裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す 作:棘棘生命
森を抜けると、見上げるほどに高い塔が現れる。第二学舎の象徴ともいえる見張り塔である。
象徴の意味合いだけでなく、人類にとって重要な施設だ。ここより更に東に位置する「学院」の本拠地から全域探知魔法が使われ、見張り塔内部にその反応が共有されるからである。
それとは別に、学院で権威を持っている者にも個別で共有されるのだが、俺が見ている限りルリベナが反応したことはない。
ルリベナは変わらず不機嫌そうな表情で、学舎にある巨大な建造物を順々に見ていく。そして学舎の中心にある、講義棟兼管理棟に目線を固定すると、俺に言い残す。
「訓練棟に向かっていろ。我輩はあの阿呆どもを呼び出す。」
「承知しました、ルリベナ殿。その訓練棟とは……いえ自分で見つけます。」
「暗闇を作り出している場所だ。もし遅れたら…。我輩に恥をかかせるなよ。」
ルリベナは抽象的に「訓練棟」の特徴を示してから、魔法によって虚空を軽やかに登り、ある一定の場所で空気に融け込むように姿を消す*1。
浮遊しているかのような歩行。これぞファンタジーという感じの魔法だ。しかしあの魔法を、俺が覚えることはできない。何故なら「学院」が外部に原理を公表していないからだ。また権威の他に、習得には頭脳と高度な魔力の循環手法も必要であり、もし知れたとして数年単位でかかる。作中、学院の術師においては、モブも含めて三十名ほどしか扱っていなかった。
「バックスタブレイブ」で、主人公の勇者は習得可能だが最終盤まで機会を得られない。機会というのも正式に許可されたわけではなく、廃墟と化した学舎の文書から、不完全な原理を解読するというものである。
最も、終盤の主人公は魔力を足場にする術を覚えているため、そのとき習得しようと既に価値を失っている。
俺はマップを脳裏に浮かべ、「訓練棟」の場所を思い出す。実際のところ、俺はこの世界に来てから第二学舎内を観てまわったことがない。勝手に歩き回ることをあのサディストは許可せず、室内での待機を命じられていたからだ。
そのためルリベナ以外に顔を知っている者も少数で、交流したのは一人だけだ。その女性はゲームで見たことはなかったが、悪い意味で焦点が当たりそうな容姿をしている。
学舎に入るためには、巨大な正門を通らなくてはならない。門を守っていた重装甲の人間二人が、こちらへ鋭い視線を向けてきた。そしてよく通る声で、門番の一人が俺を止める。
「学院の者ではないな。止まれ。」
「承知した。…少し待っていただけるか。これを見ていただけると。」
俺に向かって門番が歩いてくる。布地の少ない濃紺の兜と全身鎧は格好良く、実物を見る度惚れ惚れする。
彼らは学舎の従業員であり、名門貴族に仕える下級貴族または家臣で構成される。だが実力に不足はなく、学院の盾として相応しいか選別されている。そのため一人一人が「越境」の中堅以上の力を持っている。守りは大切だが、門番にしておくには惜しい人材だ。
俺が取り出したのは通行証。ルリベナの魔力が込められた、一見ただの綺麗な石だ。だがその意味を学院の門番たちは知っている。
「…門番の方々、こちらが臨時通行証だ。」
「これはルリベナ様の…それと、この魔力。…失礼した。通りたまえ。」
「貴方方が作る厳重な守り、生徒たちも安心できるだろう。感謝する。」
濃紺の門番たちは槍を石畳に立てると、正門を俺が通れる程度の高さまで上げる。俺は礼と共に頭を下げた後、大人数が生活しているには静かな敷地に足を踏み入れた。
そして俺は通行証である留め具付きの石を、マントの胸元あたりに取り付けてから進む。通行証を見える位置につけておかなければ、あらぬ誤解を生んでしまうだろう。
