裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す 作:棘棘生命
リィートイに話を聞いてもらってから、数時間が過ぎた。彼女の鍛冶は手際が鮮やかで、金属を槌が叩く音と相まって小気味良い。
照明がつけられていない鍛冶工房は、俺にとって心を落ち着けるのに適した場所の一つだ。
更にしばらく待つと、少女がふうと息をついた。目と口を防護するマスクが取られたため、一段落ついたようだ。
「エド、終わった。抉られた場所以外に、スリット近くの傷も直した。見てみな、新品同様だろ?」
「感謝する。…すごいな。この前頼んだ時よりも早く終わって…それでいて出来も良くなっているじゃないか。」
「ははは!おだてだったとしても、これに関しては誇らせてもらおう。」
「おだてなものか。やはり貴女の腕は素晴らしい。」
訂正する。リィートイはもう仕事を終えたようだ。しばらく表面を研磨する音が聞こえていたので、もしかしたらと思っていたが、仕事が早い。
小さな両手を使って少女が手渡してくるそれを、俺は確認する。そして兜の状態を見て驚かされた。
確かに上位種に付けられた傷の数々が綺麗になっている。それなのに重厚感も増したような感じだ。
もう還らない亡き騎士エドムンドとは違う、俺の「顔」。彼の高潔さも騎士としての誇りも、この兜にはない。何の特徴もなく、頭部を完全に隠す兜、俺にふさわしい防具だ。
冒険者である「青月」エド
善人を助けたいと願ったプレイヤーたちの代弁者になろうだなんて、おこがましいことだ。俺自身の望みを叶えたい。そうしたいからこそ、越境組織に登録した偽名なのである。
顔に付けた白い布を取り外し、兜を被った。まだ炉の温もりが仄かに残る。
俺はエドムンドの偽物ではなく、俺に戻った。
「被り心地はどうだ?何なら、まだ調整してやれるよ。」
「いや、これがベストだ。良い仕事だった、ありがとう。」
「おう。…ああ、そうだ。お前が次来た時のために、取っておいたものがあるんだった。ちょっと待ってろ。」
リィートイは童のような柔らかな頬に笑みを作ると、ぽんと掌を叩いた。俺を制止した後、工房の奥へと向かい、すぐ駆け足で戻ってくる。
彼女の両手には、瓶が握られていた。ちゃぷりと音を鳴らす液体は黒く、開けられた瓶の口からは酒気が漏れ出ている。
「――仕事も終わったことだ。この『黒錆酒』を、わたしと一杯飲まないか。」
「…いただくよ。報酬はこの分も渡そう。これを。」
「まいど!」
にっと笑う姿は、どれだけ容姿が幼くとも大人の女性であった。俺はじっと見た後、一杯だけならと頷く。
酒の酩酊を無くすための、丸薬はまだ残っている。苦くて酒の旨味さえ消すだろうが、問題ない。リィートイとの会話の機会を作るためだからだ。
工房に明かりは灯らぬまま、彼女が俺に酒を手渡した。黒錆酒は「バックスタブレイブ」において序盤の最後、リィートイが売り出した道具だ。そしてその後も、悪い意味で印象に残ってしまう場面にて登場した。
しかしこれは彼女の好きな酒だ。この世界に来た後、彼女自身からその話を聞いたのである。
最初は不吉に思っていたが、もう俺の中では景気づけの一つとして思えるようになった。
俺はリィートイと同じタイミングで、兜の隙間から飲む。名前の通り、磨り潰された薬草が錆の溶けた水のような濁りを作り出し、どろりとしている。
その後、カッと全身が熱くなるような心地がして、拳へ込められる力が増す。
嗜好品ではあるが、これこそが錆酒の効果。この効果を実際に体感すると、ゲーム上で身体能力が向上したわけも分かるというものだ。
「はははっ!エドのそれ、やっぱり面白いな!どこでも油断しないというのは、すごいことだ。さっきも言ったが、無理はし過ぎないようにな。」
「ああ、心得ている。…少し思ったのだが、この酒を飲んだら外へ出ないか?町の盛り上がり具合を見るのも、貴女にとっては良いだろう。」
