裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す 作:棘棘生命
町の活気をリィートイと観てまわりながらも、上位種の影がないかを警戒していた時だった。
俺は背後から鋭い気配を感じた。急いで振り返れば、そこにはアイナとミウ、そして顔をどこかで見たことのある青年が立っていた。
青年については、しばらく考えると思い出す。リシディア騎士団における騎士の一人だ。
アイナ同様、騎士団の鎧を外しているが、俺には分かる。顔を覚えるのは得意なのだ。
(騎士団の人員が二人…。本当に、ただ催しを楽しみに来ただけか?)
同時に懸念が浮かぶ。彼女らが市井に紛れて巡回しているのだとすれば、協力すべきだ。とりあえず三人へ頭を下げてから、近付く。
いきなり進行方向を変えた俺に驚いたのか、リィートイは小さな掌へ少し力を込めてきた。
「どうしたんだー?」
「リィートイ、貴女にも紹介しておこう。俺の…年は離れてはいるが、友人と思える人たちだ。」
「…お前が自分から私に会わせるなんて、興味あるな!偶に話に出てくる、『
「いや、新しくできた友人だ。向こうは、俺のことをそう思っているかは分からないが…示し合わせるものでもないからな。」
リィートイに事情を説明すると、彼女は赤らんだ顔へにやりとした笑みを浮かべた。
そして固まって立っている三人が人混みの中からはっきり見えた後、肘で俺の腕をついてくる。
「おいおい!何が年の離れた友人だ!お前、あんなかわいい子たちをどこで引っ掛けたんだー?」
「そんなものじゃない。彼女らに聞けば、すぐに分かることだろう。」
「はあ。そうかよ。まあ…エドが良いやつだって思っているなら、話しやすいだろ。」
リィートイは顎に左拳を持ってくると、そう呟くように言った。
確かな善性を持つ人たちだ。ミウについても、話すときにもう過剰な疑りはしなくていい、芯がある少女だとも分かっている。
俺たちは人混みを掻き分け、三人の元に合流した。アイナの笑みによって細められた目が、どこか別の意味を含んでいるように感じた。
まずは数時間ぶりの再会についてと、騎士団の男性への挨拶を言葉に出す。
「二人とも、食事を摂ったぶりだな。こんなに早く再会するとは思わなかった。…リシディア騎士団の騎士殿も、またお会いできてうれしいよ。あの時、裂け目の対処では助けられた。今改めてお礼を言わせてくれ。」
「あはは…覚えてらっしゃるとは。自分のことは良いですから、このお二人とお話しください。」
騎士団の男性は何故か焦ったような顔で返し、掌をアイナとミウに向ける。
アイナの目は見開かれており、特徴的な藍色が俺の兜を凝視している。ミウは反対に、しゃがんでリィートイと視線を合わせていた。
「ふうーん…!用事があるとか言っておいて、こんなに小っちゃな娘とお出かけするんだー。…ねえこの娘、なんかすごく、お酒の匂いするんだけど…。」
「エド先輩。その兜…もう修繕してもらったんですね。どなたが、先輩のそれを?」
二人の質問へまとめて答えることはできない。俺は一つずつ答えようとしたが、ずいと首を近づけられることで、言い淀まされる。特にミウが抱いている疑念は、とてもまずいと分かるのに。
これまでは、矢継ぎ早に問い質されることなどなかった。
俺が信頼でき、尚且つ俺と交流を持ってくれる友人が軒並み落ち着いた性根であったことも要因だろう。一つの町に、これだけ知人が集まることも珍しい。
俺が惑っていると、リィートイが助け舟を出してくれた。彼女はぐいと小さな背を伸ばしてから、話し始める。
「あはは!お前、たじたじじゃないかよ!若い子の元気についていけてないぞ?」
「え、若い子って…。あなたも…そうじゃない?」
「ありがとうよ、お嬢ちゃん!…じゃあ、そっちの騎士も含めて色々聞かせてもらおうか。人が少ないあっちの方でな。」
リィートイは人の疎らな場所を示し、それから自己紹介をする。男勝りな口調だが、間延びした安心できる声が俺の耳にしみ込む。
「――わたしは、この町で鍛冶屋をやってるリィートイだ。よろしくな。」
そして互いに自己紹介を済ませた後。二人のサイクルの早い質問を、ほとんどリィートイが捌いてくれた。
アイナが特に気になっていた、俺の兜の修繕については自分が直したと伝え。ミウの、俺とリィートイの関係性と酒の匂いについての疑念は、友人であると力強く答え、その上でこの国の法には乗っ取っていると話した。
すると、自然と二人の興味はリィートイに移ったようで、少し離れたところで三人雑談しはじめる。
