裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す 作:棘棘生命
口の端を吊り上げ、左掌を前に出して構える大男ギャレス。黒に近い紺のローブがなびき、鍛え上げられた丸太のように太い腕が見え隠れする。体表に放出される魔力の量は、教導役になれるだけの才覚を表している。
また彼からは、典型的な貴族の陰湿さを感じない。ギャレスとは初対面であるが、きっと子どもたちに慕われているのだろう。
ルリベナはこの鍛錬においても、ただ眺めるだけで合図をしない。ギャレスは、後ろの方で足を組んでふんぞり返る女性の様子をうかがった後、一気に掌から魔力を迸らせた。始まりだ。
「エドワルド…いやお弟子さんと呼ぶべきかね。生徒たちが見てるんでな…!ちょいと、膝くらいはついてもらうぜ!」
「……来い。」
「初っ端っから全力だ!…おんらあ!」
ギャレスはどんと鈍い音を鳴らして、訓練棟の地面に掌を叩きつける。ばっと砂埃が舞って、それらを巨大な手で掴み取った。そして尖った岩となった土塊たちが、高速で俺の方へ飛んでくる。淡いが青色を纏ったそれは、俺自身よく知っている魔法だ。
半月ほど前、リィートイへ牽制として俺が使った「空に落ちる石塊*1」である。
(…速い。鉄矢を射るよりも効果的だ。)
俺は日々鍛えている動体視力を発揮する。そして刃を潰した直剣でそれらの脆弱な部分を突き、叩き割って対処していく。
この場で俺が握るのは、実戦では使うことのない三振り目だ。あの修練の後、友人は俺に助言をしてくれた。「月」を究めさえすれば、少量魔力を流すだけで、鈍であっても刃と為せる。俺が文字通り血反吐を吐いてでも覚えた、「穿つ業」のごとく鋭利に。
「――く、全部撃ち落とされてやがる…!?…どんどん行くぜ、お弟子さんよ!」
「……。」
ギャレスは、その体躯を存分に使って肉弾戦をするのではなく、術師らしく遠距離からの襲撃を得意とするようだ。最も、自らの体から目標まで魔力を繋ぎ続けるのは、体に負荷がかかる。戦士ではなくても、鍛錬にて培った戦闘向きの筋肉だというわけだ。
微細な「月」の魔力を纏った石のつぶてが高速で飛んできて、最終的には大岩が俺を横から殴り飛ばそうとする。この魔法は「空に落ちる石塊」の発展形、「灯宿す大岩*2」である。
月を真似たように大岩を両手に一つずつ浮かばせてから繰り出すギャレスの猛攻に、足が止まらないよう意識して避ける。
「ちいっ…何で割れた岩も当たらねえ…!」
「…流石、学び舎の上澄みだ。やはり貴方を…生かさねばならない。」
「あ…?」
俺の呟きが聞こえたのか、ギャレスは鍛錬中であるのに体の力みを一瞬緩めた。狙ってやったわけではないが、この隙を狩らせてもらう。
俺は鉄の棒きれと呼べる鈍へ「月融け」を少し流した。刀身が青く靄がかり、その瞬間ギャレスの足を狙って薙ぎ払う。
この月を融かす技は、確かに二つの月由来であり、「バックスタブレイブ」にも登場する魔法だ。
しかし「学院」が持つ文書にはなかった。何故ならこれを習得できる場所は、大陸外の廃墟だからである。
多くの魔法の原点である「此地の憤怒」を含め、人類側の魔法は失伝していたり弱められていたりする。どうやっても人間たちの勝ちの目を潰すため、化物どもが躍起になった結果だ。
だが、その程度で悪意に屈することはない。俺は「月」を覚えてから、文書はなくとも模索し続けてきたのだ。
身分故に終ぞ才覚を「学院」で発揮できなかったが、確かな価値を残した老齢の友。暗がりで死線を掻い潜ってきたからこそ、魔力の循環に長けた友人。そして幼くも血の魔法に秀でる、愛らしい年の離れた友。
