裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す 作:棘棘生命
騎士たちが集まってしばらく。俺たちは上位種と尖兵ロイスを引き離すことに成功した。浮遊する子どものような化物を、盾と巨大な剣で包囲して、戦わざるを得ない状況を作り出したのだ。
左斜め前から、つんざくような叫び声が聞こえる。「借り物」の尖兵へ命令を出せないほどにまで、奴は苛立っていた。
いや借り物などではなく、「魔工職人」相手に盗みを働いた可能性もある。
騎士達の攻撃は安定しているようだが、ロイスを押さえているこちらの戦いは、徐々に劣勢になってきている。
正確に数えてはいないが、剣の交差は百を越えただろう。これほど長引いているのに、尖兵ロイスの動きは鈍らない。
寧ろ、あの上位種が命令しない分、動きが良くなってきているようだ。
一体だけでもこれだけ死を間近に感じる強さであるのに、主人公のパーティーはどうやって「魔工職人」操る彼らを倒せたのだろうか。
最期まで屈しない英雄とは、畏怖を覚えるほどだ。
だがその主人公は、ここにはいない。まだ勇者として選ばれてすらいないのだから、駆けつけてくるなんて夢物語も見ることはできない。
都合のいい奇跡は「バックスタブレイブ」にはない。今あるもので、絶望を乗り越えねばならないのだ。
地面に突き刺される「流刃」の大刀を蹴り上げ、「月」を強く纏わせた直剣を突き出す。
これはブラフだ。黒い流線形の手甲で払いのけようとするそれに対し、手の中で剣を回した。そのまま尖兵の腕をががと切り裂き、倒れ込むように背後に回り込んだ。
『……「叩きつける流水」』
「くっ…命令されずとも、自力で扱うのか…!」
尖兵ロイスが俺だけを目がけて、魔力でできた水の質量を叩きつけた。何とか左手から「月」の魔力を放出したが、それ以上にロイスの魔法の出力はすさまじかった。
魔法という不可思議な力により、鎧がどんどんとへしゃげていく。
エドムンドの誇りが潰される。まだ彼の体を、家族の眠る場所へ帰していないのに。
「……屈してたまるか。」
俺は顎に力を込め、水流の勢いを何とか空へと逃がす。水に濡れた俺を前に、尖兵はじっとして動かない。
もしや魔力切れか。俺の思考は楽観的な方へ向かいかけるが、すぐそうではないと気づく。尖兵ロイスは俺の背後を目標として定めていたのだ。
『……。』
「あれは…。ふっ…まさか、貴女が来てくれるとはな。」
月の光に照らされ、向かってくる人影の正体が分かる。俺の信頼している友人の、小さいがいつでも頼もしい影だ。
その人影が一歩前に進む度に、ずんと重い響きが地を鳴らす。サイドテールにしていた灰色の髪は解かれ、目つきは鋭い。そして少女の担ぐ巨大な槌が、その「重さ」を際立たせていた。
「――エド、お前に任せきりで悪かったな。」
俺の友人が近くに来るまで、ロイスはずっと固まっていた。無機質に隙を狙っていたのか、それとも少女の姿に既視感を覚えたのか。
後者であれば奇跡的だ。もはやロイスに残った臓器は、無理やりに動かされている心臓だけなのだから。
黒色の、酒の匂いが漂ってくるハンマーを小さな左手で握りながら、リィートイが俺の顔を見上げる。
目元はまだ腫れているが、きりりとした瞳で頷く。
「リィートイ。貴女も戦士として、ここに来てくれたのか。」
「ああ。懐かしい鎧を見かけたのに、蹲っているなんて失礼だろ?」
尖兵ロイスが素早く構え、リィートイを斬ろうと振り下ろした。それを彼女は槌で防御する。がきんと不快な金属音が鳴ったが、リィートイの得物には少しの凹みしかできていなかった。
「お前たちが頑張ってくれてる姿を見て…。そのおかげで、ちょっとは震えが止まった。…エド、やるぞ!」
「ああ。貴女の戦い、目に焼き付けさせてくれ。」
尖兵ロイスの目にも止まらぬ連撃を、リィートイは大きくハンマーを薙ぐだけで相殺し、両手で得物を握りしめた。俺は彼女に並び、気分を高揚させたまま集中する。
これだけの信頼できる友人たちが、同じ場所で戦っている。今だけは、裏切りへの警戒など捨ててしまえる。
少しだけ雲がかかっていた左の月が、顔を出したようだ。俺の兜に、青みがかった光が入り込む。
