裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す 作:棘棘生命
ルリベナの指示は止めどなく、ヴィクターとの手合わせの後も長らく続いた。テンセンや他の教導役、「月」を学んだばかりの才能ある生徒たちと。
前者はギャレスやヴィクター同様、実戦のように全力で足を動かさねば崩せず。後者は若く柔軟な思考で、俺を驚かせた。
様々な「月」に触れ、各々魔法への捉え方が違うことに、術師と呼ばれる人々の深みを感じる。「学院」の一員になれることはそれだけで名誉なことであり、術師として高みにいることを示す。
この奥深さが「バックスタブレイブ」内で全然描写されなかったのは、本当に惜しい。制作陣はバッドエンドにどはまりせず、教導役と生徒たちが手を取り合うハートフルな青春物語を書いてくれればよかった。あちらの世界にいた俺なら、絶対に買っていただろう。
訓練が終わって、彼らの見方が明確に変わっていることに気づく。この棟に集まった人だけであるが、「月」へ真摯に向かい合い高めようとする志は美しい。
一部の熱心な生徒が話しかけにきて、俺は一つ一つ言葉を返していく。第二学舎に、こんな純粋な子らが息を潜めていたのかと嬉しくなる。ルリベナの横暴は、やはり生徒を抑圧しすぎているということだ。
「さっきの魔法、独学なんですか…!?」
「そうだよ。しかし友人に多く助けられて、ようやく形にできた魔法なんだ。共同研究というやつだ。」
「すごい…。動けて魔法の究明もできるとか、術師の完成形じゃない…。」
「その共同研究した術師の方を教えてくださいますかしら!交渉も視野に入れねばなりませんわ…!」
目を輝かせる生徒たちの顔は、各地の孤児院で俺を迎えてくれる子どもたちと、何ら変わらない。
すると無意識に、体が少しだけ震える。純粋な子どもを見ると起こる名残だ。
エドムンドは幼気な家族を守りたいと思った。その想いが、生徒たちにも反応しているのである。
しばらく生徒の熱意に応えていると、掌から大きな音を鳴らした教導役がいた。三度目の訓練で手合わせをした少女である。確か、少女の名前はシレッサといった。
腕を組んで俺を睨みつけるルリベナが、その少女に指示をする。
「――今回の試しはこれで終わりだ。シレッサ、生徒をまとめて寮へ連れていけ。他の教導役もだ。早く動け。」
「はっ、仰せのままに…ルリベナ様。」
シレッサは感情が読み取れない顔で俺を一瞥すると、俺の横を通り過ぎる。そして教導役らしく、てきぱきとした調子で生徒たちを引率する。
ギャレスやヴィクター、テンセンなど数人の教導役も、監督している生徒を連れていく。去り際に俺以外に分からぬよう顔をしかめるテンセンと、右手を振ってくれた男性二人が対比となっていた。
沢山の、乾いた土を踏みしめる足音が聞こえなくなったところで、ただ二人残った俺とルリベナが視線を交差させる。俺にとっては楽しい訓練だったが、ルリベナはそうではない様子だ。
それもそうだろう。「月」に関しては頂にいる才女が、自身より劣る弟子たちのぶつかり合いを見たところで、発見があるとは思えない。
おそらくルリベナは、人対人の娯楽を趣味に出来ないタイプだ。
「…それで、不肖の弟子よ。貴様は我輩に、話さねばならない事があるだろう。言ってみろ。ふん…弁明などしようが、腹の虫がおさまることはないがな。」
「鍛錬が足りないでしょうか。…今はこれが精一杯です。ですがこの冬が明けた後は、また違っているでしょう。」
「貴様が腕を落としていれば、このように話すまでもなく学舎を追い出していただろう。それかこの場で叩きのめしていたか。…貴様の習得した『月』についてだ。これ以上を我輩に言わせるつもりか。」
ルリベナの語気が少し荒げられる。淡々と嫌味を言う印象が強かったために、意外であった。
