【一巻発売中】裏切りや絶望が溢れるゲーム世界で、鬱展開全てぶっ壊す 作:棘棘生命
最も腕が立つ鍛冶師、親しき友へ――エドワルドより
言葉を交わしてから然程経っていないが、便りを送ることにした。
武術の指南に国からの鍛冶の依頼、忙しいことだろう。健勝であることを祈る。
まず、すまない。ルヴネトへの帰りが遅くなる。
隣国のウォッムスロ、学院の第三学舎に友人と師が集っている。この状況は逃しがたい好機だ。
次に壊れた兜だが、リィートイにしか任せられないという結論に達した。
俺の「顔」を理解して大切に扱ってくれるのは、貴女だけだ。少しの間我慢する。
加えて、俺用の鎧を作成してもらいたい。
便箋に入れておいた金貨が前払い分だ。実際に作ってもらうのは戻った際に、倍払おう。
そうしてくれれば、俺は生きている内に弔いを済ませることができる。
未だ大きな事を成し得ていない、上位種に深手を与えることも出来ていない半端な時ではある。俺の力不足だ。
だが「盾狩り」エドムンドが彼自身の弔い方を教えてくれた。繋がりが途切れない内に、少しでも贖罪をしたい。
俺は欺瞞という、大きな罪を犯してきた。貴女という親しき友に対してもだ。
これまでの疑念を拭い去れるように、まず一歩を踏み出す。貴女が分けてくれた皚炎の意味を、受け止められる人間になるためにも。
先の戦では心労をかけさせてしまったが、次はもっと上手くやる。
人形越しでは人目が多く、話せる内容も限られていたことだ。数月後笑って話せることを楽しみにしている。
古い工房内に熱気が籠る。とても人が滞在できる空間ではない。
そこに煤塗れになった、灰髪の幼き子が一人。閉店中の看板がぶら下がって数週間、彼女リィートイは鋼を打ち続けていた。
「フッ……! らっ……!」
槌を作業台に打ち付ける度、鋭く息が吐かれる。滝のように流れる汗が火に触れて、じゅっと音を立てた。
ここのところ、水と味気ない種ありパン一つが一日の食事である。それでも常人とは違った法則で生きてきた者が故に、頬は柔らかそうに丸みを帯びたままだ。ただ灰色の瞳だけが病的に、鍛える鋼のみを見つめている。
(――わたしは本当に、現金な女だよな。お前から必要とされているって分かって泣き止む……くだらない人間だよ)
リィートイがこうなったのは手紙が越境より届いてからだった。
送り主エドワルドの美しい筆跡からはすっかり調子を取り戻していることが伺え、どこか惚けたような彼が兜の後ろを擦っている姿が浮かぶ。
読み終えたリィートイの口元は歪み、その後にインクの文字が零れた大粒でぼやけた。エドワルドからの信頼と、彼自身の抱えていた罪悪感が同時にリィートイの胸を抉ったために。
友人である資格などないと思っていた。己が犯したのは、欲望に従った裏切りだ。
だが手紙を読んでから、考えを変えた。
誠心誠意の謝罪であっても、自己満足でしかない。今のエドワルドに、いや如何なる時であってもぶつけてはならないと。
彼は今、鎹もなく揺らいでいるとリィートイは感じた。ルヴネトに訪れて、騎士の叙勲を受けようとも、目を離せばいなくなってしまうという認識はより強まっている。
それでもエドワルドは、彼女を必要としていると言った。
彼の真っすぐな気持ちが、己が一度ダメにしてしまった関係をそれでもやり直してみせると思わせた。古い大戦以来、他者に縋ることでしか生きられなかったリィートイを奮起させたのだ。
大陸を防衛した後糸が切れ、『横たわった玩具』。ケチョウに姿を喰われたモユヌエに縋り、次はエドワルド、ルヴネトという国へも依存した。
外面は男勝りで快活な性格に“戻った”ように見えても、心の奥はトラウマに怯え縮こまっていた彼女がだ。
月灯りに連れ出されどんどんと天へ昇り、己の情熱を思い出した。少し腰を上げただけでは足りない。鉄を鍛え続けてきた意味は散った仲間を再誕させるため、鍛冶屋となった原点に立ち返ったのだ。
(エド、お前が上位種に真っ向から挑むつもりなら……わたしも、いつまでもルヴネトに籠ってなんていられないよ。ぬくぬくと、お前の帰りを待っているだけで、いられるものか)
今やエドワルドから届いた便箋は施された青い封蝋ごと、熱に溶けていた。
手紙越しに許されたからと言って、開き直るでもない。必要とされていると分かっても、それで満足し過ちを繰り返す女を、彼は拠り所にはしない。安全な場所にいるだけの怠惰な者が選ばれるものかと。
(お前が抱えていたものが罪だと言うなら、そう思わなくなるまで引っ付いてやる。お前が死ぬまで戦うって言うなら、口先だけじゃなくて生に繋ぎとめる。この、わたしの鋼で……!)
