裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す 作:棘棘生命
開発規模が少人数かつ描写したいシチュエーションにのみ注力している場合、時代考証は二の次であり、悪くてめちゃくちゃになる。
中世ファンタジーなのだから甘くていいだろう、という意見に乗っかるゲームも多い。
つまるところ「バックスタブレイブ」も例に漏れないということである。
俺が今まで生きていた世界の外食施設から想像した、クックショップというべきか。木造の内装は洒落ていて、出てくる料理も信じられないくらいうまい。
街にいないときは、干し肉や食べれる野草などを調理しているため、それと比べれば尚更感動できる品々だ。孤児院の子どもたちのためにも、買っておくべきだろう。
「ここのシチュー美味しいっすね!エド先輩もじゃんじゃん食べてください!」
「そうだな、熱いうちに頂こう。」
「そうそう熱くて美味しい内に――えっ…。先輩のシチューはどこにいったんですか…!?」
対面に座るアイナが、俺の兜と皿とを何度も交互に見てくる。別人として生きるというのは、生半可な覚悟で為してはならないものだ。
食事中、睡眠時に兜は脱がない。行儀が悪いと言われようが絶対にだ。この兜の中を見られなければ、エドムンドにこれまでの責任が降りかかることなどないのだから。
髪や歯などは洗わなければならないため、水や香料付きの粉を使う時だけは布で顔を覆っている。
アイナは年頃の少女らしく、ムキになったようだ。顔を少しばかり赤くし、焼いた肉の皿を俺の方に押し出してくる。
「なら、これはどうっすか!…み、見えなかった…。」
「俺の食事のとり方は気にしないでくれ。それよりも大事な話だ。」
「気にしないでおくっす…。うん、それでですね。裂け目の出現が少なくなって、騎士が出動することが少なくなってきたんです――」
調子を取り戻し、司令官の顔でアイナは説明しはじめた。裂け目とは、上位種がこちらの世界に通り抜けるための出入口だ。昼には発生しないという、市井の人々にとって厄介な性質を持っている。そしてこの裂け目は、入ってきた上位種が満足すれば大抵消える。残虐であればあるほどに満足しないため、期間は伸びるのだ。
騎士団だけでなく人類側の勢力は、この「裂け目」が発生してからしばらくして感知する。その時には被害が出ていたり、裂け目が広がっていたりするため、被害0はありえない。
アイナ曰く、全域探知魔法*1は作用しているのだが、反応を確認する前に無くなるケースが増えているという。また出動したとしても、裂け目は小さいままであることの方が多いと。
これは、俺の活動が実を結んできたと考えてもいいのだろうか。アイナのころころ変わる表情を見ながら、そう思う。だが、楽観的になりそうなところを戒める。
裂け目の出現が減ったとして、現状維持以下でしかないのだ。ゼシニス大陸の外は絶望的な状況なのだから。
「――それで、上層部は寧ろ不安がってるんですよね。災いが起こる前兆じゃないかとか…ひどい話っすよ。減ったとして、現場の騎士は毎回命の危機に晒されているのに。」
「その通りだな。…すまない、今更だがこれは、俺に話して問題ない話なのだろうか。現状を知れるのは有難いことではあるのだが。」
「はい、大丈夫っすよ!裂け目自体知ってる人が少ないんですから。騎士団としては、対処できそうな階級の高い冒険者にも説明して回ってる状況ですし。」
少女の表情を見るが、この情報提供に後ろ暗いことはなさそうだ。俺は安心し、少女の話を聞く。
話の合間合間に、アイナが頬を膨らませて料理を食べる。良い食べっぷりだ。
「エド先輩、もういいんすか?」
「おかげで腹は膨れたよ。まだ料理を頼むつもりなら待とう。」
「待ってくれるんですね…それなら交代しましょう!先輩の旅道中について聞かせてほしいっす!今は冒険者としても活動されてるんすよね?各地で討ってきた、付きモノについてとか…。」
付きモノというのは、本来その野生動物に無いはずの特徴が生えているものの総称だ。異相付きとも呼ぶため、俺はこっちで言うことが多い。
分かりやすく言えば、擬人化要素の無いモンスター・魔物である。角付きや翼付き、体色が毒々しくなったものは「皮付き」などと呼ばれたりもする。
ゲーム内では知性の高いメインキャラクターが、何故付きモノが発生するのか解明していた。大気中の魔力に加え、「裂け目」の影響を受けてしまっているからだと。
広義で言えば、上位種の尖兵にされてしまった人間と同じ理屈である。
だが俺は、必要以上にそれらを狩っていない。凶暴な個体は人的被害を発生させるが、純粋に狩っている暇がない。上位種は大陸のあちこちに出てくるため、俺は立ち止まれないのである。
それにゲーム中では強い個体以外経験値がしょぼく、現実っぽさのあるこの世界においても得られる力は少ない。旨味も必要性もないのだ。
「先に言っておく。司令官である貴女が望むような話は、出来ない。期待はしないでくれ。」