だが俺からこの才女に伝える事柄はない。ルリベナは原理から紐解く理論派だが、俺はどちらかと言うと体内の魔力循環を掴む感覚派だ。それにルリベナに話すことで生じるデメリットが多すぎる。特に、ルリベナがもし人類を裏切ったら誰が止められるか。
人類の頂に近い者たちは皆、それぞれの宿命に縛られ「学院」に構っている暇はない。今のケルには元は人だった者を倒させるのは酷であり、消去法で俺が相手取るしかないのだ。
「バックスタブレイブ」終盤、結局尖兵と化した異形のルリベナは、手強かった。彼女が覚える技の殆どは、主人公が覚えることのできない独自の魔法であり、生前の技をランダムで繰り出すために対策もできない。プレイヤーはルリベナとの戦いにて、何度も特殊バッドエンドを拝んだものだ。
流石のルリベナも、見ただけで理論を解読することはできない。頭の中で考えるよりも感じる、それでいて視覚に秀でた者でもない限り。そのような超人がいるかは分からないが、それほどまでに「月」の解読は難しいことなのだ。
俺はきっぱりと言い放つ。弟子が師に教えることなどあってはならないと、理屈にもならないわけをつけて。
「…俺の覚えた技は、二つの月に由来するものです。ルリベナ殿の才覚ならば、師事している立場の俺の意見などなくとも、形にされるでしょう。」
「ちっ…まあ、良い。霊月に組み込むつもりも湧かぬ技だ。…だが学舎にいる間は覚悟しておけ。我輩の苛立たせた罰として、生半可な鍛錬では済まさんぞ。」
ルリベナは「罰」と言ったが、俺にとっては価値あるものだ。俺は力強く返す。
俺には、そしてこの大陸には時間がない。ケルが勇者として希望を掲げても、それについていく人間がいなければ絶望と大差はない。
希望という言葉が空っぽにならないように、俺が知る犠牲を減らす。ケルにとって、ルヴネト国のあるゼシニス大陸が帰れる場所であるように。
「願ってもないことです。この雪が無くなったとき、またリフォニア周辺から離れねばなりません。…ルリベナ殿、ご指導を厳しくお願いします。」
「貴様……気骨はあるな。くれぐれも、この偉大なるルリベナの時間を無駄にさせるなよ。」
「ええ、無駄にはさせません。」
ルリベナは雪のように白い右手で顔を押さえた後、すぐさま鍛錬のメニューを告げる。
その理不尽さは、数年前受けてきた苦しい鍛錬の日々を思い起こさせる。だが、あの時よりも過酷である。
「ならばまずは、貴様に教えた『霊月』を、異相付き相手に使い続けるのだ。陽が沈んでから再び昇るまでの間、休みなく動け。そして日中は、討った異相付きの骸を学び舎の正門まで全て持ってこい。そうしたら、しばし体を休めても良い。」
「承知しました。…学院の管轄下から離れても問題はありませんか。」
「それは許可しよう。だが、我輩は広域感知を徹底する。貴様が怠けていればすぐに分かるからな…。」
ルリベナは念を押すように睨みつけ、鼻を鳴らす。そして俺の背後へ向けられた指は、学舎の正門を射抜いていた。このサディストは今夜から始めろと態度で示していた。
今回の鍛錬は、一日中動かされることも厳しいが、それ以上に異相付きが少なくなってからの立ち回りが苦しくなる。
異相付きがただの獣と区別されているのは、脅威であり、数が少ないからなのだ。異形になろうと元が獣なら、徒党を組むものも珍しい。日が経つごとに、動かねばならない範囲は広くなるだろう。
「貴様が望んだことだ。駄々を捏ねようと認めんぞ。…だが我輩は優しい。今夜は四体だけで許してやろう。さあ、リフォニアにある森の中を駆けずり回れ。」
俺は深呼吸をした後、ルリベナの指示通り正門への道を走る。彼女は嗜虐を好むが、魔法に関しては無駄なことをしない。ルリベナの術師としての部分を、俺は信用している。
訓練棟に張られた暗闇とは違う、本当の夜がやってきている。気を抜けば命を落とす、獣の潜む領域へ俺は向かった。
そしてルリベナに狩りをし続けるよう言い渡されてから、既に六日が経った。
