裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す 作:棘棘生命
暗がりに時折幼い女子の顔がはっきり映る。きりと引き締められた鍛冶屋の表情だ。俺の兜は赤くなっており、鉄が継ぎ足されることで形状を元に戻していく。鍛冶のとき出る熱や煙たい空気については、店の外に放出されている造りになっているようで、布越しに仄かに感じるぐらいだ。
俺は兜の修繕をしてくれている小さな背丈を見ながら、思い浮かべる。
リィートイ。「バックスタブレイブ」という、裏切りと絶望に塗れたマイナー鬱ゲー世界に来てから、一二を争うほど、信頼も信用もできる友人のことを。
ゲーム中でも彼女は登場している。プレイヤーが話を進める上で、目立ちにくいが非常に重要な役割を果たしていた。
そのこともあって会う前から信頼していたのだが、交流する内にリィートイの温かな善性は、魔性の域に達しているという認識へ更新されている真っ最中だ。
彼女の物語上の役割とは何か。カジュアルに言ってしまうと、「はじまりのまちの武器・防具屋」。もしくは「店で売買することのチュートリアル役」である。主人公の勇者が大陸を攻略すると、売ってくれる武器防具のラインナップも増えるタイプの鍛冶屋*1でもある。
プレイヤーは物語を進めるほどに、彼女へ精神的に依存していく。武器防具は行く先々で揃えられるが、リィートイの良い意味での「変わらなさ」がプレイヤーの癒しになったのだ。鍛冶屋として槌を振るう真剣な表情と、普段の気だるげな態度のギャップが隠れファンを生んだ。
主人公の勇者は、ゲーム開始前の時系列からリィートイと知り合いである。
その分彼女からかけられる言葉も柔らかく、勇者が店を去るときには「無事で、生きて帰ってこい」と芯の入った声で言ってくれる。
何という安心感だろう。俺も彼女には何度も心を救われた。
中盤で会えなくなるのは嫌だと、途中リタイアしたプレイヤーもいたりする。その判断は間違っていなかった。
リィートイの最期を考えれば、時が止まっていた方が幸せなのだから。
俺がぼうっと少女の作業姿を見ていると、声をかけられる。鍛冶用の厚手の帽子を触ってから、リィートイはぶっきらぼうに言った。
「おい、じーっと見られると集中できないからよ。店の中でも見ててくれ。」
「すまない…!手元が狂ったら大変だ。あちらで待つことにするよ。」
「いや、そんなに焦らなくていいって。お前は過保護な奴だな。」
少女にとって何気ない一言だっただろう。俺はそんなものにも反応するほど、まいっているのかもしれない。
「…そうなのかもしれないな。」
「もう…なんだよ。仕方ないな。…ほれ、わたしが聞いてやるから近くに来い。」
少女に気を遣わせてしまったことに気づき、俺は掌を向けたが、ぐいと引っ張られる。
俺の体は日々鍛えているはずだ。であるのに、少女から信じられないくらいの力を感じ、次の瞬間無理矢理に立たされた。
灰色の瞳は、俺の布越しの表情を捉えていた。暗い部屋であるのに炉から漏れ出る光が、俺の像を一瞬だけ映す。
情けなく未来を不安視する、エドムンドの偽物がそこにはあった。
「――そうか。つまり、この兜が裂かれたからってわけではないんだな?」
「きっかけではある。実力が足りなさすぎるんだ。三体程度、すぐに処理せねばならないのに。」
「ははは!お前、それは望み過ぎってもんだよ!」
俺はリィートイに、旅のことや現状を話す。彼女はゲーム中所属不明であるが、上位種や尖兵のことを知っていた。俺が切りだしたとき、彼女は驚きながらも情報を共有してくれた。
もっと強くならねば、生き残ることすらできない。
その焦燥と不安は、ばしりと小さな手が俺の背中を叩くことで少し和らぐ。俺は鎧を着ているのに振動し、じんと熱を持った。
学校に行くようになって間もないくらい幼く見えるのに、異常なまでに老成していて、その実おそらくだが見た目以上の年齢である。今の段階でゲーム開始時期と、顔立ちも背丈もほとんど変わっていないからだ。
俺はそれで彼女に敵意を向けることはしなかったが、上位種でないかの感知は行った。
結果はシロ。最序盤からいるお助けNPCは重要ではないと、細かい設定をしなくていいとでも制作陣は考えたのだろうか。だが少女には意味深な情報が散りばめられていたりする。彼女の名前など、その一例だ。
それに、あの悲惨な最期。とてもじゃないが軽視していたとは考えられない。「親しき者の死は、色濃く絶望を与える」と笑顔で答えるような奴らだ。まともじゃない。
俺が悩みふけっていると、リィートイは俺の顔を下から覗き込むようにして続けた。それは今の俺に毒のように染み渡る。
「お前は、わたしが今まで見てきた戦士の中でも、上から数えた方が早い腕だ。それも、何度も生きて戻って、わたしに顔を見せているだろうが。それじゃ不服か。うん?」
「…いや。焦らなければ…露払いくらいできるはずだ。」
「お前がその役割って、どんな戦いだよ!やるにして指揮か指導役だろ…。」
