙を手渡し、物としては残せない内容を伝える。
女性を模った職員は恭しく頭を下げてから、返した。
「――越境よりお伝えしたことがございます。『青月』エドワルド様宛に二点伝言をお預かりしております」
「何……? 誰からか、教えていただけるか」
「はい。少々お待ちください」
職員はドアを開き、もう一人部屋に入れる。その小柄な体型の職員は何と人間だった。新しい越境組織は人を積極的に雇用するようになったらしい。
しかし慣れていないようだ。ぷるぷると震えながら、制服に着られた感じの少女は声を絞り出す。
「は、はじめまして英雄様……。お……お受け取りした、伝言を!」
「息を整えてからで、大丈夫だ。……日が浅いのに、大変な仕事を任せられているんだな」
「えっ、そ、そんな……! 勿体無いお言葉です! さ、再生いたします!」
俺が伝えた通り、少女は息を整えてからトレーに乗せられた魔道具を押す。次の瞬間、機嫌の悪そうな声が室内に鳴り響いた。
『……ルリベナだ。貴様、随分と偉くなったようだな。この我輩がわざわざしたためてやった文に、こ……このような巫山戯た返しを送るとは。命令だ……今すぐ学院に戻れ。我輩は第三学舎に来ている。我輩の言葉を聞けぬほど愚かではないだろう……』
「…………ひえっ」
「『青月』エドワルド様、内容は以上になります。次を再生してください」
ルリベナの伝言は、学院独自の経路から送られてきている。久しぶりに聞いた威圧的かつ美しい声音は、何とも感慨深い。
俺は一旦内容を飲みこみ、第三学舎という言葉に疑問を抱いた。あのルリベナが動くほどの用事があったのか。
目的は言わず、命令だけするのが彼女のやり方だ。しかし一年経ったら寄ると言ったのに、期限を過ぎてしまったのはまずい。このレベルの怒りは、手紙を送り直す程度では解消できないだろう。
音声へ込められたあまりの怒気に、少女がまたぷるぷると震えている。傀儡人形である職員には情はなく、仕事を全うするように促した。
少女が魔道具を使用すると、今度は真逆の、引っ込み思案な印象だが優しい声が響く。俺の友人のものだ。
『……ええっと、トリネだよぅ。お仕事があって……これからウォッムスロに行くの……。学院の、第三学舎の総長さんと……共同研究の話が出たんだぁ。エドさん、シウゼヴァクにいるんだよね? もし、近かったら……また会いたいなあ……。それだけだよぉ……』
トリネの最後の言葉は、優しさだけでなく底冷えするような圧力も伴っていた。
これは願望だけではない。明らかに、寄らなければ許さないという意味が込められている。時々トリネは怖いのだ。
俺は気持ちを整えるために、深呼吸する。少女は何度も頭を下げてから、もう音の残っていない魔道具をトレーに乗せたまま去っていった。
「――『学院』の副総長、第二学舎総長のルリベナ殿と、ザルディ国の国家術師トリネ殿に同じ言伝をお願いしたい。それと、ルヴネトの――」
俺は乾いていく口を開き、職員に伝える。
大陸中央近く、北西にはウォッムスロという国がある。ルヴネトに隣接している大国であり、学院と相互関係を築いている。リフォニア北端のソヘネーの町とは逆方向に位置している。
三つある学び舎の内、最も新しい「第三学舎」が国内にあるのだ。
リィートイやルヴネト王には申し訳ないが、ルヴネトに戻る前に俺は寄らなければならない。
二人へ顔を見せるだけが目的ではない。
トリネには、シウゼヴァクでの戦いで彼女の研究成果に助けられたことを直接感謝し。ルリベナには、俺が新たに得た力についてを見せる。
そして、もう一つ。第二学舎の教導役、ヴィクターと個人的にやり取りして分かったことを確かめるために。
丁度いい。ケルを連れていって、ルリベナに見てもらうというのもありだ。
「――以上だ。後、お聞きしたいのだが……あの人だかりは何だったか貴方はご存じか?」
「必ずお伝えできるよう手配いたします。冒険者の方々は、『青月』エドワルド様の功績に強く関心を持たれていらっしゃいます。そちらが理由と分析できます」
「…………そうなのか」
「はい。その他何かお困りのことがございましたら、カウンターまでお越しください。獣に付きモノ、何にでも色を付けた報酬が待っております」
職員はドアを掌で示すと、俺を通した。私情の入らない人形の分析が外れるとは思えない。
シウゼヴァク付近を離れれば、このよく分からない熱狂もなくなるだろう。もしもを考えれば、早くも新しい名前を使うことになりそうだと俺は思った。
◆
旅の仲間たちと合流したエドワルドが行先変更を伝え、カーディが慌てふためいている頃。
荘厳なる建築の学び舎にて、二人の才女が対面していた。一人は目の下に隈を浮かばせながらも、黒髪をしっかりと整え背筋を伸ばした少女。もう一人は圧倒的な美と権威のオーラを纏う華奢な女性だ。
二人の脇には、それぞれ別の組織が護衛として控えている。
第二学舎から同行した教導役らと藍色の兵士たち。
ザルディの協力者、守護ヴァルミ騎士たち。それに磨かれた茶色の鎧を纏う戦士が。
本来主役であるはずの第三学舎の面々は、先ほどまでトリネ一行と会話していたが、ルリベナの圧力に身を引き遠巻きからその会合を見ている。
「あの、トリネと申します……。「月」の体系の権威とこうしてお会いできて、光栄です……」
「――トリネ。流血から更なる体系を築いた術師がここまで幼いとは。ルルドも先を越されたな」
「えへへ……きょ、恐縮です……。一緒に研究してくれた皆さんのおかげで……」
トリネは控えめに笑みを浮かべ、頭を下げる。隣に待機する背丈の高い戦士へ小さく合図を送った。
ルリベナから漂う人を寄せ付け難い雰囲気は変わらずとも、眉間に寄せられた皺だけは無くなる。
しかしそれから、二人にとある共通点があることをルリベナが知り、双方の雰囲気が徐々に重くなっていった。
険悪になったわけではない。学院に届いた返事が、溜め込んでいた鬱憤を更にはちきれんばかりに膨らませたのである。
ルリベナの傍を絶えず守る二人は、きりきりと腹を痛ませながら、その怒りが一人にぶつけられるときを待ち望んだ。
どのようなことが起ころうと、月は平等に人々を照らしている。