裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す 作:棘棘生命
ジェロムに会いに行ったとき、まずは近況報告からするのはお決まりだ。俺は穏やかに寄った町の話をしたいのだが、ジェロムの術師としての知見が戦いの話を望んでくる。魔法とは元を辿れば、自然に由来するもの。生命同士の闘争もそこに含まれるのだと。
年々拙くなっていく俺の話を、彼は快く聞いてくれた。相槌や挟む質問が良く、対話についての技術も熟達していることが分かる。
俺が話し終えると、ジェロムは乾いた手を打った。何故かトリネも、両手を顔の前に持ってきて、小さく拍手をしてくれる。
「――益々腕を上げているんだね。あの人皮の怪物たちを一人で…。もうエドくんに何ができないのか、探すほうが難しいよ。」
「戦い以外はからっきしだ。しかしその技術もまだ遠い。」
「いやいや…謙遜もいき過ぎないほうがいいよ。…そうだ、エドくん。矛神の騎士団長と、全力で手合わせでもしてみたらどうだい?双子神教総本山の騎士と面識があるなら、少しくらい時間を作ってもらえるんじゃないかな?」
「うん…そう簡単にいくかどうか。所属していない部外者に、頂にいる人間を会わせるだろうか。」
「そこはもう、君の築き上げてきた交友関係で押し通そう。人類最強と名高い彼と手合わせしたら、自分のいる位置がよく分かるさ。」
「…そうだな。」
ジェロムからもらった助言に思考を巡らせる。矛神の騎士団長である男は、未だ健在である。ジェロムの言う通り、魔力と剣の腕を考えれば、各騎士団のトップが大陸最強だ。
主人公が活動しはじめる数年後には、此の地が遂に邪悪へ抗うときだと示すように、最強に並ぶ者が数人追加で現れる。しかし現時点で矛神の騎士団長とタメを張れるのは、他教の騎士団長や学院のトップ、ゲーム中姿を現さなかった越境の上層部、黒血絶ちの長くらいだろう。
結構いるじゃないかと思っても、彼らの単体での強さでは、大陸外の親玉や偽女神どもに届かない。
奇跡が起こって、全員が手を組めたとしても無理だ。何故なら彼らは、古い猛き戦士と同等か少し強いくらいだからである。
圧倒的に数が足らず、全員の命を使ってようやく深手を負わせられる。人類の守りとしては必要不可欠だが、主人公の勇者と、才あるその仲間がいなければ勝ちの芽は出てこないのである。
思考を戻す。ラディアが総司令官に任命されることはなく、ラディアに匹敵する者が新たに総司令官になりそうだとも聞かない。
後者に関しては俺の調査不足で、水面下にて事が進められている可能性はある。関係者と一緒に山越えをする必要はあるだろう。
その過程で手合わせができれば、この上ない刺激にはなる。俺はジェロムの助言に感謝した。
俺が頭を下げた後、小さな声でトリネがジェロムへ訊ねる。彼女自身のことではなく、彼についての質問だった。
「あの…ジェロムさんは…どうやって、上位種について知ったの…?国の術師、だった…?」
「いいや、トリネさんのような凄い経歴じゃないよ。僕は越境に所属していた人間で、通称もつけられたからね。引退してからは町の守りに加わっている。はは、辺境でずっと生きてきて、歳ばっかり重ねてしまったよ。」
「わあ、すごい…!町を守ってるんだ…!」
「ははは!トリネさんは良い子だね。」
「そう、トリネ君は素晴らしい子だ。」
「ん、んん…!」
寂しげに自身のことを明かしたジェロムに対し、トリネは両手を合わせて目を輝かせる。少女の純粋さに、ジェロムは雰囲気を明るくし、また菓子を渡す。
トリネの笑顔を見つめる老年の友の顔は、陰りなく穏やかだった。
「トリネさんについてもお話を聞いてもいいかな?流血魔法は嗜んでいないけれど、流体についてなら力になれると思うよ。」