彼ら三人が主だって、俺の力を高めてくれた。だから、俺にとって「月」とは武器であり、縁を繋ぐ灯火なのだ。
懐に潜り込むように放った一撃であり、大男は防御らしい防御もできず。
脛を守る金属からごっと鈍い音がして、ギャレスは転倒する。低い呻き声を出して半回転し、彼の紺色のローブは砂に塗れた。
巨漢は痛みにより顔を皺だらけにし、しかし苦痛の中でも笑みを浮かべる。泣き言を言わないとは、ギャレスは漢の中の漢だ。
「へ、へへ…。何にも見れなかった…。」
「灯火を宿した岩、見事な魔法だった。貴方の『月』を見れてよかったよ。」
「へっ…世辞でも嬉しいぜ。ありがとよ、お弟子さん。」
俺はギャレスの太い腕をがしと掴み、引っ張る。足を庇いながらではあるが、彼は顔色を戻し立ち上がった。彼の技は、術師や足を止めて守る戦士、タフな異相付き相手でも立ち回れるだろう。魔力を纏った巨大な岩が凄まじい速さで飛んでくれば冷静に対処するのは難しい。
だが上位種には通じない。ギャレスという名前は初耳だったが、彼と同じ姿形の人間は作中で亡霊となっていた。おぞましい蹂躙を受けて。
その瞬間、先ほどまで異常なまでに静かであった場から、ざわざわと声が聞こえ出す。その発生源はまだ若い生徒たちであった。
大男はきまりの悪そうな顔で頬を掻き、声を張り上げた。
「次だ!自信があるやつは、ルリベナ様のお弟子さんにどんどん胸を借りていけ!」
「え…!でも…。」
「ギャレス先生があんな簡単に…。」
再び生徒たちは静かになり、ローブの裾を引き合う姿が見られる。ちらりとルリベナの様子を見ると、組んだ腕に指をとんとんと当て続けている。薄暗くなければ、額に浮かぶ青筋まではっきりと見えたであろう。
次の相手を待っていると、細く青白い手が挙げられる。青みがかった長めの髪を下の方で一つ結びにした人だ。顔の造形も声の高さも、女性であると思わせる中性的なものである。
先ほどは俺に対して微笑みかけた顔も、鋭くなっている。
「…仕方ないですね。僕が行きましょう。」
「よろしくお願いする。…ヴィクター殿。」
「かしこまらずとも良いですよ。学院の外の者であることに、変わりはありません。」
ヴィクター、俺より背丈が二回りほど小さいその男性は眉を怒らせる。
外見に見合わず苛烈である。プライドは誰しも持っているものだ。学院の教導役ならば尚更だろう。
やはり生徒たちやテンセンが話していた内容から推測するに、彼の名前は俺が知る人物とは異なっているようだ。
それもそうだ。この時期に彼がいるとは思えない。俺はギャレスに視線を向けた後、目の据わったヴィクターに語り掛ける。彼は
「…貴方には個人的に興味がある。鍛錬の最中にでも、お聞きしたい。」
「ふ、ふふ。なめられたものですね。ここまで挑発されたのは、久しぶりですよ…!」
「侮りはしない。…貴方の『月』がどれだけ美しいか、見せてもらおう。」
「まさか…。貴方、その手の輩ですか…!?」
「うわあ…。エドワルドさん、そういう…だからルリベナ様にも…。」
何を誤解したのかローブを翻し、ヴィクターは距離を取る。外野でヤジを飛ばすテンセンもしかめ面を作っていた。
だが俺は間違ったことを言っていない。続けて言う。術師が扱う「月」はどれも美しいと思っているからだ。それが性根の悪いルリベナやテンセンのものであっても。
「月はどれも美しい。腕を磨けば磨くほど、輝きを増すのだから。ギャレス殿の磨き上げた技も、ルリベナ殿の空に浮かんだ霊月も。きっと、そこに集まる生徒たちのものもだ。」
「ぐ、ぐええ…。何言っちゃってるんですかー…?」
「…さっさと次を始めろ、阿呆めが。無駄な時間を我輩に使わせるな。」
