裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す 作:棘棘生命
本来覚えられない魔法にはロマンがある
戦いが終わってから一月の間。
俺は体内の傷を癒やすのと同時に、第二学舎にて才女ルリベナから教導を受けていた。ルリベナは第二学舎の長として、「学院」への始末書や騒動の鎮静化を教導役たちと行っており、多忙であったが時間を取ってくれた。俺への教導を決定していたためだ。
異相付きを狩り続けていたのは鍛錬の一つ。彼女は本命を用意したのである。
所持していた魔力循環を促進する丸薬も底を尽きたため、「学院」と繋がっている錬金術師から購入し、またトリネやケルの役に立ちそうな魔法の研究についての聞き込みも行った。
前者については、丸薬がとても貴重な物であるため、十粒買うだけで孤児院に寄付する予定であった余剰金がすっからかんになった。子どもたちに申し訳ない気持ちでいっぱいであるため、次こそは越境経由で送れるようにする。
また後者に関してだが、トリネの得意とする流血魔法そのものは見つからなかった。代わりに流血魔法の大元である水属性の魔法について、研究成果をいち早く民間へ共有する許可をもらった。
ケルのためには、四属性魔法の基礎理論について、増刷された文書を購入している。ルヴネトに寄る際、手渡すつもりだ。
このように動けたのも、ルリベナも学舎の中であれば、ある程度動いても良いと柔軟な対応をしてくれたからだ。魔法を究めることに関しては、以前からルリベナは比較的寛容だったが、こんな間接的な事象にまで許可をくれなかった。
この一月だけでも、ルリベナは変わっている。表面的な態度こそ威圧的なままだが、指導者と呼ぶにふさわしい女性になってきている。
ここがストレスがかかる環境ではなくなったからだろう。第二学舎付近で鍛錬しながら過ごす日々は、あっという間に過ぎていく。
森に降り積もっていた雪は解けかけ。既に鍛錬を開始して半月も経過している。
今俺は、訓練棟の一角でルリベナの指示通り、「月」の魔力を局所に集中させている。その箇所とは、両足の先端と腰付近だ。
「――まだ、制御しきれていないようだな。全く…嘆かわしい。『霊月』の表面しかなぞっておらぬからだ。」
「く…扱いが違いすぎる…。ルリベナ師匠。貴女が混ぜた獣の特徴は、別の体系とすべきではありませんか。」
「阿呆め。分けたところで何の意味がある。貴様が弟子であるから、特別に深くまで教えてやっているのだ。他の術師は、真髄へ近づくには早い。」
俺は下半身の力が抜け、地面に膝をついてしまった。俺の有り様にルリベナは、研究の邪魔にならないよう、低い位置で結ばれていた濡羽色の髪を、溜め息を吐きながら解く。
魔法を扱う者は、最も繊細な動きが出来る掌へ魔力を流し込むのが基本だ。それ以外だと、脚力強化のためにふくらはぎや腿といった部位に集中させるくらいだろう。俺が試行している箇所は特殊も特殊なのである。
ルリベナは静かな調子で続けた。理不尽さはない叱咤が飛ぶ。
「エドワルド。何も得ず放り出すなど、我輩は許可しない。細かな鍛錬が足りん。この牡鹿の『霊月』を習得するまで、貴様を行かせるつもりはないからな。」
「…何としてでも習得してみせましょう。」
「そうだ…持ち味を活かせ。執念と気骨は評価しているのだ。夜が明ける前に、魔力の制御だけは安定させろ。」
「…ええ、必ず。そのように激励していただけるなら、奮い立てます。」
「ふん…。」
ルリベナは鼻を鳴らしてそっぽを向き、訓練棟の隅にある長椅子へ座った。足を組み、そのまま俺の魔力の制御を観察する。
よくよく最近の言動を考えれば、あまりにもルリベナが甘すぎる。仕置きと称した拳が全然飛んで来ないし、今のように含みの無い励ましの言葉を時折言ったりするのだ。
才女の思考は読み切れない。第二学舎での騒動は、間違いなくルリベナにきっかけを与えたのだろうが、今の対応に落ち着いたわけを知りたい。鞭ばかりより、飴も出した方が効率が良いことに気づいてくれたのか。
どうであろうと、俺は彼女を信用だけでなく信頼も置ける人物だと思い始めている。幾ら冷たく見えようと、確かな善性がある人間を警戒するのは無理だ。
もし、外的要因によってなびきかければ、必ず彼女に迫る魔の手を断つ。ルリベナを「月」を謗るような人にしてはならない。そうならないよう、俺も弟子として、ルリベナの期待へ応えて続ける必要があるのだ。
「…もう一度だ。『霊月の後脚』」
