【一巻発売中】裏切りや絶望が溢れるゲーム世界で、鬱展開全てぶっ壊す 作:棘棘生命
行先を変更しウォッムスロ国へ入国してから、四日目の夜。
俺たちは岩壁を背にして火を焚き、野営をしていた。森近くだろうと街道が見える場所だとしても、夜が危険なことに変わりない。
賊の集団や異相付きに狙われたとき対処できるように、見張りは俺とトスカで回していた。トスカが休んでいる間に、道中の目的を果たしている。つまり人形術の習得だ。
「…………」
「――はい、そのまま。放出する魔力をもっとほそーく、出口を狭めていってください」
焚火の前に内股気味に座るカーディが、俺の腕から伸びる魔力をじっくりと観察している。
「白糸の魔法」は魔力の成型からして特殊であり、感覚頼りな部分が多い。
例えるなら、「腕にぱっくりと開いた傷口を、筋肉を盛り上げることで閉じようとする感覚」だろうか。とても人間が行える動きではなく、ケルの魔力行使が如何に異質なものか分かる。
理論書を読めば楽になると思ったが、使い手がモユヌエと人形師、簡易的な技なら勇者と、特別な素養のある者だけである。
まともな文献を作る者がおらず、口伝えしか習得の方法がないのだ。
約十分の間。魔力の糸らしきものを形成できたが、ついに集中力が切れる。俺は腕をだらりと垂らし、大きく息を吸い込んだ。
「…………くっ」
「お疲れさまでした、エドワルドさん。順調ですよー! やっぱり色味は違ってますが……感覚的な魔法なので、原理さえあっていれば術は成功するはずです!」
「ありがとう、流石に言葉通りに受け取りたいな。これを、カーディさんやケル君は自然にできているのか……。すごいことだ」
「へへっ……そこまで誇れることじゃないですけどね。人形師になった皆は元々魔力の放出口が細くて。勇者の方々もそうなのかは分かりませんが……。なので、他の糸繰り以外の魔法を使っても力が弱いんですよ」
カーディは試しにと、解術魔法の基礎「火柱」を行使する。術者によっては頭部大の炎になる魔法だが、カーディが掌に出したのは、マッチの火くらいの小ささだった。それも長続きせず数秒で尽きる。
困ったような笑顔を浮かべてからカーディは目線を逸らす。己の体質に良い感情を持っていないような仕草だ。
「なら人形師は天職だったということだな。感覚的な部分を言葉に上手く落とし込んでくれる、教導の上手さもカーディさんの長所だ」
「え、え……いーえ! それほどのことでは! あの鎧傀儡さん。もう今日の修練は終わりましたのでどーぞ!」
カーディは首をぶんぶんと振ってから、もう一人焚火を囲む者へ声をかける。
もう一人とはシウゼヴァクから持って来て、今は亡霊たちが沢山憑りついている傀儡人形だ。集合体であること、亡霊たちをまとめ上げているエドムンドの名を呼ぶのも憚られるということから、カーディが仮につけた名前である。
『本当にもういいのか?』
「はい。今夜もだいぶ長くお付き合いいただきましたし。エドワルドさん、また明日も頑張りましょう!」
「了解した。今日もありがとうカーディさん。ゆっくり休んでくれ」
カーディは頭を下げ、赤紫の長髪を何度も地面につけると、他三名の同行者が眠る荷台へ入っていく。
布の擦れる音がした後、それからしばらく沈黙が続く。俺は膝立ちになってから、鈍の長棒を手に取る。鎧傀儡もまた立てかけていた武具、鉄製の斧槍を掴み上げた。
カーディから人形術を学ぶだけでなく、先人の積み上げてきた知恵を吸収することも、俺の目的の一つだ。
エドムンドが集め、今日まで存在し続けている亡霊は生半可な執念ではないと思っていた。あるいは未だこびりついて取れない死の苦痛に藻掻いているのだとも。
だがどちらもそうではなかった。
数十年前の大陸奪還戦争で最期まで抵抗した術師たち、古い時代ゼシニス大陸外で敗北した戦士たちは、水底に沈んでいた。水棲の上位種に骸を貪られてから、化物の内側で正気を失っていたのだと。
流れ着く先は海辺。亡霊は上位種が狩られる度に解放され、しかし自由意思を以て動くことは不可能であり、ずっと堆積していた。人の残滓というよりも、単なる物質のように。
俺が通りかかってから、執念も死を愚弄された憎悪も、魂の運河に戻れない理由ではないのだ。エドムンドがそう、俺に教えてくれたのである。
大陸内で非業の死を遂げた人々もだ。シウゼヴァクで突然の死を迎えた民とは違い、絶望は抜けているという。
亡霊であり続けられる理由は、もはや絶望とは切り離されているのだ。
「バックスタブレイブ」作中では、主人公の勇者へ記憶を共有し、苦しみを明け渡したことで解放されていた。
