裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す 作:棘棘生命
神に仕える者は、周期的に祈りを捧げる。女神の加護を生きとし生けるものへ届かせるため。そして自身がいつでも、神の御心のままに生きていることを示すためである。
しかしこの世界は人が多く死ぬ。身寄りのない子どもたちが、孤児院に増えすぎた。
健やかに子が育つには、庇護する者の健康も大切である。上層部の許可を得て、修道士たちは周期を減らし、祈りを捧げる者を交代制にした。
今日は、一人の修道女が夜半の祈祷を務める。ジゼラは清らかとされる白の頭巾を被り、共同の寝室を出た。
石造りの孤児院に、グラスから淡い光が射しこむ。その包み込むような月灯りを、女性はどこか好んでいた。頼もしい大きな背中をしているのに、いつか目の前に現れなくなってしまうような、不思議な男性を思わせるからだ。
「騎士様…もう離れられたのかしら…。」
女性が「騎士」と呼ぶのは、旅路でほつれたマントをいつも着ている、全身鎧の男だ。彼女は皆が眠る大部屋から、騎士が居なくなっているのに気がついた。その男性が黙っていなくなるのは、珍しいことではない。しかしジゼラの胸に、針がちくりと刺さったかのような感覚が去来する。
ソヘネーの街は活気があれど、権威となる騎士が少なくその分治安も良くない。
魔法に長けている人間は一握りであり、六年前、ただの弱い少女であったジゼラは、荒事に巻き込まれそうになっていた。酔った巨漢は自制が利いておらず、ぐっと掴まれることに恐怖を覚えた。
そのときだった。すらりと背の伸びた白銀が、ジゼラの腕を自由にしたのは。顔を兜で隠したその男性は、事を荒立てることなく、ジゼラを教会まで送った。
よく見れば、兜とその下の鎧は色も装飾もアンバランスであったが、ジゼラは気にならなかった。金属越しに感じた熱が、冷えた少女の体に温かすぎたからだ。
それから幾度も会った。後になって、彼が騎士団を抜けていることや、荒事に長けていることなどを知ったが、熱は灯り続けた。
老若男女問わず、穏やかに接し慈しむ人間性は、ジゼラにとって真の「騎士」であったからだ。特に子どもの相手をする騎士は、花びらにそっと触れるような柔らかさであった。
街を守護する騎士になってくれれば、この触れ合いも日常へ変わる。そんな望みも胸に秘めるようになった。
(…リシディア様、お許しください…。貴女様に仕える身でありながら、邪念を抱いてしまう私を…。)
ジゼラは俯きながら進み、孤児院の戸を開く。外の光がジゼラの思っていた以上に眩く、一瞬だけ目を瞑ってしまった。するとジゼラのふんわりとした髪を、強風が乱す。
彼女の耳に優しい調子の声が響いた。思わず涙がにじんでしまうような、慈愛に満ちた女性の声だった。
(ジゼラ…わたしは見ていましたよ。正しく清らかであり続けた貴女の想いは、今夜リシディア様に届くことでしょう。)
「ああ…呼びかけがついに…。」
(さあ、共に祈りましょう。リシディア様へは、塔の中でこそ近づけますからね。)
「はい、使者様…。」
生涯を通した祈りが報われたと、ジゼラは小さな歩幅で教会へ向かう。彼女に囁きかける、翼を生やしたそれは、常人に見えずとも傍で微笑んでいた。
だが、月の光が輝きを増す。
◆
裂け目の出現を待ちながら、俺は周囲へ注意を払い続ける。必ず、被害が拡大する前に食い止めなくてはならない。
ゲーム中には人間の「亡霊」が、いたるところに配置されている。「亡霊」からは、それらが死の間際体験した出来事が視れるのだが、主人公とプレイヤー双方にデバフを与えてくる損しかないギミックであった。しかし一部の物好きは愉しくなったり、苦しみながら見て回ったりしていた。俺は後者だ。ゲーム内の設定を網羅するため、胃を犠牲にした。