「またまた~!私、知ってるんすよー。前の街で聞き込みしてたとき、こんなに小っちゃな可愛い女の子が、『おじちゃんが猪のそーとー付き?をすぐ倒しちゃった!』って言ってたんですから。双頭付き*2は手こずるものっす。」
「モルデモ村の話か…。騎士団があそこまで細かく巡回するとは、俺も思っていなかった。…その話で良ければ。」
「あはは!お願いするっす!」
俺の肩がぴくりと反応する。街の巡回なら分かるが、アイナのような階級の高い騎士が来たのは驚きだった。俺はそのとき思ったものだ。
まるで、つけられているみたいじゃないかと。
説明がそこまで上手くない俺の話を、少女は楽しそうに聞いてくれる。実際、憎しみが籠らない獣相手の戦いは気分が良い。
異相付きになろうと死の間際、獣は獣なりの敬意を払ってくれる。これはゲームでは感じることのできなかったことだ。
あの制作陣は、胸糞悪い話を考えるよりも、人と獣の生存競争をテーマにした方が良かったんじゃないか。本気でそう思う。
語り終えたところで、アイナは大きく息を吐いた。眉の下で切り揃えられた前髪が、ふっとばらける。わざとらしい感嘆のポーズである。
「――はああ…すごかったです。エド先輩に並ぶにはもっと鍛錬が必要っすね。」
「アイナ殿の腕なら、獣を狩るくらいわけないだろう。貴女の謙遜は美徳だが、俺は騙されないぞ。」
「あはは…。まあ…先輩に喝を入れてもらいましたし、私も頑張るっす!そろそろ行きましょうか!お代は幾らくらいになりましたかね…」
これまでの交流から、アイナは確かな善性を持っていることは分かっているが、こういった演技ができるのも上に立つ者の必須スキルなのだろうか。給料のため転職をしてきた俺には、備わり切らなかった部分である。やはり、若いのにすごい子だ。
アイナが立ち上がる前に、俺は手で制した。面倒をかけるわけにはいかない。
「こちらで払おう。追加で買っていきたい料理もあるからな。」
「…へえ。夜ご飯用ですか?」
「そうだな。今夜泊まらせてもらうところの子どもたちに、贅沢させてやりたいんだ。」
「なるほど…そうですか…。」
「良い店を教えてくれてありがとう、アイナ殿。」
「…いえ、こちらこそありがとうございます!次会ったときは、私が奢るっすよ!」
少女はしばらく間を置いてからにっと笑うと、頭を下げる。
こうしてアイナとの情報交換、殆ど彼女がくれる側だったが、それが終わった。アイナは巡回に戻ると言い去っていったが、最後まで愛らしい笑みは崩さなかった。
楽しい時間は終わる。夜が深まれば、黒い血が舞うことになるだろう。舞うのは修道女や子どもたちではなく、忌まわしき上位種の血だ。
絶対に彼女らを守り、化物をぶち殺してやる。
時間が立つのは早く、孤児院に持っていく用の食材を買い込んだら、陽が落ちかけている。
俺は急いで戻ることにした。
「お帰りなさい、騎士様。あら…こんなにいっぱい買ってきてくださったの…!?」
「子どもたちはよく食べるだろう?」
「ええ。…本当にありがとうございます。」
孤児院の扉前には、既にジゼラが待ってくれていた。目を見張った後細める彼女に声をかけ、扉を開けてもらう。
子どもたちはわあと声を上げ、老齢の優しき神父と他の修道女も出迎えてくれる。俺は兜の奥で笑みがこぼれるのを感じると、買ってきた食材を机の上に置いた。
そうして久しぶりに、孤児院に関わる人々と会話を楽しんだ。俺の隣に座り笑う、ジゼラの姿が目に焼きつくようだった。
まるで裏切りなど無縁な、優しいファンタジー世界に来たような心地がした。
夜食は時間通りに始まり、子どもたちへ話を聞かせる。腕の震えはもうなかった。
皆が寝静まる真夜中に、俺は孤児院を出た。
扉が閉じられた教会の周辺、何の脈絡もなく出現するそれを待つために。
◆
夜が深まった後こそ、リシディア騎士団が本格的に活動する時間である。
まだ二十にもならないのに才覚をあらわし、司令官にまで上りつめた少女は、連れてきた部下たちに指示を出す。昼間とは変わり、集団で哨戒することを。
「眠くても、今夜が正念場っすよ。皆で生きて帰れるように、気を引き締めるっす!」
「はは、子どもじゃないので大丈夫ですよ騎士長。…あなたの言う通り、皆で帰れるようにしないといけませんね。」
「あの『青月』がいるんだ…どれだけの裂け目が出たっておかしくない。」
「それ、噂だろう?青月が、本当にあの騎士かも分からないし…。」
「やめましょう。」
少女が取りまとめる騎士は、人員が固定されていない。そのため、こそこそと話していた騎士たちは、突然冷たい調子になった少女の言葉に緊張感を高めた。
軽い口調は、現場の部下を気負わせないため。調子を変えたのは、私的な感情を抜きにしても気持ちを切り替えさせるため。騎士にとって、夜の巡回は死と隣り合わせなのだから。
「…機動性に欠けるため、私と行動するのは二人に。残りの七名は裂け目が出現した瞬間、守りの態勢に。警笛を鳴らしてください。」
「え…。いや、申し訳ございません。」
「はっ!