俺は魔力を制御しながら、ルリベナから理論を伝えられた術を使う。俺の友人であるリィートイに作ってもらった黒い脚甲から、青い鹿の蹄が生え。腰付近からも、青い半透明な鹿の下半身が伸びる。維持するだけで著しく体外へ魔力が漏れ出していき、動くに至らず俺は再び足の力が抜けた。
この魔法「霊月の後脚」は、「バックスタブレイブ」作中において、異形の尖兵と化したルリベナしか扱わなかった技である。尖兵となった者は、生前覚えていた術をランダムで使用する。その内の一つに入っていたのである。
無論主人公の勇者も習得は出来ず、完全に敵専用の魔法であった。どのような効果を持っているのかも定かではなく、魔法というより突進技として、俺たちプレイヤーは認識していたものだ。
使う場面は分かったが、必要となる能力は何でどのくらいかは分からないままである。
(だがこれを習得しきれば、より効率的にルート構築ができる。流石、最上位に位置する術師だ。俺に不足していたものを補ってくれる。)
俺はルリベナの怒りを買わないようにすぐさま立ち、集中することを繰り返す。
生まれたての小鹿は、足を震わせるものだ。意味のある鍛錬に、俺は達成感を覚え続けている。
◆
真夜中の訓練棟にて。弟子である全身鎧の騎士、エドの鍛錬を、ルリベナは深青色の瞳でじっと見つめる。
同じく訓練棟で鍛錬していた教導役たちも、数刻前に解散した。今棟内に残っているのは、ルリベナとエドだけだ。
(早い…我輩の想定以上の成果だ。)
エドに厳しく言いながらも、ルリベナは彼の上達速度に驚いていた。エドに今まで教えた「霊月」の魔法とは勝手が違うことを、ルリベナ自身よく理解しており、制御には早くても一月以上を要すると思っていたからである。
「霊月」の真髄とは、薄明の空ともう一つ、薄明薄暮性の獣の営みにある。霊月の魔法は、月明かりを受ける者が行使する術であるからだ。
ただ古い魔法をなぞるだけの解術は、威力が弱まるばかりだ。「此地の憤怒」から解術された四属性魔法が、原点に劣るように。ルリベナは、自身の探究を後追いで終わらせるつもりは毛頭無いのである。
(こいつは、我輩と並ぶ術師になれるやもしれん。ち…執念さえ無ければ、傍に置いておくこともできるというのに。)
徐々に、牡鹿の下半身を出せる時間が長くなっている。ルリベナは、エドが魔法を習得するのにもう然程かからないと判断し、別で弟子の今後を考え始めた。
半月前の戦いで、ルリベナは初めて足元が抜けるような感覚を味わった。ルリベナは己の感情を理解しきれなかったが、第三者が判断すればそれは「喪失への恐怖」だと言えるだろう。
エドが己に届くほどの逸材であると確信した直後、彼の口から大量の血が流れ出た。魔力が枯渇している状態で丸薬を使い、無理矢理魔力循環を早めたからだ。
一歩間違えれば命に関わる量であっても、エドは平然と陽光を眺めていた。
今までルリベナは、エドに命の危険が迫る場面を目撃したことはなかった。だからこそルリベナは、エドの育成を死なない程度のぎりぎりに調整していたのである。
また自身の命が脅かされることも初めてのことであり、ルリベナは気がついたのだ。
エドの上位種を屠り続けんとする執念は、死と隣り合わせである。ルリベナでも敵わない上位種相手でも、彼は道連れ覚悟で戦うだろう。エドは生き残ることを最優先にしていない。
育て上げた、生涯で唯一の弟子が死ぬ。それを想像できてしまったルリベナは、ひどく動揺した。自身が思っていた以上に、弟子の存在は大きくなっていたのである。
「――師匠。ようやく維持が出来るようになりました。」
「よくやった。…よし、次は脚を動かしてみろ。半周ほど走れたら上出来だ。」
「はい。ありがとうございます。」
真剣な調子でルリベナに返し、エドは魔力で形作られた蹄と後ろ脚を動かしていく。ルリベナは椅子から立ち上がり、黒いマントがたなびく男の後ろ姿を見送った。
ルリベナは考え続ける。この半月を通して彼女の中の、エドの位置づけはまた大きくなっている。
戦いの中でエドの「穿つ業」は、やがて別の「月」の体系にならんとしていた。師事するだけでなく、何れ対等になれる者を、傲慢な才女が手放すわけがない。
(エドワルド…貴様の事が終われば、近づく者どもごと学院に縛りつけてやる。ふ…術師ならば、この名誉を喜んで受けるだろう…。)
口の端を少しだけ上げ、ルリベナはエドと繋がりを持っている人間について、思考を巡らせる。
