裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す 作:棘棘生命
踏み込み一撃を入れた、巨大な猪の異相付きは、ぶるぶると怒り狂った様子で鳴いた。そしてそのまま、俺に向かって凄まじい速さで突進してきた。俺は重傷を負っている冒険者たちから離すように立ち回り、ぎりぎりまで引き付けてから躱す。
痛みで怯むような獣ではない。町の郊外で遭遇する個体にしては、あまりにも育ちすぎている。これでは囲んで倒す、数の有利を活かした冒険者の戦法も通用しまい。
俺が対処する予定の裂け目の出現位置は、リューン近辺の海岸沿いである。そして出現する日時は、今から四日後。トリネと共に町を離れてから、二日であるためすぐだ。
だが今夜ではない。俺は声を大きく、盾と一緒に腕や足が潰れてしまった人々へ避難を呼びかけた。
「隙を見て、町へ戻ってくれ!俺がこの獣を討つ!」
「うう…誰だか知らねえが、助かった…!」
「すまねえ、退却させてもらう!」
手が動かない者はパーティーメンバーへ肩を貸し、片足が潰れた者は這ってでもその場を離れようとする。目ざとい巨猪の脚付きは方向転換をし、手負いの冒険者たちめがけて突進する。
いや、この獣の背中には、ぎょろりとした眼球が複数生えているのだ。異形の器官を複数生やした異相付き。俺の中での危険度が跳ね上がった。
「行かせるか…!『霊月の後脚』」
俺は、青い魔力でできた牡鹿の脚を作り出し、高速で回り込み、その後ろ脚で蹴り上げる。俺の蹴撃によって、猪の「複合付き」はしばし空を低く浮き、木々をばきばきと鳴らしながら転倒した。
周囲の様子を確認すると、俺を討伐へ誘った男性のパーティーが、盾を構えたまま足を竦ませている。複合付きが立ち上がる前に、彼らへ近づき鉄鎧の冒険者へ伝える。
「貴方たちも逃げたほうが良い。越境に行って増援を呼ぶか、依頼主をとっちめてやれ。あの獣は複合付きだ。脚付きではない。」
「あ、あんたは…あの怪物を倒せんのか。」
「やれる。だが庇いながらでは難しい。早く冒険者たちに討伐の中止を知らせて、戻ってくれ。」
鉄鎧の冒険者、イワンと呼ばれていた壮年の男性は、先ほどの騒がしさから打って変わって、冷静に状況を判断した。
彼のパーティメンバーである四名は、周囲の状況を絶えず観察し続けながら頷く。
「情けねえが…そうさせてもらう。元々、見た瞬間からこの人数じゃ無理だって分かってたんだ。お前ら!何とかして戻るぞ!」
「ああ…。あんた、後で詫び入れさせてくれ。飛び入り参加の奴にケツ拭いてもらうなんて、恥ずかしくてならねえ!」
「問題ない。命あっての物種だ。貴方たちが、何としてでも町へ戻れればいい。」
「見ず知らずの俺らを…あんた!冒険者やめて、騎士団に入れよ!」
「…イワン、お前よく見つけてきやがったな!」
先ほど騒がしかったメンバーの男たちと一人混じる女性が、瞳を輝かせて俺へ言う。女性は「バックタブレイブ」で悪い意味で焦点を当てられそうな顔立ちであるが、男たちは揃って強面だ。そんな彼らが瞳を一時つぶらにしていると、体だけでかい幼子みたいだ。
見た目と言動こそ野盗一歩手前な荒くれ者だが、死を目の前にすれば、平時では思わない言葉も出る。こういった切羽詰まった状況でこそ、心根が分かるのだ。
イワンについてこなければ、彼らのように善性を隠し持った者も異相付きに殺されていただろう。俺はイワンに心の中で感謝をし、彼らの逃げる道を守る。
俺の視界の隅で、冒険者たちのものであろう光源が離れていく。イワン達の足音も遠ざかっていった。
複合付きは、背中から触手のように伸ばした異形の眼球を動かし、俺が切ったことで九本になった脚を地面に擦り合わせる。