テンセンが悪態を吐き、ルリベナが俺に怒りをぶつける。だが今の俺には響かない。今まで触れる機会の無かった様々な「月」と、一堂に会するチャンスであるからだ。
無言になったヴィクターは、身を屈めた。前傾姿勢の、俊敏さを武器とする構えである。
彼の顔に浮かべられた表情について、どのような感情かを言い表すことは難しい。ただヴィクターの掌から現れた青い刃が、次の手合わせの開始を迫った。
「…行きますよ、エドワルドさん。」
「ああ、彼に見せられなかった分をここでお見せしよう。『月融け』。」
心臓から腕へ、そして掌の先から、「月」の魔力がどろりとした感覚と共に流れていく。そして全身にも青い靄を纏わせる。ヴィクターの大きな瞳が見開かれる。彼が近接をやるなら、俺も出し惜しみはしない。
会ったことが無いというのに、面影のある男性へと素早く駆ける。俺が振り下ろした剣は、紺のローブの端を裂いた。刃は既に為っている。
◆
第三者から見ても、目の前の訓練は一方的だった。ヴィクターが「月」の魔力で形作った短剣は、振る機会を殆ど与えられず。華奢であるという欠点を覆す身体強化魔法は、エドワルドの剣速に忽ち追いつかれ、刃が掠る。
だがそれは、この訓練を仕組んだ張本人であるルリベナには予想通りの結果だ。エドワルドが全身に纏う青い靄さえ気にしなければ。
ルリベナは面白くないと苛立って足を組みなおし、低く唸る。
(あいつ…我輩に隠していたな…!いつ覚えた?共有せず、我輩の成果ばかり持っていきおって…!)
エドワルドは、ルリベナが表面的に望むものは手探りで返す。しかしルリベナが声に出して望まない限り、応えることはない。
会う度ルリベナの非道な態度を受けていれば、まさか仄かだが期待をかけられているなど、夢にも思わないからだ。
そしてエドワルドは、人類の敵側に傾く者に警戒を崩さない。ルリベナ独自の月の体系を学んでいようと、決定的に疑いが晴れるまで、精神の刃を首元へ向けているのである。
だがルリベナはそれを知る由もない。自身へ届きそうな「月」には、無意識に判断が甘くなるのだ。傍から注意深く見れば、態度が軟化しているように思える程度の、僅かな差だ。
だがその質の悪い性質がエスカレートし、更に懐へと抱え込めばどうなるか。ルリベナ自身もそれを予測することはできない。
(…腕は上がっている。奴の執念がそうさせたということか。ならばどれほどか、もっと試してやる。師に黙っていたことを後悔するがいい。)
ルリベナは、近くに寄ってきた弟子候補の少女を手招く。大人しげに見えるその少女は間髪入れずに跪き、ルリベナの鬱憤を少し晴らした。
「…シレッサ、次は貴様が行け。ただ『月』を覚えただけの数では、見る価値がない。エドワルドに何としてでも膝をつかせろ。」
「かしこまりました、ルリベナ様。」
「ふん…貴様はこのルリベナが目をかけているのだ。…どれだけあの不肖の弟子に近づけるかは、貴様次第だがな。」
「…はっ、貴女様の名誉のために。」
表情の乏しい少女シレッサとルリベナが小さな声で話す中。互いの武具を交差させる二人の内、エドワルドも言葉を交わそうとしていた。
ヴィクターは徐々に追いつめられていくことへ焦りを感じながら、聞き流そうとする。だが騎士から飛び出た人名へ明らかに反応する。それはヴィクターも知る子どもの名前であったからだ。
「――ヴィクター殿は、カシアンという名に聞き覚えはあるか?」
「なっ…!?どういう、つもりです…!まさか、この日のために、動揺を誘う情報を!」
「…なるほど。関係性はあるのか。すまない、知りたかっただけだ。」