少女の藍色の瞳は、部下全員を順に見た後、東を向く。その方向には、ソヘネーの街に一つだけ存在する教会が建っている。
アイナ。リシディア教独自の文化により賜った騎士名を、アイン・エルディアという。彼女は腰に固定していた剣を抜く。幅広の直剣は、淡く魔力を帯びる。
戦える者にとって、安寧などない夜がやってきた。
◆
六年をかけて成長した少女は、一時も忘れず想い続けてきた。
月光の輝きと、その下にいる騎士のことを。
父の才覚を継いだか。常人では考えられぬほどに早く騎士団で階級を上げた彼女は、失踪した一人の騎士の名前を見つけ出した。
「盾狩り」エドムンド。自身は盾を持たず、相手の守りを崩すのに長けていた騎士。才能があり、騎士長になれる器でもあった。しかしそれは過去のこととして、埋もれていた。
二度目の邂逅は偶然であった。
あの四年前の出会いと同じように、いや記憶の中よりも軽やかに舞う騎士の姿は、強く少女の心を焦がした。
絶対に恩を返さなくてはならない。ほとんどの村人を救ってくれた騎士を、再び見失ってはならないと少女は思った。
三度目の会合は必然だった。必死で覚えた探知魔法*3を、私的に利用したからである。
そしてこの会合により、エドムンドと「青月」と呼ばれるようになっていた騎士は一致する。夜は月を携えた神秘的な存在であるのに、日中の騎士は疑いすら知らない赤子のようで。真の名前に反応したのだ。
しかし少女にとって、名前はそこまで重要ではなかった。それは騎士が名を持つことを望んでいなかったからである。
そのときからだろうか。少女の心に新たな感情と考えが巣食ったのは。
荒唐無稽な考えだ。「月」を習得し、騎士に並べるほどの実力になれば、彼の代わりになれる。
そうすれば、彼は戦わなくてすむ。そして実力に差が出てきたら。上手くいけば、師として自分に教えるだけの生活をさせられると。
少女は騎士を追う中で、沢山の戦いを見てきた。一瞬の攻防ばかり。しかし騎士は無敵ではなく、勝利すれど深い傷を負うことだってあった。
自分の中の憧れの人が、冷たい夜の中で死ぬことなど看過できなかったのだ。
教会の方へ迷わず進みながら、少女アイナは思う。力の差は未だあるのに上位種に対する恐れはなく、ただひたすらに情念を灯していた。
(あなたが悪いんですよ?死んじゃったらどうするんですか。助けを呼んでも、私しか来られないのに。…だからすぐ、楽に生きられるようにしてあげます…先輩。)
少女の望みは執着の域へ達していた。だが、彼女は気づいていても無視している。
この夢が、人々を陰から守ってきた騎士に対する「裏切り」であることを。
悪意を持って裏切るような人間性でなければ、精神を搾取される。善人であれば、悪によって絶望に叩き落とされ死す。
だが絶望するはずの人間の運命を捻じ曲げたら、どうなるのか。
どうやっても破滅させようと、代わりに穴だらけの道が定められるのだ。
光には影が寄り添うように、眩く美しい光には泥土のごとき暗闇を。複数の糸が結ばれた月は、所詮一つの人命でしかなく、儚い。
月が墜ち、道が途切れればきっと、歪んだ定めごと生は終わるだろう。