二つの月が更に輝いた。
◆
飛び回っていた黒翼の旧い上位種は、ついに騎士たちに撃ち落とされる。
ぎゃあと叫んだ後、上位種は血走った瞳で睨みつけた。そこには嘲りは残っていたが、焦燥が多く含まれている。
『くそっくそっ!寄り集まって気色悪いんだよ、この蛆虫どもが!ディアン様が作った人形にかかれば、お前らなんかすぐに魔力にすら価値のないごみにできるんだぞ!ロイス、こいつらを――』
「今です、首を!」
「はっ!」
アイナの鋭い指示と共に、リシディア騎士たちは刃に魔力を込め、一斉に切り払う。刻まれた上位種は金切り声を上げた後、黒い血に染まった顔で醜悪な笑みを浮かべた。
『…バカが。おれらが、蛆虫どもを踏み潰すくらいわけないんだ。まあ、おののいても仕方ないよ。これはさあ。』
「陣形を組みなおします。下がって構える!」
旧い上位種は体をばきばきと鳴らしながら膨れ上がり、黒一色の巨体へと変貌した。裂けた口と、肥大化した腕が騎士たちの恐れを呼び起こす。
腐った血の匂いと、化物の醜悪な外見はその場にいるだけで足をすくませるのだ。
ふと、一人のリシディア騎士が背後に視線をやった。騎士団に幾度も協力した、鎧姿の彼はまだ戦っている。
彼とはほとんど会話をしたことがないが、今夜命を助けられた。
相対しただけで自分たちには敵わないと分かる鎧の尖兵相手に、一歩も引かず。彼は今も騎士たちの戦いを支援している。
鎧をなぞって輝く月の光が、仄かにその騎士の心へ熱を灯した。
負けられない。集まった同輩と共に、明日も朝陽を見るのだ。
踏み潰してこようとする上位種相手に盾を押し出し、隙を見計らって刃で傷をつける。傷を大きくし、体勢を崩させれば勝機はある。
咆哮する化物に身が竦むも奮い立ち、集団の一人として「アイン・エルディア」の指示に従った。
仮名をエドとする騎士と、戦士として戦場に戻った女性リィートイは、即興で組み、尖兵に挑む。
共闘をしたことがないというのに、二人の呼吸は自然に合わさっていく。
小さくも鉄壁であるリィートイは「盾」を、エドはその盾から刃を繰り出す「剣」を担う。それは、此の地と二つの月との関わり。奇しくもその縮図になっていた。
リィートイは、尖兵ロイスの放つ水流をハンマーを前に突き出して守り、そのまま走っていく。
「らしくないな!そんな力任せな魔法なんて、使ってなかったよ!」
『……「瀑布*1」』
「く…ああ!――穿て!『峡谷*2』」
尖兵ロイスは至近距離に迫ったリィートイに向かって、更に威力の高い水流を放とうとした。
しかしそれを中断するため、リィートイはハンマーで尖兵の両足を殴り、その勢いで小さな足をロイスの胸部にかかと落としをした。大刀で守っても、武器ごとロイスの体に命中する。
大刀が砕け、ぼごと重い音が尖兵の体を震わせる。
ただの足蹴りではない。小さな足からは想像のできないほどの威力。大地を割るような一撃である。
騎士はその光景に感嘆の声を漏らす。彼はこの世界に呼び寄せられる前、古い猛き戦士たちの話に心惹かれていた。
彼らは旧き上位種の半数以上を狩り、人類に希望を与えた。どれだけ高い壁であろうと、人は超常の存在に打ち勝てるのだと。
その希望の象徴である戦士が、今目の前にいる。それも彼にとって、身近なところで眠っていたのだから高揚は冷めない。
此の地は怒っている。太陽も月も星々も、生命の営みを愚弄する異世界からの種を、赦しはしない。
尖兵ロイスはのけ反りながら地面を転がり、胸部に大きく損傷を作り出した。リィートイは顔を真っ赤にして、ぜいぜいと苦しそうに息をする。
「はあ、はあ…。わたしも年だな。ちょっと動いただけで、これだ…。」
「流石、猛き戦士だ。良いものを見させてもらった。後は俺に任せてくれ。」
尖兵が転がった路に視線をやりながら、騎士が前に立つ。リィートイは鍛冶工房でしたように、騎士へ掌を伸ばした。
騎士は左手で、女性の掌をぐっと握り立ち上がらせた。
「エド…わたし、役に立てたかな。」
「当たり前だ。貴女の腕には、これからも頼らせてもらう。」
「ありがとうな。わたしも、お前に頼りにしてもらえるように…本気になるよ。」
