【一巻発売中】裏切りや絶望が溢れるゲーム世界で、鬱展開全てぶっ壊す 作:棘棘生命
エドたちはルリベナの先導に従いドアをくぐる。
室内の長机には既に食器が並べられていた。ルリベナが部屋の一番奥に座り、テンセンが彼女に追従しその右隣へと座ろうと一歩進んだ。
部屋にやってくる賓客を持ち構えていたように、身綺麗な給仕たちが料理を運ぶ。
エドと手を繋いでいるケルが、次々並ぶ豪華な料理に見惚れ、小さく声を漏らす。
しかし中々エドが動き出さない。彼の瞳はルリベナの左隣に配置された二席に注がれていた。
「エドさん、早く行こう?」
「ああ。だがケル君……立って食べろというのはおかしいことだよな」
「……何をやってるんですかあ?」
テンセンが毒づき、戻って来てからエドの背中を強めに叩く。兜の隙間から、低い呻き声が漏れた。
次にヴィクターが部屋の外から声をかけた。
「エドワルドさん。また食事の後にお会いしましょう」
「そういうことか……ヴィクター殿はこれから任務か?」
「え? はい、その通りです。ルリベナ様より受けた命があります。ウォッムスロには珍味が揃っていますし、お二人との話のタネにでもしてみてください」
「……そう、か。何とか耐えるしかないか」
「入口にいつまでもいて、邪魔になるって分からないんですか。さっさと行け!」
エドの弱弱しい声音に、ヴィクターは軽く笑った後廊下の影に消える。ケルが彼の腕を引っ張る力と、部屋奥からの圧力がどんどんと増していく。
テンセンはもう一度エドの背中を叩き、無理やりその長身をルリベナの左横にまで移動させた。
「ああっ、そちらの鎧の方。御召し物をお預かりしましょうか」
「失礼……お願いします」
給仕からの言葉に素直に頷いたエドは、脱いだ「払暁の衣」をかけてもらうと、ケルと共に席につく。そして気が進まなそうにしながらも、兜をゆっくりと外して脇に置いた。
白布もつけず「盾狩り」エドムンドの貌を剥き出しにした彼は、しかし別人と言い切れる。
短く切り揃えられていた金髪は、少しだけ伸びて目元を隠しかけている。精悍な顔立ちに、隙間から覗くどんよりと濁った青色の瞳。
テンセンは、久しぶりに見た彼の顔に肩を跳ねさせた。
記憶の中に顔と全く変わっていないが、あのときは希望の一つくらい感じられた。ここまで昏く、どん底にいる人間の表情はしていなかったはずだ。
「あははっ……。久しぶりに見ましたよー、その辛気臭い顔」
「……辛気臭くて申し訳ないな。……前に見せたというのを覚えていないんだが、介抱してもらったときか?」
「は、はあ……? 何とぼけちゃってるんですかー?」
テンセンはいつものように嘲笑おうとしたが、声を張れない。ルリベナの前で粗相をすることを恐れているのもあったが、直感的に違和感を覚えたからだ。深掘れば後戻りできない、底の見えない恐怖と言うべきか。
テンセンの動揺とは裏腹に、ルリベナの様子は変わらない。眉を怒らせた状態のまま食前の祈りを捧げ、前菜から食べ始める。テンセンも彼女に続き、静かにカトラリーを取った。
底上げの為された椅子に座ったケルは、彼女らの祈る様にまごまごとする。貴族だけが所属する組織など、ケルには想像もつかない。
背筋をピンと伸ばした状態でしばらく固まった後、エドの耳に顔を近づけ助けを求めた。
「あのエドさん、学院の方ってお祈りの仕方が違うんだね。どうすればいいのかな……」
「ああ、よく気付いたなケル君。学院の術師の殆どは、リシディア教徒だからだろう。信仰の違いで後ろ指をさされることは無い。君が学んだ通りで大丈夫だ」
「うん!」
ケルは両掌を合わせた後、眼前まで持ってきて目をぎゅっと瞑る。それは矛神式の祈りであり、同じ女神教とは細部が違っている。
儀式の結果、双子神教の信仰が崩れていこうと形式は残る。食前の祈りはその最たる儀礼だった。
残ったエドは、ルリベナたちと第三学舎所属の術師、つまりは給仕たちから視線を注がれる。
すると、居心地が悪そうにしながらもケルと同じポーズを取った。それを意外に思ったのは、ルリベナだった。
「ほう。貴様でもこういった場なら取り繕えるようだな。ごちゃごちゃと、言い訳を重ねるものだと思っていたが」
「……そのような真似は出来ませんよ。それで、俺を呼び出したわけをお聞かせ願いますか」
「……食事に集中しろ。貴様が口を動かすと、一流の料理も不味くなる」
「はい。後ほど」
エドは短くルリベナに返すと、口をつぐむ。
食器の擦れ合う音も咀嚼音も小さく、給仕が料理の品目を読み上げるとき以外は静寂が続いた。
ケルの緊張は途中まで高まっていたが、特に自分へ強い言葉が投げられることはなかったため、一人食事を楽しみ始める。
美味しいということを共有する時だけエドに笑いかけ、それに彼も微笑みで返した。
過去を知るテンセンにとっては淀んでいるように見えても、ケルには然程気にもならない。何故なら彼の瞳は、出会ったときからずっと変わっていないからだ。凪いでいながら、ケルを優しく見つめる大好きな眼差し。