勿論戦いが始まった場所である教会にも亡霊はおり、その小話は特に、深刻な精神的ダメージを与えてくる。
ソヘネーの街における戦いの記憶は、伏線回収型なのだ。
まず、グロと絶望を撒き散らした一枚絵が出てくる。シスター・ジゼラの最期を切り抜いたイラストだ。そしてジゼラの美しさが霞むような文章と、声を当てた人の悲鳴で、ほとんどのプレイヤーが一旦ゲームを閉じる。
耐えたプレイヤーはタフだったが、哀れであった。更なるストレスが襲いかかってくるのだから。
ただ亡霊として登場しただけなのに、次々身の上話が出てくる。
彼女には昔想い人がいた。ジゼラは一途で、月日が流れるにつれて音信不通になった青年をずっと愛し続けた。
ある日、凶報が届く。冒険者として獣狩りを行っている最中、実力が足りず青年は亡くなってしまったのだ。
女神リシディアへ命を捧げているのに、祈ることもままならない日々をジゼラは送る。そしてそのぽっかりと空いた心の隙を、面白半分で汚される。
他ならない、彼女が信奉しているリシディアの眷属によって。
眷属は囁いた。想い人はリシディアの奇跡によって蘇ると。
蘇るわけがなく、それは歪んだ形で叶えられる。裂け目から現れた、菌糸の特徴を持つ上位種に。ジゼラより先に殺された修道士と子どもが、まるで生きているかのように操られるのだ。屍となった、愛すべき人たちがジゼラを襲い、噛み殺して終わるのである。
ジゼラは死の間際、力無きことを悔い、リシディアへ捧げてきた祈りの無価値さに金切り声を上げた。穏やかで可憐な女性が出したとは思えない、「裏切り」に対するどす黒い憎悪だった。
伏線回収型と言われるのは、初めて訪れたときは眷属の姿がイラストに表示されないからだ。加えて、そのとき眷属の囁きも収録されておらず、場面場面は絵本のように進行する。
ストーリー終盤、旧い上位種がわらわら出てくるとき。フラッシュバックのように、白翼の生えた眷属のイラストが画面を埋める。眷属が隠されていた他のイラストも順番に。
これにより、勇者が信じられないくらいデバフを受ける。俺はあまりの悍ましさに、初見絶叫した。
明言されてはいないが、プレイヤーは憔悴しきった頭で、何となく繋がりを見出すのだ。
裂け目から出てきた上位種と、白い翼の個体は手を組んでいた可能性が高い。そうでなければ、こんなにも巧妙に人を絶望へ落とせないだろうと。
憎しみと、背筋を伝う殺意が体中を駆け巡る。俺は深く息をつき、魔力を練った。
(…落ち着け、裂け目が優先だ。まだ羽虫の反応はない。)
俺は絶望の芽を片っ端から潰していった。羽虫が手出しできないよう、ジゼラの心に隙が出来ないようにしたのだ。
ジゼラから聞きだし、想い人も助けた。私的な感情ではあるが、可能性の塊である子どもは好きなので孤児院に滞在したりもした。
元々朗らかだったが、初めて会ったときより笑顔が自然になった気がする。
だから今日は、必ずや絶望の源を叩き割る。短い間ではあったが慕ってくれたジゼラと皆のために。
しばらくして、体を不快感が襲う。裂け目が現れる前兆である。
俺の「感知の阻害」により、音が消える。剣を掲げ、異質な何かが見えた瞬間、斬りかかった。
◆
冷たい外気に飛ぶ胞子。吸い込めばたちまち、内部から成長し体を貫く危険物質である。
だが胞子は再び振り抜かれる刃により、塵さえ残さず消滅する。腕だけ出した一体の上位種は、びくりと震えた。
『わわ…キミ、ヒトにしてはやるね。吸い込んでくれたら、活きの良い子になったのに。』