故に、彼女は白い焔に己が在りようを映し出している。汗と彼を想って零れる涙が蒸発するほどの熱の中で、最適を選択し続ける。
エドムンドの鎧は古い魔力を帯びさせ青白く輝いていたが、新調する鎧は当初彼が被っていた兜に合わせ市井で目立たぬような鉛色だ。軽量ながら、上位種の爪撃を受けても傷一つつかない頑丈な造り。貯め込んでいた特殊な鉱石*1をふんだんに使った鎧である。
それに数百年をかけて成熟させた鍛冶、古きと新しきの優れた部分だけを集約させたリィートイの業があわさる。
鎧の設計思想は、奇しくもエドワルド本人が望む「本腰を入れて上位種と打ち合う」戦術を取れる装備だった。
「はあっ――! まだ、まだ……上手くやれる……!」
リィートイの得物たる大槌で叩かれるその鋼は、形になりつつあった。
既に作られたルヴネト騎士としての鎧の横には、分厚いながら片手で扱える軽量な直剣*2と、鋭角な盾*3が十数個並ぶ。これもまた、盾を持たず戦ってきたエドワルドを守るための武装である。
◆
ウォッムスロ国は、商人の国と呼ばれている。ルヴネトやザルディ、リフォニアなどの隣国から仕入れた品々を流通させることで莫大な利益を得ているのである。
そのため他国の世情には詳しく、金になりそうなものにはすぐに飛びつく目利きが揃う。そのため第三学舎の在り方とウォッムスロの風土は、非常に相性が良かった。
第三学舎は三つある学び舎の内、体系の末端を重視する。解術された魔法を更に細分化したり、術を市井や国家に売り込むといった活動を積極的に行っているのだ。
先進的なザルディ国にも注目しており、魔道具の流通も盛んである。その風土が故に他国とは違った、幻想的な景観が広がっていた。
エドたちは第三学舎に直接向かうのではなく、最も近い町で一度止まることになった。
道中、越境の施設に立ち寄った際、ルリベナから来ていた返事が理由だ。中へ立ち入れるのは、ルリベナが直接招集した彼のみだと。
その後、エドはダメ元でごねた。すると一人は連れ立てるようになり、ルリベナも甘くなったものだと彼は内心ほくそ笑んでいた。
しかし敷地内に入ったところで、宿泊できるわけではない。目的を達するまで仮の拠点はおさえておかなければならないと、エドから今後を決定されたカーディとミナは考えていた。
エドは、横で首を忙しく振りながらも目を輝かせるケルの肩に軽く触れた。
「わああっ……! 見て見て、エドさん! 鳥さんみたいに本が飛んでる!」
「確かに不思議な光景だな。学院に近いだけあって、魔道具も豊富だ」
「あ……そうだよね。エドさんは色んなところを旅してるから、珍しくないもんね」
「あーあ、怒らせちゃった。ね、こういう時ご機嫌になれる方法、エドでも分かるかなー?」
ケルは、わざと頬を少し膨らませて拗ねるポーズを取った。ミナの入れ知恵だ。少しくらい「良い子」をやめても良い、寧ろエドは喜ぶだろうと彼女が言ったから。つまりはケルなりの試し行動だった。
ミナはケルに同調しながらも、悪戯気な笑みをエドに向けた。二人の眼差しに動揺し、必死で頭を捻った彼は結論を出す。それはあまりに誤魔化しがなく、不器用だった。
「……そうだな。何か欲しい魔道具があれば、言ってくれ」
「ええー、そういうことじゃないんだけど。ほら、ケルちゃん話してあげて!」
「う、うん。……ぼく、学院ってところに入る前に、皆と一緒にお店を見に行きたいんだ。もしかしたら、エドさんでも見たことないのがあるかもしれないし!」
「……? 勿論だ。時間はまだある。未知を探しに行こう」
「やった! エドさんが知らないの、絶対見つけるね!」
ケルが左掌を突き出すと、エドは戸惑いながらも握る。鉄越しにがっしりとした男性を感じながらも、少しでも気分を盛り上げようと彼女は笑顔を作った。示し合わせるようにミナの方を向き、勇ましい表情で頷き合う。エドと比べると身長がとても低いことが幸いして、彼女らの団結が勘づかれることは無かった。