夜は森を休みなく走り、出会った異相付きを、魔力をしっかりと練り「霊月」にて狩っていく。そして陽が昇ったら、通ってきたルートを戻り、異相付きたちの骸を担いでは正門まで運んだ。
門番たちは最初、兜越しでも分かるほど動揺していたが、六日目ともなると慣れた様子で骸を引き取ってくれる。彼らには別の感情が表出しているようだった。
一回一回を大切にしているが、それでも作業のようになってしまう。相対する獣たちに敬意が足りていないことに内心反省していたが、翼付きや角付きなど様々な異形の獣は、闘争により礼儀を返してくれた。
だから俺は低い気温の中でも気分が沈まず、寧ろ高揚できていた。
段々「霊月」の扱いも上手くなってきたように思える。俺はルリベナの次の指示を頭の片隅で待ちながらも、学舎にて新たに知った人々を考える。
ギャレス、ヴィクター、そして金と茶の中間のような髪を長く伸ばした少女シレッサについてを。
まずはギャレスである。彼は「バックスタブレイブ」で、学院が所有する土地の外で亡霊になっていた人物で間違いないだろう。
亡霊の記憶の中で、彼が戦っている姿は見られなかった。虫の特徴を持った上位種から子どもを庇い、しかしその子ごと蜂の巣にされて無念の内に亡くなったのだ。
おそらく制作陣の狙いとしては、ギャレスは愛らしい子どもが犠牲になる際の引き立て役だったのだろう。術師であることも、「月」に精通していることも、名前さえ作中では明かされなかったのだから。
ギャレスと話していて、彼が善良であることははっきりと感じられた。しかも実力がある。元々助けるつもりでリフォニアに来たのだが、生きていてくれれば、未来のケルの旅路がより舗装されるだろう。
次にヴィクターについてである。彼は、主人公パーティーの一人になる少年の父親であると判明した。
これも驚くべきことだ。その少年カシアンは、ゲーム開始時肉親が母親しかいない。父親は彼が物心つくまでに亡くなったとストーリーで言及された。最愛の母を置いて亡くなった父のことを良く思っていないとも。
つまりヴィクターもギャレス同様、今くらいの時期に命を落とすことになる。何が原因かは定かでないが、推測は出来る。その推測が当たった場合、問題を解決するまではリフォニアを離れられない。
最後にシレッサという名前の少女である。この人物と相対し手合わせした時、俺は非常に鋭い殺気を感じ取った。不気味なほどに気配が希薄なのに、手合わせで俺を殺すつもりでかかってきたのである。
感知の結果、上位種でも尖兵でもなかった。しかしだからこそシレッサは危険だ。おそらく今のルリベナよりもずっと、警戒すべき対象である。
それでいてルリベナはシレッサに入れ込もうとしているのだから、実力主義にもほどがある。数年前はテンセルがシレッサの立場にいたはずなのに。容赦なく切り捨てるルリベナの非情さは底が知れない。
ここまで考えて、俺は空模様を眺める。今日も夕陽が沈んで、夜がやって来ようとしている。
木の根元に腰を下ろしていた俺は立ち上がり、ついに「学院」の外へと向かう。俺には鍛錬より優先すべき事項がある。裂け目の対処だ。
(…ルリベナも理解はするだろう。化物どもは何よりも早く、潰さねばならない。)
リフォニア国における北側。俺はルリベナの鍛錬のことを今だけ忘れ、記憶の中にある地点へと一直線に向かう。
そしてそこで鉢合ったのは、予期していなかったが納得はできる知り合いであった。彼女はいつも、俺がいてほしいと思ったときに姿を現してくれる。
曇り空から、月が顔を出した。
◆
学院の一つ、第二学舎の見張り塔へ「全域探知魔法」が届く。精度がよく、裂け目が発生しそうな地点を知らせる鐘が動いた。ぼん、ぼんと人の体を突き抜け震わせるような低い音が鳴り響き、教導役たちが塔の下へ集合する。
眠っていた者も目をしっかりと開け、緊張に顔をこわばらせている。青みがかった髪を結び直し、ヴィクターがまず口を開いた。