だから、どうすれば安らかに還ることができるのか、俺にも亡霊たち当人にも分からない。
彼ら先人たちから学びながら、俺自身が出来ることを試すしかないのだ。
俺は「感知の阻害」を行使した上で、岩壁から少し離れ構えを取る。鎧傀儡から響く調子は、腹に力が入っているような勇ましさを備えていた。
『エドワルド。君の相手をするのは僕含め三人だ』
『青月エドワルド殿。我『剛壮』の民アンテロと申す者。我が一族の技、今夜其方に全てお見せいたそう』
『得物を同じくしているということで、私も馳せ参じましたわ。リシディア騎士、レイズと。名は忘れても、この武を糧にしていただければ嬉しいです』
「アンテロ殿、レイズ殿……しかと覚えました。短い間ですが、よろしくお願いします」
『――では、まいる! おおおっ!』
両腕で柄を握り荒々しく振り回す様は逞しい。鎧傀儡の表面に、無精ひげを生やした巨漢が浮かび上がってくるのを視認しながら、俺は鉄棒で矛を受け止めた。
その横から、半透明の女性騎士と、エドムンドが追撃してくる。それを俺は左掌から放った「霊月の槍」で弾く。高貴な顔立ちにしては攻撃的な型だ。エドムンドも、肉体にある記憶の通り長物の扱いが上手い。
傀儡人形という器を動かす亡霊には物理的な武器で、俺の魔法の応用で実体化した亡霊には魔力で返す。
それぞれ得物を振る速度は上がって、足を捌くだけは追いつかなくなる。
このように手練れの複数人を相手取ることを想定すれば、俺に足りない戦術は分かってくるものだ。上位種全てに対応するため構えて押し返す型を覚え、戦術に幅を持たせる。若しくは敵の攻撃を常に反撃の機会と心得るのだ。
今夜も学びは多くなりそうだ。即席で組んだというのにぴたりと合った連携に舌を巻きながらも、相手の隙を見極めていく。
考え直せば「月」の魔法は武器の一つだったはずだ。それで新しく得た力の火力頼みになってしまえば、成長は止まる。まだ限界ではない、伸びしろはあるのだと信じて俺は鍛え続ける。
◆
カーディが荷台に戻ってから短い悲鳴を上げたのは、横になったまま目をぱっちりと開けていたトスカに気が付いたからだ。トスカは己の口元に指を当て、大きな音を出さないようにと暗に伝える。完全な無表情から発せられる圧力に、彼は頷くしかなかった。
それからカーディは荷台から顔を出して、エドワルドたちが鍛錬に夢中になっているのを確認した後トスカを手招く。丸っこい鎧を外した彼女はケルとミナを踏まないように気を付けながら、後を追った。
(――よし。気づかれないように……)
熟睡していたのは実のところ一人だけだった。ケルだけが、ミナの隣で幸せそうにすうすうと寝息を立てている。
狸寝入りを決め込んでいたミナは、ケルの髪を優しく撫でてから荷台の外に寝返りを打つ。そして耳をそばだて二人の会話を盗み聞いた。
「――これまでの怠慢を補えると思いますか。師匠の時間をこんなに奪っているというのに」
「あはは……す、すみません。やっぱり大陸に結界を張るには、あの方々にもやる気を出してもらわないと困るじゃないですか。条件を提示してこられたのですから、反故にするなんて考えられないですよ」
「いいえ、貴方を責めているわけではありません。ですが、何があっても動こうとしなかったのに……勝ちの目が出てきたから、腰を上げるというのですか」
「そーですよね! トスカさんのおっしゃる通り、虫の良い話ですよ――」
トスカとカーディの声音は日中より一段低く、声が響かないように気を付けているとしてもミナの表情を暗くさせるには十分だった。
おそらくエドワルドには知らされていない事象、全貌の見えない流れが組織間でうねっているのだと。
ミナは右目だけ開けて、優れた視力で平時の二人とは違う部分を見つけ出す。それぞれの胸元には同じ飾りがかけられていた。
月灯りに照らされたそれは、ちゃりと揺れる。守護ヴァルミ教の紋様でも、結成された群青血の騎士団の徽章でもない。
形容するならば、背中に四つ脚の生えた岩擬きを背負った騎士のエムブレム。トスカは月灯りを透かした後、その印をぐっと強く握りしめた。
トスカの捧げる祈り、「癒し」は守護ヴァルミの外にある。
◆
鍛錬は一時間ほど、休みなく続いた。見張りの交代が近いため、俺は付き合ってくれた亡霊たちに礼を言ってから焚火の方へ戻ろうとする。
そのとき、月を背に鎧傀儡が呼び止めた。
『……エドワルド。少し話したいことがあるんだ。座ってくれ』
声音と体の動かし方からして、これはエドムンドだ。彼の亡霊は、丁度良い大きさの石を指差す。