しばらく直進すると、俺の視界に紺色のローブを羽織った子供たちが入ってきた。家柄が近い者で集まり、行動しているのがよく分かる。
彼らは俺を視認すると、びくりと体を震わせるか、掌へ魔力を流すかの二択を取る。だが俺の素性が分かると、その場から早々に去っていく。結果俺の周囲に、通行人は誰一人いなくなっていた。
気にせず記憶を頼りに進んでいくと、建造物の上の方から高い声が聞こえる。声がした方を見上げると、にやけ面の子どもが首だけを外に出していた。いや顔だけ幼く見える女性だ。この通り、部外者はよく目立つ。俺のような全身鎧では特に。
「――あーそのぼろっちい格好は…!エドワルドさんじゃない。」
「……そうだ。」
「いやー!こわ~い!全然変わってないー!」
猫なで声と嘲りが混ざり合ったような調子で、女性は笑った。そしてその声に続いて、別の術師の子どもたちが上から俺に視線を突き刺す。無言で、子らしからぬ威圧感と蔑みを放ってくる。
魔法は学ぶ価値があるが、やはり学院に長居するのはきつい。同じ子どもでも、トリネとケルがどれだけ純粋で愛らしいか再確認できるというものだ。
俺は大きく息を吐いてストレスを逃がすと、いつの間にか上階からいなくなっていた知人の顔を探す。
すると、ぱしりと俺の足に鈍い感覚がした。もう降りてきたようだ。にやけ面が俺の真下からのぞく。
「なに、ぼけーっと上を見てるんですか?まだ昼ですよー?そんなのでルリベナ様の弟子を名乗れるなんて…本当は嘘ついてるんじゃないの。」
「テンセン殿。俺は訓練棟に用がある。話なら、着いてからでお願いする。」
すっと目を細める女性、テンセンという名前の術師へ返し、俺は構わず歩き始める。舌打ちが聞こえ、俺の横にテンセンがついた。
髪色はどちらも薄い金にも桃色にも見え、瞳は薄い青。後頭部に編み込みをしている。初対面の時から背丈や髪型などは変化したが、ずっとこんな感じだ。彼女は俺とまともに話すつもりがないため、本当に取っつきにくい。
「はあ?わざわざ私ほどの術師が、話しかけてあげたんですけど。エドワルドさんって、本当敬意ってものがなってませんよねー。」
「…俺は、言葉ではなく力に敬意を払いたい。『月』は一体どこまで高められたか。丁度それを試しに行くところだ。」
「まさか…ルリベナ様からの伝達はこいつのために…。…私も用があるんですよねー!あそうだ、この機に。あなたがルリベナ様に目を付けられるほどじゃないって、考え直してもらいましょうかー?ルリベナ様はお忙しいので!」
ぼそりと考えをこぼしたテンセンは、またにやけ面に戻り俺を挑発する。俺が嫌われていることを抜きにしても、数年後は悪側に加担していそうな術師である。
テンセンもまた、天性の才能を持ち合わせているが故に「月」の魔法を習得できた人間だ。
彼女は、ルリベナの代わりに事務処理を行う立場にある一人である。ルリベナは、才能を少しでも認めていないと視界にすら入れたがらない。このことから、テンセンの実力がどれほどすごいのか分かるだろう。彼女が総力戦に参加できれば、全滅からは一歩遠のくはずだ。
ルリベナの周辺関係に関して、「バックスタブレイブ」では殆ど描写されなかった。ルリベナ自体、「学院」に寄った主人公と話す機会が数度しかない。
別口で「月」を学べる術師がいるのだが、ルリベナの興味が途中で失せたという背景があり、初歩の初歩しか習得できなかったりする。
それでも、最終盤に古文書から自力で習得できる技の数々は、夜に限定されるが「月」が上位種に有用であることを示していたため、俺は学びに向かったのだ。
