裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す 作:棘棘生命
第二学舎近くでしばし休息を取った後、暗くなってきたため、ルリベナに言われた通り学び舎の正門前まで来た。町の宿まで行き戻ってくるのは時間的に難しいため、休息と言っても水浴びをした後、周囲を警戒しながらうたた寝するくらいであった。野宿をするときとそう変わらない。
俺はテンセンが合流するまで、門番たちと雑談することにした。門番は当番制であるため、今の時間帯は二人が立っている。
彼らは異相付きの骸をルリベナの元まで運んでくれていたため、貯蔵場所まで同行する時、会話を交える機会が多くあった。門番以外の役割もこなす彼らの勤勉さには、頭が上がらない。
「エドワルド君、今日は八体も運んできたろう?こうペースを速めてしまうと、達成できなかったときルリベナ様の教導が厳しくなるんじゃないか?少しくらい休んでも。」
「血眼で探して休みなく動けと、ルリベナ殿から命じられているからな。昨晩は友人に会ったんだが、少し話す時間を取ったら仕置きされた。あの人は冗談を言わない。」
「そうか…弟子の立場とは厳しいものだな…。」
「私たちも、ルリベナ様が今外出なされているからこうやって話せているが、緊張が絶えないよ。立場は違えど、重圧がかけられるのは同じだな。はは。」
門番の男性二人と話していると、だんだん固い調子がほぐれていく。素になると、彼らの善性が表面に出て心地よい。
彼らは任期が終わるまで年中仕事であり、根詰めれば倒れてしまう。だからこうして門番同士で雑談し、羽を伸ばしているのだ。
「貴方方は学院の守りだ。あの人は言葉にはしないが、かけている期待も高いはず。」
「気遣い痛み入るよ、エドワルドくん。ああ、話は変わるが最近――」
二人から、最近第二学舎に来た荷馬車やリフォニア国のお偉いさんについてなど、貴重な話を聞きながら時間を過ごす。
そして空から陽光が見えなくなってしばらく。黒衣を纏った術師、後頭部に編み込みをした桃色っぽい髪色の女性テンセンが歩いてきた。
遠目から見ても、俺の監視を嫌がっているのが分かる。疲労もあるだろうがテンセンの足取りは明らかに重い。門番たちは姿勢を正し、仕事に戻る。メリハリをつけられる優秀さを俺は見習いたい。
「何突っ立ってるんですかー?さっさと行きますよ。」
「ああ。お疲れのところ申し訳ないが、これから数日間よろしく頼む。」
「はあ…本当ですよ。何であなたなんかと…。」
「監視はほどほどに、休んでいてもらって構わない。睡眠せず動き続けるのは体調を崩すだろう。」
「はあー?エドワルドさんって、どんな時間でも寝ぼけてるんですかあ?」
テンセンは口を大きく開け、呆れたような調子で俺に返す。それでも敬語が崩れないあたり、彼女も成長し淑女としての道を歩み出したということだろう。テンセンが少女と呼べる年頃であった頃は、ルリベナが席を外したら敬語抜きでの挑発的な態度を俺に取っていた。
実際、この世界に来てすぐのとき、俺の魔力量はテンセンより低かった。情緒の育っていない自信家なら煽るのも不思議ではない。エドムンドが弱いというわけではないが、この女性にはそれ以上に魔力を蓄積する才能があったのである。
「ならば、ついてきてくれ。お嬢様には酷だろうが、足並みを揃えることはできない。」
「へえー…エドワルドさんの癖に生意気ですね…!」
「行くぞ。八匹以上は狩る。」
「はーい。止まったら蹴り上げますからねえ?」
テンセンの調子も平時通りに戻ってきたのを感じたため、俺は走って森の中へ入る。付近に一体もいなければ、次は別の森へ向かう。時間との勝負が始まった。
◆
月灯りを頼りに、エドワルドという偽名を用いる騎士は、足場の悪い地面を走る。その後ろをテンセンは息を切らしながらついていく。エドワルドは宣言通り、テンセンと足並みを揃えない。
(ちょ…こいつ、本当にずっと動いてるじゃない!)
