裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す   作:棘棘生命

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世界の希望?

 俺はミウと共に、幼子ケルに連れられ、道中ケル自身の家についてや村のことなどを聞く。そこでも人の話はほとんど出てこない。両親が料理を作ってくれるというくらいか。

 そのことをケルがあまりにも嬉しがるため、ミウの顔に陰ができる。彼女の家族については知らないが、ケルとの境遇の差に過去を思い出している、というわけでもなさそうだ。

 少女は寧ろケルに構い、幼子のさらりとした髪の毛を優しく撫でている。

 

 当たり前を喜ぶのは素晴らしいことだ。しかし「バックスタブレイブ」の世界に、画面外のプレイヤーが享受しているような安全はどこにもない。

 そして主人公にとっての「当たり前」は、この世界においても悲惨な位置づけである。主人公の過去は断片的にしか語られなかったが、小出しにされるそれは、怒りで画面を叩き割るほどの環境だった。

 

 

 森を歩き、見えてきた家々の並びに息が詰まりそうになった。非常に見覚えがある。濃霧に覆われるその村には、良い思い出が全くない。

 ケルは振り返ると、異様な雰囲気の村を掌で示し、紹介する。曇りのない笑顔だ。

 

 

「お兄ちゃん、お姉ちゃん。ここがミストヴィルだよ!」

 

 

 やはりここがそうなのかと、俺は兜の中で顔が歪むのを感じる。ケルの幸福のためなら、すぐさま焼き払っていいほどの心境にかられる。

 ミストヴィル。安直だが、村の特徴である霧を表している。そしてここに生きる人間の陰湿さも。

 

 

「…うーわ。エド…ケルちゃんに悪いけど…。ここ、すごい嫌な感じする。」

「…同感だ。」

 

 

 俺の兜に顔を近づけ、こそりとミウが感想を伝えてきた。感覚に優れた彼女だからこそ、村の空気を色濃く感じたのだろう。俺もミウに小さな声で返す。

 

 ケルについていくのが躊躇われる。ここが主人公の生まれ故郷だと分かった以上、村の入口にいるのはまずいし、中に入るのはもっと悪手だ。

 顔の知らない部外者を、ミストヴィルは歓迎しない。ゲーム内の設定によれば、外からの交易を絶つことが功を為してしまった例であるからだ。

 ケルは首を傾げた後、俺たちのところへ戻ってくる。

 

 

「あれ、どうしたの?やっぱり来るの嫌だった…?」

「ううん、そんなことないよー!…私たちが入っちゃうと、すごく怒られそうじゃないかなーって。」

「大丈夫だよ!だって村の人が怒鳴ってるところなんて見たことないよ?」

 

 

 ケルはふらりとまた村の中へ戻り、奥の方にいた人間へ向かって目の前で手を振った。俺はミウを茂みに隠し、その様子を観察する。

 遠目から見ても村の女性は無表情であったが、ケルが話しかけると両頬を吊り上げた。不気味な作り笑顔。ケルへ寄ってくる村人は全員間違いなく人であるのに、人ではないような表情であった。

 

 やはりここは最悪だ。ミウは怯えたようで、俺の腕をぐいと引く。

 

 

「ひっ…!エド、ここ本当におかしいって。ケルちゃんも、もしかして――」

「いいや、ケル君は被害者だろう。あの子の純粋さが作られたものだとでも思うか?」

 

 

 異様な雰囲気をした家屋と、不気味な人間たち。ケルが暮らすのは、常人なら正気を失いそうな場所だ。しかし、幼くも強靭な精神は折れずに輝いている。

 ミウはかぶりを振った後、ケルの置かれている状況を正しく理解した上で、はっきりと答える。

 

 

「…ここからは絶対離れた方がいい。」

「ああ。だがその前に、ケル君に話を聞こう。離れた場所でな。」

「いいよ。あの子が戻ってくるまで待とっか。」

 

 

 幼子が戻るまで、俺は危惧していたことを頭の中で整理していく。それは、ケルをどのタイミングで助けるかということだ。

 ミストヴィルという地獄のような因習村は、主人公に最初のトラウマを植え付けた場所でもある。

 

 

 主人公の両親は最期までここで生き、上位種の襲撃によって命を落とした。

 罵倒されて余りある親とも言えない奴らであったが、主人公にとっては村で唯一愛を受けたいと願った二人だ。偶に与えられる残飯の、更に残りカスのような食事にさえ、親子の絆を感じようとしていたほどに。

 

 しかし主人公からの親愛は、叶うことなく終わる。叶わないだけでなく、両親からはこの世のものとは思えない罵詈雑言、恨み言を吐かれ。今生の別れとなる。

 

 

 主人公は襲撃してきた上位種を、たった一人で倒した。そのトリガーが何かは分からない。怒りか悲しみか、本能的に危機を感じ取ったか。白い魔力の奔流が、上位種を消し炭にしたのである。

 そして遅れてやってきたリシディア騎士団が、主人公に「勇者」としての才覚があることを理解し。壊滅した村から助け出した。

 

 勇者になれる条件は、魔力を溜められる器が大きいことや、魔法の才能があることではない。

 上位種の逃げ場を無くすための魔法。裂け目を無理矢理に閉じる「縫合」の魔法を習得できるかどうか。

 

 主人公は、唯一無二の「勇者」であった。誰にも教わることなく「縫合*1」を使用していた、特別な存在であったのである。

 

 

(――ケル君の才能が、どのタイミングで開花するか。あの、クソみたいなことが起こる前には保護したいが…無理やりに親から離すとなると…。)

「戻ってきたよ。行こう。」

 

