裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す 作:棘棘生命
アイナたちとの作戦会議を済ませた後、俺は第二学舎へと向かった。腐り落ちるソレオを信奉する者たちのレリーフが見つかったならば、よりあの少女の怪しさが増す。
そして俺は、詰所にいた兜まで被ったリシディア騎士について思い起こす。レリーフを俺が取り出したとき彼から感じた、どろどろとした憎悪と共に。
元より「バックススタブレイブ」の世界の人間は、上位種に憎しみを抱いている者が多い。しかし、これほどまでに負の感情を煮詰めている人間は珍しいのだ。
多くは憎しみが先走り復讐の道半ばで死ぬか、それとも絶望に沈むかの二択。そのどちらでもない、三つ目の選択肢を掴んで離さないのは、「黒血絶ち」の人員の他にいない。
(…やはり化物絡みになると、憎しみが表出するものだな。頼もしいことだ。)
騎士のように陽の下を歩く高潔でなく、血濡れた復讐に身を捧げていても「黒血絶ち」は人類の砦だ。
ここに所属する俺の友人が話してくれたことだが、リシディア騎士にも身を潜めている人員が複数人いるそうだ。俺はその一人と会い、意思疎通を図ることができたということである。
きっと、視線を合わせただけでも分かってくれるだろう。俺は周辺の町のことを、リシディア騎士団とその中にいる名も知らない彼に、一時任せることとした。
もし近々事件が起こるのであれば、ルリベナは生存しようとも、他の名前が出てこない術師たちの命は保証されない。何としてでも学院内の腐敗を早い段階で抑えねば、取り返しのつかないことになる。
俺は正門前まで来て、門番たちにルリベナの所在を訊いた。門番の彼ら曰く、ルリベナは昼になっても戻ってこず、魔法の研究に集中しているという。
「君が沢山異相付きを狩ってきたから、研究材料に困らないのだろうな。あの方は、我々が辿る体系を形作って下さっている。これまでがおかしかったくらいだよ。」
「それは…俺が来るまでは、学舎に滞在する時間が長かったということだろうか?」
「ああ確かに、ここ数年は空を歩かれる姿をあまり見ていない。だがこの老爺の考えは、凝り固まっているから真に受けるなよ。ルリベナ様はきっと、学舎の居心地をよく感じられてきたのだ。わたしはそう思う。」
「なるほど…。」
老年の男性門番と、まだ若い女性の門番が口々に言う。
ルリベナの真意を第三者が推し量るのは難しいが、認識として共通しているのは、彼女が隠し小屋にあまり籠っていないということ。
今回俺が立ち寄った時にルリベナがいたのは、珍しいことであったようだ。
上位種の影がちらつく現状に、俺は考え込む。数年先に対処することになると思っていたが、猶予はあまりもう残されていなさそうだ。作中に描写が無くとも、「バックスタブレイブ」の世界はどこまでも人類へ都合の悪いように動いている。
(迂闊には離れられないな。…ルリベナの様子も監視しておく必要がある。もう奴らが動いていて同調したのだとすれば…彼女を討つことも視野に入れねば。)
直近におけるルリベナの様子を思い浮かべる。傲慢さと冷徹な調子は変わらず、上位種に繋がっているような事を口走ってはいない。
彼女の頭脳は本物であるため、今まで取っていた態度と雰囲気が偽りであったならば、前提は全くあてにならない。
だがもしルリベナが感情までコントロールできるのなら、演技でも普段の我儘を抑えてほしい。だから俺は、まだルリベナは大丈夫だろうと考え直す。
「――ありがとう、お二人とも。彼女はそういった近況も言わないから助かった。ルリベナ殿の様子は、弟子としてしっかり見ておくことにするよ。」
「そうか、弟子であってもあまり話を聞けないのか…。気難しいお方だ。」
「…頼むよ、エドワルド君。雲の下にいる私たちでは、言葉をかけることさえできない。ルリベナ様には健やかでいてほしいのだ。」
「その言葉を聞けば、ルリベナ殿の心も少しは動くだろう。…あの人は幸せだな。」
「ふ…あの方は、そんな童のような性根はしていないだろう、君。ルリベナ様の孤高は崩れぬよ。」
俺は、くすりと笑う老年の男性門番に、必ずと約束し兜を調整する。気を引き締め、俺ができる全てを以て最悪を回避できるように。
休息をとる時間はあまりなく、夕日が沈んでいく。
しばらくして、遠くから声を上げながら女顔の青年が走ってきた。教導役のヴィクターは、仕事が終わってすぐ来たらしく、低い位置で一つ結びにしている青髪がほつれている。
「お待たせしました、エドワルドさん。それでは共同での鍛錬へ向かいましょうか。」
「ヴィクター殿、お疲れ様。…監視役ではないのか?」
「え…?そんなもの、ルリベナ様のご冗談でしょう?」
まつ毛の長い大きな目をぱちぱちと瞬かせ、ヴィクターは質問した俺へ疑問で返す。テンセルとヴィクターとでは、俺との同行に認識の相違があるようだ。ヴィクターは続けて言う。
「――あの方は、僕たちの為体に呆れていらっしゃいました。…少しでも魔力量を引き上げねば、失望にまで落ち込んでしまいます。エドワルドさん、実戦で磨いた『月』でご指導願いますよ。」
「学院の教導役に、教えることなんて畏れ多いことだ。だが、俺としても目標がある。ヴィクター殿や他の術師には力をつけてもらいたい。」