『ブモォッ…!』
「…待たせたな。やらせてもらう。」
その猪は途中からまるで、俺だけが残るのを待っていたかのようだった。松明の炎が無くなり、月明かりだけが頼りとなる。
猪と見合っていると、徐々に獣の傍で巨大な影が膨らんでいく。ただの影ではない。凄まじい殺気が混じっている。
何故これほどまでの脅威がリューンで育ったのか。
俺は、そのわけをすぐに知る。猪の横腹から飛び出た生白い腕。全身を獣血まみれにした人間が、異相付きの中から姿を現したのである。
「…鎧だと。」
『ブウウ……ギィィ…。』
「グウウア…袋を潰されては、たまらない。餌が台無し…オマエは邪魔だ…。」
猪は苦し気に啼く。俺は直感的に気が付いた。この獣は、俺が与えた一撃によって体内に入り込んだ異物を思い出したのだと。
たどたどしい調子で呟いた後荒く息を吐き、その血みどろの女性は俺へ殺気を向ける。そして筋肉質で、大きな背丈からなる腕で、異相付きの腹を貫いた。
再び引き抜かれた女性の手には、茶色い手甲と特徴的な兜があった。
俺の中で緊張が高まる。女性が持つ兜に見覚えがあるのだ。
それは猪を模っていて、「共喰いの鎧」と表される特殊な存在と、似た立ち位置にあるもの。
猛進の鎧。「バックスタブレイブ」においては肉を喰らっている様子はなく、準備が整っていない時突然エンカウントする恐ろしい敵であった。
倒れ息絶える「複合付き」に左手を添え、その女性は兜を被る。
ゲーム中、実体が分からなかったが、これは描写されないのも当然だと思った。制作陣は、自分たちに都合の悪い部分は何も説明せず覆い隠す。
文明とは真逆を突き進む蛮族に焦点を当てれば、裏切りと絶望を愉しむ制作陣の考えとずれ、全て無に帰すだろう。特殊バッドエンドにおけるイラストで、残虐なシーンを挟むだけにおさえたというわけだ。
俺は剣を構えたまま、「猛進の鎧」に問いかける。血塗れの恐ろしい見た目をしていても、女性は上位種でも尖兵でもない。言葉が交わせるならば、刃で刻む必要もなくなる。
「…餌、といったな。喰らう肉が生では腹を壊す。簡単な調理ならできるぞ。どうだ。」
『グウウ…祖よ、異形の血肉を以て…エモノを狩る!』
祝詞のごとき文言を諳んじ、前傾姿勢を取った後。猛進の鎧は、凄まじい速さで突進してきた。
しかし尖兵のように、意思を持たぬわけではない。力任せな方向転換の後、「猛進の鎧」における兜と足甲が、一瞬白く輝いた。
◆
鉄製の鎧を着た冒険者の男性イワンは、先ほど起こった事象を理解できないまま町へと戻った。
刃を通そうと硬い毛皮に阻まれるはずの肉体が、いとも簡単に肉塊となって飛び。その後、あの巨体を転倒させるほどの攻撃が放たれた。
その状況を作り出したのは、イワンが数十分前に出会った全身鎧の男であった。
エドの持つ独特の雰囲気に気圧されかけていたが、イワンはそのわけを整理していた。
魔力を持つ者だからこその余裕。エドの平時の様子は知らずとも、自然体で戦場にいられることに、己たちとの違いを感じたのだと。
重傷を負った冒険者たちの叫び声がこだまする中。イワンは命が助かって安堵し、途端に悔しさが喉元までせりあがってくる。
何十年も冒険者として戦い続け、異相付き相手に五体満足で生き残ってきた。武具を扱う腕も上がり、足運びも鍛え上げた。だがその積み重ねも、あの場では意味を為さない。
例え実力を万全に発揮できたとしても、何もできずに殺されていただけだと分かってしまったからだ。
今から増援を向かわせても、意味がない。イワンは過去を思い返し、無力感に苛まれる。
(ちくしょう…!魔力を持っている奴と、おれとじゃ並ぶことすら無理なのかよ…!)
