裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す 作:棘棘生命
ルリベナの隠し小屋に、陽の光が射しこんできた。安心が全くできない数時間であった。
身じろぎもしないで時が経つのを待っていたため、手足が凝り固まっている。俺は、見るからに古い文書を巻いて手に持つルリベナへ細心の注意を払う。
新たな魔法を学びに来たとはいえ、次に何を命令されるか分からない。身構えなくては。
もはや俺の中でこの才女と相対する時は、上位種や尖兵との戦闘と同じくらい、神経を擦り減らすようになっていた。
「――貴様、いつまでそうしている。愚か者めが…我輩の思うままにも動けんとは。また仕置きが必要なようだな。」
「…古文書をまとめる作業を、お手伝いします。」
「それは今終わった。次は何をすべきか…貴様にも分かるだろう。」
「……。」
分かるわけがない。
ルリベナは濃青の瞳を睨みつけるように向けてくる。俺は一旦深呼吸をした。すると女性の目つきが更に鋭くなる。
だがこれで適切な回答を出せなければ、またサディストの「仕置き」を受けるのだ。この女性の拳は兜に凹みを付けないのに、凄まじく痛い。魔力を通した一撃であるからだろうか。
ルリベナからされるこの無茶ぶりが、一二を争うほどに厳しい。俺は、このクソみたいな世界で八年培ってきた姿勢を崩し、あちらの世界での平身低頭の心構えを引っ張り出す。
恐る恐る、だが声は震えぬように堂々として。ルリベナから求められるものを、俺なりに考え答えた。
「…朝食をお作りしましょうか。」
俺がしてきたのは、有り合わせの食材で何とか栄養を摂れるようにする料理である。だが普段は食材が悪いだけで、調理をするに味の問題は発生しない。この前、厳密には一年と少しほど前に試してみたときは、友人に好評をもらった。
またルリベナの美貌が冷たく変容するが、それは少しして収まる。ずっと鋭い威圧感を出しているので、収まったといっても微細な変化だ。
「…まあ、それでいいだろう。早くするのだ、不肖の弟子よ。」
「ええ。食材はこの小屋にあるものでよろしいですか。」
「ふん…持ってきていないのか。その場しのぎをよくも吐けたものだ。」
「それで…よろしいですか。」
「早くしろと言っている。」
低く不機嫌そうな物言いに、俺は頭を抱えそうになるが、すんでのところで留める。反感を買うような動きをしたら即仕置きだ。俺は深く頭を下げてから、一階へと降りた。
降りてくるルリベナの様子に気を配りながらも、小屋に備蓄されている食材を確認する。乾燥させた豆や根野菜のようなもの、保存のために酢のようなものを付けた黒パンなどがあった。
貴族らしく取り揃えた物は充実していた。水も通っているし、食材を熱するための薪だってある。汚さを排除した、幻想的な中世ファンタジーに来たみたいな心地である。
ルリベナはここを第二の拠点とするほどに出入りしているため、新しい食材に取り換えてもいるようだ。態度は最悪だが、ずぼらではないのである。
俺は携帯している燻製肉を取り出し、ルリベナに目配せをしてから調理を始める。椅子に座ったルリベナは頭を指で叩きながら、今度は古い文書ではなく魔導書の類に目を通していた。
この女性は第二学舎を取り仕切る立場にあるため、直接大多数の生徒に教えることはないが、己の研究とごく一部への教導に時間を使っている。だがそれ以外は何もしないといっていい。
貴族たちの教育機関として採算を取るための作業は、そのごく一部に任せており。「学院」の全域探知魔法で裂け目の反応があろうが、自分は動かない。
確かに学院の権威である以上、学舎から離れ過ぎるのはまずい。しかしルリベナは単に興味がないだけなのである。
弟子のような立場にある術師が倒れようが、上位種によって人命がどうなろうが、心が動かない。こういった冷酷な性根であるから「バックスタブレイブ」作中で、学院の生徒たちへとんでもない災いを作り出す原因の一つになったのだ。
ルリベナは、最も「月」を知る者とまで呼ばれながら、二つの月を蔑み。己こそが「黒い月」になろうとした。学院の総長と、大陸外で力を持っている上位種と結託し、化物に流れる黒血をも手中に収められると過信して。
ファンタジーらしく綺麗に抽出された水を鉄板に流し、乾燥した野菜を戻しながら焼く。香料も使い過ぎないよう適度に追加する。
しばらく火を通して、黒パンに野菜と燻製肉を挟めば完成だ。俺は兜に作った具を少量放り込み、味を確かめる。味に問題は無く、寧ろよくできている。
そして女性へ小時間かかったことを謝罪しながら、皿に黒パンのサンドを置く。それと錫製の飲み器も、水を入れてから置く。黒パンのサンドは合計四つ作ったが、ルリベナがどれだけ食べるかで次の行動を決めよう。
ルリベナは俺が皿に置いた黒パンを目を細めて観察した後、これ見よがしに汎用的な魔法を使用した。劇毒が入り込んでいないか、調べるための魔法である。
「…ふん。不味ければ、貴様への教導は全て白紙に戻す。」
「味に問題はありません。お願いします、ルリベナ殿。」
