裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す 作:棘棘生命
俺は体内魔力を回復させたルリベナと並び、左掌を中心として「月」の魔力を凝縮させていく。巡る血を一点に留めているような感覚であるため、全身が虚脱感に沈む。学院に来る前魔力を回復したといっても、肉体の方が限界に近づいている。
だがそれが、集中を研ぎ澄ませることに繋がる。
ソレオの本体は、大陸外の上位種の中でも親玉に連なる強大さだ。撒き散らした黒血を操作する力は、一滴体に入り込めば、内側から突き破られるほどに精度が良い。不完全であるからそこまで操作できないようだが、一度でも深手を負えば終わりだ。
避け続け、受け流す。その攻防に集中力を切らさぬよう、俺は敢えてソレオの攻撃と、ルリベナとの連携以外を考えぬように、戦闘に必要のない煩わしい感覚を遮断した。
『中々だ。もっと魔力を増やすがいい。』
「…自惚れもここまでだ。――尖れ!」
俺はルリベナと示し合わせ、素早く前へと躍り出た。この一撃で倒せるなんて考えていない。ただ放出するのではなく出力を絞り、より杭に近い形状へと作り変える。突貫し「霊月の槍」をソレオに突き刺したように、目も眩むような青い穂先を胸部に命中させた。
じゅうとソレオを構成する黒血が大量に消失し、胸部左側に穴が開く。巨体からすれば小さな穴だが、俺の業は奴に通用することが証明された。
ソレオは梟の飾り頭をぎりぎりと動かし、呟いている。その声には焦りが見られないが、寧ろ好都合だ。奴は別個体と感覚を共有しておらず、他の分け身は健在だろうと前提を立てている。そのために作中のソレオは皆、舐めた態度しか取らない。
余裕ぶっている間に、命を絶つ。万が一を起こさせない。
俺は回り込んだルリベナに対して、声を張り上げる。
彼女は俺に「師」と呼ぶよう望んだ。それはルリベナが俺に目を向けたということ。これまでの献身は無駄ではなかったのだ。
『ふむ…。知らぬ業だな。人間が使っていた二つ月の魔法は、果たしてこんな光だったか…。』
「――師匠!」
「叫ばずとも聞こえる。…我輩は理論に基づく。化物、これで貴様を試してやろう。」
ルリベナもまた、ソレオの体がどれだけ強靭かを調べるために出力を絞っている。両掌を前に押し出すような動きをすると、朧な「霊月」が姿を現す。二つが重なっているようなそれは、獣の牙や猛禽の両翼などが混ざり合った球体であり、ルリベナの合図とともに大口を開けてソレオを押し潰すように飲み込んだ。
すぐに朧な月が淡く発光し、魔力の大爆発を起こす。俺は飛んでくる瓦礫を剣で砕き、ソレオの立っている場所を窺う。
煙が晴れると、ソレオの表面には大量の裂傷がつけられていた。深い傷からは青色の光が纏わりついている。それは半分無くなった飾り頭から、血で濁った声を響かせる。
『ほほう、素晴らしい…。人間がここまでやるとは。家畜にしても、野生は残っているか。』
「貴様、家畜だと…!殺す事しか能のない屑が、このルリベナを前に偉ぶれると思うな…!」
『まだ高まっている。我に知らせられぬのが残念だ。可能ならば分け合い、糧として味わえるというのに――』
(効いている。やれる…!)
奴は変わらず落ち着いているが、強さの不明瞭は消えた。全力を叩きこみ続ければ、倒せる。希望は見えた。
俺は、兜の裏側で口の端を吊り上げて笑い、更に「月」の魔力を掌へ凝縮させる。両手から放出しないように留め、化物の全身を穿ち消し飛ばす一撃を。
全身から血を吸い上げられる感覚を味わいながらも、俺の手足は鈍っていない。まだやれる。
黒血からなるソレオの魔法を避け続け、機を狙う。
◆
エドと名乗る騎士と、ルリベナが戦っている中。
女王蜂の上位種を討伐し終えた教導役たちは、急いで第二学舎へと戻っていた。魔法「観測」を使用し、学院に突如現れた反応を捉えたからだ。足元に火がついて、休息を取っていた教導役たちは跳ね起きた。
そしてもう一つ、彼らは情けなさを感じた。
自分たちが疲弊している間に、エドは学院へと向かっていた。ルリベナの弟子であるが、学院にとっては部外者である者が誰よりも体を張っている。それが教導役たちの体を鞭打たせる理由になったのである。