「また、このような夜がやってきましたか。」
「…ヴィクターさん、声震えてますよ~。早く決めないと、取り返しのつかないことになるんですから、しっかりしてくださらないとー…!」
「テンセンさんこそ。恐ろしいのは誰しも同じです。…早く決めましょう。」
だが術師たちは顔を見合わせて、手を挙げようとしない。生徒たちを守るか、それとも少数で挑みに行き死を覚悟して戦うか。
どれだけ腕が立とうと、死人は何れ出る。優れた騎士団の騎士たちでさえ、集団戦を行った上で全員無事では済まないのだから。
大男ギャレスは、縮こまる全員を見てからゆっくりと手を挙げる。
「オレは行く。ルシ、ヴィクター、テンセン。お前たちはどうだ?ああ、シレッサも来てくれりゃ――」
「私は学院を守らねばいけませんので。ルリベナ様の望みを果たさぬなど、あってはなりません。」
「…うちは出るよ。『月』は、腐らせるために学んだんじゃないから。」
「私も行きますよー。ヴィクターさんも、勿論行きますよねー?」
「…ええ。行きますよ。四人ならば守りにも支障は出ませんし、勝機もあります。ルシさん、足止めは任せましたよ。」
ギャレスの呼びかけに三名が応え、その他の教導役は学舎を守る準備に入る。攻めにいけば、未来を作る術師の子どもたちが危険に晒される。しかし放置すれば、周辺の「学院」と交流がある国の民は全滅だ。誰かが体をはらなくてはならない。
残る者は、実質的な死地へ向かう同僚の無事を祈ることしかできないのである。
そして四人の教導役は、学舎から離れた位置にあった反応目指して突き進む。その目標地点近くには、既に人がいると、彼らは知る由もなかった。
◆
俺は、
だがそれを楽しむことはできない。独特の不快感が全身を通っているからだ。裂け目の発生が始まっている。それを目の前の少女も理解しているはずだ。
しかし、いつもの頼りになる笑顔が全く見られない。悪意などは感じられないが、少女は異様な雰囲気に身を包んでいる。任務の過酷さに消耗しているのだろうか。
「アイナ殿…久しぶりに会えて嬉しいが、言葉を交わすのは後にしよう。」
「いいえ。折角二人きりなんですから…少しだけお話ししましょうよ、エド先輩。」
「早くせねば、貴女の部下が失われてしまう。アイナ殿、協力して――」
俺が呼びかけると、リシディア騎士団の若き司令官であるアイナはぎりと歯を鳴らした。俺は驚き、一瞬だけ今直面している問題が意識から飛ぶ。
「――その、アイナ“殿”って呼ぶの止めて下さったら、すぐに向かいますよ?」
「…どうしたんだ?呼び方が気に食わないなら、後で直そう。だが今は早く動かなくては。調子が悪いなら下がっていてくれ。友人に死んでほしくはない。」
「ふぅ……私、余裕ないんですよ。分かりますよね?このまま行っても、部下の統率は取れません。」
アイナは両掌を力無く前に出すと、ゆっくりと首を横に振った。確かに今の彼女はどこか変だ。
統率こそが、リシディア騎士たちにおける戦いの要。俺は突発的に起こった事象に、最適解を探しアイナへ伝える。
若くして人のできた少女に向かって呼び方を崩すのも気が進まないが、非常事態だ。
「…分かった、アイナ君。…これで貴女も行けそうか。」
「いいえ、アイナって呼んでください。…エド先輩、私がこんなに頑張ってるのに距離を取るじゃないですか。私、年下ですよ?」
「…本当に申し訳ない…。アイナ…これでいいだろうか。」
「はい!嬉しいっす…先輩が私のこと呼び捨てにしてくれるなんて!…戦いが終わった後、もっとお話ししましょうね、先輩。」
「…ああ。貴女と話せれば、溜まっていた疲れも取れそうだ。ありがとう…アイナ。」
「あはは!いいですよ。私がいっぱい疲れを取ってあげますから…。」
アイナは一度いつものような感じで言葉尻を崩したが、すぐに丁寧な口調に戻る。未だ様子のおかしい友人に心配が絶えないが、一先ずは増援に感謝しよう。
