【一巻発売中】裏切りや絶望が溢れるゲーム世界で、鬱展開全てぶっ壊す 作:棘棘生命
「……師匠。しばらくの間勇者ケルに第三学舎を見せてあげても、よろしいでしょうか」
「この学び舎を自由に歩く権利を付与できるのは、ニクラウス先生のみだ。テンセンに従って、離れるな」
エドワルドはしばらく考え込んだ後、ケルに視線をやりながらも願う。ルリベナは、ケルの所在なさげな表情を一瞥した後、間接的に許可した。
これは見方を変えれば大人の理屈だ。
単なる見学のために連れて来られたとは言い難い。また自分がいないところで話を進められるのかとケルは思った。
確かに自分には、確固たる信念のようなものはない。ただ今まで出会って仲良くしてくれた人々が幸せであってほしいと思うだけだ。
何より、己を彼が見出した理由が分かるかもしれない場だというのに。
咄嗟に口を開こうとしたケルは、エドワルドに謝られ口を噤む。謝られたことだけが要因ではない。彼が頭を押さえて、どこか不安そうな空気を漂わせていたからだ。
「すまない。どうやら、ここからは話がややこしくなりそうなんだ。後から幾らでも話そう」
「……うん。じゃあ、テンセンお姉さんから離れないように見学してくるね!」
ケルは声音だけでなく表情も明るくして、テンセンを見上げる。多くの生徒を魔法以外の面でも教導してきた彼女だからこそ、明らかな空元気だと分かった。
盤外の知恵、車輪に似た「月」。それらの理解が及ばないが複雑な力を扱える、特別な人。
陰鬱な故郷から救い出してくれた救世主は、ただ鮮烈な印象を残したまま、現在に至っても色褪せることがない。共に過ごす時間が増えるほど、大衆からも特別になっていく。
だがケルは、現状に甘んじるつもりはない。エドワルドに優しくされるだけの子どもでいたくはない。
「ありがたい。この機に、学院の叡智を広く見てみてくれ。どう応用できるのかもな」
エドワルドの囁きに、ケルは勢い良く頷く。彼の視点は徹頭徹尾、戦に繋がっている。
学院というものに初めて触れるなら、その内部を知ることはまたとない機会だ。
もはや幼子らしからぬ考えで、ケルは気持ちを入れ替える。彼の言葉で理解したのだ。
子どもだからと、遠ざけられているわけではない。勿論そういった側面もあるだろうが、エドワルドは自分に期待しているのだと。
矛神教に属する者が、他巨大組織の陣地を覗く。これは敵情視察に向かうと他ならない。
エドワルドの言葉一つでケルの態度が切り替わる様に、テンセンは冷や汗を垂らす。こんな少女がいるものかと。
(……ルリベナ様のため……ひいては学院の損失に繋がらないように……。面倒くさいのをよこして……勇者って皆、こういうものなの? 気味の悪い奴には同類が寄ってくるってわけ?)