ヴィクターの言葉は息があがって途切れ途切れだが、青色に染まった騎士は淀みない。それだけで自身に逆転の目がないと悟ったヴィクターは、最後に掌へ魔力を凝縮させ渾身の刃を放つ。騎士はそれを緩やかに見える足運びで避け、ヴィクターの左腕をぐいと締めた。
エドワルドの「月」の魔力がヴィクターの腕に痛みを与え、悔しさと苦痛から瞳に涙をにじませる。
「うぐ…ああ…。ばかな…こんな者に僕が負けるなんて…。」
「見事だった。だが見下しと侮りは、大きな隙を生む。」
「うう…腕が…。…貴方、後で説明してくださいね。カシアンは僕の、大事な子…人質に取るつもりならば、幾らルリベナ様の弟子でも。」
「子…そうか。」
ヴィクターが戦意を無くしたことで、二度目の訓練は終わり。顔を歪ませた彼の言葉で、エドワルドは合点が言ったように声音を明るくする。
エドワルドは続けて、ヴィクターに話す。彼が即興で考えた口から出まかせであったが、半分は本当であるそれらしい理由を。
「俺は顔と名前を覚えるのが得意なんだ。学舎近くの町で遠目に、背の高い女性と幼子を見た。女性はかつて高名な冒険者であったそうだ。…そして女性が連れるその幼子は、ヴィクター殿によく似ていた。だがまさか、随分と若く見える貴方が――」
「い、今ここで話す事ではありません!それも訓練中に…!」
ヴィクターは顔を赤く染め、エドワルドに食って掛かる。騎士は頭を下げて謝罪すると、納得がいったと感謝も述べる。
そのことでヴィクターのプライドが更に粉々にされたのは、言うまでもないことだった。
騎士はこの場で初めて会った二人の顔を、別の次元にて知っている。大男は死者として、女性のような男性はその息子の影として。
エドワルドは密かに目標を定め直す。彼は普段以上に、大きく立ち回らんとしていた。
そしてしばらくすると、次の訓練が始まる。エドワルドに相対したのは、ルリベナに目をかけられた少女シレッサであった。騎士が兜の奥で目を細める。その気配は妙に希薄であった。
偽りの夜空の外でも、少しずつ陽は下がり淡く月が見えようとしている。だがまだ、曇り空に月明かりは隠れる。
◆
ゼシニス大陸中心、少し東にて。吸い込まれるような瞳をした少女は、ずっと「探知」し続けている魔力の様子を窺い続けていた。
少女は生真面目かつ善良な性根であるため、騎士団の仕事を放りだすことはしないが、少し離れた町からずっと、見ていた。
ルヴネトの領土に隠れていた村、ミストヴィルから特別な子どもを救い出したこと。自身の所属とは違う他教に深く繋がり手合わせまで行っていたことも、移動する魔力から感じ取っていた。
実際は矛神に入れ込んでいるわけではないが、少女はその魔力の主に置いていかれる感覚を味わっていた。疎外感は心を黒く染め上げる。
何故、自分には他人行儀のままなのに、出会ってすぐの子どもには入れ込むのか。その子どもが特別な素質を秘めていると知った後も、渦巻く感情は変わらなかった。闘技の後も度々その想い人に会いに行けど、不安感は尽きず溜まる。
(私だって、あなたに近づくために努力しているじゃないですか…。)
リシディア騎士団の司令官として表の顔は朗らかに、内心はどんどんと奥底に沈んでいく。一部の部下は微細な変化を心配したが、少女は笑って何でもないと返す。
部下はそれ以上言葉を続けられず、少女を囲んで別の話題で笑い合うだけしかできなかった。
(あはは…仲間外れは良くないですよ先輩。矛神ばっかり、次は学院ですか…?…でも今、学院に立ち入ることはできない。離れる瞬間を狙わせてもらいます。)
少女は、雪深くなったリフォニア国におけるリシディア教の拠点にて、鬱蒼とした森の先を見つめる。少女はもう待ちきれず、秘めていた情動を藍色の目に溢れさせた。