「ええ盛り上がり…?今日、何かあったっけかー?」
酒の影響か、すぐ話の調子に締まりがなくなってきたリィートイは、首を傾げた。
開催期間が長いから、日常である故に忘れているというわけではなさそうだ。俺は答える。
「ルヴネトの王が開いた闘技によるものだ。知らないのか。」
「おー…もうそんな時期か。時間の流れは早いなー。じゃあ、エドがここに来たのも、闘技に合わせるためか?」
「いや、俺も来てから知った。…お互い時勢には疎いかもしれないな。」
「ははは、違いない!なら、お前の話に乗った。後で町の散策だー!」
俺とリィートイは、先程の相談では話さなかった近況を伝え合う。
彼女の鍛冶の腕には、少なからずファンがいるようで、時偶に武具の作成を依頼されるそうだ。もっと人の出入りが激しくてもおかしくないのだが、まだ本格的には動かないようだ。
きっと数年すれば、彼女の面倒見の良さが知れ渡る。そういう意味では、年月が進むのを楽しみにしている。
「――時間があれば、闘技で人の戦い方を学ばせてもらおうと思っていた。しかしまだ悩み途中だ。」
「お前は、人探しもしないといけないんだったな。鍛錬、それとも調査か…。わたしとしては、不安を晴らせる方がいいと思うよ。エドが催しに出るんなら、観に行こう。」
「そうだな…。」
俺は、この突発的に直面した催しについて、どう判断すべきかじっくりと考える。
ここへは長居をする気はなかった。しかし俺の頭に、ある一つの可能性が浮かんでくる。
確かにルヴネト王国の破滅は、先の話だ。だがこういった、町全体が盛り上がるような出来事に、奴ら
ゲーム序盤では城下町内に亡霊がいなかったとはいえ、「バックスタブレイブ」の世界は歪み切っている。俺の目が届かない場所でも、悪意が人類を殺すため狙い続けているのだ。
黒錆酒による酩酊が醒め、動悸だけが残る。俺は目を閉じてから、心を落ち着け決めた。この街にしばらく残り、場合によっては新しく三つ目の選択をとると。
「また、思いつめてるのかー?全く、お前ってやつはー!」
「…強い…。」
「当たり前だろ?わたしだって、ずっと鍛えてたんだからな。年の功ってやつよ!」
少し黙っていたためか、酒の匂いがする体に、ぐいと近づけられる。俺はリィートイについて、普段は腕力を制御しているのだと感じさせられた。
「やはり……」
「…やはり、なんだ?もしや、わたしの齢を聞き出そうって?女性にそういうこと聞くのはな――」
椅子に座って足をぶらぶらとさせながら、リィートイは一人で沢山話し始めた。その様に、思わず頭を押さえてしまう。ゲーム中にはこんな一面は描写されていなかった。
舌足らずになり愛らしくはあるが、酔いが醒めた少女にとって恥ずかしさを残すであろう酩酊っぷりだ。
俺はリィートイを外へ連れていくことにした。陽の光を浴びた少女の顔は、想像通り酒により真っ赤になっていた。
ふらふらと千鳥足になりかけの、リィートイの手を握り歩いていく。
この城下町を実際に見れば、あの光景が脳裏に浮かぶ。家々は完全に倒壊し、あちこちで悲鳴が聞こえ、勇者にとっての大事な人全てが失われた地獄を。
◆
主人公やプレイヤーにとって旅立ちの町とは、最も安全な場所である。
穏やかな街並みに安心し、効果は弱いが序盤の頼れる道具を売ってくれたり、武器を買うことができる場所。
主人公にとっての故郷であり、友人知人もたくさんいる。ゲームの基本を教わる、チュートリアルを兼ねた場所でもあるだろう。
ずっと壊れない。例え町の外が悪の力に覆われていても、大団円を迎えるまで残り続ける。それは他のファンタジーRPGの話だ。
その認識を絶望に染めるのが「バックスタブレイブ」の卑劣さである。
街路は赤と黒の混じる血で染まり、親しかった幼馴染や友人は化物となって襲ってくる。上位種による操りの糸が切れるとき、相手を呪う言葉も忘れずにだ。生前ならそんな言葉を放つわけがないのに、もしかしたらと、プレイヤーと主人公どちらもが思わされてしまう。