絵越しではあるが、見覚えのある相貌がまさかこのような事態を齎すとは、あの日のテンセンは思いもしていなかった。心の中で悪態をつきながら、テンセンはルリベナの命令に従うのみだ。
テンセンとケルは、表面上取り繕ったまま部屋を出ていった。
エドワルドに対する悪感情は一切見せず、あくまで教導役としての仕事を全うし、ケルもそれを見透かしたうえで笑顔を作る。
しかし、これこそが本来人の歩み寄る様である。ドアが閉まり、賓客用の部屋には二人きり。
◆
沈黙が続いて、俺が二人につけた魔法「探知」の反応が随分と遠くなった頃、俺はルリベナへの礼から始めた。
霊月の後脚は、俺の継戦能力を大いに助けてくれた業だ。ルリベナから教わっていなかった場合を考えるとぞっとしない。おそらく、ミグゥニ相手に勝ち切ることはできなかっただろう。
しばらくして、ようやくルリベナの口が開く。
「貴様にも、場を整えようとする能はあったか。エドワルド」
「はい。何なりと、貴女の望む条件を」
「その前に貴様から話すべきことがあるはずだ。あの勇者の力を過信できるわけをな」
「承知しました。……あの子は、紛れもなく『雫』です。この世に産み落とされて、異常なまでの魔力量と成長性を持つ特別な『雫』――この意味を師匠ならご存じだと考えております。俺は、その証となる現象を確かに見ました」
俺は言葉にして、シウゼヴァクでの戦闘の詳細を語る。ケルが「此の真意」を発現したときの特徴を事細やかに。
これはルリベナの知識量を前提とした説明である。「月」に執心しながらもその他の理に近い知識を積み重ねているだろう彼女なら、理解できると信じたのだ。
知らない者からすれば、きっと荒唐無稽に映るだろう。
それからのルリベナの様子は、俺の期待通り動揺もない。
話を咀嚼してくれているようで、全て伝え終わった後彼女は頤にあてていた掌をおろした。そしてテーブルに肘をつく。
「……ふん、そうか。我輩の得たかった通りではないが、及第点としてやろう」
「驚かれないのですか……? 『雫』というのはとても古く、時代の節目に現れると言われるほど珍しい者でしょう――」
「何を惚けているバカ弟子め。貴様と比べれば、よっぽど再現性が高い。……それにもはや、転換点とも言える佳境だ。我が学び舎を腐敗させた元凶を知ればな」
「……信心深いのですね。伝承を信じられるとは」
大きくため息を吐き、聞かせるのさえ時間の無駄だと彼女は呟く。
確かに今までの物言いから、反骨精神をむき出しにしすぎたか。あるいは俺が無意識のうちに、年の近い彼女とは軽く話したいという思いもあるかもしれないが。
しかし、望んでいた情報ではないとはどういうことか。俺はじっと彼女の言葉を待っていると、また一つ息をついてから眉を怒らせる。
「『雫』を探すのは今日まで学院に伝わっている試みだ。……それよりも貴様に起こっている状況を、これから紐解く必要がある。あのシウゼヴァクから飛んだ物体について、話せ」
「浮かばせたのは、俺の『月』です。蒼月と――やってきたリシディア教の上部組織に、聖典にある車輪ではと問い詰められましたが……」
「あれが月だと……? やはり……貴様はなぞらえるだけではないようだな」
「な……!」
俺はルリベナの変化に愕然とする。鼻を鳴らすようではあったが、間違いなく今笑った。しかめっ面と無しか表情のバリエーションがない彼女がだ。
これはもしや、初めてルリベナの上機嫌を見ることができているのではないか。しかしその顔のちょっとした緩みも数秒後元に戻る。更なる怒りに変わっていきながら。
「貴様……口を開くのでなく身じろぐだけで、生意気を……。ある意味才能だな」
「…………」
「それで、共有するつもりはあるのだろうな。貴様が得た術を我輩へ伝達する――当たり前のことだが、これも条件の一つにしてやろう」
「勿論です。この焔も……」
俺は心臓から左掌へ「皚炎」を灯そうとした。だが、微動だにしないルリベナからの視線に、一度魔法の行使を中断する。また蒼月についても、一度立ち止まった。
シウゼヴァクからの旅路で、俺は見出した月に向かい合う時間を取っていた。ヨヌアたち群青血の騎士との話し合いをきっかけにして、分からないなりに、体系の基礎となる決定的な魔力を凝縮することには成功したのだ。