「わ、わたし…どの状態の血にも分野を伸ばしてて…。お話ししたい、です…!あ、あと…エドさんとのお話も…。」
「うんうん、なるほど…。エドくん、やっぱり戦い以外も持ってると思うよ。こんな老いぼれのもとに足を運んでくれるし、この子だってね。」
ジェロムは、もじもじとしているトリネの方を見た後、俺に悪戯気な笑みを向けてきた。その意図については定かではないが、トリネの良い部分を既に理解したのだろう。
俺は考え、椅子から立ち上がる。談義をするには、素人は邪魔になるため暫し離席しようと思ったのだ。俺の話をきっかけにしてでも、二人の話が有意義なものとなるように。
「そう思うのは、二人が善良だからだ。友人であってくれて本当に感謝している。…俺は一旦部屋を出よう。貴方が描いた絵画を見たくなった。」
「うん、分かった。見ていってくれると僕も嬉しいよ。…トリネさん、僕の知見を伝える。前途多難だけど、お嬢さんには時間があるからね。じっくりいけばいいさ。」
「は、はい…。」
ジェロムは緑色をした目をぎゅっと瞑った後、トリネへ語り掛ける。トリネは俺とジェロムを交互に見てから、小さく息を漏らした。
術師同士の真剣な話が始まる。俺はここぞとばかりに、学院から受け取った資料を取り出した。
「ありがとうジェロム。…そうだ、この資料をトリネ君と一緒に読んでみないか?学院から共有を許可された理論なんだ。大枠は理解できるが、専門家の方が有効活用できるだろう。」
「これは…すごいね。トリネさんの役に立つよう解読してみるよ。」
「トリネ君、この機会を楽しんで。また、話が終わったら呼んでほしい。」
「うん…ありがとう…!…ジェロムさんが描いた絵、後で見てもいい…?」
「是非とも。お嬢さんのお気に召すかは分からないけどね――」
二人に会釈した後、俺は傀儡人形の開くドアから出た。少しだけ漏れて聞こえる談笑を背にして、向かい側の部屋へと入った。
ジェロムの描いた絵画は、この部屋に集められている。白い布が被せられたキャンパスはそのままに、未完成の人物画をじっくりと見て、時間を潰すことにした。
◆
背の低い机を通して向き合う老年の男性と、若き少女。全身鎧の男性、エドが部屋から離れても尚、穏やかな空気感は変わらない。どちらも激しい性根ではないために、相互の会話はゆっくりと進行していく。
専門としている分野から、どういった魔法を得意とするかまで。辿ってきた経歴なども話せる範囲で言葉に出していった。
トリネは、ジェロムについて想定以上に持っている知識の幅広さを感じ。ジェロムはエドから送られてくる手紙の記述が、嘘ではないことを理解する。
「素晴らしい。トリネさんが考えている理論は、治癒に役立つだろうね。実のところ、向いている魔法と性格が噛み合うのは珍しいことなんだ。それに若い術師は、派手な魔法を習得したがる。お嬢さんは優しく、聡明だ。」
「い、いえ…そんな…。ジェロムさんの理論…『濁流』についても…すごいです。広められれば…術師全体の魔力循環が、もっと良くなると思います…。」
「はは、放出型では体に負担がかかりすぎるよ。特に、技術はあっても魔力量が少ない術師は、命にかかわる。そんな危ない手段を、術師になれた才能ある人が進んで取るとは思わない。古い理論さ。」
「んう…でも、エドさんは…この理論を応用してるから…。」
「…それは本当かい。」
トリネは頷き、半年ほど前に見たエドの魔法を思い起こす。左手から放出される月の魔力は、ジェロムの話した理論に通ずるものがあった。
外気へ魔力を流し続けることで、全身の魔力循環を促進する技。ジェロムは数年前基礎の教導とともに、さらりと伝えただけの理論を、エドが実践していると知り腰を浮かせる。そしてトリネを怖がらせないように、再び椅子に背中をつけた。
