裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す   作:棘棘生命

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動乱がやってくる

 月明かりの下、地面を掘り、ある花を根元から採取していく人影があった。それは薬効が高いと民間で知られていて、街で売ればそこそこの高値で売れる植物だった。

 

 その人影、素朴な格好をした少女が、夜中にせっせと集めるわけは、夜にしかその花が咲かないからである。これを売って金にし、また製剤をしてもらって、流行り病で倒れた母親へ薬を飲ませる。そのために彼女は、魔力も武器も持たない町民でありながら、危険を冒していた。

 

 

「しょっ…しょ…。結構集まったな。これでおっ母も元気に――」

 

 

 土で頬を汚した少女がぽつりと呟いたとき、静まっていた森から鳥が飛び立つ。そして常人にも感じられる、胸やけのする不快さが、少女を襲う。

 ここに来て体調が悪くなったのかと少女は勘違いするが、真実は別にある。

 世界で一部しか知らない事実。麗しい人間の似た顔を張りつけた化物、上位種が現れる予兆である。

 

 

「ううっ。早く戻らないと…。」

 

 

 寒気のする体を擦りながら、少女は町の方向へ戻ろうとする。

 この世界は、人類へ都合の悪いようにできている。親孝行者な少女は、摘んできた花を届けることは出来ず、この誰もいない暗がりで命を落とすのだ。

 本来、そうなるはずであった。

 

 暗闇から少女へ向かって伸びる、蔦のごとき異形の腕が切り払われる。奇怪な声が森を震わせた。

 少女はその場で跳び上がり、その声がした後ろを振り向く。そこには全身が緑色の人間擬きと、青い靄に包まれた鎧姿の男がいた。

 後者は、少女に背を向けるようにして立っている。まるで彼女の身を守るかのように。

 

 

「な、なんだあ!?根っこのばけもんと――」

『おれの腕を…!てめえ、絶対に食い散らかしてやる!』

「…逃げてくれ、お嬢さん。」

「そ、そったな事言われたって…!いたっ…。」

 

 

 少女は、両手を使って後ずさり、樹の幹に頭をぶつける。異相付きとは違う不気味な化物相手に、腰が完全に抜けてしまったのだ。

 突然起こった危機に戸惑い、恐ろしくとも逃げられず、顔を引きつらせることしかできなかった。

 

 そうしている間に、植物系の上位種が睡眠毒を放出する。吸い込んだ者へ悪夢を見せる魔法が付与された胞子である。全身鎧の騎士によって斬られた部分は再生せず、代わりに別の場所から腕を生やした。

 

 少女は広がる紫色の胞子を少量吸ってしまい、咳き込んだ。急速に瞼が重くなっていく。朦朧とする意識の中、逃げなければという意志だけが残り、両腕を力無く動かす。

 

 

『くひひ…。これで…夢の中でも苦しみながら、諸共死ね…!』

「……。」

『なんだ…?おい――』

 

 

 悪意で歪んだ笑みに、騎士は右足での蹴りを以て返す。兜の裏側に「魔力の薄膜」を張った彼は、胞子を吸うことはなかった。

 牡鹿の蹄を模した魔力の塊が、上位種の胸部に勢いよくぶつけられる。騎士の蹴撃を受けたそれは、攻撃を受けた場所を掻きむしり、叫んだ。少女の微睡みを、一瞬覚ますほどの金切り声であった。

 

 

『ぐああああ!に、人間如きが…こんな――』

「…四つ。」

 

 

 騎士は、左掌から巨大な青色の太刀を作り出し、叩きつける。「霊月の太刀」を押し付けられ続けたその上位種は、何度も叫ぼうと、断末魔だけは上げられずに消滅した。

 

 

「ほええ…。おっ母…うち、すげえもん見ちまった――」

 

 

 完全に意識を手放す前、町娘は見た。月明かりに照らされた兜の輝きを。

 そして浮遊感を覚え、心地よい揺れを感じながら眠る。胞子によって悪夢を見せられたが、しかしその夢の終わりには青い騎士の後ろ姿が映り、希望で締められた。

 

 

 

 

 俺は、名も知らぬ町娘を近くの宿に預けた。町娘に怪我はなかったため、宿代を先に払い、薬を買えるだけの路銀を握らせた後、直ぐ行動を開始する。

 あの少女はゲーム中、名前を付けられていないNPCだった。亡霊の記憶から見える数少ない台詞から、健気な性根が垣間見えており、報われない孝行が俺たちプレイヤーを苦しめたのだ。

 これからは夜中に森へ入らず、町の中で安全に稼いでもらいたい。

 

 今まで通り移動には荷馬車を乗り継ぐ形を取っているが、都合良くどこにでも商人がいるわけでもない。夜間は、自分の足を使って距離を稼ぐ。

 

 

 第二学舎を出て、もう二十日が経過した。その間に対処した裂け目は四つ。俺がゲーム中知っていた位置は、その内三つであり、今回は予想通りの場所だった。

 

 明らかに裂け目の出現頻度が高まっている。単純計算だと、一週間も経たない内に上位種を倒さなければいけなくなっているのだ。

 波はあれど、数年すればこのくらいの頻度が当たり前になるのだから、末恐ろしい。

 主人公が旅立つときは、上位種の存在が民間にも知られ始めている。巨大組織のトップや各国が公言していないにも拘らず。

 騎士団や術師たちが対処しきれないほど、裂け目が出現している。そのことが、間接的に分かるのである。

 