姦しいというのも失礼だが、野太さが混じらない声たちが楽しそうに話すので、賑やかさに気分があがる。
「…あなたが、毎回エド先輩の防具を修繕していたんですね!先輩の命をこれまで守ってきた鍛冶の腕…すごく気になるっす!」
「ふうーん、鍛冶屋さん…か。後で売ってる武器見に行きたいな。それとリィートイちゃん、何年くらいエドと友達なのか教えてもらっていい?それとエドが他に話してたりする友達についても――」
「あはは、人気者になっちまった!鍛冶の腕なら後で証明してやるよ。で、なんだ――」
リィートイは笑顔を作りながらも、俺に目配せしてくる。そして二人に分からないよう頷き、小さな右手でサムズアップを作った。
彼女がしばらく相手をしてくれるようだ。俺はリィートイの心遣いに頭を下げて感謝し、同じく三人から離れたところで立つ騎士の青年へ声をかける。
「おお、『青月』殿。アイナ騎士長たちに混ざらなくていいので?」
「いても邪魔になるだけだ。それより騎士殿、先ほど礼をきちんと言えず申し訳なかった。」
「はは、いいんですよ!そんなかしこまらなくても。…あなたは元ご同輩。立場が変わろうと、私たちと同じく民を守る剣だ。そうでしょう?」
騎士の青年は気さくな表情・口調から、こちらを見定めるような顔に変わる。
やはり、アイナの部下は頼もしい。齢が若い司令官の下についているのに、その立場へ不満を持たず。鎧を脱いでいようと、リシディア騎士としての任を全うする。
あの人類の敵であるリシディアとは関係ない。彼らが個々に持つ善性こそが、騎士としての在り方を決めるのだ。
自然と口角があがる。俺は騎士の青年へ、話を切りだした。
「その通りだ。騎士団を抜けた以上、尋ねるのも憚られる事象はある。…だが、敢えて聞かせていただく。貴方たちがここにいる真の目的についてだ。」
「はい。なら情報の交換といたしましょうか。騎士としては独断で決めかねますが、鎧を外した私個人ならば。」
「ありがたい。よろしく頼む。」
柔和な笑みを浮かべ、騎士の青年は「そちらからどうぞ」とばかりに掌を向けてくる。俺は自分が持つ懸念について、青年へ話す。
◆
アイナの部下である騎士は、「青月」と会話する中で疑念が深まる。過去に任務で一緒になったことのある騎士エドムンドと、目の前の「青月」の話し方は全く違うように感じたからだ。その性格も、寧ろ真逆と言っても良いほどである。
鎧を剥ぎ取り、リシディア教の特徴的な意匠を消した上で、別人が成り代わった。そう言われても、彼は納得できるだろう。
感じたというだけで、確信に至っていない理由は二つあった。一つは、任務で一緒になったのが六、七年前のことだからだ。もう声も忘れかけているし、記憶の中の顔さえおぼろげだ。
もう一つは、今まさに「青月」が目の前で話している内容である。
「――剣のドラクシエルは、リシディア教とは相性が悪い。騎士団の人間が大手を振って歩けない。だから姿を隠した上で、民を守っている。貴方たちなら、そこまで民を思いやっている。そう思えてな。」
(彼のこれが演技だとして…ここまでぼろが出ないものか?いや…どうか。)
アイナの部下は青月の言葉に頷きながら、別のことにも思考を巡らせる。
青月の考え方や話し方は、追剥の類だとは思えないほどに騎士然としていた。越境組織に登録し活動する冒険者は、礼儀を学ぶことのなかった粗暴な人間が多い。
無論、冒険者の全てではないのだが、民間の出や落ちぶれた貴族などが最終的に流れ着く場所でもある。
アイナの部下は仕事上、越境の中での実力者に話をつけに行くことがあったのだが、後天的に学んだ品性というのはぼろが出やすいものだ。「青月」にはそれがなかった。
彼がさきほど青月に言った「
(エドムンド殿ではない…他教の騎士?それとも貴族か?分からないな…私がもっと記憶力がよければ、顔を見せてもらうだけで済んだだろうに。)
「騎士殿、どうかされたか?」
「ああ、いえ。少し考え事を…。」
思考に没頭しかけたアイナの部下は、「青月」に向かって取り繕い、聞いていた考えを整理する。
「そうか。それで…どうだろう。俺の考えが間違っていないのであれば…。」
「ご明察です、『青月』殿。確かに私たちは別の任も受けています。ルヴネト近辺に、裂け目の反応がありましてね。それは何とか対処し終えたのですが…。」
彼は途中で口をつぐみ、「青月」の兜をじっと見つめる。顔を隠した騎士は急かすでもなく、アイナの部下が続けるのを待っていた。
