裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す 作:棘棘生命
早朝、研究所前で待機していた全身鎧の男性エドは、のそりとした足取りでやってくる少女へ視線を向けた。ザルディお抱えの術師であることを示す金の装飾が入ったローブは、幼くとも気品を感じさせる。だが背には、不格好なまでに巨大な鞄がある。
鞄の重みと旅路への期待によって、少女トリネは顔を赤くしながら合流した。
準備ができたかを問うエドへ、トリネは小刻みに頷くことで返し、彼の横を歩いた。エドは既に、護衛する荷馬車と取引を終えていた。
「移動中、快適とは言い難いだろう。宿につくまでの辛抱だ。」
「ううん、大丈夫…。エドさんが護衛している間も、隣にいていい…?エドさんの魔法、見たくて…。」
「問題ない。風に巻き込まれないようにだけ気を付けてくれ。陽が出ていても異相付きは動く。」
トリネはこの機にと、日中の騎士がどのような魔法を使うかを観察したがった。他者の魔法を分析すれば、術師として己を高められる。また、エドが普段使っているものに合わせた流血魔法を考案することで、より彼と繋がれると少女は考えたのだ。トリネにとっては後者のほうが優先すべき事項である。
そしてトリネは、鞄の中から一つ、封をしてある獣血入りの瓶を取り出してエドに見せた。兜の裏側で男の目が細められる。エドはこの時、トリネの勤勉さに心から感心していた。
「うん、わかった…!夜はお手伝いするねぇ…沢山瓶、持ってきたんだ。」
「なるほど、荷物の多さはそれが理由か。確かに実践するには良い機会だ。ありがとうトリネ君、夜は共に護衛しよう。」
「えへへ…頑張るよぅ…。」
恰幅の良い女商人のもとへ二人は向かう。生まれがどうあろうと、国に認められた術師というのはそれだけで影響力を持つものである。トリネに対して腰を低くする商人を少女自身が止め、荷馬車は出発した。
舗装されていない平地をガタガタと音を立てて、馬車が通り抜ける。トリネはその揺れと顔に吹き付ける風を心地よく思いながらも、エドの兜を横から見た。顔は完全に隠れているが、エドは真剣な様子で外を警戒している。
その気配からトリネは、半年ほど前に見た想い人の雄姿を思い浮かべる。刃の冷たさを思わせる戦闘時の騎士は、ぞくりと少女の全身を震わせる。それは初め、恐ろしさを高揚で包んだ感情であったが、今では昂ぶりだけが残っている。
戦いの中で輝く「月」の魔力は、今も尚閃光のようにトリネの瞳を輝かせているのだ。
がたりと大きく荷馬車が揺れた。トリネのぼうっとした意識は戻り、迫る危機を理解する。
エドはトリネを荷台の奥へそっと下がらせ、剣に突風を纏わせた。
「やはり、異相付きも増えているな。商人殿、大事を取ってペースを上げてくれ!」
「うわああ!まずい…まずいよ傭兵さん!囲まれた!」
「…前をやる!俺を置いて、そのまま走ってくれ!」
「え…。なら…エドさん、わたしも…!」
荷馬車を、様々な部位から異形の器官が生えた狼の群れが囲む。その長は、四つの首が生えた巨狼であった。異相付きの中でも、ここまで変異し育った獣は多くない。エドは裂け目の影響を強く感じる。
エドを引き止めるか、それとも援護するかの二択を瞬時に決め、少女は勇気を振り絞る。だが、エドの胴鎧にくっついたトリネは、彼に柔らかく剥がされた。
「今は夜じゃない、満足に魔法を行使できないだろう。」
「だけど…。エドさんでも、怪我しちゃうよぉ…!」
「いいや深手は負わない。後から追いつく…君はそのまま乗っているんだ。商人殿、道は開くぞ!」
「あ…!」
エドは再び声を張り上げる。女商人は余裕がないため首だけで返事をし、騎士が馬車から飛び降りるのを見送った。
トリネは目に涙を溜め、エドを右手で追いかける。だが、少女の心配は杞憂であった。
騎士は、地面へ着地する前に一頭斬り。転がって衝撃を吸収してから、斬り上げてもう一頭を両断する。これで狼の群れは、残り八頭。頭だけを数えれば、十二頭である。
「今の時期に、ここまでの獣がいたのか。『共喰いの鎧*1』とは脅威だな。」
『ヴゥゥゥ……!』