「…なるほど、そう鳴くのか。」
兜の覗き穴に魔力で封をした騎士は呟き、高速でしなる上位種の腕を避ける。時に切断し、地面に落ちたそれを念入りに突き刺す。
斬ったそばから、異形の腕や人肌のようになった胴体はすぐ元に戻る。ダメージがないかのような振る舞いは、この上位種の強さを示していた。
幼げな顔を歪ませ、菌糸の上位種は爆発的に怒りを露にする。
『なんだオマエ!早く苗床になれよ!』
「表面を断っても効果はない…。奴ら…こういうところにも気合いが入っているのか。」
『はあ?ぶつぶつぶつぶつうるさい!黙れ!』
「煩いのは、お前だ。」
激しい攻防の末。騎士は腰を深く落とし、下から上へと上位種の首を切断した。上位種は、騎士のことを忌まわしいとばかりに睨みつけながら、切断された頭を掴む。
それは騎士にとって、大きなチャンスとなる。騎士が兜の内側で口元を吊り上げた。
上位種は基本的に人間を舐めてかかる。自身の身体的特徴を惜しみなく見せ、搦め手など考えもせず蹂躙するのだ。
だがそれは圧倒的な実力差がある場合しか通用しないと、上位種は気づけもしない。上に立つ存在が、叩いただけで動かなくなる玩具を警戒するわけがない。
故に、狩られるのだ。
ゲームの時系列において最も古い歴史、「バックスタブレイブ」制作陣に微かに残った、内なる少年からなる設定がある。
及ばずとも人類は、旧き上位種の半数を討ったというものだ。
この地と輝く星々は、遠い世界から来た汚れを捉え続けている。だからこそ猛き戦士は、かつて大地から力を得ることができたのだ。
騎士の無手であった左掌から、青い閃光が零れ落ちる。二つの月に由来する、魔力の奔流である。
彼は何れ裏切られると理解しながら、教えを乞うた。そしてその真摯さが「月」を最も知る人間の運命を歪め、ついに手中に収めたのだ。穿つ業、実体のない月の杭を。
「さあ…この衝撃、受けてみろ。」
『ひ、ひ…!?』
「…穿つ!」
凝縮した魔力が、一気に解き放たれる。再び懐に潜り込まれた菌糸の上位種は、その脚の構造上避けることを得意としない。
それは最期の瞬間、生を受けて初めての恐怖を味わった。自身の惑わしも体質も全てが効かないことへの畏怖を。
閃光に眼を潰され、屍遊びのことさえ考えられぬまま巨大な菌糸は消滅した。
騎士はぴくりと首を動かすと、左手を握りしめる。彼にとって、何としてでも排除しなければならないモノを感じ取ったのである。
そのとき騎士の方へ、かちゃりかちゃりと金属音が近づいていった。彼は見知った少女を先頭とする、白銀の騎士たちに視線を向ける。向かい合う複数の目は、緊張をはらんでいた。
◆
ジゼラは教会で掌を組み、祈っていた。ぼんやりとした意識の中で、幸せな夢を思い浮かべる。騎士と自分、そして教会の皆がいつまでも卓を囲んでいられる情景。
彼女は気づいている。夜が明ければ月灯りが見えなくなるように、幸せとは少しの出来事で雲散するものだ。それぞれの幸せを願うならば、変わらないことは寧ろ不幸を呼び寄せる。自分にとっての幸せの形は、他者の幸せと同じではないのだと。
ジゼラは瞼を開き、ステンドグラスが唯一ない出入り口の方向に焦点を合わせる。囁きは教会へ響くようになっていたが、変わらず穏やかな調子である。
『どうしたのですか?後もう少しで、リシディア様が応えてくださいますよ。』
「申し訳ございません、使者様。リシディア様に欲を注ごうとした私を、お試しになられたのですよね。」
『おや…。これは頑張り続けてきた貴女へのご褒美です。気に留める必要は――』
「――そこまでにしておけ。」
ずさりと音がして、教会の扉が開く。そこにはジゼラの望んでいた男の姿があった。