助かっているように見せる手口もあった。寄りかかって眠っているようで、もう亡くなっていたり。泣き腫らしているのは、そういった動きを尖兵に仕込んだ上位種の策略であったり。あらゆる鬱描写を、一気に叩きこまれたのである。
この世の地獄に、今俺の手を掴んで笑っている、幼気な子どものような鍛冶屋もいた。
彼女は最後まで戦ったことが伺えた。しかしその描写は少なく、上位種に狩られ倒れ伏すシーンだけが一枚絵にされたのだ。
そして彼女の骸の近くには、柄が折れたハンマーが寄り添うように落ちていた。願掛けのためか黒錆酒がかけられたそれは、彼女の武器であるとだけ説明されていた。
セリフはあれど、戦禍によって途切れていて悲劇だけが強調される。
主人公の心は始まりの町でほとんど砕け、最悪の精神状態で終盤の話を迎えたのである。
俺は絶対にあの悲劇を起こさせるわけにはいかない。この大陸を上位種に掌握させないように、俺は力を付けるのだ。
希望の光である勇者と、人類に味方しつづけた実力者たちが。絶望に堕ちず、全ての化物を屠る様を見届けるまで。
◆
騎士と幼い容姿の女性は、城下町を練り歩いた。女性は赤らんだ顔で陽気に笑いながら、いくつかの店を掌で示し、騎士はそれに従い連れていく。
その二人の様子を、人混みの中から見ている者がいた。休暇を取っている騎士アイナとその部下、偶然知り合うことになった冒険者のミナであった。
アイナの部下である騎士は、闘技に出ることを聞きアイナと同じタイミングで休暇の申請を通したのだ。
「……。」
「あ、あはは!そんな怖い顔しないでくださいよ騎士長…。彼も色んな方と交流されている。ですから、この町にもご友人はいたってことです!」
「騎士サマ、今のこの方に何を言ってもだめだと思いますよー。」
「ああ、貴女もですよ!アイナ騎士長とどういう繋がりがあるか知りませんけどね、二人ともお話ししに行けばいいじゃないですか!」
アイナとミナは無言になり、部下はその威圧感に冷や汗が出てきた。彼女たちの謎の執着心も気圧される原因だったが、冒険者であるはずのミナから、同僚と同じくらいの魔力を感じたことも拍車をかけた。
アイナの部下は、幼い子どもに見える少女の手を握る、騎士の後ろ姿を見つめる。
(青月って、本当に元リシディア騎士団の人間なのか?あんな人がいたら、すぐ気づいたはずだ。)
その部下は常人と比べれば非凡であったが、年下のアイナに付く形になっている。リシディア騎士団は、実力主義の面が強いのだ。
裂け目の対処を行う上で、年老いても生存できるのはほんの一握りであるため、力を取り立てる風土へ自然に整えられていったのである。
だからこそ、アイナの部下は違和感を覚えた。彼が用いるという「月」の魔法は古く、習得している者など大陸中探しても殆どいないと考えたからだ。
いたとしてそれは、「学院」の才ある術師たちである。
日々の過労により白髪が多くなってきたアイナの部下は、はっと気づく。騎士がこちらへ振り向くのを見たのだ。
騎士は深く頭を下げた後、彼女たちの立つ方へ向かってくる。騎士の身に着ける胴鎧はマントで隠されてはいるが、リシディア騎士団のものに近かった。
「エドムンド殿、か…。やはり信じがたい。」
彼は過去、戦いの中で殉死したと報告された。その後生死不明という扱いになったが、それは「青月」が、越境組織内で名を上げてからである。
そしてその原因を作った、エドムンドの面倒を見ていた男については、既に上層部が処分を下している。その騎士が、上位種の尖兵になったためだ。だからもう、エドムンドの生死に関する真実を知る者は、残っていない。
まるで亡霊と対面しているようだ。アイナの部下はそう考えながらも、アイナやミナと話す騎士を少し離れたところで見つめた。
陽光によって兜の奥、青い瞳が少しだけ見える。その眼差しは亡霊と呼ぶには、あまりに穏やかであった。