異形故に寄り集まった獣の頂「四首付き」の黒狼は、本能で騎士を強者だと見抜いた。じりじりと騎士を睨みながら円を描くように歩き、嶺の向こうにまで響く声量で吠える。
縮れた翼の生えた狼たちと、牙が三重になった牙付きたち、そして「四首付き」に寄り添うように佇んでいた双頭付きが、エドの喉元目がけて跳ぶ。
「やああっ…!エドさん、頑張ってえ―――」
その時トリネが、場から離れる馬車から投擲する。毒混じりの獣血が一頭に命中し、獣に泡を吹かせた。
何もできないで少女は終わらない。エドは心を熱くし、トリネの支援に感謝した。馬車に追いついた後、礼をしなければと気持ちを固める。
四首付きの狼と、騎士の闘争心はどちらも頂点へと達し、魔力も沸き立つ。騎士の剣から、暴風が更に勢いを増した。
◆
統率の取れた獣の群れは、簡単に獲物を仕留める。それがただの獣ではなく、異相付きなら尚更のことだ。
俺は波状攻撃を仕掛けてくる狼たちの猛攻を、後ろを気にしながら避け続け、切り返しで首を飛ばす。荷馬車を計画的に囲むほど人間を標的にするのであれば、人の血肉の味も知っていると判断できる。
よく観察すれば、森の外に木片や布が散らばっているのが確認できた。俺とトリネが乗っていた馬車から、荷物が落ちたわけではない。獣が人を引きずり込んでいることの証左だ。上位種が人類全体を滅する脅威なら、異相付きは表立って見える個の死そのものである。
これ以上周辺の人間が殺されてはならない。ただでさえ、発生頻度の高くなった「裂け目」の影響を受けるのだ。異相付きを倒すのに、強者が何人も犠牲となってしまう。放置はできない。
「まず、群れた獣を討つ。『暴風の多刃*2』」
『キィィ…ッ!』
無作為に飛ぶ、魔力で出来た風の刃を飛び掛かる獣たちは避けられず、刻まれていく。
翼付きの狼たちは器官がまだ不完全であったらしく、飛んで逃げることはせずに重力に逆らわない。牙付きたちもまた、変化していない部分から血を出して倒れ伏す。
残ったのは、多頭が付いた二体だけ。四つ首が付いた巨大な個体と、茶色い毛並みをした双頭付きである。
かちかちと牙を鳴らしてから、双頭付きは逃げ出そうとした。
しかし、その獣は及び腰を「四首付き」に噛みちぎられる。骨が砕ける音がし、許しを乞うような鳴き声が弱まる。俺が倒すことなく、双頭付きは群れの仲間に命を奪われてしまった。「四首付き」は血に染まった歯を剥き出し、低く唸る。
『グウウウ…グァ…。』
「手厳しいな。…やらせてもらう。」
俺は「旋風の槍」を繰り出し、牽制する。四首付きはそれを避けずに受け、血を風に飛ばしながら突進してきた。鋭い牙と爪とを滑るように動いて避け、損傷部位が再生していくのを確認する。
右上の頭は、本体ではないことが分かった。次は左側に狙いを定めて、暴風を放つ。
一瞬、獣の黄色い目が鋭くなった。首を引っ込めるようにして目を瞑り、右側の頭で俺を捉えて素早く連撃を放ってくる。俺の胴鎧に掠るだけで、大きな傷がついた。
あの所作が敵を騙すためのブラフなら、俺の攻撃は無駄になる。だがこの獣が、暴風の魔法を見て冷静な判断が下せるかどうか。
俺は判断を迷いながら、片時も四首付きの動きから目を離さないようにして、軽く足を踏み込む。そして二歩目を本命にして、もう一度獣の右側を「旋風の槍」で貫いた。体全体を震わせ、獣が叫ぶ。
『ギャアアンッ――!』
「あれは騙しか。やるな…だが獲った。暴風の刃よ、在れ!」
暴風を収縮させて巨大な剣のようにし、右側を叩き斬る。四首付きは前脚を突き上げて、最後まで俺を刻もうと動く。だが俺は死に際の攻撃を、腰から引き抜いたもう一振りで受け止め、絡めとってから斬る。
竜巻が赤に染まり、獣から呻き声がしなくなった頃、勝負が決したと分かった。
俺は、道に散らばった異相付きたちの骸と、喰らわれた者たちに祈りを捧げた後、森へそれらを還していく。このような強大な群れは、今後も増えるだろう。
数年すれば特殊な存在が狩ってまわるとはいえ、上澄みの冒険者たちが集まってどうにか倒せるほど強い個体が増えると、人間側の戦力が削られる。
越境に寄ったとき依頼があれば、進んで討伐しに行くこととしよう。すべきことが増えたが、腕が錆びつく暇はなくなった。