「……多少はましになったか。我輩への歯向かいが出ているようで、不愉快な出来だがな。」
「歯向かう、そのような考えを持ったことなど。『月環の監』の名前は、俺の標です。ただ残念ながら、俺は料理人になれません。申し訳ございません。」
「ちっ…。これを無くしたら、学舎に戻る。貴様も付いてこい。」
悪態を吐きながら、ルリベナは一口で黒パンを放り込み噛む。期間は空くが、何年もルリベナが料理を食べているところを見てきたためか、この一時だけは愛嬌があるように思える。
日頃は喋らず、上位種に繋がるような危険思想も持っていなければ完璧なのだが。黙っていれば美人の究極である。
人を変えることなど出来ないし、上手く事が運ばないようにできている世界であるために、最悪を想定しなければならない。ルリベナが悪に染まるのは防げないと。
(…そろそろ、この人が奴らと繋がることも考え始めなければ。止めるのは難しくとも被害は抑える。そうなった後は、俺の成長の機会も失われるか…。)
ルリベナが死せば、新しい「月」の魔法を習得することは叶わない。俺のように「月」の魔法を覚えている者は学院にいるが、彼らが扱う技は全て習得し終わっている。例え師事をしても、新たな発見はないだろう。
現状覚えている技を磨けば食らいつけるか、それも不確定要素だ。独学で鍛えてきた魔力の器から、どれだけ効率的に「月」の魔力を引き出せるようになるか分からない。その手段は、ルリベナが最も知っていることだ。
俺は、主人公の勇者が終盤直面する「学院」の裏側について考えを巡らせる。
ゲーム開始時点で「学院」のトップが上位種の手に落ちている。尖兵として操られているわけではないのが、真実に気づくのを遅らせる原因である。そのため「学院」の各学舎に亡霊はおらず、貴族の態度にむかつきはするが、戦力としては頼りになると思わされるのだ。
総長とルリベナ、もう一人の副総長が、総力戦に参画せず残ると言ったときには、プレイヤー一同不穏な気配を感じ。終盤の惨状で、その予感は的中する。
学院周辺の町は壊滅。若くこれから才能を伸ばしていくはずの術師たちは、尊敬している人間に裏切られ、絶望しながらほとんどが亡くなる。
俺含めたプレイヤーたちは、惨状に阿鼻叫喚であった。良い身なりをした生意気だが可愛らしいモブたちが、大量の尖兵になっていて、彼らの骸から同じ数の亡霊が出ているのだから。
パーティメンバーが空中分解し、戦いに参加した「学院」における実力者は軒並み命を落としているため、主人公は一人で、悪に落ちた彼女らと戦うことになる。そして大陸外で、多くの犠牲を払って倒したはずの上位種とも。
ここで主人公にかけられるデバフは半端ではなく、絶対に被害を最小限にしなければならない事象の一つだ。
俺は数年後起こすルリベナの暴挙を止めたい。しかし、言葉を交わせばこのありさまだ。何とか師事させてもらうまでこぎつけても尚、ルリベナは距離を保って冷徹な言葉を浴びせてくる。
ただ俺が作った料理を嫌々ではあるが食べてくれているため、光明は少しだけ見える。だから俺は、どれだけ非道な仕打ちを受けようと耐えてみせる。そしてルリベナから月の魔法を何とかして覚えきり、迫る災いに対処できるようにするのだ。
「――おいエドワルド。何を呆けている。早々に皿を片付けろ。」
「ええ、貴女の仰せのままに。ルリベナ殿。」
「…ふん。我輩が外套を着るまでに、全て済ませるのだ。貴様には学舎でやらせることがある。もしそれで遅れを取りでもしたら…容赦はしない。」
ルリベナは椅子から立ち上がると、学院の術師が着こむ上質な黒衣を翻し、再び二階へ上がっていった。
とりあえず、一難は去った。俺はルリベナの気が変わらないように、すべきことをこなしていく。
◆
濡羽色の艶やかな長髪を流した女性は、己が所有する小屋の戸を開く。するとそこには、既に準備を済ませた全身鎧の男性が立っていた。
首から胴鎧を隠すようにマントを取り付けた騎士、「青月」のエドワルド。女性ルリベナは息を長く吐いた後、顎で騎士に示す。
騎士は数舜固まってから、ルリベナの後ろをついていく。昨晩で雪が積もった寒い森は、ルリベナが吐く息をも白く染めた。
「失礼、ルリベナ殿。俺が学舎で行うことについて、お聞きしてもよろしいでしょうか。」
「…我輩が今受け持っている、術師たちの練習台だ。貴様が我輩の教えを忘れていないか、これを通して判断する。『月』を扱う者として、至極当然のことだ。」
「なるほど。魔法であれば、ご期待に沿えましょう。」
昨夜から今にかけて、最も力強く宣言した騎士に対し、ルリベナはそっぽを向いて進む。女性の心境は、常人には理解しがたい複雑さを秘めていた。
騎士が扱う「月」には二種ある。空に浮かぶ二つの月由来の魔法と、「霊月」と称される魔法だ。
そして後者については、ルリベナが二つの月由来の魔法を解術し、独自に築き上げた体系である。
誰の力も借りず、彼女自身の才覚によって為した偉業だ。
ルリベナは「霊月」の真髄を他者に明かすつもりは無かった。初歩は術師として上澄みにあたる一部に投げても、何者にも汚されぬよう自身の成果を誇った。
(我輩の…このルリベナの「月」を…。こいつは…!)