ケルは最近思っていた。エドが心から喜んでいる姿を自分は見たことが無い。
平時の場面場面では、笑いが漏れることもある。食事時や、ケルたちのお喋りが盛り上がっているとき、剣術をエドから教わってケルが上手くいったときなどだ。
ミナ、トスカにも聞いてみれば同じ回答が返ってきた。食事以外、全て他者ありきの喜びであるとケルは気づいたのである。
もっと、彼のことを知りたい。近くにいるのに掴めないことへ、ケルはモヤモヤとした感情を抱えていた。
だからこそケルは、ミナと共にエドの意外な一面を見つけ出そうと行動に移し始めたのだ。
それから、彼らは店々を巡る。色彩豊かな魔道具はケルの心を弾ませ、目に入った物は片っ端から店員ではなくエドへ尋ねていった。
エドが持つ知識は、スクリーン上で得た知識だけではない。此の地に来訪してから今まで見聞きしてきた経験が積み重なっているのだ。アイテムとして取得できる魔道具以外も、彼は詳しく語った。店員を唸らせるほどに。
ケルはエドの手を引き、ミナは彼にじゃれつくようにスキンシップをはかる。トスカとカーディは、その様を後ろから追いかけていた。
「――トスカさん、混ざらなくていいんですか?」
「……はい。余計な事を、師匠に知らせてしまったそうなので。同胞からザルディの任務も回していただきましたし、そちらに集中すべきです」
「うーん、そーですか。こればっかりは私も、首をつっこむなんて真似は出来ませんから……あっ、トスカさん。エドワルドさんが呼んでますよ」
「行きます。あなたもです」
「えっ? ……えへへ、ご一緒させていただきます」
切り替えの早さにカーディは目を点にし、トスカと共に合流する。二人が離れていたことへ、エドは不思議がりながらも迎え入れ、昼をどうするかの話が始まった。
本来あり得ない死者との対話は、トスカの思考に迷いを生じさせていた。
確かに初めは、凍り付いた心が融かされた。八年以上をかけ整理したつもりの感情を、直接解決する手段が降りてきたのだから。
しかしそれはトスカにとって劇薬だった。トスカの心は再び、死者に囚われ始めていたのだ。
成人間もなく、エドムンドの死を知ってから、トスカははっきりと歪んだ。宮仕えをしていた頃の快活だった性格は見る影もなく、表情は鉄の如く固まり、常人の模倣もままならない。
そして月日をかけ、ゆっくりと歪んでいった本性が倫理さえも失わせていた。
もう何も、失いたくない。
任務に逃げようとしても、ずっと迷いが付きまとってくる。エドムンドが数年も経たず消えるつもりだと知らずに、トスカは腐っていた。
トスカだけではない。ミナも目的を失い、現状に満足しようと思い込み腐っている。
エドからの魔法の教導は、彼女が待ち望んでいた刺激だった。想い人と過ごし、手解きを受けられる時間は尊いものだ。それでもふと脳裏に浮かぶ。幾ら魔法を覚えたところで、戦場についていけるだけの力は己にはない。
エドに望まれる役割に甘んじることが正解なのか。何とも幸せな悩みだとミナは自嘲していた。背負っているものがないからこそ軽い。
彼がミナの苦悩を知れば、共に悩むだろう。共有すればきっと、幾らか気分は晴れる。しかしミナはこれ以上重荷を背負わせたいとは思わなかった。それもまた、ミナが一人で腐っていく理由だった。
誰しも生きていれば、暗い部分が溜まっていく。
カーディはここまでエドたちと過ごし、俯瞰して彼を思った。
エドは特別な人間だ。特別になってしまったことを悔い、煩わしく思いながらも、己が内の使命を果たすために足掻いている一戦士。モユヌエから聞いていた話通り、はたいても埃が出てこない「人らしさ」を純化させた人間だ。
(でも……白糸を手中に置いてしまったら、どーなっちゃうんでしょう……。エドワルドさんも、慕う人たちも耐えられるのでしょうか?)