悔しがることができるのも、傷を負わず町へ戻ってこられたからだと、彼は理解できていた。
臆病さこそが命を長らえさせる。何も思いつめず、ただ胸を撫でおろしている仲間たちこそが、冒険者の在り方にふさわしいのだということもイワンは理解している。
届かないことへの無念。彼は、親から受け継いだお人好しの性根故に、感情のままに暴れることもできず歯を食いしばるだけだった。
イワンのパーティーの女性、褐色の肌をした娘が近づき、ばしと背中を叩く。鈍い鉄の鎧から衝撃が伝わり、イワンは思わず呻いた。
「落ち込んでんのかよ?情けねえオヤジだぜ。」
「く…ミーシュカ、馬鹿力で叩くな。痛いんだよ。」
「はっ…傷もないくせに泣き言抜かすな。いくらあんたでも、あの青い奴と比べちゃダメだ。何でこんな辺鄙な町にいるのか分からねえが…アタイらとはなりが違う。」
土や汗で汚れているが、それを拭えば年若いことが分かる。ミーシュカ、イワンの娘である女性は、彼の横に座り続けて言った。
「オヤジが言ってたエドワルドって名前、聞き覚えがあったんだよ。越境全体のスコアを見りゃあ、名前がある。『青月』だ。噂じゃ騎士団を辞めて、ここに入ってきたらしいぜ。」
「…はあ。お前、そういうの好きだよな。今回ばかりは役に立ったが。」
「強え奴は知りてえだろ!あいつ、戦うまでは全然強者って感じがなかったな。もっとピリピリすんのかと思ってたぜ。だけど、あのズバッ!すげえ剣捌きだったよな――」
拳を交互に虚空へ突き出し、ミーシュカは笑う。イワンは、あるとき忽然と姿を消した妻との子を、殆ど男手一つで育てた。
そのためミーシュカは幼い頃から、越境組織の荒くれ者たちと接してきた。結果、おしとやかさとは無縁の粗暴な口調となり、使う表現も何処か稚拙だ。
だがイワンにとっては、大事な一人娘である。己が獣に食い殺されても、絶対に繋がなければならない命。
少年の頃からイワンは、ずっと劣等感を覚えてきた。今もそれは変わらない。
だが娘には魔力がある。自身は受け継ぐことの出来なかった力の源を、ミーシュカであれば使えるかもしれない。イワンはそのことに一縷の望みをかけていた。
(親父…。こんなおれにも、出来ることはあるんだ。)
イワンはリューンの町の崖を見る。イワンは己を認められない。だから二度と顔を合わせないと、彼は頑なになっている。
しかし奇しくも同じ町にいる。イワンの母が病床で望んだ、「ただ逞しく生きてほしい」という言葉を胸に留め。イワンは、短くも妻との思い出が残るこの町を、冒険者として守るのである。
◆
ゲーム中「猛進の鎧」は一言も台詞がなかった。だが目の前の彼女は、唸り声の他にもある。蛮族的であろうと、確固たる意思があるのだ。
人命を救わんとする価値観は望み過ぎだが、人に襲い掛かるなら容赦はできない。何者かも分からないのだから、慎重にならざるを得ないのだ。
俺は野性的な動きを避けて、鎧の側面を叩く。
猛進の鎧の動きは速いが、獣相手の技だ。俺は、ラディアや育てた騎士の子等相手に、対人戦も重ねている。上位種は人型のものもいるため、今までの戦いを思えば猶更動きが読みやすい。
不意打ちでの戦闘、しかも序盤で力も装備も整いきっていない時期に出てくるからこそ、「猛進の鎧」は手強かった。獣のごとき鎧を身にまとった存在、彼ら全体を見れば、上位種を倒せるほどの強さではないのだろう。
『グウ…何故、当たらない…!』
「……『月融け』」
『グアッ!』
しかし鎧は固く、刃を通せない。俺は直剣に霧状の「月」を更に融かし、肩めがけて叩きつけた。すると一部が大きく凹み、「猛進の鎧」は叫び声をあげて転がる。凹むだけであったのは、魔力が込められた特別製だからだろう。
体勢を整え、膝立ちから俺へ飛びかかろうとしてくる。だがその前に俺は、剣先一点へ集中的に「月融け」を纏わせ、喉元に突き立てた。これで終わりだ。
流石にその状態から動くことはできないようで、鎧の裏側から唸るのみになる。俺はその女性が戦意を失うまで、殺気を込め続けた。
『もう、勝てない。降参だ。』
「…詳しく聞かせてもらおう。貴女たちが何者か。返答次第では斬らせてもらう。」
『や、やだ!だめだ!』
得体の知れなさは消え、怯え始める。俺が剣を降ろしても、「猛進の鎧」は反撃してくる気配はなかった。
女性は兜を取り、ぶるりと体を震わせた。温かな血は乾き、夜の寒さを感じたように。
俺は剣を離さず、手元へスクロールと干し肉を取り出した。謎の鎧をつけた者たちについて知り、不確定な小石を無くすために。
邂逅により、今日の夜は長くなる。