裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す 作:棘棘生命
丁度木々の隙間から月の光が届いて、巨大なヒトガタと小さな数匹が村へ向かうのを視認する。歩くたびに木の根が踏み潰され、鈍い音が鳴り響く。
俺はその正体に、ミストヴィルとの関連性を感じ納得する。緑色のそれは、主人公が相対した上位種と同じ種族だったからだ。
ゴブリン、オーク、トロル。ファンタジーで言えばこれらの生物によく似ている、耳の尖った上位種である。
緑色の耳が尖った亜人というのは、一般的なファンタジー世界であれば、まず雑魚敵や弱めの中ボスなどに設定される。
そして外見の特徴だけが浸透していき、原典は別物なのに、もはや大小でしか区別されなかったりもする。
緑尖耳の上位種も例に漏れず、設定が混ざっている。小さいものは弱く、成熟すれば俺の目の前にいるような化物に変化する。またそこから更に強くなると、でっぷりと太った完全なる化物に変貌するのだ。
これのどこが「上位種」だと、鬱展開の連続によってブチギレたプレイヤーも多々いた。だが奴らも生物的特徴で言えば、人類に勝っているのだ。
知能と増殖力。小さい個体であっても、筋力は並みの騎士より上だ。上位種の上澄みまで成長しなければ、緑色の美麗な人面でもある。
「上位種」というクソみたいな名称を付けたこの世界の術師は、奴らの手駒になりかけであったに違いない。
(気配は一つ、二つ…九つか。随分来た。だが複数なら、トリネ君に気づきをもらったあれが使える。)
俺は足音を殺しながら急ぎ、奴らの進行方向へ魔法「銀の泥沼」を生成していく。
粘体の化物どもと違って、緑尖耳の上位種はその場で増殖したりしない。しかし死に際に獣の屍があると、黒い血を浴びたそこから新しい個体が出てくるため、注意が必要だ。
獣たちを巻き込んでは忍びない。俺は頭の中で位置取りを計算し、局所的に魔法を使用した。
そして準備が終わった瞬間、注意を引きつけるため奴らの前に姿を現す。
整えられた人面が、下卑た笑みを作る。その表情は、ミストヴィルの村人と同様、分かり合えない精神性を物語っていた。
『へへへ…こいつが今回の捧げもんかよ?顔が見えなくてつまんねえな。』
『物足りないが、殺した後兜を剝げばいい。くく…頭が残っていればの話だがな。』
『親分、早くやっちまいたいぜ!へっ…殺す、殺す殺す!』
奴らはおれを指さして嗤っている。醜悪な鳴き声に剣筋が震えてはいけないため、俺は魔力で聴覚を制限した。
ミウとケルが俺の後ろについてきている。危険であるため、俺がミウに分かるよう手で合図すると、かさと俺の背後で音がした。少し離れ、安全な場所に隠れたようだ。
俺は大きく息を吐くと、剣先を化物どもに定めた。リーダー格の指示も待つことができない、小さな緑尖耳が俺に向かって突進してくる。
「……。」
『ぎゃはは……は?』
その個体の首と胴体が離れ、黒血と共に全身が爆発した。「月融け」によって、俺の剣に付着した黒血は消滅する。
俺は、別の個体に剣先を向けた。次はお前だ。
『ザコが…我ら種族の面汚しめ。てめえら、囲んでかかれ!』
リーダー格がそう叫ぶと、緑尖耳の化物どもは頭部に皮を被る。文字通り、奴らが殺してきた人間の皮を細工したものだ。
巨大な緑尖耳の化物は、籠った声で笑った。だが、どのような悍ましい所業を見せられようと、俺がすることは変わらない。
敵を殺し尽くす。主人公の道を舗装し、この世界に化物どもの悪意が残らないように。
(ケル君、見ていてくれ。別の君が躓いてしまった「石」を、今ここで取り除く。)
俺は飛び掛かってくる個体の一匹を、右へ足を運んで斬る。爆発する黒血に当たらぬよう躱した。
残るは、七つ。
◆
ミストヴィルは、上位種にとって都合が良すぎる村であった。わざわざ上位種が喜ぶようなことを、進んで行うのだから。
純粋な性格の生贄をせっせと育て、常時上位種に怯える。そして生贄となるのは、ミストヴィルにおいて上位種に対抗できるはずの存在なのである。
愚かにも武器を捨てて、媚を売る。上位種が望む「下等な人類」の完成形であった。
ミストヴィルの村人たちは、これを「村を生かすための戦略」だと考えていたが、実態はまるで違う。