一枚の紙きれのごとき形状の、凝固した魔力。これを渡せば、理論書よりも効果はあるだろう。
だがやはり俺は恐ろしいと思ってしまう。ルリベナの信念を揺らがせてしまうのが、強大な力だとすれば。そして自分でも理解しきれていない術を明け渡すことへも。
敵対する可能性以外にも、あらゆるリスクがルリベナに伝えることを拒もうとしている。
「……しかしながら師匠、俺にとってはどちらも未だ分かり切っていません。それにこの焔『皚炎』は、肉体を不可逆的に変えてしまう。莫大な魔力を循環させられる術師なら、耐えられはしますが……」
「……越境の長が隠し持っていた秘術だな」
「……!」
「知っているか? 第一学舎ではそれを追い求めている派閥もある。過去を妄信し、かび臭い書物に群がる、愚昧な『神理』学派だ。そして誰一人として理にたどり着けることはない」
「それは……モユヌエ殿の正体を、貴女はとうに気づいていたということですか」
ルリベナの返答は、俺が頭で練っていた事柄を全て無しにしてしまうほどの衝撃だった。彼女は俺の問いかけに、少し違うと言った。これもまた、シウゼヴァクの一件あってのことだと。
「――間者は、黒血絶ちやアザレアだけの領分ではない。だが学院のための手駒でもなかった。金に目がくらんだ挙句汚れた仕事にまで手を付け……虫に頭を食われて無様に死んだ。平民らしいことだ」
「……確かに『束ねられた腕』らしい」
俺は脳裏に雪国での死傷者を思い起こす。束ねられた腕の半数以上は、蟲を飲み込み尖兵と化したと、後に聞いている。その骸の有様も火葬の際に見た。ルリベナがある程度地位のある冒険者ともパイプを繋いでいたのは不思議ではない。
俺は横道に逸れることは分かっているが、シウゼヴァクで魔法を行使したときの話をする。少しでも客観的な効果を彼女に知ってもらい、どう反応するかを判断したかったからだ。
説明の傍ら、ルリベナからの言葉にまた引っかかる。「神理学派」、これは学院の総長アザレアの所属だ。何故今彼女らに言及したのか。
黙り込んでいると、ルリベナの体からプレッシャーが襲い来る。
「呆れて物も言えん……ここまで我輩の頭を痛くさせられるとは」
ルリベナは目を細めて言った。色々な巨大組織に片足を突っ込むだけで、何も縛られていない個人がどれほど危険かという旨を。
だがそれについては、解決策は殆ど出ている。リィートイの誘いに乗ったうえで、誰にも言えないが偽装を施した装備で秘密裏に活動するのだ。まだ全体をカバーしきれているわけではないが、これが俺個人でできるベストだろう。
するとルリベナは、テーブルに拳を叩きつけた。
「貴様は、我輩を……そして学院を敵に回すとほざいたな……」
「……そう受け取られるとは思っていました。ですが師匠、俺にできることはこれしかないのです。古い戦士に与しては動けなくなり、冒険者でももういられません」
「……ルヴネトの老爺程度が、貴様を御しきれるものか。形だけ縛って野放しにするならば……貴様の望む本懐を、それに至る前に今終わらせてやろうか、エドワルド!」
「――だめだ!」
ルリベナはそこまで苛立ち気味に口を動かすと、勢いよく立ち上がり俺の方へ掌を向ける。急速に魔力の高まりを感じた俺はがっと彼女の左手首をつかんだ。
学者らしい、生白く細い腕だ。歯をむき出すルリベナを落ち着けるため、壁際まで押し付ける。右腕に魔力を感じたため、そちらもつかむ。
確かに無神経だったと思う。だがルリベナに隠していて、後からルヴネトの騎士になったなどと伝えればどうか。この程度では済まなかっただろう。
後ろ盾がない分、降って湧いた幸運を有難がるほかないのだ。
「く……離れろ。本気なものか」
「……申し訳ございません」
「はあ……そこまで考え無しだとは、想像もできん……」
ルリベナはしばらくもがいていたが、ふっと息をつくと足で俺の脚甲を蹴る。俺はおそるおそるルリベナの両手を離すと、彼女と同様に椅子に座りなおした。
そうして彼女は思いがけないことを放つ。
「……エドワルド、貴様が望む『大陸の守り』とやらの条件だ。――首輪をつけろ。名誉ある学院の、いやこのルリベナの騎士となる名誉をくれてやる」