俺は言う通りに座り、エドムンドの言葉を待つ。重苦しい間があってから、おもむろに彼は声を発した。
『本当は、消えてしまうまでエドワルドにも黙っているつもりだったことだ。でもつい最近、伝えない理由がなくなってしまった。……君を必要以上に縛りたくないと思ってはいるのに』
「君が話したくないなら、無理はしないで良い」
『それでも、言わなかったら不公平だとも思って、決めた。……僕が自刃した本当の理由を、伝えさせてくれ。それでようやく、君の荷も一つ降ろせるはずだ』
一瞬、思考が固まってしまった。
エドムンドは信頼していた騎士団の兄貴分に裏切られ、孤児院の家族を殺された。守るべきものをすべて失った故に、彼は絶望したのだ。それ以上があるというのか。
俺は続くエドムンドの言葉に耳を傾ける。
『それは、ウィスプマリナの怪物から逃がすためだ。君が立派に育て上げてくれた……トスカを。あの子はたった一人生き残った、僕の妹だ』
「…………!」
『今日まで気づいていないということは、体からはその記憶がなくなっているんだろう。してもらった細工は上手く機能しているみたいだ。もっとも、死んだ後も意識がある場合は考えていなかったけれど』
内容にがつんと殴られたような衝撃が来る。
エドムンドのその後の話が上手く頭に入らなくなりそうだったが、何とか気を確かに持つ。
トスカは、共に孤児院で生活した妹。エドムンドが騎士になってから数年して、トスカも孤児院から離れ、貴族に奉公していたらしい。そのため孤児院を焼いた炎から逃れられたのだという。
エドムンドはウィスプマリナでの任務の最中、人魚の如き上位種に目を付けられてしまった。「狂い堕とす」メイダである。
生きている限り、血の繋がりのある者を標的にされる呪いをかけられたエドムンドは、風の噂で知った凄腕の術師を頼った。
そして財産の殆どを引き換えに、己の記憶の一部を削り取る技を受けたのである。それは成功した。
大切な者の生存を偽造したのだ。己さえも騙すほどに。
ただし、この記憶を削り取る魔法は霊魂には作用しなかったらしい。俺は幾ら頑張っても思い出せないが、エドムンドは生前の失われていない記憶全てを持っている。
トスカと会う度、俺の腕が震える意味がようやく分かった。
『――君がウィスプマリナの怪物を認識していることに、ひどく安心したのを覚えているよ。僕と同じ失敗をしてしまうような男じゃないんだってね』
「……エドムンド君、すまなかった。トスカ君を何度も危険に晒して、戦場へ送ってしまった。もっと大切にできたはずだ……彼女の復讐心を肯定せずに、市井で暮らせたはずなのに……」
『え……いいや! それは寧ろ良かったことさ! 僕の意識が戻って来て、あの子が生き生きと過ごせているのを見て……本当に良かった。君がトスカに出会ってくれて……』
エドムンドは、俺の肩を三回叩くと立ち上がる。続けた言葉に含まれた願いは、俺にとって当たり前のことだった。
『だからもう心残りはないんだ。生きてくれていさえすれば。……でも、一つだけ頼みがある。最後の頼みだ。僕と、この鎧に宿る亡霊全てと一緒に……ウィスプマリナの怪物を倒してくれ。皆、最期くらいこの大陸を守りたいと願っている』
「……勿論だ」
『ああ。そう答えてくれると思っていた。……本当はずっと、君やトスカのことを見ていたい。でももう、十分すぎるほど楽しめた。本当ならあり得ない幸せを感じられたんだから』
「…………」
エドムンドの話したいことはこれで終わったようで、少し歩いてから俺を手招く。ぐちゃぐちゃになった思考を整理するためにも、俺はまず足を動かした。
死者との対話という、奇跡の時間は何れ終わる。彼が本当にいなくなってしまう前に、どれだけのことができるだろうか。
◆
亡霊が渦巻く人形の中で、エドムンドはしかし往生際の悪い男であった。絶望の中、死の直前まで運命に抗った男が、すんなりと魂の運河に還るものか。
彼は肉塊と大量の虫が飛ぶ世界で、確かに見た。
魂の残滓を使い果たした霊魂が、エドワルドの内に溶けていく様を。
元の肉体に戻るようで違う。
エドムンドは、エドワルドの一部として蘇るのだ。個の意思が消えても、彼と生き続けるのだとエドムンドは息巻いていた。
そして彼は、エドワルドの行き着く場所を特等席で見ることを望む。
これからは外側からではなく、内側で。
エドムンドの提案に、観客をしていた数多の魂たちは既に賛同している。エドワルドの生き様を傍で見てきたならば、当然の帰結だと。
魂の運河に還るよりも、彼の中に還りたい。
亡霊の塊は宙へ手を伸ばす。「月」の、ひいては人類の支えとなるために。