カーディはにこやかに接しながらも、エドがどんどんと学びを吸収している現状を憂う。
「結びつける白糸」の魔法とは、世の理に強く接続する業だ。物理的な捕縛や攻撃に転じることはできるが本質は、殆どの人間から曖昧にされている「魂」を可視化することにある。
故に人の考えを読む魔法もあり、「ヨンドオの屍術」のような魂を操作する分派にも繋がっているのだ。
魂を暴ける術は、恐れられる。己の根幹を揺さぶる力が相手にあるとすれば、対等ではいられないと思うからだ。カーディは教導を任せられるだけあって、人形師の中でも心理を掌握することに長けていた。例え、魔力持ちとしてはひ弱であろうとも。
(……いいえ、杞憂を深め過ぎてはいけませんよね。きっと、乗り越えてくれます。このお三方が抱えているものも、一族の警戒も全て――)
ここまで考えて、カーディは思考を振り払った。ここまでの旅路と、指導するにあたって結びつけてきた白糸が教えている。
エドはカーディを、白糸の術を持つ誰しもを恐れない。勇者の才が上澄みであるケルにも、誰より白糸の扱いを知るモユヌエにも、彼は真っすぐに向き合っているのだから。
ゼシニス大陸がいつ崩壊するか分からない恐怖も、エドという支えが一つあるだけで、カーディにとっては違って見えた。
同胞以外で初めて感じた温かさ。カーディはエドを「月」ではなく、「暗がり」として想う。
人類として中途半端で一生成熟できない体へ、そうあることを肯定された。この世にはあり得ないと思っていた、深淵のごとき善性だ。
この暗闇にいつか溶けることを、彼は強く望んでいる。
◆
夜、第三学舎の鐘が鳴る。各々魔道具で武装した学院の術師たちは隊列を組み、暗闇を駆けた。
上位種が現れる兆し「裂け目」を魔法により感知した彼らは、限られた戦力ではなく、大部隊を結成する。
それは第二学舎の、教導役だけを任務に当たらせる策や、第一学舎の、学院から攻撃魔法を放つだけの方針とは明確に異なっていた。
『裂け目の規模は、5ランクである。コード65を基準に対処に当たれ。……繰り返す、裂け目の規模は――』
魔道具を通し、指揮の役割をこなす教導役が無機質な声音で総員に伝える。黒衣を纏った彼らは言葉を交わすことなく、指示通りに現地へ向かっていった。
「はああっ……遠征してきたのに、やることは同じって……。なんで、あの人は待機なの……逆でしょ!」
『グウウッ……! 高まる……血の臭いだ!』
今回その部隊の中には、異物が混ざっている。眉間に皺を寄せ不満を露にしながらも、郷に従う第二学舎の教導役。もう一人は、茶色の鎧に全身を包んだ獣のごとき戦士である。
教導役の女性は器用に虚空を歩くように魔力を制御、獣の如き戦士は四足を使って木の根を掻き分けていく。
だが学院側の戦力が、目標地点に辿り着いたときには
黒い血が撒き散らされた現場には、人影があった。月灯りの下、背を丸めた状態でそれは立っていた。光を全て吸い込むかのように、黒く重厚な鎧。
ぼろぼろに服が破け、縮こまった少女の傍に留まっている。
それの不気味さに、動揺した術師たちは口を閉じていられなかった。改良されたスタッフの先端を構え、震えた声を上げながら取り囲もうとする。
「何者だ……!?」
「いや……あれは。最近、聞いたことがある……『ウォッムスロの影』」
「皆、奴を逃すな! 被害者に当たらないように!」
斬馬刀を左手に握ったそれが、首だけを集った彼らに向ける。そして二人、第三学舎からすれば異物たる彼女らを注視した後、ばっと体を翻す。
名を名乗れ、正体を明かせ。術師たちは口々にそう言いながら解術魔法をそれに放っていくが、俊敏な動きが一発たりとも命中させない。
魔法によって土煙が立ち込め、晴れたときにそれはもう姿を消していた。
教導役の女性と人獣の戦士の背筋に冷たいものが走る。しかしその感覚を、いつか知っていた。
会合はすぐにまで迫っている。