この時、ルリベナの目には嘲りも怒りもなかった。俺と同じように、何かを為そうとする強い意志が瑠璃色の瞳にめらめらと燃えていた。
◆
「――願ってもないことです。しかし貴族ではない俺を近くに置くなんて、許されるのでしょうか……?」
「貴族も平民も、今の貴様には関係のない話だ。だが、エドワルドの名はいらん。これまで通り、このルリベナの命を絶対とし、いつでも動けるようにしておけばいい」
どういう風の吹き回しか。一瞬疑ってしまったがもう迷いはない。
ルリベナに詳細を訊くと、その度内容を教えてくれた。
何故俺が乗り気になったのか。それは単に彼女の下へつくだけではなかったからだ。ここにルリベナと彼女の部下である教導役二人が来た理由も重なっていた。
ルリベナには目的があった。学院の闇は、既に第二学舎以外を覆いつくしている。総長たるアザレアの思想は、彼女と比較すれば立場の弱い貴族たちを絡めとっているのだ。
永遠と、それだけでなく人智を超える試み。それを実現することで、この世の理を掌握することができる。術師が積み上げてきた探求の先に、上位種があるという。
勢力を拡大している神理学派は、かつて皚炎を灯した人類は上位種になりきれなかった不完全な存在だとしていた。高みに至るなら、皚炎というアプローチではない、上位種側の知見を手中におさめるべきだと。
怒るルリベナの目を見て、よく分かった。
今の彼女はやはり、人類の敵になることはない。それどころじゃない、俺とルリベナの目標は部分的にではあるが一致している。
だから俺は、彼女の学び舎を正そうとする意志を尊いと感じた。その志を汚されないように、助けたいと強く思ったのだ。
「シウゼヴァクでの事件は、アザレアほどの術師も尻尾を出した。もはや誤魔化しきれん。数年もすれば、我輩にまで牙を剥くだろう。後手に回る前に叩く。そのときが来るまで、準備をしておけ」
「はっ……喜んで、お手伝いさせていただきます」
「ふん、それでいい。バカ弟子といえど、上位種絡みなら合理を下せるものだな」
ルリベナは機嫌を戻してくれたようだ。無表情に戻った後、懐から何やら複雑な装飾の施された徽章を取り出す。跪けと指で床を示されたため、俺は従った。
「……これが学院の騎士となる証だ。第二学舎を敵に回したくないというなら、不用意な言動は慎むことだ。貴様が造反したと分かれば、望み通りすぐにでも殺してやるからな」
「……ありがとうございます」
「……おい、手をどけろ。貴様の持ち込んだ面倒事を一つずつ片づけるぞ」
俺はその証を受け取った状態で、しばらく固まってしまう。まさかここまで向き合ってくれるとは思わなかったからだ。
ようやく今実感できた。力を悪用し溺れる術師なんて、ここにはいない。未来もそうなりはしない。
高潔な志と、神経質だがそっと差し伸べてくれる彼女の手に、俺は抱いていた幻がぼろぼろと壊れていくのを感じた。
「……何度でも伝えさせてください。ルリベナ師匠、貴女に感謝を」
「な……おかしな奴め。ええい、離れろ!」
ルリベナが椅子を引くのと同時に、俺は向かいの席に戻る。
手に渡った証をじっくりと見た後、決して無くさないようにしまい込んだ。
それから、俺はルリベナと話し合った。天才的な術師の視点は、謎を解き明かすうえでとても頼りになるものだ。
途中、ルリベナが話題を挟む。
「――あの勇者を偵察に行かせたのは、貴様にしては良く考えたな。この学び舎にいる間は、迂闊に動けん」
「魔道具は破壊できたのにですか?」
「そうだ。この部屋以外は、監視の目があるからな。どこまでアザレアの影響を受けているか、理由をつけてテンセンとヴィクターを動かしている。先生のお考えも汲んだ上でな」
「なるほど……では今回俺ができることは少ないですね。俺のようなのが動き回っては困るでしょう」
「ああ、だが貴様に暇はないと思え。学院の、ルリベナの騎士として最初の任をくれてやる。……しばらくしたら、ヴィクターから内容を聞くがいい――」
一体どのような内容なのか。また本当に力になれるのか。俺は頭の片隅で少し不安を抱えながらも、魔法の談義や、これまでの報告に励んだ。