騎士は小さく笑うと、起き上がろうとする尖兵の方へ駆ける。鎧の内側、黒い血が凝固したような器に向かって剣を振るう。
尖兵ロイスの得物である大刀は、もう砕けて無くなった。身を守れるのは腕の装甲のみ。
だが「月」を帯びた刃を通せば、それは融けるようにして尖兵から離れた。青い靄で包まれた直剣が、一片の隙もなく首を断ち、返した手首で尖兵の心臓を貫く。
動力源とも呼べる中心部が損壊すれば、鎧もただの金属だ。ぐぐとロイスは最後に動き始める。
騎士が距離を取ると、尖兵は残っている右手を首の在った部分へ持ってきて、体をゆっくり前へ倒した。
リィートイの瞳から、熱い雫が零れ落ちる。それは「流刃」の隊列が、他の戦士と離れる際取っていた仕草であった。
心臓のみになろうと、上位種に屍を弄ばれようと、ロイスの体には気高さが残り続けていた。
◆
リィートイとの共闘を終え、俺は騎士たちの方へと加勢しに行った。あの子供のような見た目をしていた上位種は、醜い巨体へと変わっている。
リシディア騎士と矛神の騎士が協力し、地道に傷を作っていた。
「え、エド先輩…!あの、凄まじい強さの尖兵は!?」
「俺と、貴女も知る友人で倒した。後はこの化物だけだ。」
『なっ…うそだ…!ディアン様の傑作を、人間ごときが!』
魔力の糸が完全に切れたのを理解したのか、黒い巨体は鳴き声を上げながら暴れ回る。
俺は冷静に魔力を練り、大きく踏み込んだ。
「皆、獲物をもらうぞ。…薙ぎ払う!」
俺の左手から、半透明の月である「霊月の太刀」を作り出す。そのまま、腐った黒血を撒き散らす奴を薙ぎ、魔力だけでできた巨大な刃で叩き潰した。
感触はなく、目の前からしゅうと音が鳴りはじめる。
『おい…何でだよ…!やっと蛆虫を好きに潰せる…はずだったのにさあ…。』
「……。」
それは地面に押さえつけられながら、融解していく。もう空を飛ぶこともない。
騎士たちも俺と共に、上位種の反応が完全に消えるのを待つ。そして町の地面から血の一滴も消え失せた後、騎士たちは辺りの安全を確保し始める。
振り向けば、リィートイは腰にぶら下げた小瓶を取り出し、ロイスの骸にかけていた。月の光で、垂らされる黒い液体も輝く。
俺も戦士のために祈る。ずっと信念とは真逆の行為をさせられ、しかし人類の希望であった戦士のことを。
数日が経った。俺はリィートイが再び修繕してくれた鎧に身を包んでいた。
陽の光がほぼ入らない鍛冶工房には人が集まっており。その全てが、あの苦しい戦いを乗り越えた、信頼できる人たちである。
リィートイは鍛冶が終わった瞬間に、アイナやミウ、そして何故か矛神の騎士たちにも話しかけられ、言葉の波に押しつぶされそうになっていた。
「リィートイさん、何とかその魔法教えてください…!そうしたら、エドも道中楽になるかもしれないから!」
「小さな体であるのに、見事な腕前!ドラクシエル様も泣いてお喜びになるであろう。どうだ?試しに騎士見習いをしてみるのは。」
「こっちの騎士団も歓迎してるっすよ!」
「はは…いいぜ。ルヴネトの巡回なら、いつでも協力させてくれ!」
笑みを浮かべ、リィートイはてきぱきと捌いていく。
俺はその姿に、ゲーム中の彼女が思い起こされる。いつも笑顔で、主人公を支えてくれた鍛冶屋。
だが彼女はそれだけじゃない。上位種を圧倒できるほどの、猛き戦士の一人であったのだから。
希望は思いがけないところに転がっている。この世界が幾ら人を陥れようとしても、その希望たちを守り抜けばいい。そうすればきっと、「バックスタブレイブ」の世界であるという巨大な岩だって取り除ける。
リィートイはにっと俺に笑いかけ、磨かれたハンマーを指さした。
彼女はもう、戦士としていつでも戻れる。ルヴネトの破滅さえ、乗り越えられる。
「エド、もう行くんだろ。…無事で戻ってこいよ。」
「あっ!先輩、また別の町で!」
「私ももう出ようかなー。じゃあエド、町の外まで一緒に行こ!」
俺は掌を向けて、工房の戸を開いた。今日も変わらず、温かい陽が俺たちを包んだ。
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