騎士達が構えている場所付近で、荒れ野の虚空がひび割れる。そこからぬるりと現れたのは、下半身がサソリのような上位種であった。それは俺たちに囲まれていても、口の両端を不気味なほどに吊り上げた。
黒い尾からなる鋭い一撃を、俺は弾き飛ばす。奴の毒にやられねば、苦戦することはないだろう。俺はリシディア騎士たちと顔を見合わせた後突貫した。
「…各員、七の陣形を!」
「はっ!」
アイナの指令により、白銀の兜を被った総勢十名のリシディア騎士たちがばらけた。
アイナが為す彼らの戦術が、上位種を包囲する。俺は安心感を覚えながらも「月融け」を直剣に流した。
◆
苛烈な戦いの中で、アイナは幾度も見た「月」に心を融かされる。月を宿すエドの剣舞は、初めて見たときから完成されていて、今も尚研ぎ澄まされている。
少女は、エドと出会うにはいつも、任務という口実が必要だった。今回もそうであり、独断専行をしようと思っても、自分自身がそれを許さない。すぐさま捕えて、数日リシディア教の拠点にある騎士長室に繋ぎ止め、世話をし続ける計画も、計画止まりで終わった。
憧れの人に会った時点で、アイナのどろりとした感情は溶けていった。だがここで関係を変えねば、また逆戻りだとアイナは予感していた。
憧れは恋慕となり、どこまでも深い執着へと変わっていく。エドに認めてもらえさえすれば、アイナが必死で伸し上がってきた努力は報われる。
届かないと思いながら手を伸ばすのではなく、己を高めいつか包み込みたいと彼女は思っていた。
そしてアイナは強引にでも、エドをこちらへ向かせようと思い切る。まずは自身への呼び方から。
(…そう。化物なんかに押されている場合じゃない…。エド先輩に良いところを見せないといけない!)
アイナは、エドと蠍の上位種の攻防を、紺色の瞳でじっと視た。エドは「月」にて深い傷を与えていき、上位種の動きを鈍らせていく。ついにはアイナの目でも捉えられるほどに。
蠍の上位種が奥の手とばかりに、黒く左腕を尖らせた瞬間アイナは前方へ走った。そして深く踏み込んで、斜め下から斬り上げる。
『グギイ…!?』
「エド先輩…見ててください。結構やれるんすよ?」
飛び散る黒い血をアイナは避け、更に右の腕へ刃を通した。アイナの剣はただ魔力を纏わせただけとは思えないほど、すんなりと通る。
彼女の瞳には、ずっと「月」が宿っていた。幼い頃からずっと網膜に焼き付いて離れない、騎士の灯火。それは徐々に感覚を通して腕にも宿っていく。彼女には吸い込まれそうなほどに美しき
別の世界の映し絵では失われていた片方が、残り続けている。
指での合図で、アイナはリシディア騎士たちを動かした。
蠍の上位種は奇怪な声を上げて抵抗するが、総勢十名の魔力を宿した武器を、避けられぬ状況で繰り出されることで、どんどんと動きを遅くしていく。
最後にアイナが首元を一閃すると、上位種の体はぴくぴくと痙攣した後、動きを止める。上位種らしい余裕は一時もなく、何の感情も得ずにそれは終わった。
そして跡形もなく上位種の骸を処理すると、アイナは戦いの後とは思えない爽やかな笑みを浮かべた。エドは、高揚で心を震わせる。
彼には感じられた。アイナの振る剣の軌跡に、僅かであるが夜に輝く青色が混じろうとしていることを。
アイナはエドの耳元でこそりと言った。
「…先輩、あなたにお話ししたいことがあります。エドムンド
エドは更なる衝撃を受ける。アイナの歩み寄りは大きな一歩となり、エドの感情を揺さぶった。
リシディア騎士たちは、自然に漏れ出るアイナの笑顔を見てほっとする。例え上司であろうと、娘のような存在であることに変わりはなく、笑顔を戻したのがアイナが想う「青月」であったからだ。
彼らはエドとアイナを二人にして、後始末を行う。
今正に生まれかけようとしている「月」がエドに寄り添う。アイナは胸の高鳴りを感じながら、固まるエドに言葉を絞り出した。