 

 俺が考えている間にミウが、ケルの言動を観察し続けていた。彼女の合図に従う。

 俺は、ミウが村人に向ける鋭い目を右手で遮ると、ケルを手招く。トトと音を立てて駆けてくる、ケルの口の前に指を一本立ててから、村の外へと姿を隠しながら離れた。

 

 

 ずっと考えている。目の前の幼子からは、ほとんど魔力を感じない。漂う気配からは、確かに魔力を溜める才能を感じるが、今はまだ育つ前の種子である。

 

 この種子へどのように水をかければ、英雄然と育つか。その一歩としてケルが心から納得し、村から離れる必要がある。俺にはまだ、その方法を判断できない。

 

 

 

 

 霧深い村で育てられた幼子は、湧き上がるような興奮で内心舞い上がっていた。歩くだけで楽しいし、会話するだけで声が弾む。

 今エドと名乗る騎士と、銀髪の少女ミナはケルを交えて話していた。ケルから詳しくミストヴィルの現状を聞き、その度に騎士とミナは顔を見合わせる。

 二人の声音は真剣であり、時折ミナが優しくケルの頭を撫でる。ケルが無意識に手を伸ばすと、騎士も幼子の掌を握った。

 

 ミナが触れた頭は熱を帯びたように感じ。騎士の手甲の内側はごわごわとしていたが、腕から全身に血が巡るような心地であった。

 

 

「話を聞けば聞くほど…。君をそのまま置いてはいけない。」

「ケルちゃん大丈夫だよ。私も力になるし、エドが助けてくれるからね。…早く良い案考えないと!ね、エド。」

 

(手ってこんなにあったかいんだ…。)

 

 

 幼子ケルは、生まれてから今まで、まともに人と話したことがなかった。言葉を学んだのも両親の呼びかけや、村の人々がひそひそと話し合うときの会話、年に数回来る異邦の商人からである。それ以外の情報については、与えられた本から文字を読み取るくらいだった。

 

 貧しい上に閉塞的な村で、超常の力の源を宿す者は、忌み嫌われる。それはどの国にあろうと変わらない。

 才能を発揮する前に、大抵が命を落とす。故意に命を奪われる場合も、珍しくはない。

 

 

 だが幼子にとって不運なことに、この村ミストヴィルの人間は、超常の力を制御できると考えていた。この村では、死すら生温いほど人道を外れた取り決めが為されていたのだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。魔力を持った者は生まれた瞬間から、裂け目が発生したときのため、生贄として育てられる。それもただの生贄ではない。魔力を持つゆえに、人としてすら扱われないのだ。

 かつて上位種にミストヴィルは襲われ、生贄を作り出したことで難を逃れた。裂け目が発生するたびに、幾度も生贄を用意した。だからミストヴィルには、忘れられることなく言い伝えられている。

 

 

 化物は、人間を痛めつけて殺めるのが好きだ。そうして満足すれば姿を消す。

 早々に満足するように、魔力を持つ人のような化物は、純粋無垢になるよう育てよう。汚れを知らないなど、獣として生きていくこともできないのだから、感謝すべきだと。

 

 ミストヴィルの人間たちは、異端に区分される者に強烈な敵意を向け、憎しみの余り支離滅裂な理由を正当化する。笑顔の愛らしい子どもであろうと、その魅力を害として扱うほど病的であった。

 

 

 幼子は自身の扱いについて、気づかないよう目を逸らしていた。自分以外の村の子どもは両親と暮らしているのに、何故ずっと一人で放置されるのか。

 お腹が空いたと言っても、貼り付けたような笑顔を作る両親は、豆や穀物を数粒しかくれない。偶に冷めてはいるが料理が置かれていて、数年前まではまだ親としての情があるのだと勘違いしていた。

 

 今や幼子は、十にもなっていないのに、山の中に入って草花や小動物を自力で調達するようになっていた。ケルにとって、一人でいることこそが落ち着くようになってきて、段々と思い込むことも苦しくなってきた。

 

 

 エドと名乗る騎士は、幼子のことを買いかぶりすぎている。今のケルはただの子どもだ。特別な勇者の精神は、ゲーム開始時点で既に()()()()()のだから。

 

 勇者となった主人公は、深い暗闇に身を置き続けたからこそ、時偶に見える光に焦がれた。この村の人間よりはましだと、寛容さを見せるようになった。

 そして光が、上位種によって潰えていく度。希望は踏みにじられ、悲しみを心にずっと抱え続ける。

 それでもまたどこかで木漏れ日が見れるからこそ、主人公は最期まで戦い抜いたのだ。

 

 人間というのは、全てが悪ではない。

 村から連れ出してくれたリシディア騎士たちが、確かな善性を主人公に教えてくれたのだから。

 

 鬱展開を見せつけるために都合の悪い描写を、「バックスタブレイブ」は演出しない。

 希望を感じさせる心理描写や、奮起させるような言動を悉くテキストの外に隠す。

 

 

 だから騎士は、すぐに判断できない。今正に、幼子ケルが目を逸らしていた現状に向き合おうとしていること。まだ壊れていない心が、悲鳴を上げていることを。

 ケルは、村のおかしさを他者から指摘され、理解する。自分の境遇は、やはり異常だったのだと腑に落ちる。

 

 

 ただ出会っただけでも、子どもは影響され変わる。

 

 もう幼子は、壊れた救世主になどなれない。

 

*1
パッチワークとも称される、世界を修繕するための魔法。どの体系にも属さず、最初の「勇者」から継承されている。特殊な才能が必要となる、正に選ばれた者のための魔法。

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