兜を取ったときは笑顔が直に見られて嬉しい。感想はそれだけだった。
◆
フルコースは終わり、食事は片付けられた。俺より身分の高い給仕たちは並んで礼をしてから部屋を出ていく。
ようやく兜をつけられて、安心である。
ルヴネトで毒を盛られたのが記憶に新しく、口に運ぶのに時間がかかった。ルリベナとテンセンのような性根がきつい相手との食事ともなると、なおのことだ。
重い空気を癒やしてくれたのはケルだけである。お腹に手を当てて目を細めているあたり、満足したようだ。
ケルを喜ばせてくれたことから、ルリベナとこの学び舎の総長には心から感謝しよう。
だが正体がどちらに与するのかを疑うのは、また別の問題だ。
先程挨拶をした老爺について、脳内で情報を整理する。
第三学舎総長、ニクラウス。
元々第一学舎の総長をしていたが、アザレアに座を譲り後進を育てることに余生を使うことにした賢者と記憶している。
見た目だけなら、アザレアより学院の長らしさを感じる人だ。ルリベナが「先生」と呼ぶだけの偉人である。
だが「バックスタブレイブ」作中では、あまり語られていない。
学院の総長は皆、ゼシニス大陸内に残ったという事実だけだ。終盤、第三学舎に入り込んだ主人公は、ニクラウスの亡霊なき骸を、執務室で発見することになる。
上位種に心酔したのか、それとも抗ったのか。俺に分かるのは、今は上位種らしい魔力が付着していないということだけだ。
「……ルリベナ師匠、そろそろ本題に入りましょう。話せる場所はございますか?」
「この部屋で十分だ。だが少し、片付けておかねばならない。テンセン、やれ」
「承知しました、ルリベナ様」
何事か、ルリベナの命令に深々と頭を下げた後、テンセンが虚空に左手を広げる。
次の瞬間、部屋の四隅や壁目がけてテンセンの魔力が拡散していった。「月」の回転を理論とした魔法だ。
ばちばちと火花が舞い、地面に何かが落ちる。炭化したそれは紛れもなく通信系の魔道具で、先ほどまで肉眼で認識できなかった代物だ。
なるほど、第三学舎は魔道具を監視にも応用しているらしい。
「師匠、ここまで分かりやすく動いてよろしいのですか?」
「ウォッムスロに、先生の手が入らない場所は存在しない。アザレアが、クフォーワ一帯を私物化しているのと同じようにな。この程度は許容される。……まずは貴様から話せ」
「そうですか。……俺が持ち込んだのは、願うことのみです」
「早くしろ」
破壊してしまったら問題になるのではと思ったが、ルリベナは意に介していない様子だ。
そして彼女から投げかけられた言葉へ、正直に答えた。それに俺はまだ迷っている。ルリベナが上位種に支配されるような女性ではないと分かっていても、人類側の戦力になってくれるかの判断を。
俺は助力を願った。ハルランが目覚め、古い猛き戦士を集わせる計画が進んでいるがそれだけでは足りない。現代の天才も、大陸外からの守りを固めるには必要だ。
そして願わくば、ケルの才を伸ばせる導きを。
椅子をどけ膝をついてから伝えた俺に、しかしルリベナの返答は予想外のものだった。
「――それだけか? その勇者を連れてきたからには、貴様の故郷とやらが分かったものだと思っていたがな」
「あっ、ルリベナ様もそう思われてらっしゃいましたか……!」
「ぼ、ぼく……?」
「……どういうことでしょうか?」
「何をほざいている。貴様、頭がやられ始めたか」
眉をひそめた後、ルリベナは左人差し指をくいと曲げる。
立ち上がれと言う意味か、俺は指示通りにしルリベナに近づいた。すると彼女は俺の胸元をこつこつと叩く。
「貴様程度が、我輩の目を疑えるものか。さっさと照らし合わせてみろ」
「……何をでしょうか。俺の故郷……?」
「…………どういうつもりだ」
ルリベナの白魚のような指が、俺の兜の下を掴み上げる。
彼女は確かに怒っていた。しかし、意味が分からないのだからどうしようもない。
テンセンにも視線をやるが、ルリベナと認識を同じにしているようだ。
しばらくすると、ルリベナからの圧力が雲散する。彼女もまた、戸惑っているような色を瞳に映していた。
「前までぶら下げていたロケットだ。それを見せろと言っている」
「……そんなものがありましたか」
「あなた、その程度の気持ちだったんですか? でもわざわざ連れてきた説明がつかないし……」
「ふん……無駄なことをする奴だ。……貴様の願い、条件次第で叶えてやってもいい。ただしこの勇者についても条件の一つにする。バカ弟子の願いをわざわざ聞いてやるのだ、光栄に思え」
ルリベナは大きく息をついた後、俺の伝えた話に戻る。その間、テンセンの顔は困惑のまま変わらなかった。
あまりにも消化不良だ。聞けるなら、すぐにでもそのわけを知りたい。
俺はルリベナの言葉をじっと待つ。俺は必死で頭を回し、答えを探し続ける。内から徐々に湧き上がる不安で潰れてしまわないように。