「な…反応がどんどん減っています…!」
「お弟子さんに、テンセンたちがやってくれてるみたいだな…!」
「ああ…!でかい反応が出てきた…。まずい…。」
彼らが森を突き進んでいる間に、事態は目まぐるしく変化する。魔力の温存を気にせず移動に充てているのに、まだ辿り着けないことに、更なる焦りを募らせる。
そうして焦燥感が頂点にまで達したところで学舎に入った。負傷して休息を取っていた門番たちに、ギャレスが状況を聞く。
「ああ…貴方方も戻ってきてくださいましたか…。あちらで…。ルリベナ様と、その弟子の『青月』さんが止めてくださっています。」
「ぐううっ…!尖兵はもう、倒し終え…残るはあれだけです。化物の蛮行を止めてください…!」
壁に寄りかかる門番の青年は、腹部に血を滲ませながらも、深くお辞儀した。
彼を介抱していた女性の門番は、方向を指し示す。自身も鎧ごと刻まれ右肩に深手を負いながら、布で縛って血の滲む傷口を押さえていた。
ギャレスは門番たちを激励し、走る。ルシという名前の女性術師は、ヴィクターと他教導役に向かって呟くように言った。
「ありがとうよ、二人とも。気をしっかり持って、夜が終わるまで死ぬんじゃねえぞ!」
「行こう。ルリベナ様と弟子がまだ倒せていない化物…。今のうちらで援護になるか分からないけど。」
「いいえ。内臓を絞ってでも、支援しますよ。僕たちがやらなければ、誰が生徒たちを守れるのですか。」
「そうだよね。はあ…何とか生き残れたのに。」
ヴィクターは力強く返し、ギャレスの後を追う。ルシはどんよりとした表情を作った後、腹に力を込めて向かう。
そのとき奇しくも、尖兵を討ち終えたテンセンたちも同じ方向へ戻ろうとしていた。
ルリベナの「月」を至上とする者たちが集い、小さな戦場に赴く。彼女の魔法に憧れ、少しでも力になりたいという一心から足は止まらない。
エドとルリベナは、黒い巨体から血を撒き散らすソレオを妨害しつつ、魔力を練り続ける。
戦闘の最中、立ち位置が近づけば短く言葉をかわし、どのようにソレオを誘導していくか、化物が隙を晒したときどのような段取りで業を放つかを共有する。
エドは驚いていた。協調性など皆無なルリベナが、言外であるが自身に判断を仰いでいる。有事の際には、人は知られざる一面を見せるものである。エドはルリベナの態度に心動かされ、連携を深めていく。
一方的にではあるが、ルリベナはエドの戦闘における動き方を推測できていた。自身がどれだけ動けるかを加味し、合わせていく。
「すごいな、動きやすくなってきた。師匠、貴女の頭脳は万能だ。今後ももっと役立てて頂きたい。」
「バカ弟子め。我輩は十分、成果をくれてやっているだろうが。これ以上何を搾り取ろうというのだ。」
「ふっ…まだまだ足りませんよ。」
エドは体を捻って、噴射される霧状の黒血を避けた。ルリベナは眉間に皺を寄せるが、不思議と怒りは湧かなかった。
弟子から薄ら感じていた精神的な壁のようなものが取り払われ、師と真の意味で呼ばれている。苛立ちの根本が無くなったことで、ルリベナは多少の無礼には目を瞑れる感じがしていた。
体勢を整え直し再び合流した際に、ルリベナはぼそりと耳打つ。
「…貴様が包み隠さず、我輩に魔法を共有するのならば考えてやってもいい。」
「師匠が絶対に、他人に危害を加えないなら共有しましょう。化物に繋がろうとせずに、今まで通りでいらっしゃるなら。」
「…今貴様に、危害とやらを加えてやろうか。あんな気色悪いものになるなぞ、その前に舌を噛み切ってやる。」
「それだけでも聞けて良かった。…貴女は正しい人間だ。」
「ふん、我輩の考えは全て正しい。疑いを持つなよ。」
ルリベナに対するエドの雰囲気が更に和らぐ。その言葉に偽りがないと、彼は確証を得たのだ。
段々と言葉の調子が軟化していくエドに対して、ルリベナは内心戸惑いを隠せなかった。戸惑ったこともほぼない彼女は、思考を巡らす。数年間変わらなかったエドの態度は、もしや己を疑っていたのではないかと。
(こ、こいつ…!我輩に頭を下げておきながら、ずっと…!)