 

(これで、南付近は一先ず対処できた…。予定通り大陸南西に向かおう。)

 

 

 俺は一度立ち止まって地図を確認してから、再び荒野を走る。魔法「霊月の後脚」を展開した状態で動くのにも慣れてきた。

 距離を稼げるし、「月」の魔力を込めた蹴りは剣以外の攻撃手段にもなるしで、汎用性が高いのだ。特に実体のない後ろ脚での蹴りは、上位種へ魔力を沈みこませられるため、背後からの奇襲にも回避する必要なく対応できる。習得出来て本当に良かったと、今実感している最中だ。

 

 

(――南西を動くなら…トリネ君と彼に顔を見せられるな。最新の研究成果は、果たして喜ばれるだろうか。)

 

 

 俺は友人二人の顔を思い浮かべる。ザルディ国には、ここから後三日もすれば辿り着けるだろう。学舎から共有の許可をもらった文書をトリネに渡し、水属性の魔法に秀でた彼にも同じものを見せようと、俺は計画立てる。

 どちらも、術師として俺の支えになってくれた人だ。出来る限り恩は返したい。

 

 文書以外に何を渡そうか、呑気なことを考えながら足は動かす。日中体を休められそうな小さな町へ、そろそろ着く。俺は陽が昇らぬ内にと、各部位の魔力制御を高めた。

 

 

 

 

 新しきを受け入れる国、ザルディ。この国における、王都お抱えの術師たちは、夜間の研究も日常茶飯事である。

 そして例に漏れず、十五に満たない才覚のある少女も、徹夜で研究室に籠っていた。彼女のために用意された一室で、魔法に使用する獣血を吟味している。

 質の良さ、採取してからの経過時間なども、魔法の成功率を左右する。この世界の映しでは均一に見えていても、一つとして同じ触媒が存在しないのである。

 

 

「んう…もうちょっと…。」

 

 

 乾いた黒い瞳をしぱしぱと瞬かせてから伸びをし、術師の少女トリネは新しい理論を考える。クマが出来た瞼下は、少女が寝不足であることを物語っていた。

 

 しばらく集中していたトリネは、訪問客を知らせる術に反応した。一旦作業を止めて、少女はよたよたと部屋のドアに近づく。

 そして隙間から覗くと、そこには術師見習いの少年が立っていた。トリネは、手袋をした少年が大事そうに持っている小さな書類を見る。

 その瞬間、トリネの中で期待が湧いた。あの大きさの書類を送ってくるのは、一人しか知らないからだ。

 

 

「ト、トリネ様!越境組織からのお届け物です!『青月』という方の手紙だそうです!」

「うん、ありがとねぇ。もう戻っても大丈夫だよ。」

「はい、失礼しますっ!」

 

 

 トリネよりも年上であろう少年は、緊張を崩さないままトリネに手紙を渡して去っていく。トリネの年で見習いを卒業することは殆ど事例が無く、ほぼ同世代であっても畏まられるため、気軽に接することはない。

 ザルディ国において、トリネは専ら年上の術師との交流を主にしていた。

 

 小さな書類を受け取ったトリネは、先程までしていた研究を横に置き、焦った様子で封蝋を割る。想い人からの手紙を、早く読みたいと気持ちが急いていたのである。

 

 

「え…えへへ…。エドさんの字、綺麗だよぅ…。」

 

 

 トリネは締まりのない顔で、一人笑みを浮かべ整った筆跡をなぞった。一通り眺めた後、内容をじっくりと読む。

 そこには手紙の送り主であるエドの近況と、また近いうちに土産を持ってザルディへ寄る旨が書かれていた。

 少女は、エドが第二学舎に滞在していたことへ驚き、ハラハラとしながら読み進めた。風の便りはリフォニアだけでなくザルディにも届いており、「学院」で大きな事件が起こったことを少女は知っていたのだ。

 

 手紙の記載で、エドの命に別状はないことが分かったため、トリネは胸をなでおろした。そして文章の終わりに書かれていた再会についてを想い、また柔らかな頬を緩める。

 普段少女は意識していなかったが、良いタイミングであった。大陸の中心が暖かくなってきた時期こそ、トリネが生まれた月日なのだ。

 

 トリネは数年前まで、生まれた日を喜ぶことはなかった。幼い頃から肉親に虐げられてきたために、誕生を祝ってもらったことは一度もなく。トリネ自身もそれを呪いだと感じていた。

 だがザルディの王都に来て、同僚の術師たちや想い人であるエドが、己が生まれたことを肯定してくれた。だからトリネは、今年十一になることの喜びを、エドと分かちあいたいと思っていたのである。

 

 

「そっか、エドさん来てくれるんだぁ。えへへ…。がんばろっと。」

 

 

 今夜中にキリの良いところまで進めようと、両拳を握ってトリネは気合いを入れた。長めの休暇を取ったとしても、研究へ支障が出ないように。

 そしてエドからの手紙を、大事に専用の箱へしまってから研究を続行する。最低限の光源だけが置かれた暗い室内でも、トリネの心は明るかった。

 

 

 その後、少女の想い人の訪問が予想していた以上に早く、トリネは慌てることになる。

 今はまだそのことを知らない少女は、にこにこと笑顔を浮かべながら頭の中で予定を組んでいた。

 

 想い人が動乱の渦中に自ら飛び込んだとして、幼き少女はそれを妨害せず融け合おうとする。少女の中にある血潮は、「月」の表面に到達している。

 

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