ぽつりと口から零れてしまった言葉に、俺は気が緩み過ぎだと自覚する。裏切らないと、知識と性格から確信できる友人たちの前では、鎧の留め具が外れるような感覚になってしまう。
彼女は、主人公の勇者のために、絶対守らねばならない一人。それなのに、俺が心の支えにしてどうする。
「…すまない、貴女の寛容さに甘えすぎた。忘れてくれ。」
「あい分かった。でもよ――エド、そんなに張りつめるんじゃない。途中でぷっつり行ったら、お前を知ってるやつら全員が悲しむ。わたしもだ。はは…そうしたら、店を畳むかもしれないな。」
「それは、困るな。…励ましをありがとう、リィートイ。」
リィートイが店を畳むのは冗談だとして、もしそうなればまずい。主人公の心の支えが無くなって、ストーリー中盤にすら辿り着けないかもしれない。それだけ、一人一人の味方が重要なのだ。
少女はにっと笑うと、口をへの字にして気合いを入れた。中断していた作業を再開しにいったのだ。
「――やらせるかよ。あんなクソどもに…。」
リィートイの呟きに、俺は気を引き締める。彼女の善性に重しがあってはならない。
そうして少女の仕事が終わるまで、並べられた剣や防具を見ていく。
埃は被っておらず、リィートイの手で打たれた品々は質の高さが伺える。俺はその一つを手に取り、予備の直剣として購入することに決めた。
念には念を。無手で戦っても敵わない化物を、視野に入れて。
◆
幼子に見える灰色髪の女性、彼女の目の前で業が燃える。
人に「
彼女らが得意とする鉄を使った技術も、体躯に余りある筋力も、上位種の上澄みには通じない。それどころか一体の上位種によってあっけなく奪い取られ、主であった彼女たちに牙を剥いた。
それは一瞬の出来事で、何の前触れもなかった。
だからただ一人生き残ってしまった部隊の人間として、彼女は逃げ帰った。その時点で心が砕けた。何にも修復できないほど粉々で、戦いのことを考えれば足腰が立たなくなってしまった。
リィートイは十年二十年と、流れる年月さえ気にせず暗がりで蹲った。何か武具を鍛えることは体に染みついて止められなかったため、病的なまでにそれだけを考えて逃避した。打った武器の精巧さから、一時的に客を獲得することはあっても、次第に客足が減る。
最低限の食物だけを買い込み、好物だった「黒錆酒*2」を喉に流し込む日々。それでも壊れない体に嫌気がさしていた頃だった。
焦った様子で扉がノックされたのである。
開いた先にいたのは、獣による裂傷や酸によってところどころが壊された、全身鎧の男性であった。自分の有り様へそのまま返ってくる第一声に、女性の耳は震わされた。
『な…!そんなにぼろぼろになって、大丈夫なのか…!?』
『へ…?』
間が抜けていたが、長らく女性にかけられたことのなかった心からの言葉に。
それから、鎧の男性は何度も女性の鍛冶工房へ訪れた。その度にぼろぼろになってくるので、彼の来訪と、兜・鎧の修繕はセットだった。
その男性は、上位種と呼ばれる忌まわしき人類の仇敵を知っていた。そして知るのみならず、狩る側へ回っていることさえも、話を聞くたびに理解していった。
女性は死んだ心へ、徐々に再び感情が戻ってくるのを感じていた。
彼に報酬をもらって施すのは、意味のある修繕。女性が立ち止まってしまった道を進んでいる、稀な戦士の素性を知りたくなってきたのだ。
鎧姿の男性は、自分自身についてほとんど語らない。旅の途中で知り合った人間や、倒してきた敵のことばかりしか。
『リシディア騎士団の、エドムンド…。「盾狩り」エドムンドだって…!?』
ある時女性は外出し、途絶えそうになっていた伝手を使って男性のことを調べた。そうして出てきた情報は、既に死んだとされた騎士の名前だった。リシディア騎士団の中では名が知れていた人間。
盾を使わず、己の足運びまた技術こそを扱い、敵の盾を狩る騎士。
リィートイはその異名と、定期的に通うまでになっていた男性が重なり、それは少し違うと感じた。名を語らない男性は、決して記録されているような自信家ではない。
どれだけ研ぎ澄ませてもまだ足りないと、声にならない声で叫んでいるような男であるからだ。
そして女性は、彼の名前を彼自身から聞く。
輝かしい「月」の魔法にて屠る騎士。「青月」のエドワルド。
こそりとついていき、見た姿から、もはや女性にとっての標であった。「月」は女性にとってなじみがあり、かつて使ってきた魔法に縁がある。今の世では珍しいそれを見たことで、再び奮起するのにも時間はかからなかった。
砕かれた心は鋳溶かされ、形を作り上げる。絶対に騎士を死なせないと。リィートイは工房の奥に眠る、自身の得物*3を時折眺める。
まだそのときではないと、尻込みしてしまうけれど。
◆
女性は業を叩き、鍛え上げる。自身の鍛えた防具が、騎士の命を守るのだ。
手を抜くことはせず、より強固に。
月を扱う騎士の防具は、彼が知らずの内に、上位種に対抗できるだけの強度へ仕上がっていた。