陽が沈もうとする道を走り、月が輝き始めた瞬間「霊月の後脚」を展開して、荷馬車のルートを辿った。
◆
女商人とトリネは言葉なく、馬を駆り静かに町を目指す。護衛を置いて逃げたことに、女商人は自責の念で重く沈み込み。トリネはただ無事を祈って外を見ていた。
「…術師様、あなただけでも町へ届けてみせますよ。傭兵さんは…はあ…。」
「だ、大丈夫…。追いつくって言ってたもん…。」
「あの大量の異相付き、見たでしょう?『多き死牙の群れ』って、最近聞くようになった化物どもですよ。幾ら腕が立っても、一人だけで挑んだら…。ああ、何で…。」
「…エドさん…。」
トリネは不安が勝っていき、眉を曇らす。いつの間にか夜となり、少女が上手く支援出来なかったことを悔やみ始めた、その時だった。
地面を蹴る蹄の音が、後方から聞こえ始めたのである。
少女は身構え、異相付きがまた襲ってきたのかと考えたが、事実は違った。トリネがよく知る全身鎧を月の光で光らせ、騎士が戻ってきたのだ。
トリネはぽかんとした顔で、エドの足を見つめる。「馬脚の順応」を使用した馬の速さに追いつける人間などいない。身体強化の魔法を使用したとして、距離を縮めきる前に魔力が尽きるからだ。
「エドさん、掴まってぇ…!」
女商人へ速度を落とすように、か細い声で伝えると、少女は小さな掌をエドへ向かって伸ばした。エドは魔力で出来た後ろ脚をばねの様にして跳び、荷台へ飛び乗る。彼はトリネの腕を強く引っ張ることなく、帰還を告げるため柔らかく握った。
「ありがとうトリネ君。約束した通り間に合ったな。」
「えへ…エドさんって、やっぱりすごいよぅ…。」
「え…!な、な…なんで!?どうなってるんですかっ!」
エドは馬車の先頭にいる、商人へ頭を下げてからトリネの横に座る。女商人は全く理解のできない状況に、心臓をばくばくと鳴らしていた。
反対にトリネは、エドへ肯定的な意味で胸を高鳴らせていた。エドの「月」の美しさに心奪われたのは間違いないが、それ以前に騎士の在り方を少女は深く愛しているのだ。どんな危機も切り抜け、トリネを含め人を救う姿を。
またトリネは王都で過ごすうちに、騎士の規格外を理解した。どこを探しても、古い「月」の魔法を完璧なまでに習得していながら、放浪している者など前例がない。どんな術をエドが覚えていても、不思議ではないとトリネは思っていた。
「えっと、あの鹿さんの魔法って…どこで覚えたの…?」
「ああ、俺の師から教わったんだ。ようやく応用を利かせられるようになってな。夜は専らこの魔法で移動している。」
「…そうなんだぁ…。じゃあ、エドさんのお師匠様のこと…色々聞いてもいい…?」
「勿論だ。あの人はトリネ君の将来に悪い感じがするが…頭脳は本物だ。話しておこう――」
その後、トリネはエドが持つ伝手の広さに驚き、様々な面から手強い好敵手を知る。「学院」は術師の上澄みが集結する場所であるが、身分の差さえ埋めてみせると、少女は密かに心を燃やした。
(お師匠様って、ルリベナさんなんだぁ…。わたしももっと…良い魔法、考えないと…。)
血の繋がりよりも、己の才覚をトリネは信じる。例え第二学舎の長相手だろうと、エドとの魔力の繋がりを渡しきるつもりは無かった。
トリネは霊月ではなく、エドの「月」を補強する術を考えていく。エドの師の業を上書きするのではなく、共に支える。
その高名な人物とトリネは顔を合わせたことがないが、エドが信頼を置いているのは感じ取れた。それに同じ術師として、領分を踏み荒らすのはご法度であるからだ。
「――エドさん、移動してるとき…一緒に『月』を考えたいな…。」
「有難い。俺もトリネ君の力になれるように考えよう。」
「えへへ…わたし、エドさんとお話しできて元気になってるから…。もう力になってもらってるよぉ…。」
体と手を擦り合わせながら、トリネは恥ずかしげに微笑む。夜も更けるが、その時間帯を主に活動するエドとトリネは議論を活発にする。
一方は戦いのため体を使い、もう一方は頭を働かせる。護衛する馬車を何度も変えながら行く、リューンの町までの旅路は、双方にとって実りあるものとなった。