いつでも潰せるなら好きなように遊ばせておこうと、化物どもは考えている。飽きるまで捧げられる生贄を愉しんでいるだけなのだ。
そんなことも露知らず、ミストヴィルの人間は互いに罵り合っていた。一人の生贄の脱走と、上位種の到来で話し合いにもならず、ただ生産性のない問答を繰り返している。
その貶し合いの最後には、育てていた生贄を全て、上位種に捧げるという結論を出した。
家屋から、数か月か数年ぶりに解放された子どもたちが、呆けた顔で空を見る。
窓越しに見ていた外の景色へ、実際に触れられる。魔力を持った子どもたちは、気持ちを晴れやかにしていた。この後自身に降りかかる死を理解しても尚、星々に見惚れていた。
「空、きれい…。」
「…もう、これ以上ない日だろうね。」
「きびきび動きなさい。あちらへ!森の中へ向かうのです。さあ、早く行け!」
四人の子どもは、村人に背中を強く押され歩き出す。そう、親や村の人間に言いつけられたからである。彼らは長らく行動力を割かれ、もはや生きることを諦めていた。
幼いながら腹を括っても心細さが残る足取りに、村の人間がついてくることは無かった。
だが子どもたちを、二つの月は照らしている。今のミストヴィルにおいて、最も力を持った幼子のことも、同じように。
ケルは目を見開きミナの傍で、エドと名乗る騎士の戦いを見守っていた。
幼子にとって、戦いとは無縁のものであった。戦いが成立するには、最低二つの命が向かいあい、命を奪い合おうと殺意を尖らせねばならない。
ケルは大きな獣に襲われても立ち向かうことはせず、隠れてその場をやり過ごしていた。戦いが始まるはずもないのだ。
「…きれいでしょ、ケルちゃん。」
「え…うん、すごくキレイだと思う…。主役みたいに…。」
至近距離から発せられる、銀髪の少女ミナの言葉に、ケルは一瞬体を跳ねさせたが頷く。
今まで見たことのない、人のような何か。非道な言葉ばかりを並べ立てるそれらに対して、騎士は命のやり取りをしている姿に対して。
命を奪い合うことは汚いことであるはずなのに、ケルは目を離せなかった。戦う騎士が、目の前の「物語」の主役に思えたからだ。
ケルは、両親に昔与えられたぼろぼろの娯楽本を、何度も読み返していた。各教義にそれぞれ存在する騎士団の任には「勇者」が必ず同行していたという話だ。
勇者は苦難に打ち勝ち、民の命を守り続ける。ケルに守るべき人はいないが、それでも主人公の献身に胸を躍らせた。数年前までは、夢物語にも憧れるほど子どもらしかった。
その情動が、ケルの心に戻ってくる。ぼうっと、ケルは騎士のことを見つめていた。
「ふふ、ケルちゃんも
「ど、どういう意味!女子だと、そう思っちゃうってことなの…!?」
「それはー…ケルちゃんにしか分からないけど。横から見てたら、そう思っただけ。」
「う、うう…。」
腹部をつついてくるミナに聞き返した後、ケルは動揺しながら顔を掌で包む。ケルの顔に熱がこもっている。幼子はませていた。
すぐそばに戦場があるとは思えないほど、和やかなやり取りがある中。
騎士は既に、緑尖耳の上位種における小さな個体を、全て斬り終わっていた。爆発し、ばら撒かれた腐った黒い血に、騎士は魔力を照射した。「月」の魔力が込められたそれが消え去るときには、痕跡は跡形もなくなっていた。
『貴様あ…ミストヴィルの人間どもじゃあないな!こんな奴を贄に作るわけがない――』
「…今回ばかりは、化物の鳴き声にも同意せざるを得ない。」
『――だが、貴様が何だろうと、このオレ様に敵うわけもない。消えろ!』
「…残り一つ。」
緑尖耳の巨体は、被っていた人皮をぶちぶちと割き、牙を剥きだして駆ける。会話をしているようで、していない。どちらも聞く気がないのだ。
人類が上位種と分かり合うことは、不可能だ。命続く限り永遠に、上位種は人類を家畜や虫のように扱う。それもただ見下すだけで、愛玩することもない。
例え、人に歩み寄ろうとしているように見える場面があろうと、それは擬態でしかない。犠牲者がそうであってほしいと、望んでいるだけのことなのである。
『ふはは!オレ様の拳が当たれば、お前ら人類は弾け飛ぶのだ!貴様の腕が千切れる様を見せてやる!』
「……。」
騎士は神経を研ぎ澄まし、大振りの拳を避ける。躱してすぐ青い靄を纏った直剣を薙ぐ。上位種の腹部に、尖った耳に、踊るような剣技にて深い傷をつけていった。