やはりエドの無礼に目を瞑ることはできないと、ルリベナは考えを新たにした。和らぎかけていた神経質さが戻り、怒りの炎をソレオへと向ける。
戦闘が終わり次第、ルリベナはエドを叩きのめすだろう。そのためには上位種が邪魔だと、傍若無人さも戻ってくる。
ルリベナは一つ深い呼吸をし、「霊月の状環」を三つだけ形作り、軌道を描かせる。
隙が見つからないならば、自分から作る。ルリベナの才覚が導き出した答えだった。エドは戦闘の搦め手として、ルリベナの策を理解し走る。
そして、撹乱の一助を担う者たちがついに戦場へ合流した。彼らは無策で突っ込むことはせず、状況を素早く判断した上で、ソレオの注意を遠距離から引く作戦を立てた。
ルリベナの魔法に合わせて、教導役たちは、体との繋がりを保った魔力の固形を浮遊させる。ギャレスやヴィクターがそれぞれの「月」の魔法を飛ばした瞬間、テンセンは魔力たちをソレオの周囲で回転させた。
損傷を与えられずとも、目くらましになる。現界したばかりで、人間遊びを愉しんでいたソレオには効果的であった。
『養分に使っていた魔法。これにも覚えはない。調べる価値はあるか…。』
「――ここだ。」
そして思惑通り、ソレオは複雑な軌道を描くそれに一瞬気を取られた。騎士は素早く距離を詰め、懐へ入った。今まで掌に凝縮し続けていた「月」の魔力を今解き放つ。
「…地の底へ持っていけ!――穿つ!」
腹部から頭部に目がけて「穿つ業」を放出する。掌から全ての臓器が零れるような感覚を覚えながらも、エドは全ての魔力を絞り出した。
減縮せず、青色の輝きが高まっていく。不完全なソレオの再生は間に合わず、ついに「月」の光が突き抜けた。
『ほゔ、ごぼごぼ―――』
練られた「月」の魔力は尖ることなく、扇状に輝く。ソレオは呟くが、仮に作られていた発声器官が頭部ごと一時的に失われたことで、何も意味を為さなかった。
黒血でできた原始的な武器を、ルリベナは巨大な月環の盾で防ぎ、両掌を力強く突き出す。
「よくやった。…褒美に、我輩の『霊月』の真髄…見せてやろう。」
彼女の言葉が放たれるのと同時に、陽光が地平線から顔を出す。
ルリベナの体系化した霊月について、二つの月由来の魔法と明確に違う部分がある。
彼女は、薄明に己の「月」を見た。陽光と月の明かりが同時に存在する時にこそ、霊月は最も輝きを増すのだ。
「食らわれるがいい…。月影よ、重なれ!」
月が陽光に姿を隠す前、朧であった青色が一瞬だけ眩く光る。重なり合う月影を、ルリベナは伝承で終わらせずにいた。『霊月喰い*1』。彼女が「月」に憧れを抱いたはじまりを形にした魔法は、ソレオを包み。二つの月影が一つに重なった瞬間、黒血でできた巨体を綻ばせる。
ソレオが逃れようと伸ばした右手と、辺りに散らばり集まろうとする黒い血へ、エドは狙いを定める。体は空っぽであっても、剣に浸していた魔力がある。
「ぐううっ…!これで終わりだ…!―――穿て!」
『…ほう…。想像以上―――』
エドが右手に凝縮させていた「月」の魔力を解き放ち、ソレオの黒血は完全に空へと融解する。
余裕を保ち続けていた化物も、消えてしまえばその冷静さに意味はない。不完全なソレオの現界は、災いを呼び寄せることも、養分を得ることもできずその幕を閉じた。
エドは片膝をつく。血を兜の隙間から吐いた後、痛む体を押さえ座り込んだ。
連戦は彼の体力を著しく奪っていたが、それでも心は晴れやかであった。
「これで…また一難、取り除けたわけだ…。」
騎士の執念は、己の損傷さえも糧とする。彼は自身の限界を超え続け、古い「月」を背負い、やがてこの世界で散っていった人々の無念を背負うだろう。
朝陽が昇る様を見ながら、彼は一つ戦いの終わりを噛み締める。名を望まない騎士は、人類の自由を得るまで歩み続ける。
◆
腐り落ちるソレオを撃退した後。第二学舎は、対応に追われていた。
俺は体を酷使し続けたために、しばらくの間休息を取らされた。意外には意外が重なり、ルリベナがそう命じたのである。
第二学舎を離れようとしても、胸ぐらを掴まれ、凄まじい量の魔力を向けられる。用事の内容を言わなければ、絶対にプレッシャーをおさえないのだ。何とかアイナには無事を伝えられたが、それでも術師を監視につけられていた。
どこにでも行けとばかりの放任主義から、あまりの変わりように俺は驚いている。
幸い、俺の知る裂け目については対処し終えたので、一月ほどは時間に余裕がある。
その後から大量の裂け目が発生し始めるため、英気を養うのも必要だと割り切ることにした。
「…ルリベナ師匠、俺が作りましょう。体も戻ってきました。」
「黙って、そこで座っていろ。また血を吐いたら赦さん。そうしたら殴るぞ。」
「…承知しました。」
今俺は、ルリベナの隠し小屋の一階に座っている。調理器具をかちゃかちゃと動かし、ルリベナが作る料理を待っている状況だ。
この小屋での雑用については、俺がいる時は全てをルリベナに指示されていた。手持無沙汰になるなどありえず、本当に妙な気分である。
「これを食べたら、我輩と共に学舎に向かう。貴様には、習得せねばならない魔法があるのだ。しっかり治せ。」
「有難く…いただきます。」
「…その兜はどうにかならんのか。付けたままで食事をするなど、テーブルマナー以前の問題だ。…まあいい、残さず食べろよ。」
向かいに座るルリベナの表情は、変わらずしかめ面だ。だが以前は感じられなかった善性が確かにある。
俺は口に含んだ肉を噛み切り、ルリベナを見た。他人は変えられないが、自分が変わることはできる。彼女は自分から変わったのである。
才女の冷たい心は、徐々に溶けている。そして、その才覚は人類の守りとなるのだ。
窓から射しこむ陽が、それを予感させた。
こちらの話で二章は終了です。皆様、いつもありがとうございます!