テンセンは魔法を使用する。空中を歩行するように移動できる魔法だ。教導役と一部の才ある生徒が習得を許されているが、この魔法の練度を上げるのは相当に難しい。分離した魔力を狙って体内に戻す術を習得しなければならないからだ。
大抵の術師は、地面から少し浮き上がれる程度であり、真の意味で空を歩けるのは更に人数が絞られる。そしてこの魔法を戦闘でも使用できる者は、大陸に数人しかいない。魔力を放出し続けるというのは、自ら弱点を露出しているのと同義である故に。
テンセンは、森の足場の悪さを魔法で補うことで消耗を減らした。しかしそれは微々たる差に過ぎない。
エドワルドが急に止まる。テンセンは勢い余って綺麗な鼻を彼の胴鎧にぶつけて呻いた。文句を言おうと女性が口を開いた瞬間、口元に指が立てられる。罵倒を飲み込み、エドワルドの視線の先を覗く。
「…ようやくだ。一体見つけたぞ、テンセン殿。」
「はあ…はあ…。なら、さっさと倒してくださいよ…。」
「…ああ。恨みはないが、命を頂戴する。『霊月の槍』!」
「へ…?」
エドワルドは胸の前に右拳を構え、異相付きのためしばらく祈ってから、左掌を突き出した。淡い青色の魔力が槍の形を成し、突進してくる鹿の双頭付きを貫く。きゃんと甲高い鳴き声を上げた後、その獣は頭部を失った。
騎士は骸として倒れ込んだ双頭付きに近づき、短く祈ると再び走り始めた。魔法「感知」を断続的に使用しながら、次の獣を探し続ける。
テンセンは酸欠で頭が回りにくくなりながらも、驚いていた。高位の術師であれば、異相付きを一人で倒すことは造作ない。しかし仕留めきるまでには時間がかかるものだ。
それを目の前の男は、流れ作業のように屠っていった。つまり、陽が昇るまで走り続けるということ。
これからを考え、テンセンは意識が飛びかける。集中が切れたために空中を歩行するための魔法が解け、テンセンは木の根に足を取られた。
女性は目を大きく開けて転び、そのままエドワルドに向かって叫ぶ。
「――ちょっと、エドワルドさん!少しは止まってよ!無理に決まってるでしょうがっ!」
「休んでいいと言っただろう。」
「うぅ〜…こいつー!」
テンセンは取り繕うのを止め、立ち上がって地団駄を踏む。捻った足がじんと痛み、テンセンは傷みと悔しさとで涙をにじませた。騎士は振り返り、テンセンと向かい合って言葉を返す。
「…だから俺は反対したんだ。あの高飛車は人の心が分からないからな。」
「あなた、裏ではそんな呼び方してるの…!ルリベナ様に言いつけてやる!」
「ふっ、随分と幼さが出たな。その『言いつけてやる』という文言、久しぶりに聞いたぞ。」
エドワルドは軽く笑うとしゃがみ、テンセンの足の状態を確認した。顔の歪め具合から痛みの程度を理解したらしく、エドワルドはゆっくり横へ首を振る。
「今夜は行動範囲を狭めよう。貴女も走るのは無理だろう。…少し休むか。」
「…はあ。」
賛同も否定もせず、ただ涙混じりの溜め息を女性は吐いた。エドワルドについていきながら、テンセンは責任について頭を巡らせる。監視役であるはずの自分が足を引っ張っており、気に入らない男に気を遣われている。この男とまたプライドを割られ、テンセンは肉体だけでなく精神さえも苦しくなった。
少し開けた場所で、エドワルドはテンセンが座れそうな場所を見つける。俯いたまま、テンセンはそこへ腰を降ろした。
◆
テンセンの様子が妙にしおらしくなっている。彼女の呼吸が整うのを待っていると、編み込みがほつれているのに気づいた。敢えて緩めに作るお洒落もあるが、テンセンのそれは余裕のなさを表しているように思えた。
教導役に抜擢されてから会うことが少なくなっていたが、仕事の忙しさで細かなところまで気が行き届かなくなっているのだろうか。
彼女がまともに俺と会話しようとしたことはない。だが、こういった機会こそ有効的に使うべきだ。俺はかける言葉を考えてから話しかける。
「テンセン殿。教導役としての仕事はどんな感じだろう。普段はしっかりと休めているか?」
「…それを話して、私に何の利があるんですかー?部外者が詮索しないでくださいよ。」
「思い出したんだ。この前言いかけていただろう、上辺だけの会話は楽しくないと。…貴女はルリベナのような自信家だった。成長と共に抑圧も増えたのではないかと思ってな。」
「ルリベナ様を呼び捨てって…。しっかり報告させてもらいますから。」
「それでどうなんだ。」
「しつこいですよ…!どいつもこいつも、私を見下して!」
テンセンはきっと俺を睨みつけると、切り株に拳を叩きつけた。彼女は随分と擦れているようだった。性根からしてテンセンが、現状の扱いを良く思うわけもない。シレッサへの対抗意識は根強いだろう。