ジゼラは掌を合わせ、自然と上目遣いで鎧姿の彼を見つめる。
「騎士様!もう出立なされたのかと…!」
「鍛錬をしていたんだ。祈祷が終わったなら…眠ってしまうと良い。貴女がふらふらしているのは、見過ごせない。」
「うふふ…お気遣いありがとうございます。」
「…ええっと、先輩…。結構仲が良さそうっすね。」
吸い込まれそうな瞳をした騎士の少女が眉をひそめて話し、普段エドとだけ名乗っている男は、手だけで合図する。
後ろに立っていた騎士の男女は、エドとあまり顔を合わせたことが無い。しかしジェスチャーだけで多くを読み取ったらしく、しきりに頭を下げてジゼラに付いて行った。
美しき修道女は去り際、エドの背中を見つめる。
暗闇にいる恐ろしいものを隠すような、大きな背中。だがジゼラは、今まで以上に儚く見えた。
「…あんな人、司令官はどうやって知ったんだよ…!あの人こそ、ふらふらしてちゃいけない人材だろっ…!」
「…静かに。シスター。今夜は危ないですから、騎士団が教会をお守りいたします。」
「お願いいたします。あのような魔に、子どもたちが怯えてしまってはいけないですから。」
教会は閉ざされ、二人の「騎士」が残る。ジゼラはもう、囁きに惑わされない。
そしてその後。眩い閃光がステンドグラスを染め上げ。教会の中にて、騎士の少女は再び、青い月に魅せられたという。
◆
白かったであろう翼は、焦げたように黒く変色し。切り揃えられた桃色の髪は、頭部ごと半分欠損している。
前者について推測なのは、暗闇で色までは正確に分からなかったためだ。
生物であれば既に死んでいるはずなのに、旧い上位種は変わらず笑みを浮かべている。
『私たちは流れる血さえも美しいでしょう?見惚れてもいいのですよ。ほら、私の近くに来て…。』
「…先輩、もうやりましょう。これ以上生かしておくと、頭がおかしくなりそうっす…。」
「俺もだ。教会に閉じ込めたのはリスクがあったな。」
リシディア教においては、天使に当たる存在も女神も、翼は生えていないことになっている。そのためかアイナは、目の前の化物を上位種だと判断できている。
『ふふ…この壁も撃ち抜けないなんて、人間はやはり弱弱しいものですね…。救われるべき弱き人類、私たちと天上へ――』
俺は化物がその言葉を言い終える前に、魔力を纏わせた直剣を振り下ろす。羽虫に「死」さえ愚弄されてはたまらない。
天国などないし、旧い上位種が人間を連れていくことなどない。奴らがするのは、人類を破滅へ導くことだけだ。
翼の化物は菌糸の奴に比べて脆く、月に触れただけで完全に消えた。俺の横でふううとアイナが息を吹く。張りつめていた緊張の糸が切れたのだろう。
俺も直剣を鞘に戻した瞬間、どっと体が重くなる。
「あーあ…今回もエド先輩に良いところ見せられなかったっす。」
「活躍しているじゃないか。アイナ殿の指示は最適だった。騎士団は民を守るのが使命だ。」
「そうっすけど…。良いものは見られましたから、私としては不満はないというか…。いや、次こそは役に立つっすから!」
教会を出てアイナと話す。両手を握って意気込む少女に、俺は眩しさを覚えた。
彼女のような善人が健やかに生きられるように、裏切りに遭わないように。俺はもっと力を得なくてはならない。
そして真の勇者が頭角を現し、世界を救う。
ゲームでは一歩届かなかったが、石ころを取り除いていけばバッドエンドを乗り越えられる光の存在だ。勇者には誰よりも才覚がある。
世界を打ち負かしハッピーエンドを迎えるまで、俺は戦う。
そして戦いが終われば、世界に入り込んだ俺はお役御免となる。エドムンドは家族の近くで休めることだろう。
きっと次へ繋ぐため、俺はやってきたのだ。