「お互い、気持ちは十分なようですね。では行きましょうか。」
ヴィクターは髪の毛を結び直した後、真剣な面持ちで前を見る。俺は魔法「感知」を広範囲に使った後、駆けた。彼は難なくついてくる。
俺はペースを上げ、感知に引っかかった異形の獣を探しあてる。命をもらうことへ祈りを捧げてから「霊月の太刀」を叩きつけた。
一匹、二匹と順調に狩っていき、今夜は何も起こらないかと思っていた、その時だった。俺の背筋をぞわりとした感覚が走る。
異相付きからではないく、悪意の源が森を駆けている。そしてその反応とは別に、裂け目が出現する時特有の不快感をも「感知」した。
(…なるほど、これは悪い偶然だ。出来過ぎているほどに。)
裂け目の感覚により目の前がぐらりとして、全身が冷えていくのを感じる。急に立ち止まったために、ヴィクターが少し息を切らしながら心配の言葉をくれた。
「わっ…エドワルドさん、大丈夫ですか?…やはり、休みなくというのは無理があります。少し体を落ち着かせて――」
「…静かに。」
「むっ…!?」
心遣いは有難い。だがヴィクターの中性的な声は、静寂に包まれた夜の森ではよく通る。俺は半ば強引ではあったが、彼の口を手で塞ぎ、集中する。
精度を高めた「感知」にて、動き回る悪意と裂け目の位置とを正確に定め、どちらを対処すべきか判断する。
吟味した結果、俺は第二学舎へ直線的に動く反応を止めることにする。一方は上位種が森から出る前に、術師たちが足止めをしてくれるだろう。
これも時間との勝負だ。俺はヴィクターの口から右手を離し、小さく伝える。
「ヴィクター殿。今俺は二つ、化物の反応を捉えた。貴方はどのような選択を取っても良い。…妻子を守るため森を離れるも選択の一つだ。」
「な…!これは…確かに。…考えられる時間は、ありませんよね。」
「ああ、一刻も早く行かねば。」
「なら…距離と時間から。少しでも可能性が高い方を選びます。」
ヴィクターの瞳が一瞬光を帯びた。驚愕した様子からも分かる。彼は、学院に伝わる魔法を用いたのだ。
「観測*1」。理論を完璧に理解した者だけで扱える、高位の魔法だ。
俺は手短に状況を説明する。裂け目は森の外側付近に、既に森にいる化物は第二学舎へ向けて走っていると。
ヴィクターは顔を曇らせた後、固く閉じていた唇を開く。町を守るリシディア騎士や、冒険者などがいても、上位種の悪意から逃れられるとは限らない。しかし彼は教導役らしい、合理的な判断を下した。
「その、学院に迫る脅威を討ちましょう。エドワルドさん、あなたもそのつもりですよね。」
「ああ。だが、町の守りは固い。学舎から術師も出るなら、裂け目の被害は食い止められるはずだ。…すぐに片付けるとしよう。」
「片付けるって…。そんな、獣を相手にするのとは違いますよ…!僕は、友が、同僚が化物に喰らわれるのを、何度も見てきました――」
だがヴィクターの本心は固まり切っていなかった。俺の返答を皮切りに、彼は怯えた調子で言葉を放つ。
深く根差した絶望は拭い取れるものではない。俺は冷静に「感知」をしながら、ヴィクターの話に耳を傾ける。奴はまだ、俺たちに気づけない位置にいる。
「――どの学舎にいようと、抵抗できず…。遺体さえ持ち帰ってやれない!二人で向かうなど、死を覚悟するものです…!何故あなたは、そんなにも平常心でいられるのですか!」
「いいや、平常でなどいられるものか。」
「え…で、ですが…。」
「怒りで震えている。人の命を玩具にする化物など一匹残らず潰し、逃すつもりは無い。そのために俺は魔法を覚え、ここまで鍛え上げてきたのだから。」
俺は掌を見せた。この体に残るエドムンドの無念が俺の望みと結びつき、手を震わせている様を。
ヴィクターは、俺の言葉に冗談がないと理解したようだ。恐る恐るといった調子で、俺の左手へ小さめの生白い手が重ねられる。
「ふー…取り乱してしまい、すみませんでした。エドワルドさん、必ず脅威を退けましょう。」
「ああ必ず。…先ほどよりも急ぐ。ついてきてくれ。」
俺は、身体強化の魔法を使用したヴィクターと並走し、化物の反応に迫る。ヴィクターの息は近づくごとに荒く、不規則になっていく。しかし彼は逃げなかった。
そしてついに、俺の視界へ化物の全貌が飛び込んでくる。それは、全身から黒い泥を垂れ流す子供の異形であった。
傷から、口から、眼窩から。あらゆる場所から腐った黒い血を零している。
それは辛うじて見える頬の皮膚を吊り上げ、両手を天に捧げた。その様に最早人間の面影はなく、顔立ちさえもはっきりとしない。
『ああっ…ああ。私の視界が黒く染まっている!…ふははっ。破滅の灯火よ、ここにあれ…!』
だが何者であるか、俺は知っている。自ら尖兵に成り果てた者、自滅に他者を巻き込むくそのような存在だ。少年だったもの、「ソレオの壌土」が狂ったように笑う。
横に立つヴィクターの喉から、ひっと声にならない悲鳴が出る。俺は「月融け」を直剣に用い、構えた。人であることを捨てた骸に、容赦はしない。
◆
エドと名乗る騎士は初め、撒き散らされる黒い固形を右横へ走ることで避ける。ヴィクターもまた何とか対応し、青色の魔力で身を守った。
飛ばされたそれからは、じゅうと音がして木々や草花を溶解する。その威力にヴィクターの背筋が凍った。
(ば、化物…!何故、あんなにも悍ましいものが学院近くに!)