だからこそ、テンセンと出会ったときは衝撃的であった。まさかこんなに、ルリベナ寄りの性根だとは思っていなかったからである。流石に、ルリベナの弟子たちが全員テンセンのようではあってほしくない。
俺はテンセンとはほとんど話さず、ほとんど初対面の術師たちの下へ向かう。顔を合わせて数年経つテンセンでこれなのだから、歓迎は絶対にされないだろう。
俺は、学舎の重苦しい空気と、女性の息を吐くようにして出てくる嘲りを思考から追い出し、鍛錬のことだけを思った。
◆
薄い薔薇色の髪をした女性テンセンの言葉を半ば聞き流し、エドワルドはついに訓練棟へと辿り着いた。第二学舎の敷地は広く、全て観てまわるだけでも数日を要する。
比較的正門近くに目的の棟があったのは、エドワルドにとって幸いだった。
エドワルドの前には既に、魔力量の高い術師たちが集まっていた。それぞれが話し、ルリベナが招集したことの真意を探っている。
「…なんだあいつ?門番にしちゃ汚れてやがる。」
「ですが、あの徽章。許可なく侵入した者ではありませんね。」
「ギャレス先生、あの鎧の奴こっちに来ますよ…!」
生徒の一人に名を呼ばれた、黒髪を短く刈り上げた大男は眉をしかめる。そして目の前で頭を下げてきたエドワルドに対し、少しだけ眉間の皺を緩める。
鎧に傷があり、つけたマントもボロボロではあるが、礼儀作法はきちんとしている。大男ギャレスもエドワルドに対し軽く頭を下げる。
エドワルドは吹き抜けの訓練棟中心にて、低く張りのある声を響かせた。
「初めまして、第二学舎の術師の皆さま。エドワルドと申します。ここに来るよう、ある方からお言葉を預かりました。隅で待たせていただいてもよろしいでしょうか。」
「エドワルド…?…もちろん問題ございませんよ。その方が来るまでお好きなように。」
すると大男ギャレスの横に立っていた、一見少女のようにも見える男性がエドワルドに返答した。その男性はどこか引っかかる名前に首を傾げたが、にこやかに伝える。エドワルドはその男性と、大男へ特に視線を向けた後、もう一度頭を下げた。
その様子を面白くなさそうに見ていたテンセンが、苛立ちまじりに顔を歪ませる。
ルリベナに認められている身でありながら、偉大なるその名前を隠し。顔を合わせたことが無いとはいえ、ルリベナから「月」を教わった兄姉弟子にあたる面々へ全くへりくだらない。八年経とうと己をも相手にしないエドワルドの態度は、テンセンの感情を強く刺激していた。悔しさ怒り羨望が混ざり、激情と化す。
テンセン以外の術師たちは、隅へ歩いていくエドワルドにしばらく興味を持っていたが、女性の顔を認めると言葉を交わし始める。
「ああ、テンセンさんもここへ呼ばれたのですね。もうハンナさんやルシさんも来ていますよ。…やはりこの集いでは、僕たちの『月』を試すおつもりなのでしょうか。」
「ルリベナ様がいらっしゃったらすぐに分かりますよー、ヴィクターさん。」
「もしそうだとしたら、ルリベナ様から受ける鍛錬は久しぶりだな!腕が鳴るぜ…!」
「……そうですねー。」
テンセンはちらりとエドワルドの方を見た後、同じく「月」を学ぶライバルと本性を隠して談笑する。
第二学舎は、探究に重きを置く者たちの場。己の力を高めるため人との交流は上辺で済ませ、解術と自身の魔法の鍛錬に焦点を当てる。「月」の魔法を学べる立場にある実力者も、ほとんどがその傾向にあった。
そしてしばらくすると、訓練棟へ疑似的な闇が完全に被せられる。魔力の霧を棟の上から噴出させ、陽の光を遮っているのである。
その指示は、他でもないルリベナが出したものだ。魔力で足場を形成し、階段を降りるようにしてその女性はやってきた。訓練棟はしんと静まり返る。
「テンセン、あいつは何故隅にいる。呼んでこい。」