「――反応が大きすぎたんですよ。対処したそれは小さかった。ならこれは、裂け目の出現位置が重なっていると、示しているような…。まあ…念の為の任務です。」
「なるほど、そうか!推測は正しかったか。任務でお疲れのところ、機会を下さり感謝する。…リシディア騎士団の判断力は、年を追うごとに上がっているな…。」
彼に対面する「青月」は嬉しそうに語る。その喜びは、自身の考えが当たったことよりも、騎士団の判断向上に対して比重が傾いているようだった。
やはり違うと、アイナの部下は確信する。歳月がいくら経とうと、人の本質は変わらない。このようなとき、騎士エドムンドであれば、己の推測の正しさに自信を高めていたはずだ。
ふと、一文言だけ思い出す。エドムンドたち騎士数十人が、二体の上位種相手に戦い何とか勝利を収めた、ある任務の時の言葉を。
『皆、よく頑張った。…「盾狩り」に、狩れぬ守りなし!』
エドムンドは、与えられた称号に誇りを持っていた。どのような事情があれど、冒険者になっても「盾狩り」の名は捨てたりしないはずだ。
アイナの部下は聞き出そうと、口を開き直した。情報交換、「青月」と名付けられた正体不明の騎士について。
◆
考えが間違っていなかったことに、俺は気分が晴れやかになる。そして表向き休暇としながらも任に当たる騎士団の過酷さに、少し胸が締め付けられた。
民のために、個人をないがしろにしているとまではいかないだろうが、それでもだ。あちらのもう戻れない世であれば、月に一度あるかないかの休日を返上しているのと同義だろう。
才能ある若者が、こんなにも酷い労働環境に。世界の状況を考えれば、仕方のないことである。
騎士達は「バックスタブレイブ」において、どの教義であっても物語の清涼剤であった。彼らの気高さこそが、俺たちプレイヤーを何とかプレイし続ける理由の一つにしたのだから。
その反動で、一部の「裏切り」と多くの殉死が、深く心的外傷を与えてきた。だから目の前の彼も、生きてほしい。
「私の方からも、お聞きしたいことがあります。」
「ああ、何でも聞いてくれ。」
「あはは。答えづらいことならば、黙秘で構いませんからね。それでは――」
俺が話し終えたため、聞く側を交代する。何が来るのか身構えていると、意外な質問が飛んできた。
「――裂け目の対処で扱われていた技。あの『月』の魔法は一体、いつどこで習得なされたのか。それをお聞きしたいです。珍しいと思いまして、他意はございませんよ。はは!」
「なるほど。確かに、騎士団で扱うことはない魔法だ。貴方の疑問が解消できるなら、お答えしよう。」
いつか聞かれるとは思っていたことだ。俺はこの世界に来てすぐ、必死で鍛錬した日々を思い起こしながら伝える。
何とか伝手を作り。最も「月」を知る者に、何日も土下座し、研究のための素材を幾度も持ってきて。ようやく学ぶ機会が得られた、情けない寄りの話を。
足蹴りや高圧的な罵倒もされた。あれが人に物を教える立場にいる人間なのだから、術師たちもストレスだろう。美貌を抜きにしたら、毎度授業放棄されて解雇確定だ。
こうまでしないと、あの性格が悪い術師と会話し、糸口を得られる機会は作れなかった。
個人名や研究内容は言わないようにしているため、誰に話そうと問題ない。言いふらされたところで情報はほぼないので、俺が物理的に攻撃されても対処できることには変わりないからだ。
戦いやその間に凶刃が迫ることだけが、俺の警戒している部分である。
俺の話が愚痴のようになっていたためか、青年の顔を引きつらせてしまった。俺は謝罪する。
「申し訳ない。個人的な話をしすぎてしまった。」
「ああいえ、そんな!聞いていて無駄なところなどありませんでしたよ!貴重なお話をありがとうございます。」
騎士の青年は続けて質問してきた。見定めるような表情も、幾分か和らいだような感じがする。
だが視線は、俺の鎧から外されることなく射抜く。少し口調が淀む彼からは、疑いよりも戸惑いの感情が浮き出ているように、俺は思えた。
俺は答える。彼の戸惑いを晴らし、戦いの中で余計な思考がよぎることの無いように。
「…『青月』殿は何故、そこまでして師事を?あなたの実力ならば、上位種にも後れは取らなかったでしょう。ましてや、騎士団から失踪なさる必要もなかったはず。」
「俺は昔、見聞きしたことがあるんだ。『月』は何よりも深く、化物に傷を残すことができると。」
「それは…。」
「そう。騎士団から抜けたのは、身軽さを求めてのこと。腕を高め…化物を、上位種を狩り尽くす。それをするために、最も有効な魔法が『月』であったのが理由だ。」