異形相手に震えても、応戦する理由。それは、この青年には大切な人がいるからだ。
自分よりも勇ましく感じられる妻と、自身に似た愛らしい息子。そして学び舎で成長していく、若き才能たち。そのどれも優先順位などつけられず、だが無力感に苛まれるばかりだった。
大切な存在が多すぎるのに、彼女らを守る力は心許なく。教導役にまでなっても、元来の自身のひ弱さを恥じていた。
幼き頃からヴィクターは、男らしい心と体に憧れ以上の気持ちを抱いていた。この体がもっとがっしりとしていて、背丈も高ければ、皆に頼られるにふさわしい背中となる。物怖じせず豪快に笑えれば、日々感じている不安も吹き飛ばせる。
だからヴィクターは、求めた。冒険者たちや愛する者へ自身にない豪快さを見て、同僚である筋肉隆々なギャレスにも、己の理想の体現だと話しかける機会を増やした。
自身の憧憬は、憧れるだけで止まり、何の役にも立たないと心の奥底で思いながら。
だからこの世界の映絵にも描かれぬ影にて、彼はつけ込まれたのだ。妻子と生徒たちを人質に取られ、何もできないままに。最期は虚無感に支配され、物言わぬ黒い血肉となったのである。
映絵の影で、ルリベナと、横に寄り添う女性の姿をした人でなしは、その様を見ていた。万物に可能性を見出せなくなり、人に興味を無くした才女は孤高を孤独とした。そして、耳元へ延々と囁かれる甘い誘惑に身を委ねたのである。
青年の前で、「ソレオの壌土」が崩れていく声帯から音を漏らす。人間であった名残が完全に消滅するまで、破滅を望む、残虐な音を。
『お前も、黒きひのかてとなれ!あは、はは、咲け!さけ!』
「……。」
ヴィクターの得意とする短い「月」の刃は、確かに傷を与えたが、すぐさま隙間を埋められる。彼は高速移動をしながらも、共闘している騎士を見た。
青い靄がかかった直剣を振る騎士は、化物とは反対に、声を全く漏らさず剣技を放つ。巨大な刃に、貫く槍。それ以外の「霊月」の魔法を惜しみなく使った上で、斬っても再生する異形を刻み続ける。
『なぜ…さいて、くれない…。しれ…ねえさ…それお、さ…。』
「…終わりか。ヴィクター殿、下がっていてくれ。」
「は、はい!」
やがて「ソレオの壌土」が完全に尖兵と化し、動くだけの血肉へと変わったとき。騎士は大きく左手を前方に出した。
次の瞬間ヴィクターは、エドワルドが持つ真の「月」を見た。左手から放射される魔力の激流は、月明かりでより力を増す。術師たちが使うぼんやりとした青色とは違い、目が覚める幻想的な輝きへと。
(ああ。これが本当の「月」なんですね…。)
迸る月の魔力が「ソレオの壌土」を全て呑み込み、消し飛ばす。血肉の一片も残さず、澄んだ魔力だけが辺りに満ちた。
騎士はゆっくりと振り返り、ヴィクターの無事を確認する。木陰から差し込む光が、騎士の兜を柔らかく照らした。
「ほら、死にはしなかっただろう。貴方が強かったからだ。…次へ向かおう。裂け目の対処が終われば…学院の中にも。」
「……ええ。」
エドワルドと出会って半月ほどであるのに。青年は、ずっと昔から知り合いであったかのような安心感を覚える。差し伸べられる革越しのごつごつとした手を握れば、ヴィクターは心臓の鼓動を強く感じていた。
ヴィクターは思う。月の魔法を究めた先には、人を呆けさせる魔性がある。離れては近づく、天上に浮かぶ二つの月が人となったように。
そうしてヴィクターが求める価値へ二つ加わる。奔流のような月と、顔さえ覆い隠す鎧。それらの輝きは、やがて才ある子らへ伝わる。