移動中、魔法の研究に関する思考を巡らせながらも、ルリベナは片隅で憤りを募らせる。
ルリベナが騎士と初めて顔を合わせたのは、今と同じく雪が降り積もった森の中であった。
ルリベナが騎士に抱いた第一印象は、不審者もしくは賊と同義であった。天才とまで呼ばれる才女でなくとも理解ができない状況を、騎士は作り出したのだから。
彼はルリベナの所有している森に土足で入り込み、魔法で隠しているはずの小屋をぴたりと探し当て。更には小屋の前で延々と頭を下げ始めたのだ。
そのときルリベナは初めて、珍妙な全身鎧の男を通して二つの感情を覚えた。漠然とした恐ろしさと、人間に対する好奇心である。
幼き頃からルリベナは遠巻きに見られてきた。彼女の性根と才覚を、凡百は恐れたからだ。高位の術師であったルリベナの両親も他と変わらず、冷え切った家庭を作った。
だがルリベナは気にしなかった。己より才能がある者はおらず、殆どが足元にも及ばない。思考の位が違えば、話す事さえ退屈だと。
だが女性は微細ながら、騎士に対する好奇心を持った。研究の手を止め、様子を見に行こうと思うほどには。
そして騎士はどうしてもと情けなく縋り、まだ誰にも漏らしていない「霊月」の魔法の内一つについて語った。そのことに対して、ルリベナはいくら思考を巡らせても理解することができなかった。
この時期。エドムンドの骸に入り込んだばかりであった騎士は焦りを露にしており、他者が知り得ぬことまでを言葉に出す事もあった。それが良くも悪くも、ルリベナへ衝撃を与えたのだ。
理解不可能で、知らぬ感情ばかりを呼び起こしてくる賊。ルリベナはしばし考え、全身鎧の男を傍に置くことにした。
こうして隠し小屋の戸を開いたときから、ルリベナは抑えきれぬ激情を思考によぎらせる日々が始まった。
ルリベナにとって、騎士の存在は誰よりもノイズであった。正式に「弟子」とした後、騎士は調子づいたように動き始めたからだ。
自身の「霊月」について粗があると指摘したり、「月」に関する魔法を信じられないほどに早く理解していったり。騎士は「月」を戦いに用いるため学んでおり、原理を紐解かんとする学院の術師とは反りがあわない。ルリベナは何度も叱咤し、憤りを拳に込めて放った。
しかし頭は己ほど回らなくとも、小屋に滞在しているとき指示すれば、魔法以外も完璧にこなす。ルリベナは騎士を試すことが増えた。
賊からエドワルドという名前の「弟子」へ認識が変わった後も、苛立ちは止まらない。
(わざわざ、我輩自らが仕込んだのだ。学舎の木っ端に敗れでもしたら、絶対に許さんぞ…!)
ルリベナは、癇癪を起こした子どものごとく、積もった雪を右足で蹴り飛ばす。すかさず騎士はルリベナの背後に回り、転倒しないよう注意を払った。
彼女にとってはそれも気に食わないことであった。己の偉大さを理解しえず、時偶に赤子のごとく扱う。成人してから十何年も経つ女性にとっていい態度かと。
ルリベナはしかし思う。己と同じく「月」を満足に知り得る可能性が、騎士にはある。
名さえ後から決めた胡乱な男へ、彼女は仄かに期待を込めていた。