はっとした表情を青年は作った。そして手が震え始める。何を思ったのかは分からずとも、彼の戸惑いが晴れそうなことは分かった。
沈痛な表情を作った青年は呟く。彼はエドムンドのことを、知っていたのだろう。
「そうか…あなたは、もう家族を。」
「騎士殿。俺はエドムンドとして死んだ。何もかもを奪われ…剣を折った。だから今、俺はただの冒険者。…この兜の下がどうあれ、俺は名を持たない。偽名さえも、ただの方便だと。」
俺の持てる全てを使い、背負って戦う。エドムンドの無念もそのうちの一つだ。
例え、ゲーム中で名の残っていなかった騎士であろうと、この彼の体は未だ苦しんでいる。裏切りと、恐ろしい存在に敵わなかった絶望に。
俺はエドムンドの体を、いつか廃墟と化した孤児院へと返す。彼は世界の被害者であり、死しても報われるべき存在なのだから。
「疑ってしまい、申し訳ございません。ならば…貴方を何と呼べばいいでしょう。」
「好きなように。こんな固い喋り方になってしまったが、私的な用事なら、エドとでも呼んでくれると嬉しい。だから偽名も彼と同じくエドがつくようにしたんだ。」
「ははは!では、エド殿と。戦も頼りにしていますが、アイナ騎士長のこともよろしくお願いしますよ。彼女はまだ私たちより、若く才ある子なのですから。」
柔和な調子に戻り、騎士の青年はうんうんと頷く。俺は頷き返す。
主人公の勇者における傷の一つとなった、「アインエルディア」に似た少女。本人か血縁かはまだ分からないが、必ず関わりがある。
俺は彼女の身にも災いが降りかからぬよう、化物を倒す。
「騎士殿、是非とも協力させていただきたい。このような催しが盛況のまま終わるように。」
「もちろんです、エド殿。アイナ騎士長の話が終わってから、また作戦を立てましょう。いるかも分からないのが今回の厄介なところですから。」
俺と騎士の青年は、三人の話す姿を離れたところで見る。その間、騎士としての任についてやプライベートの話などを聞きながら、ゆったりとした時を過ごした。
◆
リシディア騎士団の若き司令官アイナは、月を扱う騎士と、彼女の部下が話しているのに耳をそばだてていた。
すると、アイナには話したことのない騎士自身のエピソードが、どんどん出てくる。アイナの意識は、リィートイへの質問より、彼ら二人の方に向かっていた。
(先輩、おかしくないですか!私には話せなくて、ほとんど初対面の騎士には話すんですか?)
アイナの思考は、ぐつぐつと熱を含んでいく。騎士について全て知りたいと思っているのに、まだ捉え切れていない。少女はそこも魅力だと思いながら、首を振る。
「お嬢ちゃん、やっぱり気になるか?あいつ、アイナちゃんのこと友達だって言ってたよ。ミナちゃんもそうだ。でも、お嬢ちゃんたちにとっては違うんだろ?」
「ぐ…申し訳ないっす。話している途中なのに…。先輩は命の恩人で、そんな風に…いやそんなふうっていうのは変な意味じゃないっすからね!」
「…アイナもそうなんだね。私もコルバ近くの森で、助けられたんだ。でもエド、そのことに気づいてないんだよ!」
「そうなんすね…!私もたぶん、エド先輩には気づいてもらえてないっす…。」
アイナに向かって、ミナが同調する。任務だと理由をつけて、仮名エドと名乗る騎士の近くに滞在しているアイナにとっては、ミナの自由さが少しだけ羨ましく思えていた。
境遇も似ていることを知り、また心の距離が近づいた気がした。まだ少女であるアイナは、年の近いミナとは話しやすかったのだ。
リィートイは、にっこりと童のようで童にはない悪い笑みを浮かべた。そうしてこそこそと二人に体を寄せる。黒錆酒の濃い匂いが漂った。
「エドは確かに、奴らを狩ることへ注力してるからなー。わたしは応援するよ。あいつは人で繋ぎ留めないと…すぐに無茶をする。アイナのお嬢ちゃんが会ったのは、小さい頃か?」
「はい。六年ほど前です。」
「うーん…そのくらいのときのエドについて、話してやるか。」
「え…。本当リィートイちゃんって、何歳なの…?」
「言ったろ。お嬢ちゃんたちよりは年季が入ってるってよ。まあ、好きなように考えてもらって大丈夫だ。」
見た目の割に老成している幼子の話を、アイナたちは集中して聞く。
その話からぼろぼろの騎士を想像し、アイナは想う。無私を貫き、アイナが幼い頃からずっと、民を守っているエドのことを。
もっと彼を知り、「月」を習得する。そうしなくては、彼女の標である騎士は、いつか消えてしまうから。
夕日が射しこむ前に、影が通る。それはすぐ、騎士たちと対面する。