そして騎士は一歩二歩と回り込むようにして、誘導する。彼が森のあちこちに仕掛けた、沼地に足を取られるように。
『ぐあっ…!なんだ、この銀色は…?』
「だから、緑の尖り耳は弱い。来たのがお前らで楽をできた。」
『ぐう…貴様がやったというのか!?…と、溶ける…オレ様の、足が…!』
片膝をついた状態で、緑尖耳の巨体は顔に皺を寄せる。騎士に傷を付けられた部分が治らず、残り続けていることに気づいたためだ。
「月」は上位種の体を蝕む。それらが慢心しきったとき、手遅れであったと理解するのである。
騎士は振り回される剛腕を最小限の動きで避け、下がった上位種の首を、横に切り裂いた。緑尖耳の上位種は、最期まで信じられないという表情をしたままであった。
戦いの後。騎士達と少し離れた場所から、人間の悪感情が込められた叫びが聞こえる。騎士は、木陰に隠れていたミナとケルに合流すると、その叫びたちが聞こえる場所を確認しに行く。
そして道中、彼ら三人は、ミストヴィルで魔力を持っていた子どもたちと出会う。子どもたちは、危機が去ったことにも大きな反応を示せなくなっていた。それを見て、騎士はぎりぎりと音を立てて拳を握る。
騎士が抱いたのは悪辣な人間たちに対する、激しい怒りであった。
◆
ケルは、ミストヴィルの家屋に幽閉されていた子どもたちと共に、騎士についていく。ケル以外の子どもたちはぼんやりと、騎士の背中を見つめていた。
騎士は、子どもたちに力強く言った。村の外に出ても、道は無限大に広がっている。魔力を持っているなら尚更、どんな道だって選び取れると。
騎士は自分自身が証明となった。エドは騎士団を抜けても、旅をする冒険者として生き長らえている。
(本当のことなんだ…。エド
ケルはもう、エドに対して「年上の男性」であるという認識以外を持ってしまっていた。
ミナと話している間も、ケルはずっとエドの動きを見続けていた。そしてミナから話を聞けば、エドが使っているのは「魔法」であると知った。
ケルは魔法の存在さえ架空の力だと思っていたが、エドを見つめながら納得したのだ。
二つの月から力をもらい、輝く。人知を越えた美しさは、正に魔法であると。
「ミナお姉ちゃん、ぼくも二人みたいに魔法が使えるんだよね?どんなのが使えるようになるのかな!」
「うーん…本当色んなのがあるから。ケルちゃんが使いたいって、心から思った魔法を覚えてみたらどう?気になっているなら、私も教えてあげるよ!」
ミナの笑顔に、つられてケルは笑った。外の世界への期待はどんどん深くなって、それと同時にエドへの憧れも高まっていく。
覚えるなら、ミナの身体能力魔法と、エドの「月」の魔法がいい。そうすれば、突然現れて自分を連れ出してくれた「王子様」のような存在に、もっと近づける。
だから、村の狂気にもケルは怯まない。両親や村の人間が、子どもたちを糾弾する姿に感情を動かしても、毅然とした態度で立ち続ける。
「私たちが育て上げた“仔”だぞ!その努力を奪う気か!」
「仔を返せ、盗人め!薄汚い悪党めが!」
ケルは右手を近づけ、騎士の左拳にそっと触った。するとエドは詰まらせていた息を吐き、涙で湿ったケルの手を握る。
「エド、さん…。ぼくたち…!」
「大丈夫だ。…君たちは、こんなところで終わらない。」
エドが村人から投げられた石を、魔力を放出することで砕く。すると、ミストヴィルは途端に静まり返った。
魔力を持つ者が、才能を開花させればどうなるか。村人たちは、生贄を使って難を逃れる前の共通認識に戻されたのである。
子どもたちと、彼の同行者であるミナと共に、騎士はその場を去った。
ぼんやりと思考を停止していた子どもたちも、理解する。これから自分たちは、真の意味で人間になることができるのだと。
「…彼らは間違っていた。俺たちは、悪辣さで支配できない。最後には、心の強きが勝るのだ。」
矛神の騎士団にミストヴィルのことを報告しようと、エドはミナに相談する。ルヴネト国にある以上、王の権威は効力を持つのである。
山の中は暗くとも、子どもたちの心は眩い光に満たされていた。四人は自由への期待に、ケルは人が放つ陽光と、騎士の月光に思考を染めていた。
暗い絶望はもう遠く、山の外へ出ると朝陽が昇った。濃霧から、彼らは自由を得た。