ジェロムは考える。確かに、体内の魔力循環を何年も意識していれば、流れ出る魔力は多くなる。しかし自身の理論は魔力の調整が難しく、気を抜けば枯渇する。そうすれば相当な痛みを伴い、最悪の場合死に至る。
(しかし、数年で…。ただ僕の理論を応用したわけではないだろう。エドくんの努力は、かつての僕以上に…。)
エドが急激に力を伸ばせている理由の一つをジェロムは理解し、騎士の執念を垣間見る。まだ隔絶した実力ほどは持っていなかった頃から、エドの性質は変わっていないのだと。
トリネが話題を変えるため、自身が最も聞きたい、二人の関係性について尋ねる。ジェロムは微笑み、重苦しい考えを抜きにして話した。
「…エドさんと、ジェロムさんって…どのくらい前からお友達なの…?」
「七年くらい前からだね。老いると、時間が経つのが早く感じるよ。つい最近のように思える。…トリネさんは、理論を談義するより、エドくんの事の方が気になるだろう?」
「え、うう…。エドさんは、わたしにとって…大事な人だから…。」
「はは、すぐに分かったさ。それじゃあ、老人の退屈な話を語ろう。七年前、窓の外に見える海岸で会ったことから――」
トリネは耳を大きく、ジェロムの穏やかな語りを聞く。術師として大先輩であり、辿ってきた経歴をも大まかに知ったからこそ、変に疑わず頭に入る。
少女はさざ波を思い浮かべ、当時の情景を想像した。
◆
ジェロムの血縁は、代々水属性に精通していた。本家は流れる血が祖先に近く、傍流の貴族、それも三男坊であった彼は、母から受け継いだ微細な魔法の才能を伸ばしていた。
貴族とは名ばかりで、基本的に魔力を持たない人間は大成しない。その法則へ乗っ取ったように、両親と跡継ぎを任せられたジェロムの兄は、術師としての任を果たせず命を落とした。
大陸の外は、化物が我が物顔で闊歩している。奪還しかけていた土地も、圧倒的な力の前に壊滅させられた。
生き残った術師はゼシニス大陸へ逃げ帰ろうとした。だがそのための船も、海に潜む化物たちにすべて沈められ、その戦争では何も為せず術師が亡くなったのである。
その頃、若かったジェロムは憎しみの炎に燃えた。何としてでも化物に復讐し、無念を晴らす。そのために己の肉体をいじめ抜いた。
しかしどれだけ鍛えても、老いには勝てない。三十を過ぎた頃から魔力の伸びが激減し、四十になれば引き出せる魔力量もどんどん少なくなっていく。ジェロムは、自身が高みには至れないことを痛感していた。
また、彼が若い頃と同等の勢いを出せなくなった理由は他にもあった。
復讐で前が見えなくなりそうだった時支えてくれた、最愛の妻の死。そして一人息子との実質的な今生の別れであった。
ジェロムの妻は魔力を持たない人間であり、息子もジェロムの才を受け継げなかった。
魔力の有無は、それだけで精神的な距離が生まれる。妻が病で倒れた後、成人して間もなかったジェロムの子は家を出ていった。
研究で家を離れることの多かったジェロムと子との間は、彼の妻が取り持っていたようなものであったからだ。
親子としても、魔力を持つ者持たぬ者としても理解しあえず。墓の前で交わした別れの言葉で、関係は止まっている。
ジェロムは後に、息子がリューンのどこかに住んでいることを知った。だからこそ、この町を守ろうと決意したのだ。
上位種が現れれば、人柱になるしか手段のないそれを引き受けたのである。
心に吹く隙間風を埋めるために始めた、絵描きとしての人生。
荒波を描いていた老年のジェロムは、ある青年に出会った。全身鎧を着こみ、表情は見えずとも疲れ切った様子の騎士。越境組織に名を連ねたばかりのエドワルドであった。