エドは信頼し始めた人間には、口が軽くなる傾向にある。今まで語らなかった交友関係についても、ルリベナから罵倒を受けないと理解した時から、零すようになったのだ。それもヴィクターやギャレスを交えたときは、更に楽し気に話す。
騎士団の人間や、国が抱える術師、町の鍛冶屋など。立場がばらけてはいるが、総じて魔力持ちならば相応のポストを用意できると、ルリベナは画策する。
ルリベナの前では、貴族だろうと平民だろうと皆等しく有象無象である。学院のしきたりなど実力で黙らせられると考える、彼女の傍若無人さは留まることを知らない。
才女の本質は変わらない。ただ古文書にのみ釘付けになっていた瞳が、「月」につられて上がっただけだ。
「バカ弟子め…死なせはせんぞ。…その脚で必ず生きて戻れ。」
この日、エドの鍛錬は朝まで続いた。霊月でできた後ろ脚はもう、震えてはいなかった。
◆
そしてルリベナの鍛錬を受けて、丁度一月。雪は完全に溶けて、リフォニアに暖かさが戻ってきた。
前金を渡して待っていた、魔力循環のための丸薬が届けられる。俺は「学院」と契約している運搬者からそれを受け取り、出発の準備をすることにした。
仮に宿としていた、管理棟の空き部屋を綺麗にしてから離れ、世話になった教導役や交流した生徒に声をかけていく。
第二学舎はあれほどの事件がありながら、以前よりも雰囲気が良くなっている。地獄のような空気が和らぎ、朗らかに会話する生徒も見られるようになった。
俺は広く取られた庭へと向かい、雑談しているギャレスとヴィクターにも挨拶をしていくことにした。ギャレスが俺へいち早く気がついてくれ、挙げられた左手に俺も返す。
「こんばんは、お二人とも。今から出立するから、挨拶をしに来た。」
「え…!?そんな唐突な!」
「あ…そういや今日くらいか。居ついてたから忘れかけてたぜ…。」
「いやいや、しっかりしてくださいよ!エドワルドさん、明日に延期とかは…。」
ギャレスが空を見て呟くように言い、ヴィクターが彼に対して中性的な声を少し荒げた。ギャレスは何気なく出立する時期について話していたのを、彼は覚えてくれていたようだ。
俺はヴィクターに言葉を返す。彼の息子カシアンについて、俺は引き続き注意を向けたいと思っている。カシアンの境遇が変われば、未来仲間となるケルが裏切られないようにもできるかもしれない。
「頼んでいた丸薬を受け取ったら、すぐ向かうつもりだったんだ。次訪問した時に色々と聞かせてくれると嬉しい。」
「…分かりました。次いらっしゃった時には、妻子にもご紹介したいのですが…ご迷惑でなければどうでしょう?」
「有難い。喜んで受けさせてもらおう。各地を飛び回った元冒険者となると、貴重な話が聞けそうだ。」
柔らかく笑うヴィクターへ、ギャレスが茶化すように言葉を挟む。それを聞いたヴィクターは青白い肌を赤く染めた。
「お、いいじゃねえか!お弟子さんが興味あるんなら、昔ヴィクターが浮足立ってた話もしてやれるぜ。オレも長い事この学舎にいるからな。」
「そういうのはいいんですよ!――では、またお会いしましょう!」
「ああ。二人とも、無事でまた会おう。」
俺は軽く手を振ってから二人と別れ、しばらく歩いた。
そして正門前に立つ二つの人影にも声をかける。門番たちは落ち着かない様子であった。門近くの壁に寄りかかっているルリベナの方をちらりと見ては、姿勢を正している。
「わ…エドワルドさん、本当に来たんですけど…。」
「エドワルド。学舎を離れるとき、我輩の教えた魔法を使え。どれだけ上達したか、我輩が後ろから見てやる。」
ルリベナに話しかけていたのは、晴れて再び才女から目をかけられるようになった教導役の女性、テンセンだった。テンセンは顔をしかめながら俺を目で追ってくる。
二人に頭を下げると、ルリベナの今回最後の教導へ頷く。俺は、両足の先端と腰に魔力を集中させてから、魔法「霊月の後脚」を使用した。
おおと門番たちや、通りかかった生徒たちがどよめく。これは、ルリベナが公にしていない魔法だ。知らないものには興味を示すものである。
「では、行ってきます師匠。一年後にはまた寄るつもりです。テンセン殿も元気で。」
「くーっ…!次来るときには、飄々としていられないようにしてやりますからね~!」
「行ってこい。我輩の『脚』を無駄にするんじゃないぞ。」
俺はもう一度頭を下げた後、夜の森目がけて走る。暴風とは違って、俺の重心を安定させる後ろ脚が連動して動く。
誰よりも早く、俺の知る裂け目へたどり着き、上位種を屠ってみせる。これから起こる動乱へ臨む覚悟は、既に固まっている。