ただ一つ誤解がある。俺はテンセンの態度には疲労感を重ねるが、才能は変わらず感じている。今日の昼ルリベナから期待の言葉をかけられているのだから、才能は枯れてなどいないのだ。
「俺は貴女を見下したことはない。テンセン殿の才能は本物だ。」
「…どういうつもりですか?そんな煽てで誤魔化せませんよー?」
「これは本心だ。貴女が本調子を取り戻せば、元の立場にも返り咲ける。あのシレッサという少女は…言い方は悪くなるが伸びしろを感じない。魔力量はあるが『月』の魔力が希薄すぎる。不気味なほどにな。」
テンセンが表情を変えた。流石に陰口を叩くのはまずいが、あの少女の危険性をより感じた故敵意を持たずにはいられないのである。
俺は疑問に思う。ルリベナは何故シレッサを傍に置いているのか。魔力量だけで判断しているなら、研究以外も観察眼を養った方が良い。シレッサは、ルリベナの補佐をする立場でありながら口だけだ。
今日の昼少女はルリベナを擁護することもなく、だからと言って俺に殺意を向けるでもなく、傍観していた。
そしてあれは、
俺はシレッサに関する所感をテンセンに話す。すると彼女は目を細め、俺を嘲るような調子となる。
「うわあ…エドワルドさん性格悪すぎー!…確かに私もあいつのことは嫌いですけど。」
「…テンセン殿、シレッサとルリベナ双方に目を光らせてくれないか。俺では学舎に滞在し続けられない。その対価として貴女の望むものを渡そう。」
「なら、ルリベナ様の弟子を降りるっていうのはどうですかあ?…ちっ、まあ良いですよ。シレッサってよく分からないですし。急激に伸びたと思えば、二年くらい魔力量が全然変わってません。はっきり言って気持ち悪いですよ。」
テンセンは俺の目を見て同意した。この七、八年間、一方的な言葉の押し付け合いでしかなかったというのに。
俺は内容が内容だけに、思わず苦い笑みが出る。
「ふ、貴女と初めてまともに話せた内容が、陰口になるとはな。」
「まともに話せたあ?いつも私が話を広げてあげてるんですけど。感謝してくださいねー。」
「感謝する。…もう動けそうか。」
「…ふん、仕方ないから監視してあげますよ。」
テンセンは足を伸ばしてから立ち、顎で俺へ動くように示す。今度はテンセンの様子を見ながら、狩りを再開する。彼女は悪態もため息もなく、黙ってついてきた。
◆
夜が明けるまで、エドワルドとテンセンは森を動き回った。その中でテンセンには、エドワルドが強くなった理由の一端が垣間見えた。
走ることを止めたとはいえ常時魔力を使い続ける体力に、気を全く抜かず異相付きの反応を探し続ける集中力。足音を消し、無駄に獣へ情報を与えない慎重さ。それらが互いに働きかけ、戦士として完成された肉体を維持している。
往年のライバルからの賞賛がかけられたのは初めてのことで、テンセンは変わらず悔しく思ったが、どこか喜びを感じていた。まだ自分にも可能性があるのだと、術師としての誇りを取り戻したからだ。
またテンセンは、彼との間に出来た実力差に納得してしまっていた。死地を毎日のように渡り歩くエドワルドと、平時は学院の守りの中にいる自分。敵のいない場所での鍛錬で追いつけるはずもない。ルリベナの弟子で居続けられるのは実績に基づいているのだと。
(なのに…何故こいつは、まだ焦っているの?)
エドワルドの兜をテンセンは見つめる。彼の様子は、テンセンと出会ったときから変わっていない。
気が抜けているようで、奥底を見れば焦燥感に突き動かされている。そしてその焦りは年々高まっているようにテンセンは思っていた。ルリベナからの失望が怖いのかと、少女であったときは思い嘲っていたが、どうにも違うと今のテンセンは気がついていた。
エドワルドとテンセンの青色の瞳同士が、兜越しにあう。騎士はテンセンを通し、どこか遠くを見ている。テンセンはまたしても苛立ちを覚えた。やはりこの男とは相容れない。
「ですが…認めてあげますよ。ルリベナ様の弟子でいられるだけはあります。」
「…態度を軟化させてくれて嬉しいよ。明日もこの調子で頼む。」
「それは、あなた次第ですよー?それとルリベナ様へ報告はしますから。いつもみたいに叩きのめされてくださいねー…あはは!」
「…致し方無い。」
テンセンはこの瞬間、立場だけはエドワルドの優位に立ち笑う。
そして彼女は、自身の月を高めることを決意した。己の才能を磨き直し、再びルリベナの目が向けられるように。
騎士が最後に放った霊月の技が、一瞬輝きを増した。狩った異相付きはこれで四体。
明け方の空は、陽光と月灯りが同居している。