エドは己の疲労のわけは話さず、ジェロムと談義したがった。
そのとき経験豊かであったジェロムは、エドがマントで隠している胴鎧の正体を見抜いた。輝かしかったであろう白銀を鈍らせた、リシディア騎士の鎧だと。
だから、ジェロムは最初誤解した。芸術への造詣が深いために、騎士団を何らかの理由で脱退せざるを得なかった貴族であり。言うなれば己に近い立場であると。
しかし交流を深めると、それは違うと分かった。エドは元々孤児院で育った人間であり、脱退は自分の意思で選んだ道。そしてそれを選んだわけは、上位種を討つという一点だった。
夢破れた老人と、今正に信念のまま動いている青年。
ジェロムはそこにかつての自分を見、その先に立っている姿を幻視した。学院にも繋がりを持っているエドは、己ではたどり着けなかった境地へ既に足を踏み入れているのだと。
ジェロムの生涯において、結局上位種を討つまでの力は得られなかった。分家として一部分だけ受け継いだ、先祖の遺物に祈ろうと、意味はなかった。
だが、己の知見を未来へ繋げることはできる。息子が魔力を持たぬと分かった時から冷めていた教導への情熱が、再び息を吹き返したのだ。
取った手段は違えど、ジェロムは術師としての基礎を伝授した。
誠実で、自分の言葉へ真摯に耳を傾けるエドのことを、もう一人の息子あるいは孫のように想い、接したのである。
「お嬢さん、聞いてくれないか。これから言うのは、エドくんにも言っていない秘密の話だ。ずっと前、彼から君の話を聞いた時から考えていたんだ。」
「…はい。わたしに、できることなら…。」
エドと出会い数年経った頃から、彼からは送られてくる手紙に、知らない名前が混じるようになっていた。水の流れを汲む、新しい体系に秀でた、純粋無垢な才児。
いつか連れていくときはその目で少女の才覚を感じ取ってほしいと、エドは書いた。
そしてジェロムは今この時、手紙にあったトリネと話している。生まれも才能も全く重ならない、聡明な少女。完璧に見えて、幼さと境遇故に不安定さが残っている。
ジェロムは少女の心に秘められた想いをも言葉から読み取って、考えを固めていく。
老い先短い己が残せるもの。エドが信頼し、同じ流れを持つ術師の少女にこそ、渡すことができる。
トリネからエドとの関係性を聞き、不自然にならぬよう、おもむろに話の流れをずらす。二人がリューンに滞在している間に、準備を進めることを決心した。
その後、トリネは驚きながらもジェロムの話を聞き、固唾を呑んで聞き終える。ジェロムの決心は、少女が軽く話をしに行こうと思っていたことを反省するほどに重いものであり。トリネは、膝に乗せた手を握るほどにまで気持ちを引き締めさせていた。
「――トリネさん。資料館での研究の合間に、もう一度だけ僕の家を訪れてほしいんだ。君に、渡したい。きっと君の研究にも役立つはずだよ。」
「…が、がんばります…。そんな、大事なものを預けてもらえるなら…。」
ジェロムは嬉しそうに微笑み、つられてトリネも笑顔を見せる。そして、老人の茶目っ気溢れる表情から飛び出る言葉は、トリネをいつもの調子に戻した。
「ありがとう。…それじゃあ、トリネさんが良ければ相談に乗ろう。エドくんについて、僕も色々見てきたからね。好きな物くらいは教えてあげられるよ。」
「あ、あ…!そんな、恥ずかしいです…。」
「さあ、どんどんいこう!いやあ、若い子は進んでるねえ…!」
トリネは顔を両手で隠しながらも、ジェロムへの相談をしていく。人見知りはあれど、エドに近しい人間だからこそ、少女は早々に心を開いていった。
ジェロムは、少女の様子を微笑ましく思う。彼は、身寄りがないに等しい少女の事も、子や孫のように可愛がれそうだと思い始めていた。