「…は、仰せのままに。」
ルリベナは開口一番にエドワルドを気にかけた。彼への激情でテンセンは血管が切れそうになるが、すぐさま走り出し、またしても空を呑気に見上げている全身鎧の男へ怒気を飛ばす。
「エドワルドさん!さっさと来てくださいよ…!本当、あほ面が隠れていても目に見える…」
「承知した。…そうは言っても、俺がいれば邪魔だっただろう。談笑を妨げたくはなかった。」
「そんなこと言ってる場合じゃないんですよ!それに上っ面のお喋りが楽しいわけ…!」
テンセンはエドワルドを連れて走り、涙まじりの瞳でルリベナの様子を伺った。だがテンセンが思っていたほどルリベナは気分を害していなかった。テンセンは息を殺して、安堵する。
しかしルリベナが次に放った言葉は、テンセンを含めた術師たちの感情を大きく揺さぶった。日頃頭の片隅にある、失望される恐怖を上回るほどに。
「貴様ら、こいつが我輩の『弟子』だ。学舎の外にも目を向けていれば、越境で青月エドワルドの通り名は聞いたことがあるだろう。今日はこいつに己の『月』を放つがいい。…我輩が見ない内に鍛錬を疎かにしていたとなれば…もはや学院の教導役として、あるいは生徒としての資格はないに等しい――」
ルリベナは、兜の正面に拳を当てて術師たちを眺めているエドワルドの肩を強く叩き、続ける。
ルリベナが正式に「弟子」として認めたのは、一人しかいない。術師がどう願っても、数年前のルリベナは「月」の魔法を学んだ者を弟子とは認めなかったのだ。
そして今、話にだけ聞き及んでいた者が目の前にいる。それもその者は術師ではなく、冒険者であった。
術師たちの間に、困惑、怒り、恐怖が伝播していく。
「――そうだ、今日の我輩は珍しく気分がいい。近々、もう一人弟子を取っても良いとも思っているのだ。…分かるな貴様ら。我が不肖の弟子をやぶるのだ。」
「…気分がよろしいのですか。」
「無駄口を叩くな、エドワルド。貴様の言葉で気分が悪くなった。…貴様も同様だ。全力を出さねば仕置きを受けると思え。」
信じられないものを見たかのようにエドワルドは尋ね、ルリベナに睨み付けられる。
術師たちは、威圧感を放つルリベナに軽口を叩けるエドワルドにも、複雑な感情を抱く。
だが実力の高い生徒たちの大半は、悪感情から一変させる。暴君のごときルリベナに意見できる人間など、この学舎に存在しない。彼らは畏怖と淡い憧憬をエドワルドに抱いたのである。
反対に、教導役の面々は呑気な考えを巡らせることはできない。どうやってもエドワルドを打倒し、高みへと向かうための道を得なくてはならないと、己を奮い立たせる。
エドワルドと術師たち。ルリベナの図った通り、双方が「月」を磨く土台が整った。
まずは誰が行くか。術師たちが顔を見合わせていると、大男ギャレスが髭面をにやりと歪ませ右手を挙げる。
彼は集まりから少し離れたところで直剣の手入れをしているエドワルドにも、話しかけるように言う。
「――まずオレにやらせてくれよ。へへ、あんたの『月』がどれほどか、早くみたくなっちまった。」
「光栄だ。貴方は…ギャレス殿か。俺にとっては初めての試みだ、共に高め合おう。」
「へっ、裏表がないんだな。…新しい風を感じるぜ。」
エドワルドは兜の奥で、口角を上げる。騎士の雰囲気が和らいだことをギャレスは感じ取り、彼もまた深く笑った。
そうして二人は自然と距離を取り、構えを取った。騎士は友人の鍛冶師から打ち直してもらった、刃を潰した直剣を取り。ギャレスは左掌だけを前方に出し、開く。
偽りの夜空に、ルリベナの「月」が浮かぶ。二つの幻影が重なり合う、霊月の輝きである。
朧げな月が瞬き、誰も照らさない。だがそれを扱う者同士は、意気揚々とぶつかり合った。